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魔法系兄妹

「こぅのクソアニキ……あのお兄さん危うく兄貴のせいで死ぬとこだったんぞ!」

「悪いと思ってるって言ってるじゃねーか! いい加減同じこと言うのやめろよな!?」

「こないだも漁師のじいちゃん殺しかけてた奴が何言ってんだ?! 学べよ!!??」


 ぎゃーつくぎゃーつくと騒がしい声に意識を揺さぶられ、アースはいつの間にか目を覚ましていた。


「……りょーしの人、ごしゅーしょーさまだな……」


 軽く呻くと体を引きずり起こし、手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。そのあと首筋に触り、すでに包帯がほどいてあることを確かめる。痛みはもうなかった。

 手のひらを見つめたあと、アースは寝かされていた布団から出た。枕元にはいつの間にか脱がされた白の羽織が畳んで置かれており、ついでに武器・荷物類、ブーツ、ベルトも枕元に揃えて置いてあった。ありがたいな、なんて思いながら羽織を手に取り、襟元の血痕に手を添える。魔法を使おうと思い……やめた。

 魔力が安心できるほど回復していなかったことが魔法の行使をやめた理由だ。昨日とは違うんだな、と一人呟きアースは血の汚れに構わず羽織を来た。


 半袖の白い羽織を軽く点検し、血以外の汚れがないか確認していく。そこでふと、染み付いた自分の香りに、たった数日だけ留まったラガットの家の香りが混じっていることにアースは気付いた。仄かな香り。あの村でいつも感じていた、柔らかくて優しい匂いだ。

 僅かに笑うとベルトを着け、大剣を一応装備する。その後ブーツを履いて良いのかどうかを逡巡し、一応はということで手に持って部屋を出た。

 リャンとその妹……リーンとの喧嘩は未だ続いているようで、仲の良い兄妹だなあとしかコメントできないアースは怒鳴り声だけを頼りに廊下を歩いた。


 きしきしと音を立てる木の床が心地よくて、アースは思わず目元を緩ませる。アースは自分がどこの出身だかなんぞこれっぽっちも思い出せない。けれど感じる心地よさ、懐かしさは本物だと思いたい。

 ここがもしかしたら俺の故郷だったりするのかな、なんて下らないことを考えて、アースは自分でその考え(アイデア)を放棄した。そんなはずはないと。もしこの場所が彼の故郷だと言うのなら、アースはもっと簡単に死んでいた。……そんな予感が、脳裏をふと過ってしまって。




 こんこん、と見付けた扉をノックする。


「えっ、もう起きたのあの人?」

「いや、リガンじゃねーのか?」

「リガンならしばらく僕らのことそっとしとくでしょ」


 どうやらアースが起きてくるとは思っていないようで、身内だと思われたらしい。どれだけ眠っていたのかも分からないアースにはなんとも言えないが、そんなに今起きるのがおかしかったのだろうか、とは思う。

 少しすると扉の向こうの、二つあるうちの小さい方の気配が扉の方へ近寄ってくる。一歩引いて、どちらに扉が開いても良いようにする。すると扉が外側に開いてきたためさらにアースは一歩引いた。

 ひょこり、とアースより頭一つほど小さな子供が顔を出し、目を見開いた。

 アースが起きてきたことに純粋に驚いている顔だ。そんなにも驚かれると、正直アースとしては面白いと言うか、困ると言うか。


「あー、オハヨウ?」

「……マジで起きたのかよ。お前もしかして不死種? 吸血鬼とか?」

「……………………………………うっそでしょ、お兄さんHPもMPも枯渇しかけてたのに?!」


 苦笑して小さな子供を眺めているとリャンからは失礼なことを言われ、アースはないない、と思わず突っ込む。

 流石に不死ではないし、そもそも吸血鬼は昼間から動いたりはしない。そもそも吸血鬼なら陽光を浴びた時点で灰になるなり弱るなりするはずである。失礼極まりない。


「失礼なこと言うなよ、リャン。あ、そうだお前さんが俺を治療してくれたのか? ありがとな、危うく死ぬとこだった!」


 あっはっは、と冗談めかして笑えば目の前の子供の頭を撫でる。

 ラガットの村にいた子供たちの平均よりは背が高いけれど、ラムと同じ程度。撫でやすい頭である。

 けれど撫でられるのが不服だったのか子供は、リーンはアースの手を叩き落とした。おっと、とアースが思わず声を上げる程度に力のこもった叩き落としだった。


「お兄さん、人の頭撫でるとか何様? 身内でもないんだから撫でないでよ。それに僕は見た目よりずっと年取ってるんだからね」

「おっと、そうなのか? そいつは悪かった」

「あー、リーン? こいつ旅してる途中っぽい冒険者だしそんなこと知らねーぞ? 一回目だし、許してやれ」


 渋々といった様子で睨み付けるのをやめたリーンに悪かった、と割合本気で謝りアースは両手を上にあげた。悪意はなかったのである、本当に。

 リーンの許しを得るとアースは一旦軽く自己紹介から入ることにする。


「とりあえずお二人さん、俺のこと助けてくれてありがとう。俺はアース。見ての通りの冒険者だ。だがまあ、なんやかんやあって記憶喪失でさ。年齢・種族とかが不詳のこんな俺だけど、なにか治療の対価にできるようなことがあれば言ってくれ。借りは返すからな」

「ご丁寧にどうも。んじゃ改めて、俺はリャン。この漁村で『解魔師』として生計立ててる冒険者だ。まあ、お前の不明事項は気にしないから適当にしててくれ」


 軽く自分の説明をすると、リーンの方から訝しむような、というよりも不審なものを見るような視線が飛んできた。

 分かってはいたけれどあまり愉快ではないし、何より居心地も悪い。仕方なしに肩を竦め、とりあえずお前さんのことを教えてくれないか、と問うてみた。


「……僕はリーン。この愚兄の妹で白魔法師としてこの漁村で生計を立ててる。あと、エルフの先祖返り。こう見えて30年は生きてるんだからね? お兄さんよりは年上だよ、絶対」


 愚兄とか仮にも兄に向けて言うなよ、などと苦笑するリャンを無視するリーンに、いっそアースは清々しさを感じる。僅かに好感を持ったがそのときふと、年齢のことを考える。年齢、30才、年上。

 見た目的には18かそこらのアースである。確かに彼女の方が年上なのかもしれないはずなのだが……何となく、そんな気がしない。失礼なことを言いそうだと自制し、アースはリャンに話題を振った、お前は幾つなんだ、と。


「ん? 俺か? 俺は36だぞ」

「ふうん。普通に人間の血が濃いのか?」

「まあ、多分な」


 当たり障りのない会話を交わし、アースはふと目を細めた。なんとなく、なんとなくではあるのだが、羨ましいと言うか、ナツカシイ、と言うか?

 ……そこまで考えて、諦める。直感(フィーリング)では手掛かりになり得ないのだ。残念ながら。


「……まあいいや、起きたのなら対価を払ってもらうよ」


 ふと、気持ちを切り替えたらしいリーンがそう口にした。それが当然のことだと思っているアースは素直に頷き、対価の内容を尋ねる。




「あなたの目か、剣がほしい。目は白い方でも黒い方でも構わない」


 しかしながらその対価は、あまりにも常識外れのものだった。

突拍子のないエルフの先祖返り。

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