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魔術師、魔法師、魔導師

「さて、とりあえずは傷の手当てをしたいな」


 海岸線ギリギリに降りたリャンは自分のものらしい小さなボートにアースを乗せ、そう口にした。アースはボートの揺れに身を固くしながらそうだな、と同意する。

 実際は魔力さえ回復すればアースの魔法で処置しきれる。この程度の傷は屁でもない。しかしながら魔力切れを起こし掛けている現在、アースは自分自身の魔法以外での回復手段を必要としていた。血が流れていく。傷が塞がらない。包帯で簡易的に止血したとはいえ、痛みはそこまで感じないとはいえ、体力・生命力の減少速度に変わりはない。


「魔力がもう少し残ってたら、自分で治せるんだけどなあ……」

「へぇ、お前魔術師か?」

「んー……まあ、そんなところだな」


 魔術師、それは自分の体と戦闘面について魔法を発揮できる者への称号だ。いわゆる白魔法、黒魔法を自分の体とその延長線たる武器にまで及ぼすことのできる者。まあアースは魔術師を越えた賢者であり、他者へも自分へも大して苦労せずに魔法を行使できるのだが。

 因みに賢者の称号は魔導師という称号の二つほど上位の称号だ。そして魔導師は他人と自分にある程度の差はあれど魔法を行使できる。魔法師や魔術師は自分か他人のみにしか行使できない。そのため自分だけは治せない白魔法師や、誰も治療できない白魔術師というものは案外多いのだ。数にすると魔術師が圧倒的に多数派。そのため能力強化系白魔法や他者を害すための黒魔法の方が他者を癒す白魔法よりも発展しているのだ。


「歯切れわりぃなあ。まあ良いや、とりあえず俺の妹のとこに連れてくぞ。いいな?」

「えー、あー、うん。妹? んとこな? 分かった」


 曖昧な返答をしたアースに苦笑しつつも、リャンは冒険者内でのマナーを守ってそれ以上は何も問わなかった。それからボートに乗り込み、皮袋から四角い道具を出すと舳先に取り付け、魔力を注ぎ込む。

 するとぶわりと風が吹いた。それと同時にボートが揺れ、アースは手のひらの傷を忘れて思わず船の縁を掴む。

 揺れながらそれなりの速度で進み出すボート。


「待て待て待てリャン! これ速い! 速すぎる! 怖い!」

「慣れやがれ! 男だろ!」

「馬鹿言うなよ戦闘でもないのにこんな速度出さねぇだろ! ぶつかりそうで怖い!」

「俺の弟が作った魔法道具が信じらんねえっつーのかてめぇコラ!」

「知らねぇよおおおお!」

「世間知らずヤローーーー!」


 ……時を追うごとにボートの速度は増していた。アースの感想は至極真っ当で、速すぎて怖いというもの。男なら耐えろ慣れろとリャンは言うが、まあ怖いものは怖いだろう。

 ぎゃーつく騒ぎながらリャンが操作するボートは揺れる揺れる。痛みにも関わらずしっかり両手で握ったボートの縁は、いつの間にかアースの血で汚れ始めていた。それを見たリャンがまた騒ぐ。


「アースお前俺のボート汚してんじゃねー! 後でと言うか今すぐ洗え!」

「無茶言うなってーの!!?? ただでさえ今残ってる魔力動けるギリギリの量だぞ?! これ以上使ったら普通に気絶する! 今気絶したら落ちて死ぬ! 馬鹿野郎!」

「魔法じゃなくて手で洗えよ!? お前魔導師か!? このボート水弾(ウォーターボール)で壊すつもりかアァン?!」

「怖い怖い怖い! その顔で睨むな馬鹿! 身体強化掛けて船壊しそうになる!」

「ずいぶん元気あるじゃねーか俺と心中すんのかこの野郎!!!!」


 しかしながらそんな言い合いは体力を削る。魔力を使いきる寸前、生命力の指標のひとつである体力(HP)も流血状態で失いつつあるのだ。

 よく考えればそんな言い合いをしている余力は残していた方がいい。そして、リャンがアースの騒ぐような非常識な速度を出しているのも恐らくは……。


「っ……あー、なんか、頭、ぐらぐらし出した、かも……?」

「そうか、んじゃもう少しだけ起きてろよ?」


 もう少しってどのくらいだ、なんて下らないことを口にしたつもりだったのに、それは音にならなかった。頭が痛い、何か、大切なものが抜けていく。

 蝕まれると言うよりも抜け落ちていくようなその感覚に、アースは僅かだが恐怖を覚えた。死に対する恐怖だろうか、あのスライムの変異体と相対してから調子が悪いのだ。

 死ぬことが怖い。それは当然。だがそうだとしても、普通の行動すら引け腰になっている気がする。

 それはあの男(ストーム)に"人として見られなかった"せいだろうか? 息を吸ったら、吐いたら。言葉を口にしたら、飲み込んだら。それが人でないことの証明になってしまうかもしれない?

 死んだらもしかしたら人だと言う存在定義の証明になるのかもしれない。けれど死の先に何があるのか分からない。自分を確立するための記憶が欠けているアースには、死を恐れる感覚が本当に"一般的なもの"なのか分からない。


 がん、と音がしてアースはボートが接岸した筏の上に投げ飛ばされる。暗い思考に落ち掛けていたためろくに反応もできず、アースは思いきり頭をどこかの角に打った。

 ぐぁ、と呻けたかどうかも定かではない。

 リャンはしまった、という顔をしたが、アースは気絶しかけてもうすでに体力が保つ残り時間は大してないはずだった。


「掴まっとけって言っときゃ良かった……おいリーン! 患者だ! 頭打って気絶プラス首筋と掌に開いたまんまの傷! 早く治療しやがれ!」

「頭打ったのはあんたの責任だろうがクソアニキ! 今すぐ行くから僕が行くまで殺すんじゃないぞ?!」


 下らない兄弟喧嘩が始まろうとするその間に、アースは朦朧とした意識で考える。




 とりあえず俺を挟んで喧嘩しないでくれ、と。

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