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新たな謎

 ふ、と意識が浮上する。ゆらりゆらりと揺れる視界の中で彼は、ぼんやりとそれを感じ取っていた。何も感じられない。何も思えない。何も分からない。……けれど不思議と、そのことを嫌悪したり焦ってどうにかしようとも思えなかった。

 どこかで忘れているものだ、これは俺が失っているものだ、と彼は、そんなことを考えた。けれど結局は何も分からないままで、知ろうと求めた先の間違いに気付けない。

 彼は間違いだらけだった。この世界(アラマンデ)に生まれ落ちながら矛盾ばかりを抱えて、誰にもそれを知られずに存在していた。それこそが間違いだった。彼にはけれど、自覚はなかった。だからこそ彼は、記憶を失ったのだ。











「……っぐ……」


 呻き声が一つ。平原の中、陥没した大地の中心に横たわっていた彼はゆっくりと目を開けた。ずきずきと左腕に痛みが走る。胸元にも、脇腹にも痛みがあった。焼ければ落ちた方がましじゃないのか、と言っても差し支えないほどの激痛だ。じわじわと痛みはそこに留まり、消えることも小さくなることもせずに彼の体を蝕む。

 そこでアースは思い出す。自分が変異したスライムと戦い、大きなダメージを負っていたことを。このまま眠っては命を落としてしまうだろうと焦った恐怖を。


 がばり、とうつ伏せだった体を起こした。体を支えた左腕と胸元とがその衝撃で痛みを増したが、不思議なことに血が出ている様子はなかった。空を仰げば既に日は暮れていて、月光だけが空を満たしている。

 寂しい空に眉根を寄せ、アースはとりあえず野営しなきゃか、と呟いた。荷物を確認し、焦げているものや変色しているものを見ないふりして比較的マシそうなものを手元に出す。


「魔力は……回復してるみたいだな。『土よ』」


 そして魔力で土を起こし、簡単な寝床と小さな竈を作る。自分の魔法の調子が悪くはないことを確認し、アースは竈へ小さな火種を入れた。魔力で起こした火種は大地に落ちると竈の土を舐め、一度に大きさを増した。上手くいったことに目を細め、アースはずきずきと痛みを主張する腕を見遣る。

 子供たちからもらったアームインナーに壊れたり、破れたりした様子はない。魔力の伝導性が良いのだろうかと思いながら、壊れなくてよかった、とも思う。ありがたいことだし、安心することである。もらってすぐに壊しただなんてそんなことは、彼らに申し訳が立たない。できれば三年は使い続けたいなあとか、なんとか。

 左腕のアームインナーを外し、アースは雷の電流に焼け爛れたはずの腕を見た。スライムに侵食されかけたはずの怪我を探した。

 ……けれど、何もなかった。肌には傷一つ、傷痕一つなかった。血は滲んでいたけれど指で拭えばすぐに消えた。


 はあ、と息を吐き出す。

 アースの魔力はあのとき、確かに使いきったはずだった。空になって、もう意識を保っていられないと思うほどだった。痛みもひどかった。皮膚の内側まで侵食されて、魔力も血液も逆流するかと思うほどだった。

 その痕跡がもうない。

 胸元に触る。痣があるのかどうかと思って指で攻撃を受けた辺りを押すが、大して痛みは変わらない。元々あった痛みがただ続くだけ。


 枯渇した魔力も失いかけた命も、今はもとの通り。


 そんなことはありえない。自然の回復量が補いきれる損耗ではなかったのに。アースは普通の存在だ。スキルに回復加速は所持していたけれど、それも常識の範囲内のもの。


「……俺って、なんなんだろ」


 小さく呟きアースは顔を伏せた。

 痛みの引かない腕にアームインナーをつけ直して、膝を抱えて顔を隠す。心が落ち着かない上に気分も悪かった。アースは、自分がただの人間だと思いたかった。人でありたいと願っていた。普通と言わないまでもせめて、人の枠に存在していたかった。

 謎が増えていく。自分への不信感が募り始めていく。……ただただ気分が悪くなっていく。


 ああ、ああ、と意味のない音を口からこぼし、アースは目を細めた。夜の空を仰ぎ、気分を切り替える。生きているのだから、生き残ったのだからそれでいいじゃないか、と。勝利したのならそれでいいと。

 ふと思い出して、アースはスライムを仕留めた辺りに向かった。重量をあの瞬間でできる最大のレベルにまで増させ、地面ごと叩き割ろうとして殴り斬った、その場所。

 地面には濁った魔石がめり込んでいた。やっぱり魔物から変異した魔獣だったんだろうな、と思いつつアースは地面にめり込んだ魔石を拾い上げた。少しばかり濁っていることを不思議には思うが、高価なものを手に入れられたと少しだけ嬉しく思う。

 気分の切り替えとして、そう思う。


 謎が増えたところで、確かにアースはアースなのだ。気にしたところで仕方がないとも言えるし、アースの人格的なところにはあまり関係ないとも言える。

 気にしても仕方がないのは、その通りなのだ。




「悩むのやめよ」


 くすりと笑うとそんなことを呟き、アースは暖めていたパンを口に放り込んだ。

(死んでは)ないです。

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