表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

異常事態発生

 ああ、と彼は目の前のことに嘆息する。ウゾウゾとうごめく塊に、形が作り変えられていくその異常な姿に、誰がそれを止められるのだろうかという異様な世界が生まれようとしていた。

 吹き荒れるような風に、大地を侵していく粘性を持った水。大地は意味もなく隆起し陥没し、そして天を舐めるような火が上がる。

 いったい誰がそれを阻止できる? いったいどれだけの命がこの犠牲になる? そんな負の方向の思考しか生まないような光景に、けれど彼は歩み寄っていた。

 彼は魔物ではない。

 彼は魔獣でもない。


 ただ深く、赤く、色に反して冷えた瞳を携えて己の得物を抜いたストームは、


「……理に、立ち還れ」


 際限なく成長しようとし始めた全てを、一撃で斬り払った。

 大半はその一撃で息絶える。生成が急に行われた魔石はひどく不格好で、そして脆かった。彼は淀んだ色の魔石を躊躇いもなく砕き、そのまま生き残った変異個体へと向き直る。

 魔物から特異魔獣個体への進化は、そんな頻繁に、簡単に行われるものではない。そもそも魔獣に進化するためには100年単位の長い時間溜め込み続けた魔力が必要で、それと同時に溜め込み続けたその魔力を扱いきれるだけの知能も必要なのだ。その条件を達成できた個体だけがようやく、魔獣への進化を遂げる。人間に狩られることもなく逃げ続け、生き延び、知恵をつけた存在だけが至れる道。ゆえに特異魔獣個体は大量発生をしない。同じ土地で何体も発生するということはない。

 唯一の例外は、魔力や存在そのものが特別なもの、理をわずかにでも外れたものが出現したとき。例えば古龍種が普段いるダンジョンから出たりでもした場合には、スライム類などは龍の因子を取り込むなどをして変異し、魔獣となる。スケルトンなども濃厚な魔力にあてられ変異し進化するだろう。まあそんな簡単に古龍種が地上に出てくることはないし、記録も数十年前のものではあるのだが。


 ストームは自分の得物、まるで風車のように刃が開く剣を、一番扱いやすい一つにまとめた形にして右手に携える。そして背中の鞘から、もう一本同じ武器を抜き放った。

 本当なら両手で一つの武器を扱った方が強い。反応を早くできるし、力も上手く伝えられる。

 しかしストームは二刀扱うことを選んだ。利き腕によって斬撃の威力も、間合いも変わるはずだろうに。


「『火炎の刃』『大地の刃』、『風の刃』『水の刃』」


 けれとストームは慣れの不利を覆すためか、構えて開いた武器の刃の一つ一つに、属性のついた魔力を付与し始めた。右手の四枚開いた刃には火炎と大地の魔力を交互に一つずつ、左手の二枚開いた刃には水と風の魔力を。

 じり、と何かを感じたのか生き残った変異途中の魔物たちが後ずさる。そう、ストームは紛れもない実力者なのだ。生まれつきその身に大いなる力を宿すことができ、ある意味での人柱に選ばれた彼である。弱いはずがないのだ。そう簡単に負けるはずがないのだ。


 彼は原始ノ者(プリミティーボ)の系譜に連なり、世界を守るという重すぎるほどの役目を負った者。見た目が若かろうが腕が細かろうが、関係ない。


「輪転牙、四刃(しじん)


 ストームは声にすると同時に右手の武器、四枚刃の方を……輪転牙という名の武器で四枚刃を開いている方を思いきり、投擲した。

 けれどやはり変異途中と言えど魔獣は魔獣なのか、それを見た変異個体たちは散開し、それを避けようとする。

 しかし輪転牙は回避を許さなかった。


 一度は避けられた刃だったが軌道が大きく変わり、回り込むような形で変異個体たちをまた攻撃軌道上に捉える。

 その上ストーム自身も二枚刃の方の輪転牙を構え、変異個体たちに襲い掛かったのだ。逃げるもの、弾こうとするもの、食らい付こうとするもの。変異個体たちの反応は様々で、体を一部進化させ続けながら動くものもいた。気色の悪い色が盛り上がり、定着し、また内部から隆起する。そんな気色の悪いものたちと、馬の尾のような結わいた黒髪を揺らすストーム。相対する両者の勢いは、けれどどこまでも一方的だった。

 弱者は蹂躙されるしかない。攻防と呼べるものはほとんど存在しない。出来損ないの変異個体たちと、永らく生きた原始ノ者。冷静になってみれば生物としての格からまず勝っていて、その一方的すぎる攻防など当然でしかなかったのだ。

 ざん、と風の刃がキングに変異する途中であったゴブリンの首をはねた。水の刃が地面から精製されて凍り、体積を増やしていたスライムの核を貫いた。飛来する火炎の刃が体を肥大化させていたブラックスライムの体を焼き、安い錆びた剣で刃に応戦しようとしたゴブリンソルジャーのその剣を、鉱石の刃が抵抗も許さずに砕いた。一方的な虐殺。ただの蹂躙戦。


 少しして辺り一帯の命を残さず刈り取ったと見るとストームは手を伸ばし、輪転していた刃の中心、柄にも芯にもなっている部分を掴み取った。すると輪転牙の纏っていた魔力は引き、ただの刃に戻る。


「……大体、戻ったか」


 実力のことだろうか、それともアースに受けたダメージからの回復のことだろうか。ストームはけれどそれ以上は口にせず、二枚刃に開いていた方を一枚刃に戻し、背中の鞘へとしまう。

 そして四枚刃を一枚刃にすると両手で柄を握り締め、空に向かって魔力での斬撃を飛ばした。


 ばすん、と何か柔らかいものを撃ち抜いたような、切り裂いたような、そんな音がする。


「身を隠していたのは、分かっている。……出てこい雑魚(ザコ)


 挑発するような口調で音源を睨めつけ、ストームは半身を引いて輪転牙の切っ先を地面につけた。そしてぐ、と魔力を刃に注ぎ込むと地面を抉るようにながら斬撃と鎌鼬とを発生させる。

 その攻撃に、身を隠していたモノは焦ったのだろう。あっさりと正体を現した。


 現れたのは四枚の大羽を持つ、透き通る青い色を持った怪鳥。しかしストームは片眉を上げるのみで焦る様子を一切見せない。それどころか冷静に集中し、飛ばした斬撃と鎌鼬とを必死に避ける怪鳥に"鑑定"系のスキルを発動させた。

 脳内に流れ込む情報に、まあ予想を立てていたのかストームは何一つ言葉を発することもなく斬りかかる体勢に移行。大地を抉るほどの力で蹴り、鎌鼬の渦から脱出した怪鳥へ向かって跳び掛かる。


「……ちっ」


 しかしストームの斬撃は、硬質化した怪鳥の翼によって防がれる。四枚の翼のうち二枚を飛行に、残りの二枚を攻防に使う知性。それに舌打ちを追加でしながらストームは輪転牙の刃を二枚に開く。


「輪転牙、二刃(にじん)!」


 そして気合いを入れるような声を出すと輪転牙を投擲し、硬化していない胴体部を狙い撃ちにした。輪転牙と怪鳥の体との間で火花が散り、怪鳥が……いや、怪鳥の姿を模したスライムが地面に墜落していく。

 ストームはそれを見届けると魔力で作っていた足場を掻き消し、舞い戻ってきた輪転牙を掴み取るとどろどろに溶けて姿を変えようとし始めたスライムの、その薄く透けて見えた核の上へと落下を始める。


 スライムがストームの落下攻撃に感付いたときには、もう手遅れだった。






 スライムの体液が着いてしまった輪転牙を軽く振るって粘液を落とし、ストームは小さくない溜め息を吐き出した。

 異常、その一言に尽きるのだ。特異魔獣個体の大量発生に、生成されていた魔石の濁り具合。ここ何百年、何もなかったはずなのに発生している事態へストームの勘は警鐘を鳴らし続けていた。油断をするなと、気を抜くなと、そしてあの男(アース)を一刻も早く殺すのだ、と。

 あの男(アース)がこの異常事態の元凶なのだろうか? ストームはその仮説を、否定できはしない。

 それならばストームが取れる道は最初から一つだ。危険な芽は摘んでしまう。世界を守るためには、それくらいしかないのだ。

 ……ストームはふと嫌なことを思い出して、自分の先程の思考を一瞬諦念混じりに省みた。

 彼はこの思考に従って、結果的にだが同胞までも殺したことがあった。……それは感情を一部見失っているストームにとっても、嫌な記憶で。




 首を振ってから血が滲んだ手のひらを軽く舐める。そしてストームは、未だ収拾がついたはずも目処が立ったはずもないであろうこの現象を押し留め鎮めるために、再びあの男(アース)を探して歩き出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ