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変異魔獣個体遭遇戦

 剣を投げたのは失敗だったな、と気持ちを落ち着かせながらアースは思案する。そもそもあの剣はかなりレアなもので、攻撃力も耐久性も一級以上のものなのだ。さらに言えば、あの剣はアースが使う魔法の方向や威力を調整しやすくする触媒にもなっている。

 ラガットにも言われていたことだ。他に方法がないときや単純にフェイント目的のとき以外には、武器は手放してはいけないものなのだと。

 アースは称号に賢者を持つが、本質的には全剣士、刃物を主体にして戦うスタイルの戦士だ。そんなアースが唯一持っている刃物系の武器と言っていい大剣を怒りと苛立ちに任せ、みすみす手離してしまったのだ。ラガットやミウに知られれば叱られてしまうだろう。あれがもし契約武器だか意思のある魔剣だかでなければ、あのスライムによって奪われさらに窮地に陥っていたことだろう。


 眼球も表情もないのっぺりとした白濁色の塊にきつい視線を送り、アースは口許に溢れていた血を拭った。考えてみる。勝つまでいかなくとも自分の武器を取り戻す算段を。最小限のダメージで、あの変異したスライムを倒す算段を。


 手札は一つ。剣が手元にないアースに取れる戦略は、たった一つ。

 アースは賢者だ。白魔法と黒魔法とを極め、その二つを合わせることで混沌魔法(灰色魔法とも時に呼ばれる)……使えればそれだけで魔法使い全般から敬われるような魔法も、第十位階までならなんとか使うことができる。能力の由来は知らない、つまりいつなんどきどのように行使できるようになったのかは知らないが、それでも魔法に関しての腕はある。確かに一流並みの腕はあるのだ。


「指導してくれたミウさんに、感謝するっきゃねぇな」


 アースは小さく呟くと目を細め、スライムに向かって駆け出した。そしてスライムに狙いを定めさせないようにと左右へ駆ける方向を変えながら大気よ、土よ、と口にする。

 するとアースの声に応えたのか、それとも魔法を行使したのか、土がアースの踏みしめたところから僅かに隆起しそれと共に微風が吹き始めた。最初はただもこもとアースの踏みしめた土から体積を増し、アースの長い髪を進行方向へと揺らすだけだった現象。

 しかしそれは、アースがスライムまであと20歩程度のところに到達した時点で一変した。


 大地が大きく揺れ、スライムとアースを中心に陥没する。それと同時にスライムの退路を絶つような形で風が渦巻いた。スライムがびくりと驚いたように震え、まるで警戒するかのようにその白濁色をさらに濁らせた。

 アースの剣を飲み込み、濃くなる色とも相まってやがて大剣は完全にアースの視界から消え去った。

 スライムに予想以上の高い知性を感じ取り、アースはさらに加速しスライムの体へと突っ込んだ。そして体にかかっていた勢いをそのまま拳に乗せ、白濁している体の中に左腕を無理矢理捩じ込む。

 侵食されるような不快感と痛みに頭が警告を発する。しかしアースは痛み分け上等だ、と唇を舐めた。大地の力よ、と先刻唱えたものとは違う言葉を口にし、アースは大地属性の魔力を循環させ始めた。そして準備を整えると僅かだが詠唱を口にする。


「『来たれ──雷光』」


 アースはわずかなタメ時間を置いてから強力な雷を魔力で引き起こして、自分の腕を中心に放った。放たれた電流はスライムの白濁粘体を引き裂くと同時に術者であるアースの体をも舐めていき、元々ダメージを受けていた肺すらも焼く。

 ばりばりと音を立てながら体を駆け巡るダメージに血を吐き出しながらも、アースは頭だけには電流が行かないようにと土属性魔力を高密度に纏めて、頭周辺へ重点的に循環させていく。

 しかし二つのことへ集中力を割きすぎて、意識がスライム自体から離れていたのだろうか。無防備な脇腹へ一撃、触手によって貫かれてしまった。

 蓄積したダメージに耐えきれずにアースの脚から力が抜ける。けれどアースの瞳に諦めはなかった。痛みに集中は妨害されているはずなのにさらに腕を奥へ奥へと押し込んでいく。それに比例し電流も体へと流れる、流れる。


 痛みに耐えながら耐久力比べをしているところでふと、アースの指先に固い何かが触れた。その瞬間アースは出し惜しみせずに魔力を捩じ込み、触れた大剣の重量を増大させる。


「ギぁエエ゛エ゛エ゛!!!???」


 身の毛もよだつような叫び声が上がる。口も喉もないスライムでも声は出るのか、と半ば達観したような心持ちでアースはそれを聞き、緩んだ粘液の拘束に追い討ちを駆けるように腕を埋め込ませ、そして大剣の柄を握り締めるとそのまま力任せに引き抜いた。


 懸念していたよりは大分綺麗な刃を見ると、アースは大剣の柄を両手で掴み直しそのまま振り上げた。そして……。


「『魔力剣』もどきっとなぁッ!」


 刃に剣内部に魔力を纏わせ、剣の腹で叩き潰すように降り下ろす。粘液のきつい抵抗に押し返されそうになる刃。そこにさらに魔力を注ぎ込めばまた重量が増し、粘液の重い抵抗にも対抗できていく。


 しかし何事にも限界、というものは付きまとうのだ。


 永遠にも思われたその均衡は、アースの魔力切れによって終焉を迎えた。








──スライムの敗北、という形で。


 魔力切れによって力が抜け、もはやここまでかとアースが覚悟すると同時に、スライムの体からも粘性が失われたのだ。アースは残っていた勢いのままにスライムの体を叩き潰し、粘体内部に浮かんでいた拳一個分程度の大きさの青色の岩石のようなもの……変異魔獣個体であるスライムの魔石を、スライム本体から地面に切り離し、叩き付けた。

 悲鳴はもう上がらず、スライムは形状を保てなくなってそのまま地面にずしゃりと崩れた。まるででき損なったゼリーがスプーンで叩き潰されたような、そんな不格好な形で。


 へなり、と足が萎えたアースはその場に座り込む。脇腹や胸元に痛みが集中していて、火がついたように痛くて、熱かった。けれどそれと同時に失血のせいで体温が下がり始めており、どうしようもなく寒かった。

 やばい、とアースは呟く。命に危険が及んでいた。このまま倒れたら死ぬだろう。意識を失えばもう目覚めることはできないだろう。そんな恐怖に、アースは意識を得てから初めてさらされた。

 どさり、と堪えきれずにアースの体が地に伏す。起き上がりたくて、けれどそれは叶わなかった。痛みが意識を蝕み、アースの思考は意図のようにもつれてまとまりを失った。


 そして、その場所に意識のあるものはいなくなった。

スライムとの戦闘、終了。

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