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変異種

 遭遇してから30秒で片付けたスライムの核を回収し、アースはほう、と息を吐き出した。剣を握っていないせいか、それともまだ慣れていないせいか、体から抜け出た魔力が戻ってくる様子はなかった。

 ラガットから聞いた話、魔力の回復はスキルの効力、装飾品や武器防具に宿るスキル・能力によっているらしい。もちろん休息による自然回復もあるが、その回復速度からあまり宛にならないらしい。もちろん絶対量の差で回復速度にもいくらか差はあるらしいが。

 あとは国宝だったり秘薬だったりはするが魔力を回復させる……MPを補填する薬もあるらしい。

 ただそのような薬は基本的に劇薬であり、値段の高さとリスクの高さ、依存性や刺激性などのデメリットが目立つために使うものはいない。

 というよりも、使えるものがそうそういない。

 ラガットは実力や人柄の関係上、国に雇われるなどで戦線に出、いくらか秘薬、違法の品に手を出したこともあるらしい。国からの苦肉の策として配給されたこともあるだとか。しかしその結果は身の毛もよだつようなものばかりで、ラガットの経験からの話をねだったアースはそのことを後悔したほどである。


 例えば体力も魔力も全て回復させるという劇薬である"ラ・カムル"を服用した兵士は、大半がその莫大な回復量に体が追い付かず、結果過回復に侵されてぐずぐずに腐り、死んでしまったと言う。

 熟れすぎた果実のように膨れ上がり赤くなり、そして溶けて腐り落ちた……なんて話だ。

 気持ちのいいものではない。


 まあゆっくり旅する分には魔力回復量だとかを気にしたり、そんな危険な薬を求めたりする必要もないことであり、アースは何度か手を握ったり開いたりして感覚を確かめると、また歩き始めた。

 しかし途中で先ほど自分が口にしたことを思い出し、少しずつだが歩幅を大きく、足の入れ換えを速くし始める。

 アースの踏んだ地面が土埃を僅かに舞わせ、そしてすぐに風に吹かれて地面に戻っていく。砂粒が舞い上がり、そして落ちる音。そんなものを気にすることもなくアースはどんどん加速していく。


 と、アースの体がいきなり重くなったような感覚に侵された。

 驚いて足を止めると、すぐにその感覚は消えたが……。ふ、と自分が駆けてきたはずの道を振り返った。気が付くと、走り出しだ場所からずいぶん離れていたようだ。あの重い液体の中に突っ込んだような感覚の中で、こんなにも進めるものなのだろうか? そんな疑問を抱き、眉を寄せる。

 アースはいくら直感的戦闘センスがあるとはいえ、身体能力は獣人のラガットには遠く及ばない。ミウとの場合は体力的な問題があるので、勝てるとしても短期決戦を狙った場合のみだろう。実際には手の内もいくらか知られているので勝機はかなり低い(アース的には)だろう。

 まあ言いたいこととしては、身体能力も持久力も人より少しある程度でしかない彼が、気付いたらかなりの距離を一気に移動していたということがおかしい、不可解であるということだ。


「……ま、分かんねえもんはどうでもいいや」


 そう呟くとまた前を向き直し、アースは歩き出した。


 と、いきなり、なんの前触れもなく、薄い靄が視界を侵してきた。ん、と声を漏らし、不思議に思って辺りを見回すが靄は濃くなる一方。それに伴い警戒心も上がりはするが、対応策は浮かばなかった。

 そうこうしている内に靄は霧となり、視界を覆い尽くす。

 じっとりとした冷たさに、その不快感に顔を歪めつつもアースは大剣を抜く。あまりいい予感がしないのだ。

 ラガットからの教え、冒険者としての知識の一つ。突然環境や天候が変わったら最大級の警戒をすること。特に視界や音、香りなどを変えるものは力があるものの仕業だ。さらに言うと、その現象が固有スキルによるものである場合は固有スキル以外での対抗がほぼ不可能となる。

 術者を打ち倒して解除させるか、固有スキルによって対抗するか、はたまたそれとも魔法道具に頼るか。

 手段は限られる。


 ほう、と息を吐き出すと大剣に魔力を込める。

 脳裏を過る詠唱に、いくつも沸いては消える魔法名。どれを使えばいいのか、どれがこの状態で有効なのか、そして何がいるのか。この手の相手への対策は、対応は、それよりも相手はなんだ、有効属性は?


「くそっ、やりにくい!」


 悪態を吐き出すと大剣のスキルで軽く重力を操作し、風を起こすために剣の腹を立てて一度だけだがぶぉん、と振り回した。

 しかし霧は固体ではない。霧が満ちた状態でそれを振り払うには、風量が足りない。かといって竜巻など起こせばアース自身が巻き込まれ、負傷してしまう。それでは意味がないし、何よりそんな魔法を悠長に使っていては隙ができてしまう。

 感覚を研ぎ澄ませるように目を瞑る。現在視覚は宛にならない。使うのは聴覚と触覚のみ。嗅覚は霧の湿り気のせいで上手く使えない。が、一応意識だけはしておく。


 と、そこで空気を引き裂くような音がアースの耳に届いた。しかも速度が速いのかどんどん大きくなる。

 どこから来る? その疑問を抱きながらも、魔力の無駄遣いだろうなと分かっていても対処のためにとアースは魔法を行使する。


「『大地の大風(グラオン・ゲール)』!」


 本来であれば一方向にのみ展開するだけで攻撃をカットできるレベルの魔法であるが、攻撃が向かってくる方向を定めきれなかったアースは安全策として、自分を球状に取り囲むように魔法を展開した。

 発動した魔法は大地属性と風属性が入り交じった黒魔法。位階にして四十八を誇る中級魔法である。大地属性魔法全般の防御力の高さと、風属性魔法全般の速度・衝撃緩和ができるという特性を活かし、比較的少ない魔力で相手の攻撃を往なしきるという高等戦術魔法だ。タイミングを見極められる目と耳、そして勘がなければただの魔力の無駄遣いになるわけだが……。


 結果として、アースの判断は正しかった。


「がっ?!」


 展開していた魔法を突き抜け、アースの背中に何かの塊がめり込んだ。それは土の塊と同じように体へ当たると弾け、魔法でも殺しきれなかった勢いのままアースの体勢を崩し、集中力を削ぎ落とす。

 しかしここで体勢・集中を崩し切っては相手の思う壺だとアースは断じて、皮膚に食い込んだだけの塊とそれによる痛みとを無視するように素早く魔法を発動した。

 相手が人か魔物かはどうでもいい。自分を殺そうとしてきた、攻撃してきた、敵意を向けた。それで十分だ。アースはもう、攻撃をしてきた相手を自分の敵と断じる。特別な理由があると言うのならまだ考えなくもないが、とりあえずは無力化するまでは反撃するつもりに意識を切り替える。


「まずは一発いくか……『双炎』!」


 ごうっ、と霧を舐めるような深紅の炎が二つ現れ、アースが剣で指し示した方へと飛んでいった。方向はアースから見て後ろ。先ほど攻撃が飛んできた方向である。

 しかしながら炎は攻撃対象を見付けることができなかったのか、手応えのないまま着地し、破裂。魔力の無駄遣いをした結果となった。

 しかしアースもそんなことは覚悟の上だったのか特に反応することはなく、展開していたままだった大地の大風(グラオン・ゲール)を途切らせると大剣を牽制のためにか力一杯振るった。

 その次の瞬間、硬質な音が大剣の刃から生み出される。どうやら今度は無音の攻撃を受けたらしい。運のいいことに、アースはそれを弾いたのだ。

 不可視で無音の攻撃。さらに言えば霧のせいで大剣の切っ先が届く程度の距離までしか見通せない。攻撃も当たらない。相手の姿も捉えられない。相手には高い知性があるらしいな、と判断し、アースはさらに眉根を寄せる。

 知性を大して持たず害意しか持てない存在を、この世界(アラマンデ)では"魔物"と呼ぶ。彼らは体内に魔石を持つこともあまりなく、知性も対してないがゆえに最弱階層としての扱いを受けている。その代わりに最も数が多く、殺しても殺しても増えていくのである。そして人間の子供と同等以上の知性を持ち、特別な魔法や戦闘方法などを持つ存在を"魔獣"と呼ぶ。彼らは体内に魔石を持ち、数は少なくとも強い力を持つ。そして長い時を生きた魔物は、時に魔獣として進化し、特異個体となることがある。


 進化個体か、元々魔獣の個体か。この大陸で自然に発生するのは魔物のみのはずであるから八割で前者だろうな、と予想しながらもアースは溜め息を吐く。

 進化によって特異魔獣個体となった魔物は、往々にして通常の魔獣個体よりも魔力や知性が高かったりするらしい。つまり手強いし、油断が命取りになる。

 面倒くさい、と思う。同時に、血が沸き立つような感覚もあった。「俺は戦闘狂(バトルジャンキー)か?」などと気分を落ち着けるためにそんなことを考えるとアースは一度深い深い呼吸を行った。深呼吸。大きく吐いて、深く吸う。


「見えない相手は炙り出すまで……!」


 そして覚悟を決めたかのように口にするとアースは大剣を振り上げ、躊躇いも溜めもなく降り下ろした。その瞬間膨大な魔力を出し惜しみ無く大剣に注ぎ込み、アースは単純な降り下ろしを隕石の墜落レベルの衝撃へと変化させる。

 超重量になった大剣が地面を大きく割り、土石を砕き、それと同時に霧すらも一時的ながら散らした。

 霧が一時的に晴れたことによってか、もしくは地面が不安定になるまで揺れたためか。アースの感覚は焦ったように動いた"ナニカ"の気配を捉えていた。


「そこだなっ?!」


 先ほどまでの腹いせに、アースは思いきり魔力を込めて重くなった大剣をそちらの方へぶん投げた。大剣がアースの意図を汲んだのか、はたまたアースの怒り任せの投擲が案外上手くいったのか、投げられた大剣はそのまま、気配の方向へと飛んでいく。


 がいん、と重く硬質な音が響く。


 先ほど攻撃を弾いた時よりも重い音。その音が響いたその少しあとから、霧が少しずつ薄くなり始めた。力を削げたのだろうか、それとも上手い具合に仕留められたのだろうか。

 相手が人間ではないとしか考えられなくなっていたアースは容赦も余裕も何もなく、ただ音のした方へと走った。

 そして完全に霧が晴れたその瞬間。アースは胸元へ強烈な一撃を食らった。

 がは、と空気の塊を吐き出し、それと同時に舌を噛んでしまい飛びそうな意識が痛みと共に戻ってくる。無防備に食らってしまった攻撃の正体は、攻撃を放った主は、ようやくアースの目の前へと姿を表したのだ。


「げほ……っ。スライムの、くせに……やりやがった、な……!」


 胸元と舌をジクジクと蝕む痛みにひどく顔を歪め、アースは霧の中から現れた白銀に濁る体を持つスライムへと、怒りのこもった目を向けた。




 どうやらアースは、いきなりながら厄介な相手に出会ってしまったらしい。

続きます。

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