表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

生きていくために

「依頼品の緑薬草三十株達成。鮮度は遅滞の魔術により取れ立て、採集状態は私が監修したため合格点、道中の危険度はD。常時依頼のゴブリン・スライム討伐達成。ノーマルスライム四体、ゴブリン六体。特殊依頼のゴブリンメイジ一体討伐。討伐証明品の鮮度は上々、傷はなし、魔石なし。メイジの耳で500クローナ、ほぼ無傷なスライムの核三つで330クローナ、少し傷のあるスライムの核一つで100クローナ、ゴブリンの耳六つで480クローナ、緑薬草の依頼達成金が300クローナで、道中危険度から見て危険手当ては50×10クローナ足す100×1クローナで600クローナ。依頼品の鮮度からのボーナスが150クローナですから……合わせて2460クローナの報酬になりますねそこからギルドの上納金で端数60クローナは差し引いて……2400クローナの報酬になります」


 ぶつぶつ呟いたかと思うとミウは結果としてそう口にし、アースに向けて少し待つように指示を出した。

 日も暮れて子供たちがいなくなり、ギルドにいるのは数人の青年たちとアース、ラガットという状態である。


 そしてミウは結論を出すと一度奥に引っ込み、少ししてから戻ってきた。

 ラガットがそこで口を開き、アースに通貨と通貨の単位というものを教える。


この世界(アラマンデ)での通貨はゼムス大陸を除き、ほぼ統一されているんだ。単位はクローナ。略式でKRとかKとかと表示されることもあるね。1クローナが石貨1枚で、10クローナが銅貨1枚。銅貨10枚100クローナで半銀貨1枚、半銀貨10枚1,000クローナで銀貨1枚。銀貨1,000枚1,000,000クローナが金貨1枚だ。平民だとまず金貨なんて見ることはないだろうね。冒険者でも一生かけて金貨を10枚……つまり白金貨1枚、10,000,000クローナ集められたら良い方さ。儂の場合は運が良かったから、白金貨を二枚ほど溜めてあるけどね」


 ラガットの流れるような説明に一瞬アースは戸惑うが、それでもラガットが「これは生きていくための知識だよ」と言ったため、何度か復唱して身に付けたようだった。

 1クローナが石貨1枚で、そこから順に10枚、10枚、10枚、1,000枚、10枚で貨幣の価値が上がっていく。それがさて一体何になるのかという疑問がないではないが、ラガットが言うならそうなのだろう。

 そう納得してアースはもう一度だけ復唱した。


 アースが通貨とその単位を習得し終えた頃、ようやくミウが戻ってきた。手にはいくばくかの硬貨がある。アースはその硬貨をぱぱっと目で数え、ふむ、と呟く。

 硬貨自体を見たことは今回が初めてなのだが、それでも予想ができる見た目からアースは指も使わずに計算する。


「石貨20枚20クローナと銅貨8枚80クローナで100クローナ、そこに半銀貨3枚で400クローナ、あとは銀貨2枚で2,000クローナっすかね。しめて2,400クローナ? 俺の報酬っすか?」


 ぱぱっと計算をして見せたアースにまたミウはにっこりと笑みを浮かべ、そうですね、と返した。

 ……平民で計算をできる者はいる。この村では特に、ラガットが冒険者になるために必要な技術な一つとして文学と算学を教えている。しかし記憶を失っているこのアースという見た目少年の存在は、そもそもギルドに記録がない。つまり秘境で生まれたとか、スラムで育ったとか、少なくともちゃんとした教育を受けられるような環境にいなかったとしか考えられない。


 それなのにこの計算速度。しかもあの実力。

 やはり理解しきれない、とミウは胸の内で呟く。けれどアースに邪気がないのはもう嫌というほど理解したのだ。でなければミウは少なくとも一度はアースに殺されていた。対応しきれない戦闘が起こる前頃にアースが襲いかかれば、ミウはある程度の抵抗はできても生き残ることはできなかっただろう。

 けれど今はもう、勝てなくとも生き残るための道筋を持っている。そんなことはアースが記憶を失った振りをした暗殺者か何かであれば、とっくの昔に分かっているだろう。

 それなのにミウはこれまで一度も殺気を向けられなかったし、そもそも偶然に装ったようなハプニングだって起こらなかった。


 つまりアースには邪気も殺意もその他もろもろの悪意はさっぱりない。疑うだけ無駄で、むしろ気を張り巡らせてもミウではまだ勝てない。


「よく分かりましたね。こちらの白い硬貨が石貨で、赤茶色の硬貨が銅貨。銀貨はこの銀色の硬貨で、それ以外は半銀貨ですね。手で持っているとこの村の外では危ないので、基本的にはギルドに預けるか肌身離さず革袋にしまっておくか、です。預けますか? それとも革袋を買いますか? ギルドの革袋だと少し値が張りますが、強度は保証できますよ」


 ミウとアースが少し話している間にラガットは考える。ルミスの姓、記憶の喪失、ミウの様子から伺えるアースの実力。

 はてさて、一体アースという見た目少年の存在はどういうものだろうか? と。

 ラガットは元々冒険者だ。その関係で不思議なもの、理解が及ばないようなことにはそのままにしておくことで解決を待つという手法を取れるし、大して気を張らずにいられる。

 そのためミウと比べればラガットの心配や焦りは薄いものだし、そもそもアースが敵だという仮定をしていないために気を張る必要も考えていない。まあ、そもそもの話ラガットの実力であればアースとでもある程度渡り合えることがすでに分かっているためにラガットは焦っていないのだが。


 ではこの理論はラガットの村の外では通用するのだろうか? 自問して、すぐに打ち消す。

 不可能だ。アースの実力では、アースが自分で口にしている"記憶喪失"という単語では、疑いを打ち消すことができない。時間をかければ誤解だということが理解されるとは思うが、いくらでも時間は必要になるだろう。

 生きるにしても何をするにしても、力が全てではないのだから。


「──ふむ、そういうことなら……うん、革袋買うっす。いくらっすか?」

「250クローナですね。半銀貨2枚と……」

「銅貨5枚、ですね? 報酬から差し引いてほしいっす」

「分かりました」


 ミウから報酬の残りと革袋を受け取り、アースはほう、と息を吐き出した。今回のことでアースはある程度ではあるがまた学習できた。

 ミウの様子を実は、アースはずっと伺っていたのだ。そのため自分の実力がやはり桁違いであること、算学ができることがあり得ないとは言わなくとも珍しいこと。また、力だけで解決をはかれるものが少ないこと。

 今はラガットがいるから良い。今はまだ良い。いくらか失敗をしてもラガットはリカバリーをしてくれる。ミウもある程度だが見逃す様子をもう見せた。だからまだこの村にいる間は、構わない。

 問題は旅に出たあとだ。アースを悪魔と呼んだ彼に対してなら力を振るうことも厭わない。殺されたくはないから、命の危機に大して本気になるのは当然だ。けれど村を出て、ラガットやミウの言うソドノス大陸の外に出たら、きっとそうも言えなくなってくる。

 もちろんアースには生きていくのに必要な知識も常識もないのだからどうしようもないし、対策しようとしてもたかが知れているのだが。むしろぼろを出す自信しかないレベルだ。

 一体ラガットに頼らず生きていくには何が必要なのだろうか? アースに足りないものはどこまで補えば良いのだ? どこまで、一体どの程度まで?


 手元に渡った硬貨と革袋を眺め、アースは僅かに鼻で笑うことにした。

 今は悩む必要はない。狙われても取り敢えずは生き延びられるだろうし、記憶がない状態でうだうだ悩んでも結論が出るはずもない。そもそもアースは生きていきたいのではなく、記憶を取り戻したいと同時、世界を知りたいのだ。

 常識や実力で悩んでも意味はない。自分がほしいものにはならない。それならば、悩まない方が得だ。




 三者三様の考えは、口に出されることもないまま混じりあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ