くえすと
「さあ、まずはクエストだ」
爺さんがなぜそんな結論に至ったのかは分からないけれど、俺は村を出ると告げた翌日、いつの間にかギルドに来ていた。
爺さんは俺に何をさせたいのか。何を考えているのか。分からないけれど、まあ悪いことではないと思うんだけど。
「いや、まあそれは良いんすけど……なんでクエストなんかやらなきゃいけないんすか?」
「そうだねぇ、まあまずは資金の話だ。君は記憶がなく、ギルドにも情報がない。今は儂が養っているけれど、もしこの村を出るとしたら生活するためには冒険者として生きるしかないだろうね。旅をするなら行商人という手もあるけれど、それだとしがらみも多い。次に君の能力は見たところ戦闘向きだ。それは自覚しているだろう?」
「……まあ、それは」
「最後に人脈作り。ギルドに入り浸れば受付の人間もギルドの長も君を知る。そうなれば時に、ある程度配慮してくれることがある」
爺さんの言うことは一々ごもっとも。よく考えなくたって反論の余地はない。俺が俺自身の記憶を取り戻したり、俺の昔の知り合いとかを見付けたいなら人脈を作ることが必要。この村を出るなら金を稼ぐ手段が必要。最後に能力が戦闘向きなのも事実。
例えば俺がノーマルスキルで所持していた『全剣術』。このスキルは"刃物類での与ダメージを上昇"させる。俺のメインの武器があの大剣である以上、このスキルは様々な恩恵を俺にもたらす。
また、他にも『白黒魔法』や『異常耐性』が俺には戦闘を促してる。どう考えても召喚されてすぐに使ったあの黒魔法の威力は攻撃的に過ぎたし、『異常耐性』なんかは小と言えど、対人戦にも対応してる。
まあでもそこまで考えると、俺が何をしていたのかがさっぱり見当をつけられなくなる。やっぱり冒険者か? けれど俺の記録はないと爺さんもミウさんも言っていた。つまり少なくとも俺は、冒険者としての登録はしていなかった。
「さて、何がいいかな。儂がついていけるものであれば……近場の採集クエストかな」
「採集クエストってーと……っていやいやいや?! さすがに爺さんは村長だしこの村にいなきゃダメだろ!?」
「そうですよ村長! 何を言い出すのかと思えば!」
俺が受けるのにちょうどいいクエストを探してくれている、と思ったら爺さんはとんでもないことを言い出した。いやな、いやな? そりゃ爺さんはそういうのに手慣れてるだろうし、ついてきてくれたら嬉しいよ。でも爺さん村長だろ!? 村長が村を離れたらダメじゃねぇか!!!!
ほら、ミウさんも何言ってんだよ、みたいな顔してるじゃん!
「むう、騙されてはくれなかったか……」
「何言ってんだよ! てか騙そうとしてたのかよ!」
思わず突っ込む。
おい爺さん、いくら俺に記憶とか常識がないからって、そんなことで騙されるわけないからな?!
「残念だよ、ついていきたかったのにな」
「村長は村にいてください! 村長はこの村の最大戦力なんですから!」
怒ったように言うミウさんの言葉が、ふと耳に引っ掛かる。この村の最大戦力が爺さん? そりゃまた……いや、まあ、妥当なのかもしれないけど。
とりあえず爺さんはついてこないということで俺とミウさんの意志は固まって、爺さんはクエストを選ぶだけにしてくれ、と二人で口を揃える。
仕方がないなと爺さんは笑うけど、ミウさんが言った通りなら爺さんを村から離すわけにはいかない。もし爺さんが村からいなくなってしまったらあれだろ、何かあったときにどうしようもなくなるんだろ? それなら動かすわけにゃいかないっつーの!
わちゃわちゃと騒ぎながら話し合って、ようやく俺の初クエストの内容が決まった。爺さんが選び、ミウさんがこれなら初心者でも大丈夫だと太鼓判を押した、「大遺跡周辺での薬草採集」。
大遺跡と言うのは俺が召喚された洞窟的なあそこ。なんでもモンスターが出ると言う記録は殆どないけれど宝箱が豊富で、この大陸で唯一SSS級のダンジョンとして扱われている場所らしい。
しかも言い伝えも中々豊富にあって、この世界を滅ぼす悪魔が大遺跡で召喚されるらしい。
……色々な意味で嫌な言い伝えだと思う。つまり俺を殺そうとしたアイツは、その言い伝えを信じてるってわけで。
爺さんはミウさんには、俺が大遺跡で召喚されたなんてことは言っていなかったらしい。言い伝えを教えてくれたのはミウさんで、けれどミウさんにはまったく悪意も何もなかった。
分かっているのは単純に、俺が記憶喪失だってことくらい。
それが爺さんの配慮であり優しさだってことは、まあ、俺にも分かる。ありがたいとも思う。けどそのせいで逆に俺は、ミウさんにその言い伝えを深く聞くことができなかった。俺は別に本とか昔話が好きな訳じゃない。俺は敵視されたいわけでも、排斥されたいわけでもない。
……難しいところだ。
「ではミウ、アースくんについていってあげなさい」
「えっ」
「はい、勿論です」
と、俺が意識をさ迷わせているうちに話が進んでいた。え、俺、ミウさんと行くのか? ミウさん俺についていっても大丈夫なのか?
俺が不思議そうと言うかなんとも言えない顔をしていると、爺さんは朗らかに笑って俺の頭を撫でた。
じんわりと柔らかい体温が俺の体に馴染んで、胸がポカポカとしてくる。
「この村ではね、儂が決めたことなんだけど、初めてのクエストには必ず大人か、ギルドの職員がついていくことになっているんだ。実力によってはそれ以降も適宜実力者をつける。そうじゃないとクエストの上手いやり方も、命を守る方法も、身に付けないで大きくなってしまう可能性があるからね」
「まあこの村だけの特別ルールですね。しっかり利用して、頼って、冒険者として一流になってください」
優しげな声、優しい言葉、柔らかい眼差し。
俺にはそれが何よりも得難いものに思えた。幸せだと思えた。
「……よろしく、お願いしま、す」
口に出せた言葉は少しどもっていたけれど、それでも爺さんたちは笑ってくれていた。