この村を
「この村を出る、か……その理由を、聞いてもいいかな?」
「そうっすね。まず、俺は爺さんにとっての厄介事にしかならないっす」
俺がそう言うと、爺さんは何を思ったのかよく分からない表情で目を細めた。何を思ってるのかよく分からない。悪感情ではないと思うけれど。
「次に、俺は記憶がない。これを取り戻すためには多分、この村にいるだけじゃだめっす」
「ふむ……その根拠は?」
「勘っすかね。あと、謎が多すぎるんで」
せめて手がかりを探しにいかなきゃ俺について俺が知ることは多分できない。もちろん時間が経つのを待てば記憶は戻るかもしれない。けどそれにかかる時間はどれだけだ? どれだけ俺は時間を無駄にしなきゃいけない? ……まあ、無駄と言うのは言い過ぎかもしれないけど、もし何か大事なことを俺が忘れていたとして、思い出したときにここにいちゃいけない気がするんだ。
きっと俺が忘れていて思い出せないことには、俺の家族に関する大切なことがある。忘れちゃいけないことだろうし、何かしらのことをしなきゃいけないこともあると思う。勘にしか、すぎないけど。
「さらに、俺は命を狙われている。話してはいなかったっすけど、俺は召喚された直後に襲われたんすよ。そのせいで巻き添えを喰らって、俺を召喚した人たちは全員殺された。俺だけがそいつと戦って、生き残ったんす」
「……ほう」
そこまで言うと爺さんの表情が厳しくなった。やっぱり俺が厄介事だってことを理解したのかもしれない。
命を狙われている俺がいつまでもこの村に留まれば、いつかとは言わず明日にでも、この次の瞬間にでも、アイツがまた俺を殺しにやって来るかもしれない。今度も撃退できるとは限らない。知識を得た今、今度は下手に魔法を使うこともできない。威力の分からない技を使うこともできない。下手に子供たちに、爺さんに、この村の人たちに……迷惑をかけることは、できない。
結局のところ俺は自分が信じられないから、それでも爺さんとこの村のことが好きになっちまったから、だからそれを壊さないようにいなくなってしまいたいんだ。俺が消えただけで何かが改善するってことはないだろう。ただ、それでも何かが悪化するってこともないはずだ。俺には記憶がない。そのせいで断言はできないけれど、俺がいたら害がある。俺が消えれば何もない。……多分、それだけのことなんだ。
できるなら、本当は、俺はこの村にしばらくいたい。この村のことが俺は好きだ。爺さんのことが俺は好きだ。子供たちと話すのも遊ぶのも、楽しいから好きだ。
でもだからこそ、俺はこの村に迷惑をかけるわけには行かない。俺はここに留まってはいけない。
「……最後に、俺は旅をしたい。これは俺の思ってることのほぼ半分を占めてるっすね。俺は自分の記憶を思い出したいと同時に、この世界のことを知っていきたい。アラマンデと呼ばれるこの世界のことを、俺は何一つ知らない。だから自分の目で見ていきたい。この耳で聞いていきたい。この手で触れていきたい。……だから、この村を出たいんす」
俺がそこまで言い終えると爺さんは目を閉じ、しばらく考え込むような様子を見せた。ほんの少しの時間……多分1分か2分くらいだろう。そのくらいの時間だけ考え込んで、爺さんはそれから顔を上げた。
「なるほどね、君の言いたいことは大体理解できたはずだ。君は記憶がない。それにも関わらず召喚され、その直後に命を狙われた。そのせいで儂たちこの村の住人に迷惑をかけることを恐れている。また、自分が失った記憶を取り戻すためにはここにいてはいけないと思っている。それと同時に世界を見ていきたい。だからこの村から出ていきたい、と」
「概ねその通りっす」
「なら、好きにすると良い。若い内は旅をすることも必要だし、確かにこの村に留まっていては記憶の手がかりは見付けられないだろう。確かにアースくんの命が何者かに狙われているとしたら、儂らが巻き添えを食うこともあるだろう。それは確かに、村長としての儂が望むところではない」
爺さんはけれど、俺の頭に手を置いて微笑んだ。まるで子供をあやすみたいなそんな、優しい顔。正しいかは分からないけど、俺を大切にしてくれようとする顔。
爺さんは優しいんだな、なんて俺はぼんやりとだけど考えた。爺さんの表情にも言葉にも偽りがないとすれば、爺さんは正直で、優しくて、偉い人だ。俺のことをそのまま素直に"厄介事"だと認めた上で、俺のことを貶めるようなことはしていない。自由にさせてくれる。
「ただ、もう少しはこの村にいなさい。アースくん、君は未だ常識も知識も足りていない。そのままで旅をしても騙されることがあるだろうし、何よりこの大陸を出たら魔物や魔獣に遭遇することも考えなくてはいけない。君は未だ知らないことが多い。ここで学んでいきなさい」
「え、でもそしたらアイツがまた……」
「大丈夫、この村にはこの大陸……ソドノス大陸の中心的なギルドがある。よほど腕に覚えがあるか、馬鹿でもない限りはしばらく様子を見るだろう。だから、三日だ。明日から三日で、君に儂の持つ知識を伝えよう。その知識を活かすも殺すも君次第。四日後には……この村を出ると良い」
爺さんはまた微笑んだ。けどその笑みは頼もしいもので。……俺は、それに安心させられたんだ。爺さんがそこまで言うなら大丈夫だろうと。爺さんがここまで言うんだから頼らせてもらおうと。
「よろしくお願いします、爺さん」