役目
「……っ」
びりびりと腕に走る痺れを抱えたまま、彼は木の影に踞っていた。傍らには刃を一つに畳んだ、あの刀とも手裏剣の様とも表現できる武器。
はあ、と小さな溜め息を一つ吐き出すと彼は、スクト・パルームは巨木の幹に背中を預けた。アルーダが意図せず放った黒雷に与えられたダメージが相当大きかったために、彼は今、というかあの日からしばらくの間、森の中で時間を無為に過ごしていたのだ。
本人としては、この休息の時間は役目を放棄している時間である。一刻も早くダメージを回復させ、この大陸を出てあの彼を殺さなくては……。
そう思ったところで、スクトの口から再び溜め息が吐き出された。……スクトはアルーダの実力に、恐怖を感じていたのだ。
スクトは見た目はそれこそアルーダよりも幾らか若い、というよりも少年のような幼い容姿に見えるが、これでもこの世界が始まったと言われる時代から今までの20万年とプラスマイナス数万年を生き続けてきた原始ノ者の系譜の一人なのだ。故に、見た目よりもずっと永く生きてきている。本人も、実際何年命を繋いできたのかは……実感が薄い。無論ステータスを開けば知ることはできるが、二千年を越える時間を生きてきたために記憶が薄いのだ。
スクトは自分がいくら時を過ごしてきたのか、もう、本当の意味での理解はできない。
「……解ってる、解ってる。ちゃんと、役目は、果たすから……」
スクトは自分の頬の傷を押さえた。首を振り、何かを振り切るようにそんなことを呟く。
役目とは? スクトはふと、今までずっと考え続けていたことを振り返ることにした。溜め息を吐き出し、無意味と解っていながら全てを、振り返ることにしたのだ。
……静かに、スクトは意識を空へ融かしていく。僅かに曇っていた空は、何が起きたのか優しい夢色に染まり上がっていた。
誰かが願ったような雨上がりの風景にも近い、綺麗な色だ。その色をもし言葉にしろと言うのならば……まるで、濃いアメジスト色をした生温い海の中で、そっと溶ける氷のような……、いや、生温い波間に元々持っていたその形を飲まれ、透明なその色を海に呑まれ、混じり、最終的に全てが判然としなくなるような悲しい色に……空は、変わっていった。
どこか遠くの方で、どよめき、驚くような声が響く。
スクトの意識はだが、もうその頃には……深い深い、追憶の風に融けていた。
……。
…………。
………………。
『やく、め……』
『そう……この世界、私達が住んでいるこの世界を守るために、私達原始ノ者の系譜に連なる里は代々……その身に大いなる力を宿せるものを里の外へと送り出す。そして、影からこの世界を守護するのだ。そしてその役目を負うもの、それがストーム、お前なのだよ……』
『さとから、でて……』
幼い日にスクトが言われた、その言葉。
それはスクトを、ストームを、世界の人柱の一人に縛り付けた。
誰も知らない、知る由もない。
感情と共に葬り去られた、とある真実以外は……神と呼ばれる者達だけが、知っている。
主人公アルーダの命を一番最初に狙った、原始ノ者のお話。




