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2016年/短編まとめ

瓶詰め飴玉の幸福論

作者: 文崎 美生

幸せを小さな飴玉に例えてみて、小瓶の中をそれでぎゅうぎゅう詰めにしてみたら、ボクは素直に笑えて生きたいって言えて、生きてて良かったと思えるのかな。


そんな疑問を持ちながら、デスクの上に置かれた小瓶を手に取り、蓋に手を掛けて捻る。

捻る、捻る、捻る――ひね、捻る。

グッグッ、と力を込めて捻っても、蓋そのものが捻り切ることが出来ない。


あれれー?と何処かの小さな探偵さんのように首を捻りながら、同時に蓋も捻る。

やはり捻り切れない上に開かない。

これでは中に入っている飴が食べられないのだが、いっそ割ってしまおうかと両手に小瓶を持ち替えた時、前の席から腕が伸びて来た。


「開けられないなら言え」


ボクよりも肌の色が焼けていて、でも男の子にしては白くてしなやかな筋肉がついている腕。

ん、と差し出された手は大きくて骨張っている。

今しがた割ろうとしていた小瓶をて渡せば、片手でも簡単に包み込めてしまう手に、ほぅ、と感心してしまう。


しかもぐっ、と軽く力を入れたようにしか見えないのに、蓋が捻られて開く。

何故だ、と理不尽な思いを抱きながらも、男女の差は何かと大きいんだと納得もする。

「有難う」と両手を出せば、蓋の空いた小瓶が傾けられて、手の平の上で転がるカラフルな飴。


「虫歯になるぞ」


転がされた飴をまとめて口の中に放り込めば、苦々しい顔でそう言われる。

もごもご、ごろごろ、舌で飴を転がしながら、ゆっくりと首を横に振った。

大丈夫、という意味でやったのだけれど、目の前の顔は更に歪む。


ボクの幼馴染みはどうにも過保護だ。

目の前にいる幼馴染みは、ボクに興味なさげに無下に扱う癖に、実は過保護で心配性のツンデレだと思う。

「オミくん」小瓶を受取りながら、彼の――幼馴染みの名前を呼べば、ゆっくりと視線を上げて、何だよ、とでも言うように右目を細める。


手、手?と単語で会話をするのは良くあることで、細めた目を戻して、今度は眉を上げながら手を出すオミくん。

ボクより一回り、二回り大きい手の平の上に、ころりころり、と飴を二、三個転がす。


「小瓶がいっぱいになったら幸せなんだよ」


口の中に入れた飴は檸檬と苺とマスカットらしく、味がぐちゃぐちゃに混ざり合う。

不味くはないけど、ちょっと良く分からないことになっているが、目の前ではオミくんが手の平の飴を、一つだけ摘み上げて口に入れている。


「それじゃあ、お前は幸せを食ってるわけだ」


「……あー、そういう解釈も出来るよねぇ」


もう既にいっぱいだった小瓶の中身は、ボクとオミくんが食べちゃったせいで少し減った。

いっぱいにしたら幸せだとして、それを食べたら幸せだとして、減ったら今度は不幸せで……。

むぅ、と頬を膨らませて首を傾けていくと、落ちるぞ、なんて見当違いな心配をされる。


勢い良く定位置に首を戻したせいで、グキッゴキッ、なんて骨が鳴った。

運動不足を示しているようで嫌だな、と不快感を飴を齧ることで誤魔化す。

ガリゴリ、甘い欠片が歯にべったりとこべりつく。


「お前の思考は『幸せを集める』に向くんだな」


ゴリガリ、動かしていた口を止める。

オミくんを見れば、いつも通りに左目が隠れた状態で、右目だけを覗かせてボクを見ていた。

軽く頭を振れば、右目を隠す長い前髪も揺れるけれど、その奥の瞳は見えない。


ボクと同じくらいに表情筋が固くて、苦々しい顔は出来るのに、なかなか笑顔を見せてくれないオミくんは、無表情のままにボクを見据える。

それから何も答えずに、小さくなった飴の入った口を開けているボクに対して、だから、と強めの口調で紡ぐ。


「『幸せになる』じゃなくて『幸せを集める』っていう、答えの出し方の違いだよ」


オミくんはボクから一瞬だけ視線を外して、デスクの上のパソコンを見た。

あぁ、小説が書きかけだから気にしてるのかな、と思いながらも、オミくんの言葉を聞いて頷く。


だが、ボクの顔をまじまじと見たオミくんは、深い溜息を吐いた。

それは失礼じゃないか、と言いたかったが、それよりも先に言葉を続けるのはオミくんで、ボクは開いていた口を閉じて聞くしかない。


「普通は幸せになるって考えるだろ」


「……そこはあれじゃない?人の考え方の違いで、価値観の違いだから正解はなくない?」


「……お前と話すの面倒臭いんだけどさ、大衆的かつ一般的に多く聞く言葉や感情として受け取れ」


「さらりと酷いこと言われたけど、そうするね」


うんうん、と首を上下に動かしながら言えば、更に溜息が一つ。

こうして二人で向き合って話すのは久々だと思うけれど、さらりすらり、と毒を吐かれるのは久々でも何でもない。

寧ろ良くあることで、毎日あるような日常茶飯事のことだ。


「親から沢山の愛情を受けた子供は、子供と遊びたがり、親から愛情を受けなかった子供は、大人と遊びたがるんだよ」


「話が変わってこない?それだと」


一瞬の沈黙、オミくんがボクを見て前髪を掴みながら沈み込む。

深い溜息を吐き出しながら、下を向いて深呼吸をしているけれど、何、ボクが悪いのか。

小さくなった飴を舌で潰せば、熱で溶けて消える。


「同じだよ。足りないものを埋めようとしてる」


頬杖を付きながらボクを見たオミくんの目は、細められているけれど、黒々としていて深い。

男の子にしては髪が長くて、体付きはしっかり男の子なのに、顔立ちは中性的。

幼馴染みだからすっかり見慣れてしまったけれど、狡いなぁ、と思うくらいに綺麗だ。


ボクのあげた飴を握っていたのだろうか、ぽい、と残りを口の中に入れて面倒臭そうに言葉を紡ぐ。

そんな姿も綺麗だけれど、やっぱり見慣れている。


「集める癖――俗に言う収集癖って言うのは、足りない何かを物で埋めようとしている場合もあるんだよ。他の場合も勿論あるけどな」


「つまりは、ボクの『幸せを集める』はそういうことなんじゃないの?って話?」


ボクの言葉に、やっと分かったか、と言うような深い頷きを見せたオミくん。

成程、とは思うけれど、それが確定とは言えない話なので、ただ成程と思うだけだ。

飴を食べ終えて、話を聞いて、体を左右に揺らすボクを見たオミくんは、小瓶に手を突っ込む。


そもそも幸せの定義自体も人それぞれだけどな、と言いながら、小瓶の中の飴を一粒取り出す。

まぁ、ボクの『幸せを集める』よりは分かり易い話だし、寧ろそれこそ納得出来るし、分かる。


「今は、幸せか?」


飴を見下ろしながら何事もなさそうに呟いたオミくんに、ボクは瞬きをした。

この会話からそう飛ぶのは予想出来ただろうけれど、そんないきなりな飛び石感覚で来るとは思わなかった。

パチパチ、と睫毛を揺らしながら考える。


幸せの定義が人それぞれならば、特に何事もないこの放課後の時間も平和な幸せの一つとも言えるのだろう。

二人ぼっちの部室で、お互い別々のパソコンと向き合って、ひたすらにキーボードを叩く作業を、暗いと思うならそう思ってもらっても構わない。


ただ、どんな作業に関しても、目の前にいる誰かが慣れているか慣れていないかは結構大事な問題だろう。

集中力と落ち着きが違う。

少なくとも、ボクはそう思うのだ。


「うん。オミくんとだらだらお喋りするのは好きだし、勉強になるなぁって思うよ。だから、きっと幸せなことなんだよ」


唇の端を引き上げて、目尻を引き下げて、ゆっくりと首を傾ければ、ポイッ、と口の中に投げ入れられた飴。

何色かは忘れたけれど、前歯に当たってカチリと音を立てた。


「それじゃあ、きっと俺も幸せだな」


真顔で言い放ったオミくんは、黒々とした目でボクを見ながら小瓶の蓋を閉める。

カチャカチャ、硝子のぶつかる音がして、ギュッ、と力の入った大きな手を見て、笑いが込み上げた。


くすくす、くすくす、小さな笑い声を漏らせば、不快そうに歪められた眉があって、更に笑ってしまう。

そうだねぇ、幸せだねぇ、と笑いながら告げれば、舌打ちが一つだけ返って来て、それでも幸せだなぁ、と呟いてしまった。

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