御祓:役目
俺と桜は今、井藤さんと横田さんの住む家の前まで来ている。
「え、本人に会うの、いいの?」
「会わないよ」
桜はそう言って笑った。
「人間の血が入った俺にしかできないことなんだ。今から妖魔を祓う」
そう言った桜は先ほど片丘さんが持ってきた水の入った瓶を取り出し玄関にまいた。それから目をつぶり何か唱えだした。彼の口から漏れる言葉のほとんどがわからなかったが、唯一「疑い深くするもの」だけ聞き取れた。
少なくとも五分は唱えていただろう。唱え終わると桜は瓶の水を口に含み飲み込んだ。
「……これで大丈夫」
「……どうして、最初から祓わないんだ?」
そう聞くと思いっきり笑われた。そしてここが人の家の前だということを思い出し慌てて口を押さえる。
「これはね、ある程度妖魔の正体を絞らなければできないんだ。もし俺が立てた仮説通り、淫魔だと思いこんでやっても、何の意味もないんだから」
「……そうなんだ」
それにね、と桜は微笑んだ。
「本当に祓えたかどうかはまだわからない。これからの井藤さんがどうなるか、それが重要なんだ」
「まだ彼女が疑い深かったら、この結論も間違っていたってこと?」
「そーゆーこと。さ、片丘さんのところに戻ろう」
片丘さんのところに戻ると、焼き菓子のいい匂いがした。
「ご苦労様。人間界の材料だけで作ったから新月くんも安心して召し上がって」
「俺、朔って名前なんですけど」
子供がふてくされたように言ってしまい桜に笑われた。片丘さんは少しニヤついたように笑みを浮かべている。
「新月くんでいいのよ、その方がいいわ」
「え、どういうことですか」
朔のほうがいいんですけど。
その言葉は発せられなかった。
「あなたを私の助手に任命するわ」