結末:土産
修学旅行から1週間が経った。雪山から帰ってしばらく風邪気味だったため、学校へは登校するものの片丘さんのもとへ行くのは避けてきた。妖魔に風邪がうつるのかは分からないけど。
ともかく、1週間ぶりに片丘さんのところへ行く。――長田さんとともに。
「喜んでもらえるかな……」
長田さんがお手製のチョコレートタルトを手に息を吐く。ちなみにバレンタインは近いが何も関係ない。俺もチョコ菓子作るか迷ったけど、風邪気味だったし修学旅行土産の既製品チョコレートだけを持ってきた。
「長田さん……日常生活に支障はない?」
「大丈夫、なはず。ちょっと視線感じることはあるけど……」
御祓の水も異界のもの。俺たちは長田さんに異界のものを飲ませてしまった。
電話越しに片丘さんから説教されたが、御祓のためなら仕方がないと諦められた。相手型の妖魔が用意したものは胃に入ってないからまだセーフらしい。
「私の妖力の結晶を飲み込んだということは、私が見えるようになっているかもしれないわね……落ち着いた頃連れてきなさい」
そう言われていたので、今日をその日にした。
でも――。
「見えないです……。気配は感じるんですけど、やっぱり何も……」
路地の先で片丘さんが待っていたが、彼女には片丘さんの姿が見えなかった。
「……私が見えないと屋敷にも呼べないわね。残念だけどここで解散にしましょう」
そう片丘さんの言葉を伝えると長田さんはしょんぼりした。
「はい……あの、助けてくれてありがとうございました。これよかったら食べてください」
長田さんは差し出したケーキの箱が宙を浮いたと思ったらすぐに消えたのを見てびっくりしてたけど、確かにそこにいるんだと分かって微笑んだ。
「休日なのに悪かったわね……」
そう。今日は日曜の朝だ。早朝ではないが、10時のおやつには少し早いかなという時間。長田さんを駅まで送ったあと、再び片丘さんの屋敷に戻った。
「大丈夫ですよ。でも……長田さんは何で見えなかったんだろう」
「……妖魔を見える人のほうが少ないけれど、縁というものがあるのかもしれないわね。それがあの災害型だったことは不幸だけれど」
片丘さんは静かにチョコレートタルトを口に運ぶ。目が輝いてもいいはずの美味しさなのに(俺も一切れもらった)、片丘さんの表情は暗い。
「そう言えば、桜は?」
「実家に帰っているわ。今回の件で報告義務が生まれたから」
「……災害型のデータですか」
もう二度と起こらないよう、記録にして残すことは大切だ。
それにしても、また中部地方に行っているのか。大変だなあと思いながら淹れてもらった紅茶を飲み干した時、片丘さんが顔を上げた。
「新月くん。今から行ってほしいところがあるのだけれど――」
「じゃあ片丘さん、行ってきますけど、結局どっちへ行けばいいんですか?」
久那敷さんが待っているのは廃れた古い映画館。千賀坂が待っているのは人払いをしている喫茶店。どちらに行くかで、今後の同盟相手が確定する。
「――片丘さん?」
そう呼びかけるも片丘さんは何も言わず俺の顔をじっと見ている。
「――2、1」
薄く開かれた唇からカウントダウンの声が漏れている。その意味を問おうとしたけれど、目の前が急にチカチカして何も考えられなくなった。最後に頭に入ってきたのは、とても静かで悲しげなつぶやきだった。
「――ごめんなさい、朔」




