推理:花嫁
「……」
片丘さんが黙りこんでしまった。きっと情報を整理しているのだろう。
千賀坂の電話を切ってまたノートパソコンに目を向けた。記事を読み返す。
ああ、やっぱり。
「創作っぽいのも、実際の記事のもの、全部女性が被害者だ」
全部が女性。あり得るのだろうか。
「女性にしか感知できない妖魔っているのか?」
「妖魔の目的が女性を必要とするものならあり得ると思う……でも、これは」
桜も俺と同じことを考えたようだ。
「女性を連れ去ることが目的の妖魔――?」
何のために、そんなことを。
ホワイダニット。どうして。
長田さんが連れて行かれたのも、GPSが指し示した位置にも、必ず理由があるはずだ。
どうして――。
「――どうして長田さんは迷子になったんだろう」
書き出した紙を見て零れた呟きが、ピースの形になった気がした。
スキー中、初心者組はインストラクターの人と一緒に7人くらいの班になってコースを回るはずだ。
いくら長田さんが最後尾だったとしても、迷子になるはずがない。仮に竹やぶとかに突っ込んで行ったとしても、腰が抜けて立てなくなった以外に身体に変なところはなかった。怪我をしてるそぶりはなかった。
そして、長田さんを見つけてしばらく進んだ先には――。
「嫌な気配を感じたのは午前だけで、午後に長田さんを保護した後は何も感じなかった」
その時点で憑いたんだ。
「GPSが不安定になったのはその日の夕方で――それなら辻褄が合う。妖魔はきっと、ターゲットを千賀坂から長田さんに変えたんだ」
「まってよ朔」
桜が手でタイムの形を作る。目には動揺の色が浮かんでいる。
「千賀坂さんに憑いた妖魔は完全に祓ったよ。それに連絡がかかってきたのは彼女がスキー場に着く前だ」
確かにそうだ。妖魔は完全に祓っている。でも、引っかかっていることがある。
「千賀坂に憑いた洗脳型の目的は『宮倉さんから電話がかかってきた』と錯覚させるため。だったら、逆探知でGPSを反応させたら矛盾に気がついてしまう。わざわざ自分からネタバラシするはずがない」
「――弱い妖魔に便乗して頂こうとした、と新月くんは考えているのね」
片丘さんが口を開いた。
「危ない崖に誘導したのは滑り落として自分の元に来させるため。でも本人は来ず、別の子に目移りしてしまった。そういうことね」
片丘さんの瞳が満月のように光った。
「長田愛結さんという子は『とてもいい子』なのよね?」
「はい。誰にでも優しくて、家族思いな人だと思います」
「なら、何故『探さないでください』という書き置きを残して消えたのかしら? 何も言わずに出ていくこともできたのに」
「……それは、誘拐や妖魔に連れ去られたのではなく単なる家出と見せかけるため?」
「下呂さんの体質のことも妖魔のことも知らないならあり得そうだけど、理由がないよ。普通得体の知れないものなら助けを求めるんじゃないかな」
「普通ならそう思うわ――けれど、きっと。優しすぎたのよ彼女は」
「……まさか」
「そのまさかよ。彼女は得体の知れない妖魔に同情心をほんの少しでも抱いてしまった、もしくは大切な家族を守りたくて自己犠牲の心を働かせてしまったのよ」
「洗脳型と変化型の混ざり物――花嫁を求める神に化けた妖魔。見境なく、それでも好みの女子を執拗に求め顕現する災害」
見つけたわ、と彼女の唇が動いた気がした。
「断言するわ。私たちが立ち向かう相手は未知の妖魔、災害型よ」