導入:書置
「さてと、千賀坂さんと久那敷。どちらと手を組むか決めないとね」
片丘さんは頬杖をついた。
「絶対にどちらかと手を組まなきゃいけないんですか?」
「ええ。一応悪い話ではないし鳥月嬢からも勢力拡大は勧められていたもの」
情報を整理する。
千賀坂の目的は妖魔の研究。あくまで人道的な範囲だと思うが片丘さんは色々なものを提供する必要があるだろう。
そして千賀坂がもたらすメリットは、片丘さんの存在証明を上げるのではなく下げる薬を開発し、外敵から危険を減らせるようになることだと推測。
久那敷さんの目的は分からない。ただ、慈善事業ではないだろう。見返りは祓う際の意見提供だろうか。
メリットは他の祓い屋から守ると言ったことだ。実際活動範囲が離れた祓い屋の情報を得ることで、動きやすくなる部分はあるだろう。同業者同士利用し合うと言うことだ。
「ま、あの男を信用できるかどうかは疑問だけどね」
2つ目のプリンを食べながら片丘さんは刺々しく言う。
「それにしても、千賀坂さんは依頼を持ってくるし久那敷はこちらを試してきたし。話を聞くだけと聞いていたのに散々だったわね。依頼料を後で請求しないと」
「まあまあ。少なくとも、千賀坂のは解決できて良かったです」
いろいろあった5日間だった。
「俺個人としては、千賀坂がいいと思います」
私情しかないが、そうとしか思えない。
「久那敷さんと組まなくても関わる機会はあると思います。でも千賀坂とは――ここで断ると縁を結べない気がして。それはもったいないなと」
片丘さんは首を横に振った。
「それだけで決定するのは浅はかよ。それに、縁ならあなた個人でも結べると思うのだけど。少なくとも呼び捨てにしている仲でしょう」
……それもそうか。俺個人として広げられる人脈もあるはずだ。
「そういえば、桜はどこに行ったんです?」
紅茶を飲み干しても桜は帰ってこない。俺が来る5分前に来たと言っていたが。
「買い出しを頼んだのよ。牛乳が切れてしまったから」
「……そういうのをメールで送れば来る道中に買ってきてくれたのでは?」
片丘さんは目をパチクリさせた。それから鼻を鳴らして顔を背ける。
「……メエルは好かないわ。それにしても遅いわね――」
突然音楽が鳴り出した。
俺の携帯だった。
「何? 新月くんの電話の音?」
「は、はい。着信音で――桜?」
電話をかけてきているのは桜だった。
「もしも――」
「朔! 今どこ!?」
「片丘さんのところ、だけど」
すごい剣幕で驚いた。片丘さんにも届いていたそうで眉を潜めている。
「じゃあ路地の入り口のところまで来て! お願い早く!」
片丘さんと共に路地の入り口まで走る。細い路地を出た先には桜と照虎さんがいた。桜以上に照虎さんの顔は蒼白している。
「桐野君。来てくれてありがとう」
照虎さんに片丘さんは見えていないので、俺の名前だけ呼ばれた。
「あの、照虎さん。どうしたんですか――」
「いなくなったんだ」
「……え?」
いなくなった――それが誰なのか、照虎さんの表情で分かった。
「これを見てくれ」
差し出されたしわまみれの紙に書かれた文字を読む。そこにはたった一文だけが書かれていた。
『探さないでください』
「これを残して妹が――愛結がいなくなったんだ!」




