推理:掌握
――絶対に許さない。
底冷えのするようなドスの効いた声に一瞬で俺と桜の動きが止まる。電話越しなのに、ふつふつと怒りが沸いている様子が伝わってきた。怖い。
「高岡。これって、耳に当てていなくても私の声を聞く方法はあるのかしら?」
「は、はい! イヤホンを使えば――」
「なら、それで私の言葉を聞き取って通訳して」
「誰に、ですか……?」
「決まってるじゃない――新月くんたちがやたら『イケメン』だの『整った顔』だの言っている胡散臭い好青年によ」
早朝。修学旅行の行程的には、6時45分までに朝食バイキングの列に並んでいればOKなので、時間に余裕はある。
が、人目につかないようにと久那敷さんを呼び出したのは5時半だ。すごい眠い。
しかし、怒りに震える片丘さんを思うと何も言えない。通訳は桜がすることになったので直接片丘さんの声を聞かなくていいのは幸いだ。
「――おはよう。こんな時間にどうしたの?」
久那敷さんが来た。
『今回のことで、文句と推理を言いたいのよ』
「――と、うちのボスが。桜は通訳に徹してますので、失礼なことを言ってもこいつのせいじゃないので」
こくこくと桜が頷く。片丘さんが何を言うかわからない以上保険をかけておきたい。
「分かりました。それで、文句と推理というのは?」
きっと片丘さんのいる路地では、創られた窓から夜明けの月が見えているのだろう。
けれども俺たちがいるホテルの地下からは、何も見えなかった。
『まずは私の助手たちの失態から――彼らは探偵としては失格だわ。それは認めます』
――昨日も言われたことだけど、胸が痛い。
『探偵としての基本。実際に聞き込みをしたり依頼者に確認を取ったりしなかったこと。与えられた情報だけに頼ってしまったこと――情けなかったわ。妖魔の正体を探ることに必死で、基礎を忘れていたもの』
「――そうですね。探偵としてのお力を借りたかったので、そこは残念に思いました」
『けど』
「けど?」
『久那敷さん。あなたが犯人でしょう?』
「――どうしてそう思うのかな?」
『妖魔の気配を感じなかったと聞いたわ。本来微量ながらも妖魔の気配は感じるもの。混血だとしても。でも――うちの助手の気配すら消えていた。これはおかしいわ』
「何が言いたいんです?」
『簡単よ――秘匿された遠山家の分家、人間の血のほうが強い混血の祓い屋、式神遣いの久那敷の長男さん』
片丘さんの推理はこうだ。
そもそもの依頼がでっち上げだった。
峰村さんは〈にんにん〉エリアの食事処スタッフ。それは正しい。
それ以外が間違いだ。
茂田さんからの依頼自体が嘘。
〈トレンド〉エリアで現れた峰村さんは久那敷さんの式神。
自身が混血であると悟られないために妖魔の気配を遮断する式神の使用。
片丘さんに連絡を取らせないよう妖魔用携帯の電波妨害をする式神の使用。
本来の峰村さんは制服を着替えないまま〈にんにん〉エリアを散歩することを休憩としていたので、そもそも着替えの時間や〈中立〉・〈トレンド〉エリアを探す必要がないこと。
これは妖魔案件の依頼ではなかった。
全て――久那敷さんの掌の上で転がされていたのだ。
『よくもコケにしてくれたわね』
「ははは、そんな怒らないでくださいよ」
久那敷さんは爽やかに笑う。それでも――こちらへの揶揄が確かに含まれている。
「今回は助手くんたちの様子を見たかっただけで、手を組みたい気持ちに偽りはありませんよ。ただ――」
本当に、残念ですよ。
声に出さず口だけが動いた。俺と桜に向けて。
「それでは、いいお返事を期待してますよ」
久那敷さんはエレベーターに乗ってしまった。