調査:其方
俺は峰村さんの本来の職場である〈にんにん〉エリアの食事処へ向かった。桜のほうが動体視力がいいということで、〈トレンド〉エリアに残って峰村さんを尾行することにしたのだ。
トランシーバーがないので、携帯の通話モードをずっと起動している。ポケットに入れてイヤホンをしている状態なので、お互い無言だが何かあったらすぐ連絡が着くしやりとりも筒抜けになるように機能させている。最悪充電が切れても、桜の妖魔用携帯があるので片丘さんと連絡は取れる。完璧な状態だ。
峰村さんが普通に動いてこっちに来たのなら単なるスパイ。
瞬間移動したのなら憑依型の可能性。
同時に存在したのなら――周囲に妖魔の気配がないか探す。変化型は人間にはなれないとしても、新種の変化型、最悪の場合災害型を疑わなければいけない。
〈にんにん〉エリアの食事処は定食屋さんのようなところだった。兵糧丸売り場と茶屋(団子と日本茶売り場)はエリアのあちこちにあるが、しっかりしたレストランはここくらいだ。
昼食・夕食といったちゃんとした食事も、カフェご飯のようなものやスイーツ類も全て揃っている。たしかに、レシピやスタッフの情報が漏れたら大変そうな店だ。
「……あと5分で峰村さんがいつも来る時間だ」
スタッフ入り口の近くで見張る。一応窓越しに店内の様子も見える場所だ。
「……そういえば、久那敷さんは何をしているんだろう」
〈トレンド〉エリアでも〈にんにん〉エリアでも見かけていない。両エリアをつなぐ〈中立〉エリアは面積が狭いから普通に通っていて見つけられないはずがない。
どうしてだろう、嫌な予感がする。
俺たちはとんでもない間違いをしているのではないか――?
「うわっ」
風が強く吹いたと思った瞬間、顔に勢いよく何かがへばりついた。
慌てて剥がすと白い紙だった。
「すみません! 清掃が行き届いてなくて……大丈夫ですか?」
スタッフの人が近づいてくる。手にはクワ型の箒とちり取りを持っているから、清掃中なのだろう。ちらりと見えたちりとりの中には色紙がいくつか入っていた。
「すみません、さっきここで忍者ショーがあって……紙吹雪を大量に使うもので」
「あっはい。大丈夫で――」
思わず目を見開いた。
目の前で心配そうに俺を見ていたのは、食事処の制服を着た峰村さんだった。
峰村さんは掃除を終えると店に戻っていった。周囲を見渡しても桜の気配はない。妖魔の気配もない。やりとりも、普通だった。
桜の尾行を振り切った? でも制服を着替える必要がある。どういうことだ。
「もしもし、桜――」
「朔!」
話しかけたと同時に大きな声が耳に届く。それから「ごめん、うるさかったよね」と謝りの声が届いてから――。
「『峰村さん、まだドリンク売り場で働いているんだけど、そっちに変化はあった?』って聞こうとしたんだけど――ずっと見ていたのに消えてしまった」
15分後、ようやく桜と合流できた。ドリンク売り場に代わりの人が来るのか、食事処で峰村さんは働いているかを見るためどちらもすぐに動けなかったのだ。
「そっち、消えた時、妖魔の気配は?」
「なかった。そっちも峰村さんと話した時違和感は?」
「それもなかった――どういうことなんだろう」
顔を見合わせ困惑する。
確かに別の場所に同時に存在する時間があったのに。
なんの妖魔の気配も感じられなかった。