御祓:現実
次の日になったが、千賀坂さんとは連絡がとれなかった。彼女たちの高校は昼すぎに出発するらしいから、もう時間はないのに。
「片丘さんにメールを送るよう頼んでるけど、どうなるのかな……」
俺たち経験者組は自由にコースを回っていいと言われているとはいえ、ちゃんとスキーをしなくてはいけない。ホテルに残って千賀坂さんを待つことは無理だ。
ホテル近くのコースをぐるぐると回って、いつ千賀坂さんが出てきてもいいように気を張っているが彼女は出てこない。やっぱり、まだ風邪が影響しているのだろうか。
「千賀坂さん……」
「何だ」
ゲレンデマジックと言うのだろうか。いや、確か意味が違ったはず。
振り返ると、キックボードのような何やらハイテクな乗り物に乗った千賀坂さんがそこにいた。
「千賀坂さんって、機械系の科学者だったんですね。てっきり薬品系かと……」
「いや、専門は薬品関係だ。乗り物開発は趣味でやっている。特にこれは、折りたためるからいつでも携帯している」
「そうなんですね……」
正しくスキーをしている男子高校生2人と、背丈中学生の変わった乗り物に乗る女子高校生。なんだか変な絵面だが、千賀坂さんが普通に接してくれていることがありがたかった。
「私自身もGPSの指す地点を確認しておきたかった。向かうぞ」
――俺たちは今から、依頼の報告をして御祓をする。
「何だこれは……」
千賀坂さんは今、GPSが指し示す場所、崖を高台から見ている。
「……そうか、君たちが正しかったというわけか。それで幽霊がいると……なるほどな。私の友人はもう――」
「幽霊ではありません」
思わず遮ってしまってから「やってしまった」と思った。本当は桜が全て説明する手はずだったのに。
それでも、言わなければいけない。
「まだ幽霊だと確定したわけではないです。だから――」
「気休めはよしてくれ」
――でも届かない。
ごめん桜、と目で謝ると首を横に振られた。言ってくれてありがとう、と言うような視線を向けた後、桜は千賀坂さんに向きあう。
「今回の依頼は、あなたに妖魔が憑き、『宮倉さんから電話がかかってきた』と思い込まされたことが真相です。妖魔を祓うために、あなたの携帯電話を見せてくれませんか?」
「――っ」
千賀坂さんは目を見開いて少しの間硬直した後、ゆっくりとポケットから携帯を取り出した。確かに携帯を手に持った彼女から、妖魔の気配を感じる。
……やっぱり。
推理通り、渡された携帯の着信履歴には、何も残されていなかった。
「ありがとうございます。では、祓いますね」
御祓用の水を取り出し宙にまく。それから御祓の言葉を唱え始める。やっぱり聞き取れたのは、「心を惑わすもの」だけだった。
「――」
千賀坂さんは空を見つめていた。今日は雪は降っておらず、晴れ空が見えた。
「……科学者失格だけれど、それでもいいと、偽物でもいいと思ったんだ」
彼女は静かに携帯電話を耳に当てた。
「侑梨、侑梨……」
御祓の言葉がだんだんと小さくなっていく。もう終盤なのだ。
「ユウ、ちゃん……」
桜は全ての言葉を唱え終わり、御祓の水を口に含む。
「もう……もう……」
そしてゆっくりと――飲み込んだ。
「もう、聞こえない……」
妖魔の気配は消えた。残されたのは、泣きながら携帯電話に耳を当てる千賀坂さんと、じっと感情を殺す桜と、何もできなかった俺だけだった。




