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月が出たら謎は解ける  作者: 迎 カズ紀
俺が名前を知った日
30/60

結末:名前

「片丘さん、大丈夫ですか?」

 片丘さんように取り分けておいたクリスマスクッキーを手に、奥の部屋へ向かう。

 片丘さんはソファに横になっていたが、俺に気づくとすぐに体を起こした。

「あ、無理しないでくださいよ。寝たままでいいですから」

「――私にも恥じらいの心はあるのよ新月くん。紅茶を淹れるのだけど、茶葉は何でもいいかしら」

「大丈夫ですけど……」

 わかったわ、と片丘さんは言い紅茶を淹れに行った。寝起きだったからか、いつもより頭がぼーっとしているように見えたけど、大丈夫だろうか。


 戻ってきた片丘さんは紅茶を一口飲むとカップを置いた。それから俺の顔を見て真面目な顔をする。

「1人ずつ伝えたかったから、鳥月嬢にお願いして高岡とあなたを別々にしてもらったの。今から話すのは大切なことだから、聞き漏らさないで」

「は、はい」

 俺もコップを机に戻す。あまりに静かで、自分が唾を飲み込む音以外何もしない。


「私がここに封じられて、出られないことは知っているわよね?」

「はい」

「鳥月嬢からの依頼料――情報なのだけど、私と接触したい人間が2人、それも違う勢力。いるらしいの」

 片丘さんと接触したい人間――?

「正直避けたいのだけど、私に関わる大切な話があるそうだから、接触することに決めたわ」

「……じゃあ、ここに来るんですか?」

 今いる細い路地と派生した屋敷では、片丘さんの力を最大限に引き出すことができると以前言っていた。それでも、居場所を明かすのはやめておくほうが良いと思う。

「そもそも、人間には片丘さんは見えないのでは?」

「そうよ。この前の猫に変化した妖魔……もっちーみたいな変化型や憑依型以外の妖魔は人間には見えないわ。そこで、新月くんと高岡にお願いしたいの――長野で2人と接触してくれないかしら?」

 長野。突然出てきた地名に呆気にとられたがすぐに理由がわかった。修学旅行の行き先だ。

「……わかりました、片丘さん」

「ありがとう、新月くん」

 片丘さんはそう言うと、グッと紅茶を飲み干した。俺も口元にコップを運ぶ。紅茶は少しだけぬるくなっていた。




「雪」

 片丘さんの声につられ、創られた窓の外を見ると雪が降っているのが見えた。ホワイトクリスマスイブだ。

「雪、好きなんですか?」

「ええ。私が生まれた日、雪が降っていたそうだから」

「誕生日、冬なんですね」

 そう返すと、どこか苦い顔をされた。無意識のうちに出た言葉のようだったし、口を滑らせてしまったのだろうか。

「冬は好きよ――ジメジメと暑い、夏に比べたら」

 そうごまかすように言葉を返すと、片丘さんはクッキーの封を開けた。


「うん、美味しいわ。ありがとう……いい加減、何かお礼をしないとね」

「いえいえ、気にしないでく――」

 ださい、と言う前に「いや待てよ?」と自分に問いかける。

 喜んで食べてもらえるのは嬉しい。手作りのお菓子だし、市販品を買うよりは安い。それに調理部としてのスキルアップにもなる。

 でも、最初は手土産だった菓子を毎回持って来る自分はどうなんだ?


 うーんと悩んでいると、クスクスと笑う声が聞こえた。バッと顔を上げると、今まで見たことのない、片丘さんの柔らかい笑みが目に飛び込んできた。いつもの妖しげな表情ではなく、本当に中学生のようなあどけなさがあった。

「――みつき」

「……え?」

 幼い微笑から生まれた、いつもよりも少しだけ甘美な声が、呪いのように刻み込まれた気がする。

満月みつき。私の――名前よ」


 片丘さんからのクリスマスプレゼントは、彼女の名前だった。

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