導入:乙女
依頼者は今日の夜5時に来るそうだから、まだ1時間近くかかる。
一度帰るのも面倒だし、そのまま片丘さんの部屋の隅を借りて宿題をやらせてもらう。桜と一緒に早めに配られた冬休みの課題を解くが、チラチラと片丘さんがこちらを気にするように見ていた。
「そんなに気になるんですか?」
今やっているのは日本史の予習プリント。とあるワークのコピーらしく、答えが簡単に見つからないため教科書を見て必死で探している。
参考書のコピーについて著作権問題はあるだろうが、先生曰く「これ先生も関わってるやつだからいいよね」というアバウトっぷりにもう何も考えないようにしている。鬼畜問題のほとんどはうちの先生が作ったやつだ。
片丘さんは教科書をじっと見てから小さくため息をこぼした。
「恐ろしいわねって思っただけよ」
内容は紫衣事件のところで確かにやりすぎだと思うが、片丘さんが言ったそれは何故か違う意味のように思えた。
「そろそろ依頼者が来るわ――珈琲を淹れるわね」
紅茶ではなく珈琲を淹れることに変に緊張感が走る。桜と顔を見合わせ、苦笑いをお互い浮かべた。
珈琲と一緒に出された茶菓子は俺特製クッキーだった。え、いいの? クリスマスクッキーの試作だが味は保証する……けども。
「嫌がらせに出すからいいのよ。私は結構好きだけどね」
さらっとデレが入ったのはスルーしよう。なんだよ嫌がらせって。あれか、薄味って言いたいのか。
「今回の依頼者、異界用の濃い調味料を作っている人型妖魔財閥の跡取りなのよ。でもやっぱり濃すぎるから新月くんの甘さを参考にしてほしくて」
――嫌がらせなのか?
「ま、普通の甘さの砂糖で作ったもの嫌いなんだけどね彼女。――あと、前回の依頼料未払いだから」
嫌がらせだった。
ちなみに普段の依頼は依頼料を貰っていないらしい。紹介元の照虎さんの事務所、長田探偵社に全部入ってるそうだ。代わりに桜の生活費を払ってくれてるらしい。
でも今回は紹介の通していない依頼。それなりに貰うらしい――前回のも含めて。
「それで、どんな方なんです?」
桜が課題を片付けながら聞いた。確かに、気になる。片丘さんの友人で、おそらく妖魔で、面倒で、ゲロ甘砂糖などを作る財閥の跡取りで、それなのに依頼料未払い。
どんな人だろう。机の上を片付けながら顔を上げずに答えを待った。
「かーなりの美人。黒髪パッツンはお揃いだけどサイドテールにしているの。服は白のチャイナドレス風で、半透明の青いケープを身につけてるの。それから、風鈴をイメージしたカンザシがポイントね。まさに美人って感じ……いえ、乙女って感じね」
「え」
「え」
片丘さんがそんな説明の仕方をするだなんて、思ってもみなかった……というか、え、えっ。
そう思ったのも束の間、バシンと頭をはたかれた。高岡はそんなに痛み感じなくても俺は痛いんだよ!
「……声真似やめてくれないかしら?」
片丘さん特有の冷え切った声が響き渡り、ようやく俺たちは顔を上げた。
イタズラが成功したのを喜ぶように笑う、女性が片丘さんの隣に立っていた。