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月が出たら謎は解ける  作者: 迎 カズ紀
俺が部活を変えた日
20/60

結末:秘匿

 今日のメニューはアップルパイとマドレーヌ。蜂蜜は紅茶に入れる予定らしい。なんと贅沢な。片丘さんですらやってないぞ。

「そういえば、桐野君の名前の漢字変わってるよね。漢字の『一』が最初に思い浮かぶもん」

「ああ、なんか祖父が名付けたらしいよ」

 長田さんと並んで作業中。今はリンゴを煮詰める作業中。パイシートは他の部員がやってるんだけど、視線が痛い。

 マドレーヌはさっき作って今オーブンに入ってるんだけど、酷かった。空気が。


「あんた、愛結様に勧誘されて調子に乗ってんじゃないわよね?」

「言っとくけど、ここは実力主義だから」

「まともにマドレーヌ作れなかったらいる価値ないから」

「退部届け準備しときなさいよねえ?」



 女って怖い。長田さんが先生に呼ばれて調理室から出た途端囲まれた。女って怖い。

 マドレーヌは一人ひとり自分のを作ることにしたけど、長田さんを抜いたら一番俺が上手くできてた気がする。作業効率的にも、質的にも。

 先生からもお墨付きをいただき、今こうして長田さんとリンゴを煮詰める作業を任されたわけだが……。食べてみるまで保留というようだ。


「桐野君お菓子作り初めてなんだよね?」

「え、うん。まあ料理自体あんましないかな。学校の調理実習以外ではやらないかも」

「その割にはすっごく手際がいいよね。すごいなー」

 長田さん、笑顔を向けないでくれ。長田さんの後ろにいる殺気出しまくってる彼女らに気づいてくれ。



 マドレーヌが焼きあがり、アップルパイも焼く段階に。少し休憩ということで作ったマドレーヌを食べることになったが、ファンクラブ女子の1人(最初に絡んできたやつだが、どうやら調理部副部長らしい)が勝負しようと言ってきた。長田さんに俺が作ったのと副部長が作ったのを食べ比べてもらい、どっちが美味しいか言ってもらうのだ。

 そんな裏事情を知らない長田さんは嬉しそうに一口分を切って口に運ぶ――。


 結果は俺の圧勝だった。



 アップルパイも完成し、紅茶を入れ本格的に食べる。マドレーヌ第2軍も焼きあがり、これは持ち帰ることになる。どれも美味しかった。


「桐野君」

 長田さんが鍋を洗ってる時に話しかけてきた。ここでは強者が勝つので、まだ他の女子からの視線は痛いが退部させるつもりはないようだ。

「調理部入ってよかった?」

 首を傾げ少し不安そうに言う。

 そんな彼女を見て、心配しすぎだよと言う風に俺は笑った。

「楽しいよ。意外と料理できて驚いたし、興味も持てたし。それに――」


 続きを言おうとして、思わず口を塞ぐ。

 洗剤で泡がモコモコの手で、長田さんが慌てた声を出した気がするが耳まで届いてこない。



 甘いもの、片丘さんに持っていけるしな。




 なんて、言えない。

 これは小遣いを貢物に使わなくてすむから嬉しいんだ。

 そう言い聞かせた。


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