導入:探偵
「私が見えるの?」
「え、いや見えてるからこうやって話してるんじゃ」
「痛みを感じるのよね?」
「今も若干痛いです」
「……混血?」
「純粋な日本人ですが」
会話がなかなか噛み合わない。というか手を離してくれたのはいいもののまだ首のそばにあるから落ち着かない。なんなんだよこの少女は。
じっくりとその少女を見る。服装は黒のセーラー服だがこの近くの高校はほとんどがブレザーだった気がする。そうなると中学生か? 髪は肩くらいまでの黒髪だが毛先はハサミで整えたようにまっすぐだ。顔は……と思って見てみると目があった。
「じろじろと何?」
「……いや、どこの学校の人かなって」
そう言うと、彼女は盛大にため息をこぼした。それから手を俺の首から遠ざける。
「……あなた、正真正銘の人間ね」
「はい?」
正真正銘の人間。
いや、そりゃそうだろ。そんなことより。
「あの、それで道を」
少女は呆れたように笑った。
「今更そんなことを気にしているの? もうすぐ使いのものが帰ってくるからそいつに教えてもらいなさい……と言ってる間に来たわね」
確かに足音がする。振り返ると……高岡桜が立っていた。
「あれ? 桐野君どうしてこんなところに……って、どどど、どうしてそ、その人と」
落ち着け、と言おうとしたが少女に遮られた。
「あんたの知り合いなのね、そうなのね、このクズ」
「ちょ、流石に師匠でもクズ呼ばわりは……」
「いいえ、クズよ高岡!」
……俺は考えるのをやめた。早くプリント渡して帰りてえ。
高岡が落ち着くのに5分かかった。少女が約束通り出してくれた温かいお茶をいただく。
「高岡君。これ明日までに提出の書類」
「え、あ。ありがとう……わざわざこんなところまでごめんね」
「えっと、その人は……」
「俺の師匠の片丘さん」
「……何の師匠?」
「探偵」
よし、もう今日は驚かないぞ。探偵って。探偵って。てかこいつ4日前におそらく遠いところから転校してきたのに、この辺に師匠がいるっておかしくないか。
「あの、それで桐野君は片丘さんがどうして見えーー」
「来なさい高岡」
「あ、今行きます。ごめんね桐野君」
少女……片丘さんは高岡を手招きした。少し離れた場所で二人は話し出したが声は聞こえた。
「依頼者は何て言ってた」
「浮気調査お願いします……ですって。どうやら彼氏の様子がおかしいということで」
ふうん。やっぱり探偵って浮気調査が多いのか。そう聞き耳を立てながら茶を飲み干す。美味しいなこの紅茶。砂糖は多めだと思うが。
「あのー。お茶ご馳走様でした。これどこに置いておけば」
声をかけると片丘さんはまた手招きをして俺を呼んだ。少し警戒しながら向かうと手を差し出された。コップを渡せという意味だろう。渡した瞬間。パキンと音がなった。
コップにヒビが入ったのだ。そしてそのまま片丘さんはコップを割り破片を手に持つ。それを見た瞬間後悔した。生きて帰れるのか俺は。
「桐野と呼ばれたあなた。これが腕に刺さるとどうなる?」
刺されるのか。俺は刺されるのか。首を絞めるのを諦めて刺すことにしたのか。
そう内心ビクビクしながらも勇気を振り絞って答える。
「血が出て、痛いんじゃないでしょうか」
「ふうん。じゃあ、これはどう思う?」
そう言うと片丘さんは。
顔色を何も変えず高岡の腕に刺した。かなり深く。思わず目を疑ったが刺したことは真実だ。そして彼女はすぐに破片を抜いた。そんなことしたら、血が。
「た、高岡、君。大丈夫か? 止血しないと……」
「桐野君。心配しなくても大丈夫だよ」
そう言って高岡は袖をまくる。確かにそこには刺さった跡が残っていたが……血は出ていなかった。
「ついでに痛くもないよ。まあ、少しかゆいけど」
どういうことだ。目の前のことが信じられないと言いたげな俺を見て片丘さんは容赦なく俺の指に破片を刺した。
「いったい!」
「紛れもなく本物よ」
これでわかったでしょ、と彼女は言った。いや、それより、血が。
「私と高岡は人間じゃないの。……まあこいつは混血だけれど」