復讐と…
真っ赤な鮮血。
ばらばらに散らばる肉片。
それらをあざ笑うかのように貪る。
僕の目の前では惨劇が起きていた。
全てが麻痺していた。
まるで、自分の体が自分でないように思えた。
まるで、今見ている光景が単なる映像のように思えた。
全てが機械的で、現実味を帯びていなかった。
ただただ、壊れた世界のようにしか思えなかった。
けれど、みんな死んでいった。
父さんも母さんも兄弟も・・・
そして・・・僕の恋人も・・・
ずたずたになった体を引きずりながら、目の前に転がる物を見る。
先ほどまではそこにあった生命体。
魔王と呼ばれていた存在。
それを僕は殺した。
いや、壊した。
全身全霊の力で、自分の体が壊れることをいとわず、懸命に壊した。
結果として、魔王は死んだ。
別に僕が特別強かったわけじゃない。
別に僕が特別魔術の才能があったわけじゃない。
別に僕が神に祝福された勇者だったわけじゃない。
僕が唯一あったのは、復讐心。
僕の前に不幸を産み落とした現況に対する憎悪。
それが人一倍強かっただけ。
だから、血を吐こうが、腕の骨が折れようが、死に掛けようが、僕は必死になって強くなった。
魔王を殺すため。
そして、今復讐は終わった。
ここにくるまで、たくさんの魔族を殺した。
魔王を守るために、勝負を挑んできて、僕はそれを切り捨てた。
存在自体が許せなかったから。
だから、冷徹に切り捨てた。
今の僕は真紅の衣をまとっている。
深い深い紅色。
僕は、奥へと進む。
部屋の奥には、時計塔がある。
一歩一歩上へと向かって歩いていく。
やがて、階段を上りきり、最上階へとたどり着く。
魔界独特のどんよりとした空と生暖かい風が体にまとわりつく。
だけど、それが逆に心地いい。
今の僕には。
地上を見てみる。
そこには、累々たる死体が並んでいる。
全て僕が築いた山だ。
僕は腰にかけていた剣を抜く。
たった一本の剣でここまで来た。
たいした、業物じゃない。
いいものは、全部勇者やら、有名な冒険者が持っている。
単なる、一般人でしかなかった僕が持てるわけもなかった。
僕はその剣を空にかざす。
刀身は、すでにぼろぼろになり、刃こぼれをしている。
数々の魔族を殺してきた結果だ。
そして、振り返る。
何かの気配を感じたからだ。
ゆっくりとした、動作で振り返ると、そこには、一人の少女がいた。
真紅の瞳と闇色をした髪をした小柄で華奢な少女。
この場には、到底不釣合いな少女だ。
「お前が、父上を殺したのだな」
その少女がそう尋ねる。
だけど、その言葉で、少女の存在が分かる。
つまり、この少女もまた、魔族なんだろう。
そして、この魔宮にいるということは、魔王家の者、しかもこの態度の大きさから、まず魔王の娘とみて間違いないだろう。
「そうだ。お前の父親を殺したのは、この僕だ」
ならば、その父を殺したのは、僕だ。
ここにいる、魔族を殺したのは、僕以外誰もいない。
僕は、一人でここに来たのだから。
「ならば、死ね!!」
魔王の娘が、剣をきっと握りなおすと僕に突進してくる。
おそらく、こういうことの経験なんてないんだろう。
ほかに何も見えていない。
これなら、誰でもかわせる。
彼女と同じように経験のないものでない限り。
そして、僕だってよけられる。
彼女が突進してくる。
もう、目の前まで来ている。
それを僕は・・・・
よけなかった。
体の大きさからだろう、彼女の剣は僕の脇腹に突き刺さる。
その剣はそのまま体を突き抜ける。
「ごふっ」
どうやら、内臓をやられたらしい。
僕は、血を吐き出す。
少女は、その光景を唖然としていた。
その顔色は青く、体は震えている。
「怖いのか?」
僕は、そんな彼女を見てそうたずねる。
「そ、そんなわけがあるまい!!私は、誉れ高い魔王家の王女だぞ!」
けれど、そんな問いに彼女は気丈にもそう答える。
答えるが、その声は震えている。
そんな姿を見て、僕は・・・
「そう気を張るな。別に馬鹿にはしない。僕だって、初めて、殺したときは、怖かったものだ。」
僕は、昔の僕を思い浮かべていた。
必死になって、僕は力を手にいれた。
そして、旅に出た。
魔王を殺すため。
一振りの剣だけを携えて。
そして、突き進んでいく中、初めて、魔族に遭遇した。
もちろん、即座に応戦して、勝利を手にした。
必死になって、剣を振るい、魔法を放った。
そして、殺した。
だけど、その後、自分の手を見て思わず恐怖した。
自分の手は真っ赤に染まっていた。
魔族の返り血で。
そのときは、本当に怖かった。
自分と言う存在がついに、汚れてしまったと。
そう、自分も魔族と同じところにまで堕ちたのだと。
だけど、それでも、僕は止まらなかった。
復讐があったから。
たとえ、どんなに汚れたとしても。
たとえ、みんながそれを望んでいなかったとしても。
僕は、魔族を滅ぼさないと気がすまなかった。
だから、立ち止まらず、冷酷に切り捨てていった。
そして、今こうして僕はここにある。
「殺すことに痛みを、恐怖を感じなくなってしまえば、そこでおしまいだ。その点に関して、魔王は立派だった。同族が殺すことに快楽を得ることに憂れいていた。それを悲しんでいた。だから、お前は間違っていない。殺すことに恐怖しているお前はな」
僕はそういうと、少女から間を取る。
「貴様、何をするつもりだ!!」
そして、壁のへりによじ登ったところで、少女が僕に向かって叫ぶ。
僕が何をするのか分かっているんだろう。
「僕は、今日まで復讐のために生きてきた。魔族を恨み、滅ぼすことだけが生きがいだった。家族も、恋人も殺され、一人だった。だから、生きがいなど、それしかなかった」
思い出す。
全てを失い、一人きりになったときのことを。
「けれど、それも終わった。だから、僕には、もう生きる必要も理由もない。君も分かっていたはずだろう?僕に勝てるわけがないなんて」
「………」
少女は、僕の問いに対して答えなかった。
けれど、それは無言の肯定だった。
彼女も分かっていたんだろう。
魔王ですら、かなわなかった僕に、勝てるとは思っていなかったのだろう。
「僕はそれでも、受けていた。それは、なぜか?君の復讐を果たせてあげたかったから。せめてもの罪滅ぼしさ。だけど、君には、その勇気がない。なら、どうする?答えは簡単だ!!」
僕は、突き刺さっていた、剣を引き抜く。
とたんに、大量の血が吹き出る。
意識が飛んでしまいそうになるが、それを振り切る。
「ここで、死ねばいい。自分で命を絶てばいい」
そして、剣を、床にほうり捨てると、そのままへりから飛び降りる。
床と空が反転する。
物理法則に従い僕の体が地面へと向かって落ちる。
いつもなら、死ぬことはない。
これぐらいの高さぐらいなら、らくらく生還できる。
だけど・・・
今は生き残るつもりはない。
だから・・・
世界は暗転した。
何もない。
世界には何もない。
ただ、延々と闇が続く。
これが虚無というものなのだろうか。
もし、そうならば、僕は、天国でも地獄でもないところに来てしまったんだろう。
別にかまわなかった。
僕はたくさんのものを殺した。
僕の手はもう、真っ赤に染まり、罪人以外なんでもない。
いまさら、綺麗事を言うつもりはない。
目を瞑る。
まだ、幸せだったときのことが脳裏を掠める。
両親はお小言ばっかり言っていた。
兄弟たちは、僕の後ろばかりついてきていた。
…そして、恋人は……
彼女は、笑っていた。
僕の傍でいつも笑っていて、幸せそうに穏やかに暮らしていた。
幸せ以外なんでもなかった。
満たされていた。
そして、僕の意識はまどろみの中に消えて行った・・・
次に気がついたとき、僕は、見知らぬ部屋にいた。
天蓋つきの豪奢なベッドの上で寝ていた。
わけも分からず、起き上がる。
脇腹のあたりをさすってみるが、痛みはない。
どうやら、傷はいえてしまったみたいだ。
…と、それはいいとして、僕はどうしてこんなところにいるんだ?
それが不思議だった。
ドアを開けて外に出てみる。
そこには、ぼろぼろになった、廊下がある。
見たことある光景…
そうだ、ここは、僕が壊した。
魔族との戦闘中に。
ということは、ここは……
「よかった、目覚めたのだな」
結果が帰着する頃に、僕の目の前に女が現れた。
魔王の娘だった。
「私が、処置を下そうとしたときは、すでに半死人だったんだぞ?それを、蘇生させようと思ったら、そうとうきつかったんだからな」
彼女は、僕を部屋に押し戻すと、ベッドに押し倒す。
寝ろということなのだろう。
だが、わけが分からなかった、
なぜ彼女がそうするかが分からなかった。
「私のことが、おかしいか?」
それが、見え見えだったんだろう。
答えるようにして、話し始めた。
「私も自分自身のことを滑稽に思ったさ。貴様のことを助けようとしていた時に。だが、それでも、どうしても、やめられなかった。それは、多分分かっていたからなんだろう。これが因果応報であることにな」
そういうと、彼女はため息をつく。
すでに、達観しているのだろう。
全てを。
「私たち一族は殺しすぎた。自分の快楽のために。だから、こうなることは必然だし、その王である、私の父上が殺されるのもまた、然りだ。だが、それでも、私は認められなかったのだろうな。私は、父上が好きだったから。だから、好きなものを殺されたから、頭で分かっていても、納得できていなかったんだと思う」
それは、誰だったそうだろう。
自分の大切な存在が頃去ればそう思うに違いない。
因果応報。
どんな綺麗事を言ったとしても、そう簡単に割り切れるものでは決してない。
「だから、貴様を殺そうとした。だけど、結果はできなかった。むしろ、貴様が言うとおり怖かった。私は、今まで生き物を殺してきたことがなかったからな。周りで苦しんでる中で、私は、ずっと温室で育っていた。外に出ることなく、安穏に生きていた。だから、何も知らなかった。だから、思った。そんな私に、復讐をする権利が果たしてあるのか、と。何も知らずに、のんびりと暮らしてきた私に、そんな権利があるのかと。考えに考えて、結局こうなったわけだ」
彼女は最後にそういうと、僕の額に触れた布をおく。
そんな彼女を見て、僕は、なぜか、穏やかになった。
大切な人が死んでから、枯渇し、修羅と化した僕の心に初めてぬくもりの火がともった。
そっと彼女に手をかざす。
「これから、君はどうするんだい?」
「わからない。だが、きっと殺されるだろうな。私は、結局どこまでいっても魔族だからな」
彼女の答えは、やはり全てを達観したものだった。
死を覚悟したときの僕と同じようなものだ。
そんな彼女の手を取る。
「なら、僕についてこないか?僕が修練のときに使っていた小屋がある。あそこなら、人も誰も来ない。そこで、ひっそりと暮らさないか?」
彼女も罪人。
何も知らずに、のんびりと生きてきた。
だから、罰がいる。
ならば、僕がそれを下そうと思った。
僕が、この世界を滅ぼしたのだから、それをするぐらいの権利はあってもおかしくない。
「貴様は、それでいいのか?私は、魔族なのだぞ?」
彼女は、僕の問いかけに対して、おびえるように尋ね返す。
けれど、その声の調子はどこか期待にあふれていた。
「かまわないよ。どうせ、僕も罪人だからね。ちょうどいいだろう」
そんな彼女の問いかけに答えてやる。
せめてもの償いのために。
殺し続けてきた自分の手を洗うために。
決して、綺麗になることなどない自分の手を…
とりあえず、少ないのは寂しいからと次々とアップさせてるけど……
やりすぎかしら??