最終章 世界最期の日(六)
【キャラクター紹介】
○美麗アスカ(外見十三歳)=田中…主人公。二十七歳フリーター男子だったが、交通事故に巻き込まれゲームの世界で美少女バトルマスターとして目覚める。
○三鈴聖音(十三歳)…拳銃使いのシスター。ゲームの世界の住人が中村の試作品(人工知能)であると気付いた唯一の人格で、田中と同じように現実世界での記憶を保有している。専門時代の田中・中村と同級生。
○金剛まみ(十三歳)…十二年ぶりに封印から解かれた伝説の魔女。
○大上るう(十五歳)…オオカミの耳を生やした小学三年生の外見を持つ召喚師。
○カミサマ=中村(外見十九歳)…自殺した青年中村の意思を継ぐ人工知能。アレクシス・キュラ・ダイモーン二世(ヴァンパイアの息子)に扮してゲーム上の田中を監視していた。中村と田中は専門学校時代の友人である。
準備室のドアの開閉音がして薄目を開ける。二度寝していたらしい。俺が入り口に顔を向けると小学三年生サイズの男の子がオオカミの耳を生やした頭を見せた。
「やあ、大上くん」
俺が親しみを込めて片手をあげると、ロリショタ召喚師大上くんは、ソファの俺たち三人に気付き“あ”と声をもらしてから大きくUターン、部屋を間違えましたとばかり退場しようとした。俺は、下敷きにしていたシスターの寝顔を見下ろす、少し視線を下げると、自分の太股にはゴロゴロと身体をすり寄らせて眠る金剛の姿が。
「待て!」
俺がとっさに飛び出し彼の肩をつかむと、召喚師は“ぼく何も見てないお?”と目をぱちくりさせて小首を傾けた。
大上くん、お兄さんはもっと素直な子がすきだな。
俺は召喚師を丁重に部屋に招き入れた。誤解を持たれたまま返せるかって。
俺に突然振り払われたことでシスターと金剛もやっと目を覚ましたらしい。もそもそ身体を起こしてシスターは教室の隣にある更衣室付のお手洗いで修道着に着替えてくる。
大上くんはその間も木製の椅子で床に届かない足をバタバタしてご機嫌にしていた。
部屋に戻ったシスターはソファに座っている俺の隣にちょこんと収まり、金剛は大上くんを挟んでソファの俺と対角のキャスターチェアにもたれて欠伸した。大上くんの視線を感じたらしく口元を隠しながら金剛が弁解する。
「ごめんなさい。あまり寝られなかったものだから」
「そこ! 余計な発言は控えるように!」
こいつらの口を塞がんと、いずれひどい目に合いそうだ。
「ところで、大上くんは何か用があってここまで来たんじゃないのか」
彼はこくりとうなずく。
「そうなの! ここに来ればみーちゃん(美麗)に会えると思ったの!」
大上くんは、ポケットに手を突っ込みごそごそしてからケモ耳をピンとおっ立てた。アフレコをつけるなら“あった! ”といったところ。彼は尻尾をぶるんぶるんさせて取り出した紙切れを俺に突き出した。
なになに。四つに折られた紙を丁寧に広げていく。隣のシスターに加え、キャスターチェアの金剛までもが席を立って俺を挟むように顔を寄せた。
「これは、どういうことだ」
前方の大上くんは、しゅんとしょげた様子で俺の質問に答えはじめた。まるで悪戯を見つかった小学生である。
「今朝、空から大量の紙が落ちてきたの。その一枚がこれなの。今校内中が大騒ぎなの」
手元の紙には、印刷された文字でこう書かれている。
『学院ノ救世主二正義ノ鉄槌ヲ下セ』
シスターが青い顔をする訳を大上くんと金剛は深く理解することができないでいる。
「ここで四人全員の情報を共有しておく必要があるな」
俺はまた金剛を回転チェアに座らせ、一同は円になり顔を見合わせた。
「細かい話は後回しだ。まず、大上と金剛にはこの世界のシステムについて理解してもらう必要がある。きみたちの知っている通り、この世界には学院と敵対するカミサマが存在する。おそらく、そのカミサマを倒すことが金剛も懸念していた世界最期の日だろう。フィールドごと抹消される可能性が高いといえる。
どうして、こうも確信めいていえるかといえば俺が別の世界からやってきた人間であるから。きみたちがバイブルと呼ぶ運命のストーリーを書いたのが俺、それを元にこの世界を産み出したのがカミサマである俺の友人中村だ。
この文章を見る限り学院の連中がその事実を知るのも時間の問題だろうと思う。
金剛、俺はお前が守ろうとした世界を切るつもりだ。大義名分並べたてたところで、結局、俺がこの世界にとっての害であることには変わらない。さらさら分かってもらおうとも思わないよ。魔女と召喚師、掛かってくるなら受けて立つさ。それが俺にできるきみたちへの最後の誠意だ」
「難しくてよくわからないの!」
「いや、だからね。大上くん、俺は悪い奴なの。世界を壊しちゃうんだ」
「崩壊するという確証は?」
え、
「カミサマとの最終戦に持ち込まなければいいということよね」
金剛のつぶやきにすかさず、シスターが答える。
「それはどうでしょう。ここはカミサマの手中。生徒たちを煽りはじめたのも世界最期の日に向かわせるためのお膳立てなのでは。それに、そろそろ、この世界自体がデータ量に耐えられなくなってきている可能性もあります。この場所を補完する必要が中村くんにあるとも思えませんから、彼は……金剛さん、昨日、バフォメットに何か持ち掛けられたのではありませんか」
「話を聞くうちに、バフォメットの言葉の意味が少し見えてきたわ。あいつは、私に学院への執着を捨てろと告げにきたのよ。塀の外には広い世界が広がっているのだと」
「……現実世界?」
「インターネットワークのことでしょうね。今や利用者数二十九億二千万人とも言われる巨大コンピュータ通信網。バフォメットがサーバーに残した履歴を手繰ったところ、彼ら―モンスターのことですねーは、学院のエリア外からメールが転送されてくるようにパケット通信でゲームの世界に出現していることがわかりました。その伝送経路を逆探知すればこのゲーム世界が崩壊する前に、住人を避難させることができるかもしれません」
「分からないのおおおお!」
大上くんがバッテン印の目で吠える。
俺がどうしたものかと頭を掻いたときだった。向かい合っていた金剛の目が機敏に動く。
「窓から離れて!」
金剛のバリア。シスターに抱かれソファを転げる俺。続いて、ガラスが悲鳴のような甲高い音を上げて粉砕した。
まさか、もう生徒たちが!
床に散らばった破片を踏み荒らしながら、俺は準備室を出ることを決めた。
「ひとりで行く。連中の目的は俺だろう」
「馬鹿言わないで」
「そうです」
「なのなの!」
「それに、田中くんだけが目標と思える程度の魔法でしょうか。この使い魔を見る限り私たちも頭数に入っていると考えるのが自然ではありません?」
シスターの視線の先に壁にささった矢があった。ミサイルの追跡システムよろしく引っこ抜けば、今にも噛みつかんというようにぶるんぶるん魔力を増して身体を廻している。この矢、生きてるのか。
「こうしている間に全滅だわ」
「逃げるしかないの!」
「この学院にこれだけの人数で隠れられる場所といえば、もしかして」
大上くん、金剛、シスターがそれぞれ顔を見合わせる。
「教会しかありませんね。それにこの間、ちょうど地下通路の入り口を見つけたところです。あそこなら!」
吸血鬼の住処?! 王子が消えて、メンバーの全員の記憶から一章分(※受け継がれし者)のセーブデーターが飛んでいるのか。まったく中村のやつ面倒なことしてくれやがるぜ。
「詳しく話している暇はないが、そこはまずい。モンスターが住み着いていてとても安全だとは言えないぞ」
以前は息子(アレクシス王子=中村)が仲間にいたから穏便にすんだが、今回どうなるか分かったものじゃない。相手は一国を亡ぼした強敵。しかも一度この学院をゾンビの巣窟にしたことがある。
「躊躇している余裕はないようよ」
廊下に無数の足音。二階の窓の外には飛行術に長けた生徒が構えていた。
「大上くん、多人数を相手にするなら君の召喚魔法が有効だと思うが、どうにかできないだろうか」
俺の要望に、彼はうむ。と小さく眉間を寄せたのち、先生、わかったあ! というように大きく手を上げた。
「やってみるの!」
小さな召喚師は全身の毛を逆立て、小刻みに唇を動かす。口を離れた呪文は次々に光となり、彼が目を見開くと床一面の魔法陣に変化した。
どこからともなくカンガルーが飛び出し、くるんと空中回転してハイポーズ。時は一刻の猶予もないというに、ここにきてファンシーキャラクターの愛らしさを見せつけられる。
【霊獣カンガルーボーラー降臨】
「今のうちなの!」
いぶかる俺に大上くんが付け足す。
「ぼくたち以外の時間を止めたの!」
どうりで、窓の外の連中がぴくりとも動かず静かにしているわけだ。
お読みいただきありがとうございます。
どないして、このタイミングでキャラクター紹介、冒頭に載したのん?
といいますと、次回、最終回となるからです。
今回、キャラクターたちがわざとらしく説明文を挟むのもそういう大人の事情があるわけですね。
いやはや、もし、一通り読んでくださっている方がいらっしゃいましたら大変恐縮ですが、おそらく拾い読みしている方や、一話と最新話だけ読もうと思う方が大半なのではと思いまして、このような回を設けさせていただきました。
いつもより改行多目でお主媚びはじめましたのう、という印象を持たれた方、いえいえ、内容は痛さ120%のマイウェイですから。




