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最終章 世界最期の日(二)

 金剛まみは俺を見つけると、くるりと踵を返して教室に戻ろうとした。

「ちょっと待て」

 腕を捕まえようとして弾かれる。今、俺を困惑させるものの一つが、彼女だ。振り返った彼女の目は何かを訴えかけている。怯えているようにも、責めているようにも思えた。俺は、十二年前のマリオネット学院の姿を知っている彼女にどうしても確認しなくてはならないとことがあった。それが三日間、一事が万事この調子である。

「俺にはどうしてもお前の情報が必要だ。わかるだろう」

 彼女は終始無言のまま渋い表情をする。小さな顎をさすり、しばらく考えるふりをして“入ってよし”とばかり実験教室を解放した。

 薄板で補強さているドアが痛々しい。まだ修繕が追い付いていないようだ。室内は、備品が一斉に撤去され長方形の空間があるだけ。気のせいかまだ血の匂いがするように思える。彼女は、黒板隣の入り口から準備室に直行する。教室に立ち尽くしている俺に気付いて“来ないの?”というように、ひょっこり顔を出した。

 俺は、入室して左手の壁に配置されたソファに腰を静める。背後の小さな窓から日差しを受けて手元の布地が日焼けていることに納得した。正面の彼女はいつもの通りパソコンデスクにかじりつく。だが、やはりいつもにも増してよそよそしい態度。俺を避けるようにキーボードの上でずっと指を動かしているのだ。

「金剛が俺を責めるのは最もだ。だが、バトルマスターの責務を果たすためにもお前の知っていることを教えてもらいたい」

 金剛は手を止めた。

「私があなたを責められるわけないわ」

 彼女は意を決したように回転椅子をこちらに廻して顔を上げる。

「あなたが知りたいというのは?」

 魔女金剛まみは、守り神プロジェクトの責任者である。畔上くろかみの言葉の通りなら、きっと金剛も知っているはずだ。

「この世界に伝えられているシナリオの結末を知りたい」

「『破滅』……けれど、別の解釈もあるの。『新世界』。当時、学者の間で意見が分かれたわ。私も直接この目で確かめたわけではないけれどバイブルには『無』とだけ記されているらしい。私は、救世主を人工的に生み出せる環境こそが世界を救うと守り神プロジェクトの完成を急ぐことにしたの。けれど、三日前、黒装束の彼女の死を目の当たりにして、ひとつの考えに囚われはじめているの。カミサマ対救世主の構図を完成させてしまったことこそが破滅への入り口だったのかもしれないと。この私が誰を責められるというの」

 彼女はスカートの裾をきゅっと握る。コートのように羽織った白衣が彼女をより小さく見せた。

 その肩の震えが、俺を避けていた理由であることを悟り、一気に緊張の糸を解く。俺たちは似た者同士だな。

「心配するな。俺がお前の正義を証明する」

 目が重い。人間の三大欲求。睡眠欲である。俺は壁掛け時計を確認して、ソファに足を延ばした。

「六限までには起こしてくれよ。近頃、ずっと、気をはっていて休めてないんだ。どうせお前も授業に出つるもりないだろう」

 そういえば、同じ学年なのに実験室以外で見かけたことがなかったな。

「ここなら休めるの?」

「かもな」

 こいつといると落ち着く。こいつの前では無理をしていないように思える。男であることを隠す必要がないからかもしれない。

 こんな妹がいたらどうだろうか。……うん、ない! 我ながら俊敏の判断力。ふっと吹いて、ゆっくり目を閉じた。瞼の血管が透けそうなほどの西日である。


 気配を感じてはっと目を剥く。彼女の顔が被さるようにのぞいているのだ。長い睫が触れそうである。


近い。近い。近い。


「なっ……なんだ!」

「あなたはどうして男なのかしら」


 ロミジュリか!


 飛び起きようとする俺に彼女が鼻息を荒くしてよじ登ってくる。ソファがふたりの重みで大きく沈んだ。


「どけ。どけ。重いだろ!」


 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ心臓が全力疾走する。(中学生に貞操を奪われる恐怖)

 

 彼女は俺の腹にがしりとしがみ付いて離そうとしない。俺がなんとか引きはがそうとするなか、彼女が力なく言った。


「私も黒装束の彼女のように消えるのかしら」

 準備室の中央にある大きな木製のテーブル。通販業は中止しているらしいが伝票や段ボールが積まれてそのままになっている。コピー用紙の束の手前に畔上の瓶底眼鏡が置かれていることに気が付いた。フレームの歪みが彼女の最期を物語っている。

 

彼女の黒髪と赤い部屋が脳裏をよぎった。


畔上は言った。

 

 “ストーリーを脅かす者には必ず命の期限がやってきます”


 金剛が俺の腹を涙で濡らして身体をぴたりとよせる。小柄な割に大きな胸。剥き立てのゆで卵のような弾力が息をするたびに膨らみ俺の半身に押し付けて形を変えた。吹き出す汗。内腿に彼女の肌がねっとりまとわりつく。俺は制服をしわくちゃにする小さな手を握った。

「なわけないだろう」

 彼女はしゃくりあげ、そして、ぼそりとつぶやく。

「キスしてもいい?」

「あほ」

 俺はそれだけ言うと、気を失うように眠った。唇に何か感触があったような気もするが、よく覚えていない。

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