第四章 クレイジー・アバウト・ユー(田中回想編)
「もし、一生のうちに、ひとつのシナリオしか書けなかったとしたら、きみはどんな話を綴ろうと思う? それがきみの書きたい作品じゃないかな」
彼は、歯を見せて笑った。えくぼがまだ幼い。地下鉄の改札口前は、何度も電車のアナウンスを轟かせて、そのたびに、多くの人が川のように溢れた。けれど、俺たちは、構わずしゃべり続けたんだ。
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彼は、いつものように俺のパスワードを使ってシナリオ科のデータベースにアクセスした。今日も、卒業生が残した膨大な作品群を閲覧するらしい。夜間部の授業がはじまるまでの時間、専門学校では、生徒たちに教室を解放していた。当時、シナリオ科のクラスでは、放課後になると、俺が、課題に頭を抱え、その隣の席にクリエイター科の友人が座ってノートパソコンを叩くのが、お馴染の光景になっていた。
「ぼくが欲しいのは、完成された巧みなストーリーじゃないんだ」
それが彼の口癖のようになっていて、帰る時間が近づくと、決まって、大げさに嘆くのだった。そして、俺は、日の落ちた道を彼の思い描く理想のヒロイン像を聞きながら、駅に向かうのである。
あの頃、こんな毎日がずっと続くのだろうと思っていた。
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変り者が多いと噂される専門学校でもこの男はひときわ浮いた存在だった。親しくなったのは、彼が俺の忘れて帰った原稿を偶然盗み見たからだ。次の日、クリエイター科の見知らぬ男が、“このシナリオのテーマは何だい”と初対面の俺に迫ってきたのだ。俺は、彼をいぶかると同時に、後ろめたい気持ちでいっぱいになった。これまで何の考えもなしにストーリーを書いてきたことに、このとき、はじめて気付いたのである。
ある日、彼は言った。
“きみは何が書きたいの?”
この言葉から一本のシナリオが生まれた。後に、学内コンペで大賞をとることになるのだが、これをゲームに組んだのがクリエイター科の彼である。
タイトルは、≪世界最期の日≫
俺が担任から入選の連絡を受けたころ、あいつは電車に飛び込んだ。
気が狂いそうなほど、暑い日だった。
思い出すのは、駅の改札口。
彼は、笑顔だった。
お読みいただきありがとうございますm(__)m
【事前連絡】
現在、windows10のアップデート中で、パソコンの調子が芳しくありません。
ケータイでの更新も考えられますが、その場合、頻度を落としながら続けていくことになると思います。
ひとまず、来週まで、お休みをください。
来週中には、UPできるよう何かしら対策をとりますので、しばしお待ちを。
ちなみに、死神からの挑戦状の最後に今回の話に繋がる伏線がありますので、お時間がありましたら、そちらも、お読みください。
長々と失礼しました。




