第四章 クレイジー・アバウト・ユー(五)
「自分のこととなれば、人間、変わるものだな」
鷲のような目つきで金剛まみは試験管を振った。
「集中しているところよ。誰かさんを思い出させるような、邪魔はよしてちょうだい」
「誰かさん?」
彼女は、はっと口をつぐんだ。乙女モードまみりんは、何かとそそっかしくなるらしい。
「昔馴染みのことよ。私にとっては、そうも昔のことではないけれども……もう、この話はよしましょう」
まみりんは、大げさにため息をついて、俺に背を向けた。
「悪い。別に、あんたのことを詮索するつもりはないんだ」
彼女はそのまま背中を丸めて、ぼそりとつぶやいた。
「あんたじゃないわ」
「……ああ、金剛さんな」
突然、こちらの調子の狂わせる仕草はよしてほしい。
「苦い失恋だったの。あなたにも、ひとつやふたつ、あるでしょう」
ふと頭を巡らせてみると、俺は、誰かに話せるような最もらしい失恋をしたことがないことに気が付いた。もちろん、27年の長い人生の中で気になる子ひとりいなかったわけではない。ただ、それも全くの見返りがないとなるとテレビの中のアイドルとなんら変わりないのだ。中学生の女の子にかけてやる言葉ひとつ出てこないとは、なんて情けない青春を送ってきたのだろう。
「心配するな。大人になれば、笑い話になるさ」
「それらしいことを言って逃げたつもりね」
やはり、可愛くない。




