第四章 クレイジー・アバウト・ユー(二)
もう、顔を合わせているころだろうか。
別に心配するほどのことではない。俺が中学生の恋愛に口を挟むのもおかしな話だし、相手は、あの非モテくんときたものだ。あいつには悪いが、結果は見えちまっている。なのに、どうして、こう落ち着かないんだろう。
「手が止まっているわよ」
パソコンにかじりついていた金剛まみが、回転椅子を回して、片方の眉をつり上げている。日本人離れした彫りの深い瞼。長い睫が瞬くたび瞳は色味を変えた。確かに、気軽るに声をかけられるような美人の類いではないが、今の俺は、そんなことで臆したりはしない。
「おい、さっきから納得がいかないんだが、これは俺の仕事か」
「学院の平和を守ることがあなたの使命というなら、そうね。これは重要な任務のひとつだわ」
「ネット通販の伝票整理がね」
バフォメットの事件後、伝説の魔女まみりんが生徒に加わった。
彼女は放課後の理科実験室を我が物顔で独占しはじめ、目をつけられた俺は、この木彫りの椅子で尻の痛みに耐えつつ、彼女の運営するネットビジネスの雑用を手伝うことになった。
「言いたいことがあるなら、学院にどうぞ。12年の歳月で、これほどまでに研究費が削減されているだなんて怠慢もいいところよ!」
「だからって、魔女が魔法の切り売りとは」
「あら、空耳かしら。どこからか小言が聞こえてきたような気がするわ」
「いや。まさか。それより、こんなことなら秀くんに声を掛けたらどうだ。きっと目の色を変えて、手伝ってくれるだろうよ」
「ああ、例の実行委員長。あれをそばに置くのは、私のスタイルに合わないわ」
ま、言わんとすることは理解できる。彼も魔女愛好家という点を除けば、悪い奴ではないのだがな。
それにしても、元々広くはない準備室の足場を発送用の荷物で埋め尽くしていいものかね。理科教師の泣く顔が浮かぶ。
「とにかく、私に媚を売っておいて損はないわよ。なにしろ、この学院は、私の頭脳で廻っているも同じでしょうから」
「なんだ?」
「まさか、教わってないのね?学院の守り手が聞いて呆れる」
「乙女の守り神とお前に何か関係があるのか?」
「私が、守り神プロジェクトの開発責任よ」
おいおい、シナリオ書きの俺が初耳だぞ。
「マリオネット学院の急速な成長も、“カミサマ”の発足も、すべては、ここからはじまったの。あなたが学院を守るというなら、きっと私の力が必要になる日が来るでしょうね」
覚悟の目。幼い肩に、どれほどのものを抱えているのか、俺にはかり知れない。
「というわけだから、そっちが終わったら、次は梱包作業を頼むわ」
「へい」
けっ。結局、パシリであることに違いねぇ。彼女は、顎で一通り指示し終えると、また背を向けてパソコン机に向かってしまった。
「なあ、この、『品名:惚れ薬スプレー』てなんだよ」
「最近、よく出てるのよね。この間、業者から大量発注があって、それはもう大忙しだったわ」
人が質問している時くらい、こっちを向けってんだ。
「いや、そうじゃなくてね」
「妙な想像しないでもらえるかしら。セックスドラッグってわけじゃないわ。無理強いできるほどの強力な薬品でないから安心してちょうだい」
ったく。魔女のプライドは12年前に置いてきたってか。
おい、注文書の宛先、冴内唯人って!
まさか、あの野郎、ふざけんなよ。
シスターの一大事じゃねぇか!




