第三章 one's stage(完結編)
夕風に髪が靡き、細い首筋が光る。今の俺より一回り小さな身体は、魔女というより、か弱い少女だ。彼女が声を張るたび、俺は汗を握る。束になってかかっても、バフォメットにかなう見込みがあるとは思えない。魔女の封印、生徒たちの催眠状態、この舞台を用意したのは、すべて、こいつだからだ。
悪魔の弱点。そう、あいつの弱点さえ思い出せたなら、一気に形勢逆転に追い込めるかもしれない。
《催眠によって人の意識下に入り込み心を操る悪魔バフォメット》
それだけじゃ情報が足りない、それだけじゃだめなんだ。
「だめじゃない、だめじゃないよ」
「?!」
「美麗くん、いつも答えが自分の中にあるとは限らないのじゃないかな」
「おま……もしかして、心が読めるのか」
アレクシスが、くっと唇の端を上げて、片方の瞼を閉じる。
脳内に呼び掛けられたとき、嫌な予感はしたんだ。
お、おい。こいつ、何をどこまで聞いていた。もしや、俺の正体……
いや、今は、敵に集中するんだ。
「おい、アレクシス。お前、あのクソ山羊の心が読めるか」
☆☆☆
「ふっ。世界の最期か。私は、その前にお前の最期が見て見たいものだ。ここに倒れている女は、それを望まんかもしれんが」
「さっきの妙な女か。ああ。そういえば、お前が消えた日に喚いていた女も青色の髪だったな。締まりの悪い卑しい奴だったよ」
「口を閉じろ。耳が腐るわ」
少女は片腕を空高く掲げる。砂ぼこりが舞い上がり彼女を中心に弧を描きはじめた。
そのとき、アレクシスが俺のそばで言った。
「美麗くん、分かったよ。どうして、バフォメットの心だけ読めないのか。もともと、彼は、あそこに存在しない。これは視覚トリックだ!」
☆☆☆
一瞬、頭が宙を浮くような感覚に襲われた。足元がおぼつかない。どうした。こんなときに目眩はよしてくれ。違う、俺が揺れているんじゃない。地面だ。地中が動いている。
校舎が音を立てて軋みはじめ、肩が地球の引力に吸い寄せられた。頬肉が床に食い込む。やばい、頭が割れそうに痛い。抵抗しようとすると、身体がバラけちまいそうだ。
あの魔女、バフォメットを引きずり落とせたら、俺たちがどうなってもいいってか。
うつぶせに倒れたまま、消え入るような誰かの呻きを聞いた。次第に、胸の圧迫が増していく。
「まみ、やめて」
瑞木先生?!彼女の一言で、俺たちは、危うく地面から解かれることになった。
「何、驚いた顔してるの。まみが護身術に教えたんだよ。重力無効化魔法」
瑞木先生は、ショートヘアの毛先を夕日色に染めて、ぎこちない笑顔を見せた。
☆☆☆
彼が礼拝堂のドアに手を伸ばしたのは、ちょうど、そのころだった。
銃のスライドを引く音に続いて、その冷たい筒口が男の後頭部に押し当てられる。
「チェックメイトですよ、悪魔バフォメットさん」
黒柳木貴志は、ドアのステンドガラスに反射する彼女に話しかけた。
「まさか、俺の幻影に惑わされなかった奴がいるとはね」
「ここは、あなたの来る場所じゃありません」
「シスターにオートマチックはどうなんだか。もっとも、ただのシスターではないんだろう。世の中、困った女が多くて弱るね」
「今の言葉、そのままお返ししますわ」
「おお。怖いね。弱い奴ほど良く吠えるってね。お嬢さん、そんなに俺が怖いか。いや、あんたが怯えているのは、もっと別のものだ」
「なんですって」
「こんなところに、籠ってるやつなんざ、よっぽどの能天気か引け目のある奴くらいだろ。だが、俺の見たところ、あんたは、少し事情が違うらしい」
シスターが踵をにじり寄せ、アスファルトの砂利が摩擦に耐えきれず弾き飛んだ。彼女の人差し指が引き金に深く絡み付く。
「あなた、悪魔ならエクソシストってご存知ない?」
☆☆☆
俺とアレクシスが駆けつけたとき、日の沈んだ礼拝堂の前には、外灯に浮き彫りになったシスターが一人立っていた。怪我ひとつ追うことなく、バフォメットを追いやったという。シスターは、あいつを逃がしたことを詫びた。
そんなことはどうだっていい。
「ほんとうに大丈夫なんだな?」
「ええ」
「そうか、よかった……」
アレクシスは、三角帽の影に隠れている俺に声をかけた。
「美麗くん、どうしたんだね」
ワンピースのサイドポケットに両手をねじ込んだ。
手の痙攣が止まらない。
「なんでもねーよ」
情けないくらい怖くてたまらなかった。
俺は、どこに居ても無力だ。
アクセス・ブックマーク・評価までいだきまして、ありがとうございますm(__)mなんとか、スマフォの液晶画面の点滅は、収まっているのですが、危うい状態は今だ続いております(笑)できれば、この子と冬を越したいので、壊れるまで使い続ける覚悟は変わりません。
ちなみに、仕事の関係もありまして、この辺りから不定期更新に入ります。
ストーリーの構想は頭にあるので、時間がかかっても、なんとか終焉まで持っていくつもりです。
もし、今後もお付き合いいただけたなら、飛び回って喜びます。失礼しました\(__)




