第一章 死神からの挑戦状(五)
「昨夜は、ゆっくりお休みになれませんでしたか?」
移動教室に向かう廊下で、隣を歩いているシスターが言った。
ガラス窓には、目の下にクマを作った美少女が写っている。これが俺か。
金髪のツインテールが歩行のリズムと一緒にひょこひょこ跳ねていた。
セーラー服の赤いプリーツの下に緑のジャージの裾を捲りあげ、裸足に下駄が標準装備。
正直、顔を覆って逃げ出したい。だせぇ
下駄の反響音に続いて、化け猫がちまちま後ろを付いてくる。
今日、モンスターが現れるとは聞いたが、いつ出没するかまでは教えてもらえなかった。
一日、気を張り詰めていて、とうとう次が最後の授業だ。
あいつの話を真に受けた俺が悪かったかな。
シスター「あら、猫?美麗さんのお知り合いですか?」
俺(=美麗)「いや、全く」
☆☆☆
家庭科室のマジックボードには、達筆な文字で今日の課題が書かれていた。
『ホットケーキミックスで理想の彼氏(彼女)を作っちゃお!』
作れるかァアア!
シスターは、別の班で、真面目に課題に取り組んでいるようだ。
「お…おい、これマジ?マジでうひょひょなお姉さんとか作れちまうの?」
隣の席の男子に、それとなく話を振ってみる。あくまで、それとなーく。
すると、まるでドミノ倒しの牌に触れてしまったかのように彼は丸椅子に座ったまま静かに倒れていった。
何事ォ!!?
ははん。察しがついたぞ。
つい忘れてしまいそうになるが、俺は今、超絶ウルトラスーパーパーフェクト美少女である。
彼は、いわゆる、モテないくんだったのだ。
》》説明しよう!
モテないくんとは、年頃女子の目に写らない幽霊男子のことをいう。
○特技…カメレオンのごとく体色を変化させ背景と一体することができる
□弱点…可愛い女の子に声をかけられると、脳内回路がショートしてしまう
わかるぜ。同志。
俺は、ブラザーに手を差しのべた。
そう。俺は、今、地球上で最も非モテ男子の気持ちがわかる美少女なのだ。
☆☆☆
非モテくんは実に、手際よく、材料をボールに入れていく。
ホットケーキミックス、牛乳、卵、女の子はふわふわでなければと隠し味のマヨネーズを握りしめる目が怖かった。
向かいのそばかす女子は、“浪花男子”と唱えながら、山芋をすっている。手元には、ホットケーキミックスとお好み焼きソース。…心意気は認める!
後ろのテーブルから、ホットケーキの甘い匂いが漂ってきた。
クラス一番乗りは、秀才くんだ。彼の優れた作品を一目見ようと、テーブルにはもう人だかりができていた。
俺もどんなものかと、丸椅子の上につま先立ちになる。
先生も輪に加わり、教室中が固唾をのんで彼の皿に注目した。
確かに、出来はいいが、平凡なホットケーキ。
しかし、しばらく眺めていると、生地の内側からぽんと小さく爆発音がして、白煙に身を踊らせながら、大きな目をきゅるんとさせた幼顔の魔女ッ子が出現した。
『お…お兄ちゃんなんて、呼んであげないんだからねっ!』
うう…羨ましいぞ!出来杉くん。
俺も何か作ろうと鼻息を荒げた時だ。うちの班のテーブルから悲鳴が上がった!




