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そばにいるよ。

「お人好し?」


 親友のために殴られたアイツを見て、最初に出た言葉がこれだった。

 アイツ……由比はきょとん、とした顔をしている。

 そして、親友のためにしか出来ないと宣言して、倒れた机を直し始めた。


「惚れた?」


 そう笑って言った由比に、雪乃は苦笑い以外返すものがなかった。

 ……惚れちゃったから。

 その笑顔に、心を奪われちゃったから。

 めちゃくちゃ悔しいけど。


「覗くの?」

「匠哉の妹に報告すべき、大ニュースだからね」


 机を直し終えた由比は、すぐに梨歌の後を追った。

 雪乃も釣られて、その後に続く。


「渡瀬に妹なんていたんだ」

「匠哉と一緒だからな、見た目に寄らずシスコンだよ」

「一緒?」


 そう尋ねると、由比がはっとしたように手で口を押さえた。


「何か、あるの?渡瀬」

「いや、何もないけど」

「……渡瀬、梨歌の彼氏になるんだよねぇ」

「梨歌ちゃんは知ってるからいいんじゃない?」

「3人だけ知ってて、私は仲間外れってこと?」


 笑顔で返すと、由比が顔を逸らした。

 何となく、何かあるんだろうと思っていたけど。

 やっぱり自分だけ知らないのは、悔しかった。

 梨歌に聞いてもいいんだけど……梨歌はきっと教えたつもりでいるだろう。

 長年付き合えば分かるってやつ。

 階段に差し掛かった時、今まで黙っていた由比が口を開いた。


「梨歌ちゃんの親友だから、信用して言うけど」

「何?」

「匠哉、人に触れたらその人の心が読めるとか何とかいう病気?まぁ、性質を持ってるんだ」

「……何それ」


 開いた口が塞がらない、というのはこのことだろう。

 そんな雪乃の様子を知ってか知らずか、由比の言葉は続く。


「で、俺と梨歌ちゃんは例外で。触っても何の支障も出ないんだと」

「他の人が触れたら?」

「発作起こして、そのまま気絶……は見たことがあるけど」


 雪乃は何も言えなかった。

 世の中にそんなことがあることが信じられない。

 確かに入学以来、誰にも触れることなく過ごしていたような気がする。

 体育はいつも見学していたし、集会は無断欠席だったし。

 何だろう。

 妙に納得している自分が、少し怖かった。


 *


 それからは無言のまま、屋上までの階段を上がっていた。

 屋上の扉の前に着いた時、由比は携帯を取り出した。


「何するの?」

「写真撮って、美羽ちゃんに送るんだ」

「……やめた方がいいよ」

「大丈夫」


 そう言って、由比は屋上の扉を静かに開けた。

 開けた途端、爽やかな風が2人を包む。

 広がった視界の先に、匠哉と梨歌の姿は見つけられなかった。


「屋上に行ったはずだよね?」


 全く2人がいる気配がない。

 だが、由比は足音を立てないように、裏側に回っていく。

 雪乃も足音に注意して、その後に続いた。


「眞琴くん?」

「しっ、黙ってて。今いい所だから」


 そう言って、由比はボタンを押した。

 カシャリ、と微かに聞こえたから、きっと写真を撮ったのだろう。


「じゃ、出ますか」


 2人の写真を送信しながら、由比は笑った。


 *


 あの日から、もう1週間が過ぎようとしている。

 相変わらず、というか何というか。


「むかつくほど、仲良いよね」

「雪乃、眉間に皺」


 眉間に指を突き刺しながら、由比が言った。

 その表情には、からかうような笑みが浮かんでいる。

 そして、雪乃の視線の先には、仲良くホームルームを仕切る梨歌と匠哉の姿があった。


「てか、あんたの席はあっちでしょ?」


 本来は梨歌の席であるはずの場所に、由比が座っていた。

 それだけじゃない。

 仕切っている2人にわざわざ背を向けて、雪乃の顔を覗きこんでいた。


「ちゃんと許可は貰ってるし」

「前向きなさいよ、前!」

「金本。ちょっと声のトーンを下げろ」


 匠哉が不機嫌そうな声色で、言った。

 目の前の由比は満足そうに笑っている。

 匠哉の隣に立つ梨歌は、苦笑いしていた。


「注意されてるし」

「……っ!誰のせいだと思ってるの?」

「俺」


 分かってるなら、さっさと自分の席に戻れよ。

 言葉にならない想いを込めて、思い切り由比が座る椅子を蹴った。


 梨歌と匠哉が一緒にいるようになって、必然的に雪乃は由比といるようになった。

 梨歌と由比の噂は、雪乃と由比の噂にすりかわり。

 1人で幸せな梨歌を眺めているよりかはマシだろうけど。

 それでも、迷惑であることは変わりはしない。


「何でもいいけどさー、由比に近づかないでくれる?」


 いつの間に匠哉から由比に乗り換えたのだろう。

 雪乃は見覚えのある先輩を見つめながら、そう思った。

 今は昼休み。

 ホームルームが終わり、お弁当を取り出した時に呼び出された。

 梨歌が引き止めたが、それを振り切って後に続いた。

 由比はいなかった。


「ちょっと、聞いてるの?」

「梨歌にもこうやって脅したんですか。……もう少し大人になった方がいいですよ」


 そう言った瞬間、頬に痛みが走る。

 熱を持った頬を手で押さえながら、雪乃は先輩らを睨んだ。


「暴力なんて、子供染みた真似しないでください」

「先輩にそんな口利いていいと思ってるの?!」

「思っているから、利いているんです」


 ちょっと生意気過ぎたかな、と思いつつ、雪乃は次の攻撃に身を構えた。

 思う存分殴らせて置けば、暫くは静かになるだろう。

 暴力には慣れている。

 だから、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。

 大丈夫だから。

 雪乃は小さく笑みを浮かべて、目を閉じた。

 どれだけ待っても痛みは訪れない。

 不思議に思った雪乃は目を開けた。

 そして。

 目の前にある背中に、驚きを隠せなかった。


「ってぇ……大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃないわよ!邪魔すんな、このボケっ」

「助けてやったのに、それはないだろ」


 由比が赤くなった頬を手で押さえながら言った。

 由比の肩越しに見える先輩の顔は、もの凄く青くなっている。

 そして、恐る恐る逃げて行った彼女たちに、小さく吹き出した。


「何、笑ってんだ」

「何にも?てか、何してんの、こんなところで」

「お前が先輩に連れて行かれたって聞いたから」

「助けに来たって?……いい迷惑」


 雪乃は由比の横をすり抜けて、入口に向かう。

 だが、すぐに後ろから腕を掴まれてしまった。


「離して」

「嫌だね。……これも、あいつらにやられたのか?」


 そう言って、由比は雪乃のカッターシャツの袖を捲くり上げた。

 雪乃は反射的に目を瞑った。

 見たくない。

 見ないで。


「どうやったら、こんなになるんだ?」

「……っ」


 由比の温かい手が、青くなった痣を撫でる。

 雪乃は顔を逸らしたまま、それを大人しく受けていた。

 ダメ。

 隠さなきゃ、誰にも知られちゃいけないんだから。


「……ないで……」

「え?」

「梨歌には、言わないで……っ」


 雪乃は由比の顔を見た。

 酷く辛そうな、表情。

 自然と、涙が零れていく。


「雪乃、ごめん」


 由比が紡いだ言葉に、雪乃は唖然とした。

 どうして?

 どうして、そんな辛そうな顔をして、謝るの?

 雪乃ははっとなって、屋上の入口を見た。


「梨、歌……?」


 そこに1番知られたくなかった、親友がいた。

 雪乃がその姿を捉えた瞬間、梨歌は身を翻して、屋上を走り去った。

 その後を匠哉が追う。

 終わった。

 何もかも、終わっちゃった。

 雪乃はそのまま地面にへたり込む。

 顔を伏せて、溢れ出る涙を必死に堪えた。


「ごめん、雪乃」


 由比は繰り返す。

 何度も何度もその言葉だけを繰り返して。

 だから、余計に胸が痛くなった。

 余計に、哀しくなった。


「もう、いい。やめて、由比」

「でも……」

「……由比も、行きたいなら行って。私は、大丈夫だから」


 搾り出した言葉に、堪えていた涙が一斉に溢れ出す。

 もう止まらない。

 止められない。

 どうしてこんなにも脆いのだろう。

 もっと強くなるって決めたのに。

 ……もう、泣かないって決めたはずなのに。

 あの日、何が起きても泣かないって決めたはずなのに。

 雪乃は唇を強く噛んだ。

 止まって。

 お願いだから。


「いいから、さっさと行きなさいよ!」

「……行かないよ、雪乃?」


 優しい風が、頬を撫でる。

 その瞬間、温かい空気が雪乃を包んだ。


「由比……?」

「大丈夫、だから。泣くなよ、バカ」


 ぎゅっと強く抱き締められる。

 ずっとこうやって抱き締めてほしくて。

 でも、だんだんそれが恥ずかしくなって……。

 最後にこうやって抱き締められたのはいつだっただろう。

 暫くそう抱き締められていた。

 雪乃はただその腕の中で、涙を流し続ける。

 優しく撫でてくれるその手が、とても優しくて。

 なかなか涙は止まってくれなかった。


 *


 涙が止まり、由比の腕から解放された時には、既に午後の授業は始まっていた。

 いつの間にか梨歌と匠哉も屋上に戻ってきていて。

 なんだか、とても恥ずかしくて、とても嬉しかった。


「……これね、母親につけられた痣なんだ」


 雪乃がゆっくりと口を開く。

 由比は雪乃の隣に腰掛けて、優しく手を握ってくれた。

 離れて立っていた梨歌と匠哉も近くに座って、雪乃の話を聞く。


「母親って……早紀おばさんに?」

「ううん。梨歌の知ってる私のお母さんは、本当の母親じゃないんだ。……私、あの家の養子なんだよね」


 きっと誰も知らないこと。

 誰にも知られたくなかったから、言わなかったこと。

 でも、ちゃんと話して置くべきだったのかもしれない。


「丁度4年前に、今の家に入ったんだ。梨歌に出逢う、少し前に」


 本当の母親は、夜の仕事をしていた。

 だから、いつも家にはいない。

 父親はいなかった。

 いつも、家に1人だった。

 学校から帰ると、いつも台所の机の上に何枚かのお札。

 その半分以上を貯金箱に詰め、残りで夕食を済ませるのが日常だった。

 でも、ある時からその母親が夜も家にいるようになった。

 嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

 学校であったことをこと細かく話し、母親に報告した。

 最初は笑顔で聞いてくれたんだ。

 でもそのうち、お酒を飲んでいる日が多くなって。

 初めて母親に殴られたのは、10歳の時だった。

 それからは毎日のように、殴られたり蹴られたり。

 どんなに泣いて喚いて、懇願しても止むことはなかった。


「気付かなかったんだ。仕事をクビになって、お金が入らなくなって、生活が出来なくなってきて、むしゃくしゃしていたこと」


 あの頃、気付けていたら。

 今はもっと違う生活をしていたのかな。

 それから2年間、暴力は続いた。

 先生や友達に相談できるはずもなく、大人しくそれを受け続けた。

 これで、母親の機嫌が治るなら。

 また、笑顔で抱き締めてくれるなら。

 そんな儚い願いは、叶うことはなかった。

 卒業間近になった頃、気分が悪くなって保健室に行った。

 その時だった。

 養護の先生に、あのことを気付かれたのは。

 目まぐるしく日常が変わっていく。

 まだ幼かった自分は、それを止めることは出来なかった。


「それで、何が起きたのか分からないまま、今の家に引き取られたってわけ」


 これで、お終い。

 離れていくなら、離れて行けばいい。

 まだ強く握ってくれているその手を、雪乃は握り返した。


「ゆ、雪乃!」


 いきなり立ち上がった梨歌に、雪乃は驚いた。


「ごめんっ」

「え?」


 梨歌は顔を真っ赤にして、頭を下げた。

 何が何だか分からない雪乃は、隣にいる由比に助けを求める。


「俺に助けを求められても困るんだけど。……ほら、匠哉は知ってるんだろ?説明しろよ」

「あぁ……まぁ、そういうことだよ」


 説明になってねーよ、と由比が匠哉を蹴り飛ばす。

 匠哉は苦笑いしながら、今も頭を下げ続ける梨歌に言った。


「たぶん、何も分かってないから。教えた方がいいと思うよ?」

「う……そうだよねぇ……」


 はぁ、と大きくため息をつきながら、梨歌は雪乃の前に座った。


「あのね、その痣、先輩達にやられたのかと思って。で、いつものクセで怒鳴り込んじゃった、というか何と言うか……」


 梨歌は苦笑いした。

 雪乃も釣られて、苦笑する。

 梨歌らしい。

 それが何故かとても嬉しかった。


「凄かったよ?梨歌、『調子に乗るんじゃねぇぞ、このくそババァ』って叫ぶし、先輩の胸倉掴むし……止めるこっちの身にもなってほしいよ」


 匠哉が呆れたように続けた。

 梨歌は恥ずかしそうに俯く。

 何となく思い浮かぶその光景に、雪乃と由比は笑い出した。


「な、う、そ、そんな笑うことじゃないじゃんっ」

「あはは、ごめん、くっ」

「……~っ!匠哉のバカっ」

「え?俺?」


 梨歌に叩かれながら惚ける匠哉に、また笑いが止まらなかった。


 *


 暫く笑い転げた後、梨歌と匠哉が立ち上がった。

 それに続いて雪乃も立ち上がろうとするが、由比に阻まれる。


「じゃ、先に帰ってるから」

「え、私も帰るよ?」


 雪乃の言葉を無視して、梨歌と匠哉は屋上を後にした。

 雪乃は眉を顰めて、由比を見下ろす。


「……離してくれない?」

「あ、ごめん」


 案外すんなりと離してくれた。

 ……調子が狂う。


「何か言いたいことでもあんの?」


 雪乃がそう尋ねると、由比は雪乃から目を逸らした。

 なんかムカつくのは、気のせいではないと思う。

 じゃあ、哀しくなったのは気のせい?


「何も無いんなら、帰るよ?」

「あぁ、俺は後から行くから」


 由比は背を向けたままだった。

 その背中が何だか寂しく感じて。

 思い切り蹴ってやった。


「いってー……何すんだよ!」

「あ、ごめん」


 思ったよりも綺麗に蹴りが入って、少々驚きながら謝る。

 由比は涙目の上に疑うような表情で、雪乃の顔を覗き込んだ。


「なななな、何っ?」

「……なんか怒られそうなこと、言っていい?」

「ど、どうぞ?」


 雪乃はジェスチャー付きで由比に発言を譲った。

 少し間が置かれて、由比の口が開く。


「好き、かも」


 時間が止まるってこんな感じだろうか。

 2人の間に穏やかな風が吹き流れる。

 太陽の日差しは真夏並みに照り付けて、青く広がる空には入道雲の姿が……。


「じゃないっ!……は?」

「いや、聞き返すなよ」


 頬をほんのりと赤く染めて、雪乃を見上げる。

 見た事のない由比の表情に、雪乃は戸惑いを隠せない。

 今、何て言った?

 "好き"って言った……?


「は?」

「だから、聞き返すなっつってんだよ!」


 思わず、謝罪の言葉を口にする。

 由比は少し考えた後、恐る恐る尋ねてきた。


「それは、告白に対して?」

「こここここ、告白っ!?」

「あれを告白以外に何って言うんだよ!」


 由比は立ち上がって、叫んだ。

 見下ろしていたのが、今度は見上げる立場に逆転する。

 あ、こんなに背高かったんだ。


「……もういい。さっさと教室帰れ」


 手で追い払うように払われて、雪乃はむっとなった。

 それに気付いていないのか、由比は雪乃に背を向けて、歩き出した。


「待ちなさいよっ」

「何?」

「返事っ!いらないの?」

「いらない」


 そう吐き捨てて、背中越しに手を振った。

 だんだん離れていく距離にもどかしさを感じる。


「いらないんなら、告白なんかしないでよ!」

「……次から気をつけるよ」


 次なんてもうないのに。

 次は他の人にしか、ないのに。


「あんたなんか、好きになった私がバカだった!」

「は?」


 由比が振り返る。

 それを見て、雪乃は慌てて後ろを向いた。

 見せたくない。

 見てほしくない、今の表情。

 ……今にも泣いてしまいそうなのに。


「……帰る」

「ちょ……待てって」


 腕を強く引かれて、雪乃は由比の腕の中に収められた。

 さっきよりも強く抱き締められる。

 肩口にかかる由比の息がこそばゆくて、愛しい。


「……雪乃」


 耳元で囁かれて、雪乃は小さく身震いした。

 由比は少し笑いを堪えて、続けた。


「俺も、雪乃なんか好きになるんじゃなかった」

「じゃあ、好きにならなきゃいいじゃん」


 自分でも言って、冷たいなと思った。

 でも、由比の腕の力が弱まることは無く。

 逆に強くなった。


「そういうところが、可愛いんだよなー梨歌ちゃんと違って」

「はぁ!?」


 分からない、そう改めて思った瞬間だった。


 *


「で、で?どうなったの?」


 梨歌が生き生きとした表情で聞いて来る。

 それを半ば無視して、雪乃は匠哉に近づいた。


「渡瀬」

「何?上手く行った?」

「……あれはどういう思考をしてんですか」

「あー、俺もそれ思ったことある」


 匠哉は本に視線を落としながら答えた。

 使い物にならない、と思いつつ、由比に視線を移す。


「って、何でそんな近くにいるのよっ」

「さぁ?」


 由比は首を傾げて、微笑んだ。

 雪乃は顔を赤くして、由比から離れる。

 梨歌の下に帰ると、意味深に微笑まれた。


「何?」

「今度、Wデートしようね」


 何故か楽しそうな梨歌を見て、思わず頷いてしまったのは言うまでも無い。

 これが夢なら、どんなに幸せだろう。

 雪乃は切実にそう思った。


 *


 もちろん、夢で終わることは無く。

 日常は続いていた。

 雪乃の思わぬ方向に、ずるずると。


「だから、何で私があんたに弁当作らなきゃいけないのよ!」

「それくらいしてくれたって、バチは当たらないよ?」

「当たる、直撃するっ」


 えー、と匠哉の弁当を羨ましそうに眺めながら、由比はため息をついた。

 ため息をつかれても、困るんだけど。

 だって。


「私、料理全く出来ないし」

「意外だな。梨歌の方が出来なさそうなのに」


 意外と料理が上手い梨歌の弁当を食べながら、匠哉が言った。

 梨歌は恥ずかしそうに、顔を俯けている。


「まずくても、食べるよ?俺」

「誰もまずいとは言って無いでしょうが」

「……結構ヤバイと思うけどね?頑張ってるけど」


 梨歌が苦笑しながら、付け加えた。

 余計な事を。

 確かに調理実習は自分がいるせいで、半分は失敗になっているけど。

 それでも、食べれないほどまずいわけではない……はず。


「ま、明日、試しに作ってくれば?」


 梨歌が軽々しく言う。

 梨歌は毎朝自分で作っているから、そんなことが言えるけど。

 いつも親に任せきりの人は、何時間かかると思っているんだろう。


「俺、たこウインナー好き」

「……あんたは子供かーっ!」


 たぶん、いや、絶対。

 由比が現れてから、日常が一転した。

 こんなに自分を曝け出すことなんか、ないと思っていたのに。

 梨歌は愚か、何故か匠哉にまで知られつつある。

 まぁ……その分、味方が増えて、楽になったけど。

 それは由比に感謝しなきゃいけない部分だと思うけど。

 そう上手く行くはずもないから。


「分かった。明日は作ってくるよ」

「マジ?やった」

「……たこウインナーで埋め尽くして置くよ」


 少し、意地を張っちゃうけど、多めに見てね?

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