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-7- 聖剣さん噂話です

 ジックが着席した後、自己紹介はそれまでよりもスムーズに進行した。

 しかしやはり、何故か誰も自分が聖剣だと言う者はいない。

 ファナのように勇者だと述べる人もいれば、何も言わない人もいる。


 都会っ子とは縁遠い僕はこの時、もしかして自分は間違いを起こしたのかと考えていた。勇者と聖剣。そのどちらかを尋ねるのは、マナー違反だったのではないだろうか。だとしたら先生やクラスの皆が狼狽えていたことにも納得だし、殆どの人が口に出さないことにも納得できる。僕が常識に疎いことがあるのは屋敷の住人から散々言われているし、多分そうなのだろう。


 自己紹介を終えた後、リッテ先生がこの後は自由時間だと伝える。

 生徒同士の友好を深めるための時間を用意してくれたのだろう。

 僕は思いっきり伸びをして、周囲に目をやった。


 各々に席を立ち動き始める生徒たちを傍目に、僕もまた立ち上がる。

 自由時間は一限目の残り全部だから、時間は結構ある。

 知人は二人いるけど、一人はあまり群れることを好まない性格の持ち主だ。


「よお、アジナ。イカした自己紹介だったじゃねぇか」


 そういうわけで、僕はジックと時間を潰すことにした。

 筋骨隆々のその肉体は、尻の下に敷いている椅子に対して不満を抱いているのか。彼が小さく動くその度に、机の下からミシミシと椅子の軋む音が聞こえた。


「こっちの台詞だよ」

「ま、どうせアジナも似たようなもんだろ?」

「仰るとおりで」


 ジックにとっての小さな娘を、僕にとっての聖剣に置き換えればいい。

 僕だって聖剣のことならあのくらい説明できる自信がある。

 情熱だって負けていない。

 方向性は違えど、考えることは一緒だ。


「ジックはその、小さい娘だったら何でもいいの?」


 教室を見渡す限り、何人かジックのお目にかかりそうな人がいる。

 学園長相手にあそこまで興奮していたし、よほど好きなのだろう。


「どうだろうな。少なくとも、今までの経験上では全員アリだな」

「小さい娘だけのハーレム願望ってやつ?」

「器量の問題だな。伊達にロリコーンに所属してないぜ」


 なにそれ。

 ユニコーンみたいで格好いい。


「ちなみにロリコーンはこういった趣味を持つ人たちの集まりな。今の会員数は大体……三百ちょいだったか。アジナもどうだ?」

「遠慮しとくよ」


 懐から輝かしい銀の札を取り出すジックに、僕は首を横に振った。


「逆にアジナはどうなんだよ?」

「僕は……うん、僕も同じ感じ」

「流石同類」


 聖剣だから、ハーレムってわけじゃない。

 けども、聖剣だったら手当たり次第に使いたいという気持ちがある。

 勿論使い捨てなんて真似は絶対にしない。

 どれだけの数を持とうと、平等な愛を注ぐつもりだ。


「これでも、王国屈指の聖剣好きと同居人には言われてるからね」

「へぇ、すげぇじゃん! 同居人って、敷地外学生寮の住人だろ? あの人達に認められてるってことは紛れも無く本物だな!」


 羨ましいといった表情で僕を見るジック。

 屋敷に住む前までは、村一番の聖剣好きと呼ばれていたっけ。まあ、厳密に言えば聖剣好きと呼ばれると同時に異常性癖とも呼ばれてたんだけど……。聖剣は好きだけど、別にそういう意味じゃないんだけどなぁ。

 まだ少ししか経っていないけど、あの頃が懐かしく感じる。


「なら、私が認めてあげるわ」


 話を聞いていたのか、こちらに歩み寄って来たファナがジックに言った。

 その常に不機嫌そうな表情と口調さえ直せば、親しみやすいのに……。

 案の定、ジックは唐突に声を掛けてきたファナに対し、複雑な顔をしていた。


「あ、その……ファナ・アクネシアさんですよね。は、初めまして」


 何故そこで慌てるのか。

 ジックらしくない。

 隣を見ると、ファナが小さくため息を吐いていた。


「私、いない方が良さそうね」

「え、何で?」

「さあ。そこの彼にでも聞いてみたら?」


 それじゃ、とだけ言い残して立ち去るファナ。

 時々、ファナの考えていることが分からなくなる。

 僕に理由が無いのだとしたら、やはり彼女の言う通りジックに訊くしかない。

 ジックは僕と視線を合わせると、申し訳無さそうな顔で口を開いた。


「アジナ、お前本当に知らねぇのか?」


 心当たりがない以上、僕はそれを知らないのだろう。

 訊かれた内容の良し悪しすら分からない僕は、首を縦に振った。


「敷地外学生寮は、皆”特殊”だってことだよ」


 特殊……?

 そう言われて屋敷の皆を思い浮かべるが、特に思い与える節はない。

 一瞬、生まれ持った病で部屋から出れない同居人を思い出すが、彼女以外は皆普通に学園に通っている。ファナも鍛錬マニアという点を除けば、ちょっと刺々しいけど、そこらにいるような普通の女の子だ。特殊とは言いがたい。


「言い換えれば、とびきり優秀ってことだ。それが思想だったり実力だったり、容姿だったりと意味は分かれてくるが……共通することは、並の常人だと満足に話すことすら出来ない程、高みにいるってことだな」


 さっきの俺みたいにな、と自戒するようにジックが言う。

 入学式で、僕に対して「凄い奴?」と訊いてきたのはそういうことか。

 しかし、実際に屋敷に住んでいる僕からすれば、実感の沸かない話だ。

 個性こそあれど、そこまで遠巻きにされる理由は見当たらない。

 

 或いは、逆か。

 ただの一般人である僕が、彼らの特別性に気づいていないだけか。

 もしかして僕は、とんでもなく場違いな所に住んでいるのではないだろうか。


「アクネシアだって、初等部の頃から結構な有名人だぜ?」


 初等部……。

 そう言えば、屋敷の皆はもっと小さい頃から学園に通っていたんだっけ。

 寧ろ高等部から入学する方が珍しいとか、そんなことを言われた記憶がある。


「強そうな奴を見たら直ぐに模擬戦を申し込み、その暴力的な魔法と強靭な肉体を惜しむことなく使った戦法で相手を徹底的に叩きのめす。特に体術が驚異的でな……ついた渾名はメスオーガ。これ絶対に誰にも言うなよ」

「うわぁ……」


 何が衝撃的かって、その渾名は僕が以前、ファナに言ってしまったものだということだ。これが皆の共通意識だってファナが知ったら、洒落にならない。

 

「アジナは、アクネシアのことをどう思ってるんだ?」

「どうって言われても……」


 ジック程ではないけど、僕もファナと知り合って日が浅い。

 ただ、彼女は意外と顔に感情が出るので、分かりやすい相手だ。

 嫌なことを言えば嫌な顔をするし、腹が立てば憤りを見せる。

 真正面から礼をしたり褒めたりしたらすぐ照れるのも、魅力の一つだろう。


「……普通の、女の子かな」


 初等部や中等部の頃を知らないからこそ言える。

 ジックは深い溜息を吐き、罪悪感に染まった顔をその大きな手で隠した。


「色眼鏡で見てたことは今度謝ろう。彼女には悪いことをした」

「それがいいと思うよ。何だかんだでファナってお人好しだし」

「それは知らなかった」


 はは、と笑ってみせるジックに、僕もまた笑った。

 それに、屋敷の皆だって何もかもが特殊というわけではない。

 ファナは机と睨めっこする類の勉強が大の苦手だ。

 これが露見したら、皆はどんな反応をするのだろう。

 それが話の種になれば良いんだけれど……。

 同居人として、ファナには楽しい学園生活を謳歌してもらいたいものだ。


「んじゃ、そろそろ俺は行くぜ」

「どこに?」

「嫁を探しに」


 流石の僕も、開いた口が塞がらなかった。

 探しにと言っているから、婚約者がいるわけでもないんだろう。

 段取りをすっ飛ばし過ぎだ。


 普通、異性との関係を築くには段階というものがあるだろう。

 女友達となり、そこから更に関係が進展して恋人になる。

 嫁になるのはその後だ。


「元々、俺はそのために学園に来たからな」

「どういうこと?」


 嫁を探し求めるために学園って……いや、僕も人のこと言えないか。

 僕だって聖剣を探し求めるために学園に来たのだから。

 少し淋しそうな翳りを見せながら、ジックは語り始めた。 


「家の事情でさ、俺はいずれ政略結婚をすることになってんだ。けど、どうしても納得できなくてさ、その旨を両親に使えると条件を与えられたんだ。この学園生活で婚約を結べる相手を見つけば、政略結婚の件は破断。逆に俺が結局誰も見つけられなかったら、その時は諦めて家の駒になれってな」


 そんな話を聞くと、つくづく平民で良かったと思う。

 好きでもない相手との結婚なんて、憂鬱でしかない。

 僕にはとても耐え切れない話だ。


「そんな顔すんなよ。俺だって好みの女の子と結婚したいし、それに良い機会でもある。何も考えずに生活して婚期を逃すよりかはマシだ」


 そしてその結果が、今の彼の一途な姿勢なのだろう。

 ぽっと出てきたような安っぽい感情ではなく、明確な決意と過酷な状況あってのものだ。自身の好みをこうして曝け出しているのも、自分には結婚の願望があるという周囲に対するアピールなのかもしれない。


「ま、そんなわけで俺は欲望に忠実になれる大義名分ってのがあるんだよ。そう考えると、アジナはやっぱり凄い奴なのかもな」


 切っ掛けさえあれば、ジックも大義名分抜きで今の状態になりそうだ。

 しかし、ジックの言い分には少し語弊がある。


「一応、僕にも理由はあるんだ」

「お、興味深いな」


 何だか既に話す雰囲気になっているけど……まあいいか。

 これといって隠すものでもないし。


「勇者狩りって知ってる?」


 勇者は過去の因縁などから、恨みを買うことも多い。

 勇者狩りは文字通り、勇者を狙った殺人、或いはその下手人のことだ。


「ああ」

「かなり昔だけど、僕は勇者狩りに遭ったんだ」

「……おいおい。物騒だなそりゃあ」


 多分、僕が買った恨みではない。

 恨みの矛先を勇者全体に向けている者の仕業だろう。

 僕にとってはただの八つ当たりだ。


「それが火を使ったものでさ。たまたま外で遊んでいた僕は、あっという間に炎に包まれたんだ。逃げようにも転んじゃって、あの時は本気で死を覚悟したよ」


 今思えば、あの勇者狩りで一番の重症は転んだ時に打った鼻だろう。

 すっかり聞き入っているジックに、続きを話す。


「ところが、そこで颯爽と僕を救ってくれた人がいたんだ。綺麗な女の人でさ、黒い長髪が熱気に翻る立ち姿は本当に格好良くて……そんな僕は、ふと彼女の右腕に光る何かがあることに気づいたんだ」

「それが、聖剣ってことか」

「その通り。あれはもう、一目惚れだったよ」


 炎に負けない輝きを灯していた、あの聖剣。

 あれが、僕の人生に彩りを与えてくれたのだ。


「それで、気絶する直前に聖剣の使い方を教えてもらったんだ」


 目が覚めた僕は、すぐに恩返しを誓った。

 教えてもらったことをひたすら続け、それで成果を挙げてみせる。

 そしていつか、その成果を彼女に認めてもらう。


「命の恩人の前で、ちゃんと聖剣を扱えるようになったことを証明したい。こういう目的があるから、僕も欲望に忠実になれたのかもしれない」


 今ではすっかり聖剣に惚れてしまった僕は、恩を返す以前に純粋な意志として聖剣の存在を欲している。そしてそれを僕自身が良しとしている。

 生まれて初めてここまで夢中になったものなのだ。

 恩を返した後も手放したくはない。


「……普通、そこは自分を救ってくれた女性に惚れるんじゃないのか?」

「聖剣が無かったら惚れてたね」


 彼女も魅力的だったが、聖剣には及ばない。

 話を聞いたジックは満足気に笑い、組んでいた腕を解いた。


「やっぱ俺らって、似たもの同士だな」

「だね」


 互いに腕を前に出し、ぶつけ合う。

 周りの皆が怪訝な視線を浴びせて来たが、どうでも良かった。


「俺はこの学園生活で、最高の嫁を探しだす」

「僕はこの学園生活で、沢山の聖剣と契約してみせる」


 暫く、二人して硬直する。

 そして、どちらからともなく、吹き出した。


「最高の嫁って、いいじゃん! どんな人か期待してるよ!」

「お前こそいい目標じゃねぇか! 女だったら初代様にそっくりだぜ!」


 指を差し合い、笑い合う。

 それから目尻に溜まった涙を拭って、僕達は教室を出た。


 ジックは、嫁を探すために。

 僕は、聖剣を探すために。

1/24 修正終了。






(まだ続きます)

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