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-6- 聖剣さん自己紹介です

 肌寒い朝の風に身体を震わせながら、学園の校門を潜り抜ける。

 広大な敷地面積に茂る草の大地は、寝転べば気持ちいいこと間違いなし。

 思わず腰を下ろして一息つきたくなるが、しかし今日は学園生活初日だ。


「えーっと、僕のクラスは……お、発見!」


 本校舎の掲示板に張り出されたクラス発表一覧を見る。

 全五クラス中、僕は三組に割り当てられたみたいだ。

 そのまま名簿を上から順に見ていくと、先日知り合ったジックの名前が記されていることに気づいた。更に下部へ目を通すと、ファナの名も。

 

 知り合いが同じクラスなのは心強い。

 特に先日知り合ったばかりのジックが居るのは頼もしかった。


 教室一つにつき、生徒数は七十人前後か。

 担任教師が一人と補佐が一人。後は各分野に分かれるらしい。

 分野っていうと、保健室の治療師や図書塔の司書さんのことだろうか。


 学園入口付近に聳え立つ、灰色の塔に視線を寄越す。

 図書館ではなく図書塔。文字通り縦長の塔であるそこの中には、様々な分野に精通した書物があるとか。懐事情でこれまでそういった物との縁がなかったため、今度気が向いたら是非とも訪れてみたい場所だ。

 聖剣についての書物も、沢山あるだろうし。


「勇者と聖剣の区別はされてないのか……」


 勇者だけや聖剣だけのクラスは存在しない。

 ということは、僕の所属する一年三組に何人かの聖剣がいるのだ。

 

 気合を入れろ。

 夢にまで見た薔薇色の学園生活だ。

 僕はここで……必ず、聖剣を手に入れてみせる!


「おお……」


 学び舎での勉強が初経験である僕は、目の前の光景に感嘆する。

 宛てがわれた教室は真新しく、屋敷と同じくらい綺麗だった。

 横長の机は弧を描いており、その全てが前方に向かって折れ曲がっている。

 椅子は机一つに対し三つあり、どちらも木製で塵一つ付いていない。

 手入れが行き届き過ぎて、かえって扱いづらいくらいだ。


 事前に決められていたらしい座席に座る。

 左側の最前列。若干角度的に黒板が見にくい場所だ。

 窓際で今は温かいが、季節が変わるとそうは言ってられないだろう。


 全員が席に着席し、そのまま暫く待つと、一人の女性が教室に入ってきた。

 女性は教壇の前で立ち止まり、教室全体を見渡して口を開く。

 

「皆さん初めまして。私が三組の担任教師、リッテ・クロイツです」


 担任教師を名乗るリッテ先生は、そのまま簡単な自己紹介に入った。

 趣味、特技、恋人募集中……とか何とか言ってるけど、正直興味ない。

 今を生きる若者たちにとって、リッテ先生は年老い過ぎている。

 これ、口に出したらぶん殴られそうだなぁ。


「次は皆さんに自己紹介してもらいましょう。そちらから順どうぞ」


 リッテ先生がこちらを向く。

 それが僕を指名しているものだと知り、一先ず立ち上がった。


 いきなり自己紹介か。

 学園初心者の僕にはちょっと厳しいところだ。

 そもそも具体的に何を言えばいいのだろう。

 先生のはあまり参考にならなかったし、後続のことを考えれば責任重大だ。

 あ、やばい。緊張してきた。


「……アジナ・ウェムクリアです」


 な、なんていう簡素な自己紹介だ。

 後ろの皆がこれを真似たらどうしよう……。

 助け舟を求めるが如く、僕はリッテ先生に視線を投げかけた。

 すると彼女は小さく微笑み、


「趣味とかはありますか?」


 ナイス質問。

 良かった、助かった。

 内心で胸を撫で下ろし、僕は意気込んで先生の質問に答えた。


「趣味……というか興味ですけど、聖剣について色々調べたりします」


 へぇー、と何人かが反応を示す。

 やはり勇者である以上、少なからずは聖剣に興味があるのだろう。


「聖剣が好きなんですか?」


 勿論、好きにきまっている。

 けれど、僕のこの思いの丈を好きの二文字で片付けられるのは納得できない。

 僕が聖剣をどう思っているか?

 そりゃあ当然――。


「――はい。愛してます」


 キッパリ言い切ると、一瞬で教室が静まり返った。

 あれ? さっきまでの騒々しさはどこにいったんだろう?

 周りが茫然とこちらを見る中で、僕は教室の雰囲気に首を傾げる。


 良く分からないけど、質問はこれで終わりかな。

 リッテ先生のおかげで緊張も解れてきたし、じゃあ最後に一言だけ……。


「使い手が欲しい方、いつでもどうぞ!」


 いつでもどこでも、聖剣を使う準備は整っている。

 待つだけでいるつもりはないし、こちらからも積極的に声を掛けるつもりだ。

 あ、でも学園では使い手申請なるものを書かないといけないんだっけ。

 面倒臭いなぁ……。


「で、では次の方……どうぞ」


 調子は悪いのか、リッテ先生が震え声で言う。

 二番目の生徒が自己紹介を始めた。


「何か質問はありませんか?」


 後ろの席の生徒が自己紹介を終えたらしく、先生が全体に通る声で言った。

 丁度気になることがあったので、僕は挙手をする。


「……はい、ではアジナ君」


 間を開けて、僕を指名する先生。

 その視線が泳いでいたのは気のせいか。

 若干の違和感を覚えつつも、僕は質問をした。


「勇者ですか? それとも聖剣ですか?」


 ガタン、と後方から物音がした。

 机に足をぶつけたのだろう。

 どうしてそんなに慌てるのか。疑問に思った僕は背後へ振り返る。

 おかいし。どうしてそんな怯えるような瞳で僕を見るんだ。


「ア、アジナ君! それはまた、今度の機会にしましょう?」


 苦笑しながら先生が僕に向かって言う。

 時間の都合上だろうか。渋々ながら了承する。

 不貞腐れつつも次の人の自己紹介を聞いていると、教室の至るところから生徒同士の雑談が耳に入った。


「おい、あいつちょっとヤバくねぇか?」

「俺、勇者で良かったー……」


 言っている意味が分からない。

 ただ、人が自己紹介しているのに雑談は止めるべきだ。

 時折チラリチラリと視線を送ってくる周囲に、僕は無視を決め込んだ。


 三分の一の生徒が自己紹介を終えた頃だろうか。

 見知った赤目の少女がその紅の長髪を掻き上げながら起立した。


「ファナ・アクネシア。勇者よ」


 素気ない自己紹介を終えたファナは、先生の言葉も無しに着席した。

 質問に答えるのが面倒なのか。相変わらず淡白な性格をしている。

 屋敷では少しマシだけど、大体はこんな感じだ。


「えーっと……何か、質問は?」


 まあ、流石にファナ一人だけ質問無しとはいかないか。

 リッテ先生は苦笑しながら教室全体に目を行き渡らせた。

 すると、勇敢な一人の男子生徒が手を挙げる。


「趣味とかって、ありますか?」


 男子生徒の目は好奇心に満ち溢れていた。

 時折ファナから視線を逸らすのは、気恥かしさからだろう。

 彼女の容姿は相当整っているため、一目惚れしてもおかしくない。

 最も、僕は聖剣一筋なので彼女に魅了されることは無いのだけれども。


 好奇の視線に晒されたファナは、鬱陶しそうに返答した。


「無いわ」

「じゃ、じゃあ苦手なものとか」

「……無いわ」


 嘘つけ。

 魔法学以外の分野がとことん苦手な癖に。

 というかファナの場合、無駄な努力が大嫌いなのだ。

 今後利用しないと判断した物は片っ端から切り捨てるタチらしい。


 男勝りな思い切りの良さに、言ってはいないが趣味は鍛錬という事実。

 まるで男みたいな女なんだけれど、それを本人の前で言ってはいけない。


 あれは……僕の人生の中でも一、二を争う最低最悪の出来事だ。

 

 屋敷に訪れて暫く、ファナの鍛錬を自室の窓から盗み見た翌日のこと。

 当時の僕はまだ屋敷の住人にも慣れていなくて、リセが面倒を見てくれていた。特に気の強そうなファナにはどうしても尻込みしてしまい、それに気づいたリセは、朝食の場で僕とファナを無理矢理向かい合わせに座らせたのだ。


 焦った僕はその時、ふと先日窓辺で見たことを思い出した。

 あの鍛錬で見た、彼女の鬼のような気迫。縦横無尽に駆け巡る魔法を、同じく魔法で相殺したり、或いは自らの肉体で対処してみせたりと……そんな強さを身に纏ったファナの姿を思い出し、僕はこう言った。


 ――ファナって何だか、メスのオーガみたいだね! ……と。


 悪気はなかった。

 村育ちの僕にとって、一番身近な強い存在といったらオーガだったのだ。

 オーガと違って筋肉まみれの巨大な図体ではなく、醜い豚面でもないが、ファナの威圧感は正にオーガのようだ……そう、思ってしまったのだ。


 結果はまさに地獄絵図。

 スープに顔面を沈められた記憶は、今にも鮮明に思い出せる。


「つ、次の方……」


 勇敢な男子生徒が完敗して暫く。

 ファナのせいで悪くなった教室の空気。

 誰もが苦行のように自己紹介を済ます中、巨体の生徒が立ち上がった。


 豚だ。

 いや、違う。

 親友のジックだ。


「俺はジック・ウォルター。見ての通り、種族は獣人だ」


 良く通る声でそう言ったジックは、泰然と直立不動を決め込んだ。

 容貌が目立てば、その大きな声も目立ちやすい。

 教室に明るみが復活した瞬間だった。


「しゅ、趣味は何かありますか?」

「趣味はねぇが、好みならある」

「こ、好み……ですか?」

「ああ」


 戸惑うリッテ先生に、ジックは自信満々な表情で頷いた。

 そして、大きな口を広げた。


「――小さい娘」


 は? と誰もが首を傾げる。

 聞き間違いか? そう言いたげな表情だった。


「背丈はこのくらい。声は高くて、顔はあどけない方がいいな。髪型は特に考えてねぇが、あまり派手なものは好ましくない。しかし性格と噛み合うのならば、それはそれで魅力的かもしれな――」


「――あ、あの、ちょっと」


「奥ゆかしく慎ましい性格もいいが、やっぱり明るく活発な方がそれらしい。それっていうのは、まあつまり子供らしさということだ。幼い面持ちで妙にクールを気取られても不自然……いや、待てよ。学園長はどうだ? あの容姿であの口調だぞ? 有り得ないと思っていたが……あれはあれでイケるよな」


「も、もういいです! もういいですから!」


 半ば無理矢理といった形で先生がジックを止める。

 その間、クラスメイトは僕の時と同じように呆然としていた。


「……アジナみたい」


 静寂の中、ポツリとファナが呟いた。

 仕方ない。情熱が口から溢れるのは良くあることだ。

 不満そうに着席するジックに、僕は親近感を覚えていた。


「次! 次お願いしますっ!」


 叫ぶような声色でリッテ先生が指示を出す。

 その後も自己紹介は滞りなく進行された。

 

1/24 修正終了。

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