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 鍛錬の虫と癒しのお姉様

 象牙の輝きを灯す月が宙に浮かぶ。

 静けさが滞る夜、ファナ・アクネシアは屋敷の庭で目を閉じていた。

 暗幕の掛かった視界。そこに浮かぶ紅の塊。

 己を形取る生命の根幹ライフツリーに干渉し、目当てのものを探す。

 命でも魂でもない、心の系譜。

 そこから掠め取るのは、魔力と呼ばれる不思議な力だ。


「走れ、狐火」


 大気中に魔力で生み出されたレールが放たれる。

 同時に、生み出されたレールの端から真紅の炎が燃え上がった。

 周囲の薄闇を照らしながら、それはレールの上を滑走する。

 枝分かれし、高速で四方八方へ。

 紅の線を描きながら、炎はファナの指先が示す方へと疾駆した。

 その姿はまるで、炎に生命が宿ったようだ。


「……」


 左右の指を一点に向け、包み込むように丸める。

 すると、あれだけ暴れまわっていた炎たちが一箇所に集い始めた。

 ぐるぐると同じ箇所を旋回し、そして次の瞬間。

 上空の炎を手繰り寄せる様にファナが手を振った。


 魔法の主であるファナの指示に従い、炎たちは瞬時に彼女に襲いかかる。

 枝分かれし、絡まり合い、不規則に……しかし瞬く間に炎は接近した。


うねれ、妖炎」


 爆炎が、ファナを中心に放たれる。

 荒々しさを権化したかのような乱暴な炎の塊。

 炎は花弁のように広がり、先端が迫り来る狐火を一掃する。

 それどころか、周辺の土を手当たり次第焦がし始めた。


 自由自在とは程遠い。

 そもそもこの魔法は操作することを前提に置いていないものだ。

 それは美しい華というよりは、幾つもの尻尾がのたうち回る様に見える。


「……ふぅ」


 狐火の残党が消え去るのを確認したファナは、妖炎を解除する。

 黒焦げとなった土は後で屋敷の使用人が何とかしてくれるだろう。

 周辺に植物類が無いことは確認済みだ。


 数ヶ月前まではあった筈だが、気が付けば全て別の場所に移されている。

 自分が移動させた記憶はない。

 多分、誰かが気を利かしてくれたのだろう。

 最早この場がファナの鍛練場と化しているのは周知の事実だった。


「シャワー浴びないと」


 入学式は無事終えた。

 明日は遂に学園生活の初日である。

 第一印象を崩すわけにはいかない。

 時刻は既に深夜だが、これくらいはいつも通り。

 シャワーを浴びて、明日の用意をするまでの時間はある。


 靴に付着した泥を落とし、ファナは屋敷内へ戻った。

 中では数人の足音と話し声が聞こえたが、それらは全て使用人のものだろう。

 この時間帯だと、同居人が二階の部屋から出るのは珍しい。

 就寝中かもしれない彼らに気を遣い、足音を立てずに自室へ向かった。


「毎晩ご苦労さま」

「うへゃっ!?」


 唐突に背後から肩を叩かれ、ファナは大きく跳ね上がる。


「リ、リセ!? あんた、何でここに――」

「何でって言われても……眠れなかったから、としか言い様がないわね」

「……」


 バクバクと波打つ胸に手を添え、何とか心を落ち着かせようとするファナ。

 そんな彼女の様子に、リセはクスクスと笑みを溢し始めた。


「部屋の窓から見てたけど、さっきの新魔法?」

「……ええ」


 基本的にマイペースなリセには、言及すること自体に疲労する。

 鍛錬で心身ヘトヘト状態のファナは、大人しくリセのペースに乗っかった。


「ファナの魔法って、みんな不思議な名前よねぇ」

「そう? 私のいたところじゃ、割と普通だったわよ」

「一般的な魔法は、身近な物や武器などを模倣するのよ」


 その方が簡単にイメージが練れるし、見た目が単純だから牽制にも使い易い。

 特に武器の形状を取り入れる魔法は数多く存在し、例えば巨大な炎の槍を生み出す魔法や、氷の剣を生み出す魔法などが有名だ。


「生物の性質を取り入れてる私の魔法とはほぼ真逆ね」


 具体的に言えば、対象となる生物の形や行動を再現している。

 狐火は墓地に生息している人魂という魔物を模倣したものだ。

 普段は怪しげに揺らめいているだけだが、実はとても俊敏な魔物である。


「最後の魔法は何をモチーフにしたのかしら?」

「妖狐。故郷で有名だった魔物よ」


 幾つもの尻尾で外敵から身を守る、狐を模した魔物。

 妖炎はその魔物の尻尾を炎で再現したものだ。


 とは言え、予想以上に難易度が高く、現段階ではまだまだ未完成だと言わざるを得ない。尻尾は元来自由自在に動くべきものだが、ファナの実力だとその制御が上手くいかないのだ。


 だからいっそ全ての制御を切り捨て、規模の増大化だけを考えたのだが……。

 その結果、あれはあれで意外と使えるかも……といった結論に至った。


 中心さえ定めておけば、後は荒れ狂う炎が周辺に手先を伸ばすように畝る。

 外敵から身を守るという部分は同じだし、規模が上がったことで攻撃性も増した。攻防一体の魔法は会得していなかったため、この魔法には使い道がある。


 鍛錬マニアであるファナにとって、磨くべきものが増えたのは嬉しい事実。

 その表情には隠しきれていない喜色が浮かんでいた。


「アジナといい、ファナといい。皆変わってるわねぇ」

「それ、あんたが言う? というか、ここに普通の人なんていないわよ」


 可愛らしく小首を傾げ、とぼけたように見せるリセ。

 優しげに微笑んではいるが、含みのある態度だ。


 ということは、ちゃんと自覚はしているのだろう。

 少なくとも、あの”馬鹿”よりは余程マシだということだ。


「……アジナ、大丈夫かしら」


 馬鹿の名がリセの口から漏れる。

 どう返答すればいいのか分からなかったが、廊下の静寂が妙に心地悪く感じたので、ファナは誤魔化すように口を開いた。


「大丈夫じゃないの? アイツ、結構鈍いし」

「でも……ファナも、何となく察してるでしょ?」


 それは、とファナが口を噤む。

 大丈夫だの、大丈夫じゃないだの、それは全てアジナの安否についてだ。

 アジナは人一倍鈍臭かったり、何かしらの発作持ちというわけでもない。

 リセが心配しているのは、アジナの学園生活だった。


「やっぱり、ここに来るまでの生活環境が原因なのよねぇ」

「……世間知らずじゃ済まされないわよ、あの無知っぷりは」


 ファナの吐き捨てるような台詞に、リセは頷いた。

 ファナやリセと同じく勇者であるアジナは、とにかく知識不足なのだ。

 本人は気にしていないが、その知識不足はかなりの重症の域にある。勇者としての常識を知らなければ、ここら一帯の地理に恐ろしく疎かったり。幸い聖剣に関係することだけはある程度備わっているものの、肝心の一般常識が欠如しているから連鎖的にその知識も役に立たないことが多くなる。


「それに、さっきも様子を見てきたんだけれども……いつも通りだったわ」


 また、例の鍛錬を行っていたのだろう。

 アジナが日課と称して毎日繰り返している、同調の訓練だ。


「ねぇ、ファナはあれをどう思う?」

「どうって言われても……正直、あまり見たくないわね」

「どうして?」

「……へこむからよ」


 ファナにしては珍しい弱音。

 それを聞いたリセが表情を変化させないのは、彼女を馬鹿に出来ないからだ。

 少し苛立ちを含めつつ、ファナは続けざまに声を発す。


「大体、三日で一個の時点で優秀と言われてるのよ? それを一日一個は愚か、一日で三個も使い切るなんて、早いなんてもんじゃないわ。異常よ、異常」


 捲し立てるように言葉を発すファナは、その不機嫌な瞳でリセを見た。

 アジナがこの屋敷に来る前までは、リセが同調のエキスパートとして扱われていたのだ。彼女もまた、二日で一個という驚異的な速度の記録保持者である。


 その記録をいとも容易く塗り替えたのがアジナだ。

 それも、少し前まで持て囃されていたリセに、圧倒的なまでの差をつけて。


 この屋敷に住む住人は、誰一人として例外なく、全てが”特別”だ。

 その”特別”の中でも、アジナは群を抜く特異性を見せつける。これでは、屋敷の住人が彼を特別視するのも無理はない。ある者は尻に火を付けられたかのように途端に焦りはじめ、ある者は来たるべき好敵手の存在に歓喜した。


 無論、ファナもリセも、アジナを疎ましくは思っていない。

 しかし、その対応もこの屋敷ならではのものだ。

 屋敷を出れば、世間体という名の常識が蔓延る窮屈な世界が待ち侘びている。

 勇者聖剣養成学園なんて、まさに代表的である。 


「ちなみに、今日は五つ消費していたわ」

「……化物ね」


 アジナの同調の技術は現在、ダントツで屋敷の最高位にある。

 世間知らずのアジナも、同調が聖剣を扱うにあたって最も重要な技術であることは理解していた。寧ろ、それしか知らなかったが故に、今の今まで水晶を用いた鍛錬ばかりに勤しんでいたのだろう。


 勇者として、これ以上に重要なステータスはない。

 だが、アジナの世間知らずはここに来て大きな壁となる。


「これで、せめて少しだけ他の強さがあれば良かったのだけれど……」


 勇者としての強さを、アジナは聖剣の扱いと捉えている。

 それは決して間違いではない。

 けれども……それだけでは、足りないのだ。


「魔法は一切使えず、身体能力は下の下。知謀に長けているわけでもなければ、話術や交渉術に造詣が深いわけでもない。紋章も薄いし、第一素質が見られない。……これでどうやったら聖剣が振り向いてくれるのかしらね」


 厳しいファナの言葉に、リセはその顔を一層悩ましいものに変えた。

 アジナの同調の技術は確かに凄い……が、それが発揮されるのは、彼が聖剣を握ってからの話だ。


 聖剣が欲しいのならば、まずは聖剣に認められる必要がある。

 だから勇者は大抵が魔法や身体能力などを磨き、やがて意中の聖剣に認められようと努力する。しかし、アジナは順序を履き違え、聖剣に認められた後に役立つものを、ひたすら鍛え続けていたのだ。


 その結果、今のアジナに聖剣が振り向く要素はない。

 恐らく、実際に聖剣を持てば誰もが彼に対する評価を改めるだろうが、それまでがアジナにとっての最大の戦いである。


 聖剣に認められるには、聖剣無しでの実力を磨くしか無い。

 そんな当たり前の常識を、アジナは知らなかった。


「目の前であの同調を見せれば……」

「無理ね。どうせ不正を疑われるだけよ」


 水晶を入れ替えるなり、既に半分以上消費していたり。

 魔水晶を用いた鍛錬は不正が容易に行えることで有名だ。

 最近は対策ができつつあるも、疑われる時点でその手段は好ましくない。

 

 アジナの同調はあまりにも常軌を逸している。

 それこそ、現実と受け止めるよりも、不正と疑いたくなるくらい。


「……心配しすぎよ」


 まるで自分のことのように伏し目がちになるリセに、ファナが言う。


「時間なんて幾らでもあるし、あの学園なら陰湿な嫌がらせの心配もないわ」

「でも、万が一ってことも……」

「その時は……リセや、ルービス様が守ってくれるんじゃないかしら」

「私が守る、とは言わないのねぇ」

「忙しのよ」


 出会って三ヶ月程度なのに、リセはアジナのことを気にかけすぎている。

 いや、リセだけではない。他の同居人だって……ファナだって、同じだ。


 考えることは皆同じだろう。

 彼らはアジナに保護浴をそそられたのではない。

 期待しているのだ……。




 アジナが聖剣を持ったその時、何が起こるのかを――。

1/23 修正終了。

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