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-5- 聖剣さん勘違いです

 敷地外学生寮――即ち、いつもの屋敷へと帰還した後。

 僕は普段通り、日課である水晶との同調に勤しんでいた。


「……よし!」


 今朝と同じように、水晶に向かって魔魂同調を行う。

 これで三つ目の水晶を消費した。一応、ノルマは達成だ。


 補充された魔水晶はまだまだ沢山ある。

 山の様に積み上げられたそれを見て、僕はもう一度新品の水晶を手に取った。

 今日は朝から調子が良い。

 集中力も途切れないし、もう少し頑張れそうだ。


 脳内で練り上げるイメージ。

 そこに混ざってくる、長年の憧憬の産物。つまり妄想。

 それを現実にすべく、僕は水晶との同調を開始した。


「流石に……疲れた」


 結局、五つ目の魔水晶を消費したところで日課は終了する。

 左肩の勇者紋章が嫌に熱い。これ以上は無理だと身体が告げていた。


 長年これに費やしているだけあって、同調の時の集中力だけは自信がある。

 だからそれを解くまで、僕は来訪者の存在に気づかなかった。


「いつからいたの?」

「んー、アジナが三つ目を終わらせた時……かな?」


 のんびりとした話し方で、とぼけたように言ってみせる。

 部屋の扉付近には、藍色の髪を長く垂らした二歳上の女性が立っていた。

 リセ・シュエリーハット。それが同居人である彼女の名前だ。


「何か良い事でもあったのかしら?」

「え、何で?」

「普段より集中してたから」


 それを聞いて、どこか納得した自分がいた。

 今日は良い事尽くしだ。

 気の合う親友ができたことも、聖剣と出会えたことも。

 思い出せばまた活力が湧いてくる。


「友人ができたことと、聖剣に会えたことかな」

「あら、それじゃあ納得ねぇ」


 ふふ、と片手を口元に添えて微笑むリセ。

 その淑女らしい振る舞いは、平民とは明らかに違う教育を思わせる。

 けれど、他の畏まった貴族とは違い、身に纏う空気は親しみやすい。

 深窓の令嬢とはまた違う、見ているだけで癒しを与えてくれるような女性だ。

 呼び捨てを許してくれることも、彼女の親しみやすさの一つだろう。


「それにしても、相変わらずねぇ」


 リセが僕の手元にある水晶を見て、呟く。

 始業式を終えた彼女は、普段と同じようにゆったりとした服装を着ていた。

 なので、今のように屈んでしまえばその豊満な胸元が見えてしまう。


 然りげ無く視線を逸らす。

 天然なリセのことだ。真っ向から見つめても、「ん?」と首を傾げられるだけで終わるだろう。僕はたまに、リセが悪い男に捕まらないか心配になる。

 そんな考えとは他所に、リセは顎に手を添えて口を開いた。


「気分次第で増やせるなんて、常識外れも良い所ねぇ」

「えーっと……何のこと?」

「さぁ?」


 そこまで言っておいて、それはない。

 納得が行かない僕の心情を見透かしてか、リセは微笑する。


「一日にそんな何個も使える人なんて、そう居ないわよぉ?」

「そんなことないって。リセも頑張ったらできるよ」


 僕だって最初の頃は、一つの水晶を消費するのに数日はかかった。

 それが今ではこんなにも早く消費できるのは、やはり鍛錬の成果だろう。


「私は精々、二日で一個が限界かも」


 同調に頼らないのも、一つの強さだ。

 だから別に僕は彼女の言葉に思うところはない。

 数の問題上、世の中には聖剣を持たない勇者が山ほど存在するのだ。

 その中で活躍するとしたら、聖剣抜きでの己の力のみが頼りとなる。

 聖剣が傍にあることを前提としている僕とは違う、別種の強さが必要だ。


 他人は他人。

 自分は自分。

 リセにはリセなりの特技があるのだろう。

 僕も僕の思うがままにするだけだ。


「何はともあれ、これでアジナも私の後輩かぁ。何だか感慨深いわねぇ」

「まだ出会って半年も経ってないけど」

「半年分は世話をした気がするわぁ」

「ごめんなさい」


 今でこそ、笑い話として扱える。

 だけど、当時の僕は本当に参っていた。

 明らかに高級な置物。

 無駄に長い廊下。

 そんな内観に見劣りしない同居人。

 

 対し、僕はほんの少し前までは田舎で野菜を耕していた身だ。

 内側も外側も。完全に、僕だけがアウェーな状況だった。

 粗相なんて、数え切れないくらいやらかした。


「さしずめ、アジナは私の弟みたいなものかしら」

「弟って……そう言えば、リセは妹がいるんだっけ?」

「ええ。アジナと同い年よ。もし会ったらよろしくね」


 あの子も、割と気難しいところがあるから……と続けるリセ。

 いやいや。あの子「も」ってことは、僕も気難しいってことじゃないか。

 そんな風に思われるなんて、大変遺憾だ。

 入学式で早速親友を作る程の腕前だぞ、僕は。


「アジナは十分、気難しいわよぉ」


 そんな馬鹿な。

 こんなにも一途な男が他にいてたまるか。

 ジックは例外。アイツは同類だ。


「アジナにも妹がいるのよね?」

「……うん。二歳下に一人。けど学園には来たくないって」


 明らかに話題をはぐらかすリセに、僕は諦めて話に乗る。

 彼女が相手だと、どこをどう責めるにしても柳のように躱されそうだ。


「あら、そうなのぉ?」

「あまり勇者とかそう言った物に興味が無いんだ」


 聖剣大好き人間の僕とは大違いだ。

 そのせいで何度も対立し、喧嘩をしてきた。

 昔はもっと聞き分けもよくて、良い妹だったのだけど……。


「珍しいわね。勇者が冒険者だなんて」

「どう考えても、妹には似つかわしくないんだけどね」


 どちらかと言えば家で大人しく過ごすのが妹の性格だ。

 それがどうしてこうも行動的になったのか、不思議で仕方ない。

 暫くは会えないだろうし、もしかしたら僕が帰郷するよりも早く家を出ている可能性がある。兄妹の距離感って、こんなものだろうか。


「お互い、妹には苦労してそうね」


 ふふっ、と小さく微笑むリセ。

 僕は彼女に首を大きく縦に振って肯定した。

1/23 修正終了。

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