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-4- 聖剣さん豚です

「俺はジック・ウォルター。見ての通り獣人だ」


 豚の獣人である彼は、実に男らしく簡潔な自己紹介した。

 獣人族は元々人間族より大きな体格である可能性が高いが、中でも豚型であるジックは人一倍巨体だった。肌は健康的なツヤのあるピンク色で、髪というより体毛だが、こちらは少しだけ薄い桃色。黒い瞳は細く切れ長で、強い眼力を感じられる。一瞥した程度では丸っこいとした思えない体つきも、こうして間近で見ると筋肉の塊だということが分かった。


「僕はアジナ・ウェムクリア」

「そうか、アジナか。俺のことはジックと呼んでくれ」

「なら僕もアジナでいいよ、親友」

「……ああ、そうだな親友!」


 もう一度がしっと握手をする。

 僕らは外側ではない、内側の部分で通じ合った仲間なのだ。


 学園長が壇上で何やら言っているけど、完全に無視を決め込む。

 ふとここで、僕はジックの右肘にある赤い痣に気がついた。


「それ、勇者紋章?」


 指差して、問いかける。

 制服のサイズが合わなかったのか、彼は袖を肘まで捲りあげていた。

 鍛え上げられた筋肉と制服の合間から見える赤い跡。

 だがそれは、目を凝らせば刺青のようでもある。


「ああ、そうだぜ」


 見かけによらない爽やかな声で、ジックはそう言った。

 袖を更に二の腕まで捲り上げ、ジックの勇者紋章の全貌が顕になる。

 牙のような、剣のような模様が描かれていた。


「うわー……かなり濃いじゃん」


 その紋章の濃さに、僕は感嘆する。

 勇者紋章は赤系統の彩りで刻まれるのだが、その濃淡は様々だ。

 勇者の血を強く引き継いでいる者や、或いは初代勇者に近い実力を持っている者。そう言った者たちは特に濃い色をしていることが多い。

 

「紋章の濃淡に大した意味なんてねぇよ」

「そうかもしれないけど、やっぱ濃かったら見栄が張れるじゃん」


 聖剣だって紋章の濃い勇者を好むだろう。

 今や紋章の濃淡は、実力だけでは片付けられない意味がある。


「で、アジナは勇者? 聖剣?」

「勇者だよ。ほら、ここに紋章がある」


 自身の左肩を空気に晒し、背中を見せるように身体を動かした。

 僕の紋章は平均よりも若干薄い部類に寄っている。歯車と炎が重なった模様が描かれたそれを見て、ジックは何故か神妙な顔となった。


「なぁ、アジナ。こんな話を知っているか?」


 突然の真剣な雰囲気に、僕は思わず黙り込む。


「勇者紋章は心臓に近ければ近いほどリスクが大きくなるんだ。初代勇者の怨念と執念が織り交ざった強力な呪い、それが紋章だと言い張る学者も世の中には存在する。そしてその呪いは、時が経つとともに徐々に心臓へと近づき……達したら最後、初代勇者に身体を乗っ取られるらしいぜ」


 なん……だと?

 ちょ、ちょっと待て。そんなの、聞いたことがない。

 確かに紋章の正体については現在も不明だ。

 解明されたのは紋章が現れる条件なだけであって、その仕組みではない。

 もしかすると、ひょっとして……。


「まあ冗談だけどな」

「だろうね」


 いや、まあ、分かってはいた。

 勇者紋章が世界中に現れてもう何年も歴史が積み上げられているんだ。

 今更、その様な重大な事実が判明するわけがない。


「冗談っつーか、厳密には噂話だな」

「紋章を題材にした創作話は幾らでも存在するからね」

「ああ。俺の故郷でも両手で数え切れない種類があったしな」

「そう言えば、ジックはどこから来たの?」

「ちんけな辺境さ。大して有名でもない」


 有名、と言う辺り、やはりジックの家柄も一般階級ではないのだろう。

 平民出の場合は、そもそも有名という言葉を引き合いに出さない。

 敷地外学生寮に住む皆も上流階級ばかりだったし、もしかすると新入生の中で僕だけが平民なのかもしれない。


「そう言うアジナは?」

「僕はアリディールってとこなんだけど……」

「うーむ、聞いたことねぇな」


 アリディールは小ぢんまりとした村だ。都市ですらない。

 しかしその閑散とした雰囲気を僕は気に入っている。

 賑やかなのもいいけれど、静かなところでのんびりと暮らすのも良いものだ。

 家族の皆も、元気にやっていればいいけれど……。


「――以上で、入学式を終了する!」


 壇上から響いてくる学園長の声に、僕とジックは顔を見合わせた。

 ぶっちゃけ何一つ聞いていないのだけれど、取り敢えず拍手はしておく。


「アジナは寮生登録済ましたか?」

「うん、結構前にね。ジックは敷地内学生寮?」


 質問という形式を取るが、そうであるのは確実だ。

 敷地外学生寮に住む生徒は少ない。故に面子は全員覚えていた。

 その中にジックがいないことも勿論把握している。

 しかし、ジックは随分と意外そうな顔で返答してきた。


「へ? そりゃそうに決まってるだろ。アジナもそうだろ?」

「え、いや、僕は敷地外の方なんだけど……」

「はぁ!?」


 周りの生徒がジックの驚愕に反応した。

 野次馬のように見物人と化す人集り。

 その中心で、ジックは我関せずと僕に詰問する。


「お、お前……あの屋敷に住んでるのか?」

「だからそうだと言ってるじゃないか」

「……もしかして、アジナって相当凄い奴?」


 今度は僕が「はぁ?」と言わざるを得なかった。

 自慢じゃないが、僕は生まれてこの方、凄いなんて評価を貰ったことがない。

 同居人の皆も、何だか僕の鍛錬姿を見ていると変な表情を浮かべるし。

 どちらかと言えば、十中八九凄くない奴だ。

 ファナに至っては事あるごとに僕に対して「落ちこぼれ」と言ってくる。


「寧ろ落ちこぼれと言われてるんだけど」

「あの屋敷で落ちこぼれ……信用ならねぇ」

「本当だって」


 やたらと持ち上げようとするので、早い段階で誤解を解いておきたい。

 周囲の人集りもポツポツと去り始めたが、まだ数人残っていた。


「怪しいな……まあ、今は引くとするか」

「僕たちもそろそろ出た方がいいね」


 講堂ではこの後、上級生の始業式が始まるらしい。

 続々と出口へと向かう生徒たちに並び、僕たちは講堂を出た。

 校内施設の案内は事前に配布された資料で済まされているし、教室の割り振りは後日行われるという。今日の予定はこれにて終了だ。


「んじゃ、俺は今から寮生登録してくるから」

「今日は解散だね」

「ああ。積もる話は、また次の機会にな」


 軽い別れを済まし、ジックと僕は別方向に歩き出す。

 こうして、勇者聖剣養成学園の入学式は幕を下ろした。



1/23 修正終了。

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