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-3- 聖剣さん入学式です

 勇者聖剣養成学園。

 その名の通り、勇者と聖剣を成長させることだけに特化した一つの教養機関の名称だ。入学条件は勇者であること、もしくは聖剣であること。たったそれだけで入学が認められる、勇者と聖剣にとってはこの上なく好条件である学園だ。


 しかも、その内部は優秀な教職員による格式ある授業。

 そこに通う生徒は勇者と聖剣に限定されるのだから、当然教職員たちも生徒に見合って優秀でなくてはならない……といった寸法だ。勇者と聖剣は素質が高いだそうなので、他所の学園と比べると授業レベルは一目瞭然であるとのこと。


 当たり前だが、僕はそれなりに緊張していた。


 ぶっちゃけ緊張でお腹が痛い。

 授業についていけるか不安で仕方ない。

 だって、勇者聖剣養成学園っていったら、超のつく名門校だ。

 僕みたいな村育ちが通うような場所ではない。


 それでも、僕は自分の意志でこの学園に通うことを決意したのだ。

 負けるわけにはいかない。

 応援してくれた両親のためにも。

 祝ってくれた村の皆のためにも。

 そして――。


「――聖剣と、出会うためにも!」

 

 ここは勇者聖剣養成学園。

 そう。勇者”聖剣”養成学園だ。

 つまり……この学園には、聖剣がいるのだ!


 見たい。触れたい。話したい。

 そして願わくば、僕を使い手に選んで欲しい。


 今までは過去一度を除き、間接的にしか見ることができなかった。

 だが、本日をもって、聖剣に漸くあいまみえることができるのだ!

 これが興奮せずにいられるだろうか。――否!

 僕の興奮は、正に最高潮に達している!


 輝かしい未来を思い浮かべ得ると、腹痛を促していた緊張が吹き飛んだ。

 ああ、愛しの聖剣たちよ。

 僕は今、君たちのすぐ傍まで来ているよ。

 君たちのために七年の歳月の全てを捧げた。

 本当に、僕の持つ全てを捧げた。

 そして現在、ついにその成果を見せる時が来たのだ!


「ふふ、ふふふふ……」


 屋敷を出て、そんなことを考えながら城下町を登っていく。

 途中、不審な目でこちらを見る通行人がいたが……無視だ無視。

 学園までの道のりは短く、すぐに校門の前に着いた。


「……でっか」


 広大な敷地面積に、数多くの建造物。

 勇者聖剣養成学園は、ここジルヴァーニ王国の王都ベルエナが誇る、サン・レシオ王城にも引けを取らない雄大さを醸し出していた。

 

 学生寮やその他施設を合わせると敷地面積も相当なものであり、非常に大量の費用が使われていると分かる。生徒も教師も優秀なのだ、ならば環境も優秀でなければ釣り合わないということか。……要するに、全部優秀ってことだね。


 両脇にある高級そうな建物が、敷地内学生寮か。

 敷地内の方が便利だが、あちらは宿泊代が高く、僕では無理だ。


 しかし敷地外の方も中々居心地がいいのに、部屋は沢山余っている。 

 それほど敷地内の方が住みやすいのだろうか。機会があれば行ってみたいな。

 

 これは僕の憶測だけど、皆、金や住み心地を考慮していないのかもしれない。

 例えば、ファナの場合は「規則が鬱陶しい」というのが理由で敷地外学生寮に住んでいる。なんでも、門限やら食事時間が制限されているのが嫌らしい。

 

 しかし、そんな理由なら寧ろ屋敷に人数が偏ってもおかしくない。

 もしかして、実は何かしら曰くつきだったりするのだろうか。

 だとしたら、嫌だなぁ……。


 余談だが、ファナが門限を気に食わない理由は、夜間の鍛錬ができないからといったものだった。本の虫ならぬ、鍛錬の虫である。


「新入生の方はこちらになりまーす!」


 大声を出す係員に従い、僕は学園の講堂にたどり着いた。

 目測で、大凡三百人くらいだろいか。

 世間一般の比率で考えると、この内の一割が聖剣ということになる。

 

 勇者の血を継ぐ者は、否応無しに勇者紋章が刻まれる。

 しかし逆に言えば、勇者紋章を刻むには勇者の血を継ぐ必要があるのだ。

 つまり、生態的構造上、血の交わりが持てなければ勇者にはなれない。

 初代勇者は人類であったため、その血を引き継ぐのも人類に限られる。


 だが、人型以外は全員聖剣……とも限らない。

 同じ人類でも、種族によっては変態能力を持つ一族だって存在するのだ。

 くそ、なんて歯がゆい。聖剣と分かっていれば真っ先に声をかけるのに。


 ……この際、手当たり次第に声をかけてみようかな。


 なんて思っていると、突如講堂内に甲高い声が響き渡った。


「おはよう諸君!」


 僕の本気の叫び声よりも大きなその声は、妙にはっきりとした口調だった。

 息を乱している様子もない。きっと拡声の魔法でも使っているのだろう。

 問題は、声の主がどこにも見つからないことだ。

 方向からして、講堂前方にある壇の上の筈……なのだが、誰もいない。


「なんじゃ、今期の新入生は随分と沈鬱じゃのぅ」


 沈鬱としているのではない。

 皆一様に、声の主を探しているのだ。

 声はやはり目の前の壇上から聞こえている。

 声調は高く、まるで雛鳥のような子供の声。

 周囲の疑問はやがて蔓延し、そして小さな喧騒と化した。


「誰が言ってるんだ?」

「も、もしかして……透明人間!?」


 透明人間なんて種族、あったっけ。

 しかし、この声の主の姿が見えないのは事実。

 おかしいな、と思いながら周りの声を聞いていると、講堂の端の方に並んでいる生徒たちからこんな声が聞こえてきた。


「お、おいよく見ろ! あれ、足じゃないか!?」

「ほ、本当だ! しかも……なんだあれ、人間?」

「ていうか……子供?」

「幼女?」


 足が見えて、人間っぽくて、子供で……幼女?

 脳内でキーワードを組み合わせて想像する。

 子供……そう言えば、聞こえてくる声は子供のようなあどけなさがある。

 ということは、声の主はもしかして、子供?


 でも、ならどうして姿が……あ、もしかして。

 壇上には人がいない。人はいないが、物はある。

 高級そうな木で作られた演台だ。


 いや、しかし。

 演台は僕の胸にも届かない高さだぞ?

 まさか、それが原因で隠れて見えないなんてこと……。


「なに、姿が見えない? ……よし、これでどうじゃ!」


 なんてこと、ありました。

 壇上の端から速やかに運ばれた脚立のようなもの。

 それが演台の元へ配置されてすぐ、ひょっこりと一人の女の子が顔を出した。


 薄緑の髪に、綺麗な翡翠色の瞳。

 人間族より数倍も長い、尖った両耳。

 そして、例外なく整った目鼻立ち。


「儂は本校学園長のリディア・マクドラセル。見ての通りエルフじゃ!」


 エルフ。それは人類の中でも叡智と長寿を司る種族だ。

 その特性上、見た目と年齢にある程度の差がつくのだが……。

 勇者聖剣養成学園の学園長がここ数年に変わったということは聞いていない。

 ということは、彼女の年齢もそれなりである筈だ。

 三桁代には突入してるんじゃないだろうか。


「……可愛い」

「ぶ、ぶひ、ぶひひ」


 エルフはその身体的特徴上、幼い容姿を愛する者たちに好まれることが多い。

 少し離れたところで騒いでいる輩は、多分そういった連中だ。

 婚姻年齢が人間族換算での成人を基準とされているため、見た目とは裏腹に結婚できる年であるエルフたちは、そう言った性癖の持ち主である人たちにとって大変都合が良いのだ。まあ、人の性癖にケチを付けるつもりはない。


「ぶひっ、ぶひひっ!」


 豚の獣人族がやたらと興奮した声を上げている。

 僕を含め、周囲の視線は明らかにそっちを向いていた。


 落ち着きがないなぁ。

 せめて入学式くらい、慎ましく行動すればどうだ。

 僕だってかなり我慢しているんだぞ。


「――ちなみに、儂は聖剣でもある!」


 次の瞬間、僕は雄叫びを上げた。


「よっしゃキターーーーーーーーー!!」


 駄目でした。我慢できませんでした。

 両手で拳を握り締め、腰を屈めて歓喜する。


 ああ、愛しの聖剣よ。あなたに恋焦がれて早七年。

 僕は今、あなたの目の前にいます――!


 願わくば、今すぐにでも聖剣の姿になって欲しい。

 学園長が聖剣と化したとき、その姿は一体どのようなものなのだろう。

 色は? 形は? 大きさは? 重量は? 性質は?

 ああもう、何もかもが気になって仕方ない!


「……」


 そのとき、ふと視線を感じた。

 同情的なものでも、憐憫的なものでもない。

 どこか、同士を見るような、強い絆を思わせる暖かい視線。


「……」


 見れば、そこには豚がいた。


 否、豚ではない。

 先程声を荒げていた、豚型の獣人だ。


「……」

「……」


 自然と僕らは歩み寄る。

 不思議と、僕たちの間にいた生徒たちが開けるように端へ寄った。

 その光景はまるで、太古の時代に海を割ったと言われるモゼーのよう。

 僕と豚の獣人は、そのまま互いに近づき――。


「――ッ!」

「――ッ!」


 ガシッ、と握手をした。

 何故だろう。第六感が告げている。

 彼と僕は同類なのだ。まるで他人の気がしない。


 先程の非礼は詫びよう。

 未熟な僕は、全然分かっていなかったのだ。

 何が周りの目を気にしろ……だ。気にする暇なんてあるものか。

 そんなことに気を取られる暇があれば、僕は一秒でも長く聖剣を見ていたい。

 きっと、彼の心にもそのような情熱が煮え滾っていたのだろう。


 根拠のない確信が、脳裏を過る。

 彼が悲しめば、きっと僕は涙を呑むことになる。

 彼が喜べば、きっと僕はその手を取って愉快に笑う。

 彼が成功すれば、きっと僕は小さく拳を握る。


 人は、こういった関係を何と呼ぶか。

 運命共同体なんて長ったらしい名ではない。

 愛し合っていることもないので、恋人とも呼ばない。

 そう、彼は、彼こそは――。


「「――親友ともよ!」」


 世の中には、類は友を呼ぶという諺があるらしい。


1/23 修正終了。

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