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-2- 聖剣さん日課です

 勇者と聖剣。

 これらにはとびきりの歴史があり、僕たちはその元で生きている。

 過去の遺産は根強く生き延び、現在を生きる僕たちにまで影響していた。


「僕が勇者であるのも、初代様のおかげだし……」


 遡ること、四世紀前。


 かつて、この世界には魔王と呼ばれる災厄の象徴が存在した。

 強力で凶悪な力の権化である魔王は、その力で数々の災いを生み出した。

 易々と人の命を奪う、魔物と呼ばれる生物。

 冒険者の挑戦心を巧みに利用した、死の迷宮。

 緩やかに、しかし確実に世界は闇に覆われつつあった。


 そんな時、光の剣を手に取る勇気溢れる少年が立ち上がった。

 数多くの声援を背後に、少年は魔王を討伐する旅に出たのだ。

 人々は少年を勇者と崇め奉り、少年の持つ光の剣を聖剣と呼んだ。


 勇者は魔王討伐の旅の途中で、様々な者と出会いを果たす。

 魔物の群れに困惑する村や、魔王軍の手により壊滅寸前の街。

 勇者はそれらを決して見捨てはせず、一つ一つを救って見せた。


 そしてやがて、勇者はついに魔王の討伐に成功する。

 旅の途中で出会った仲間の力を借り、勇者は魔王に一太刀を浴びせたのだ。

 闇に包まれていた世界は澄んだ青の天蓋を取り戻し、人々は歓喜した。


 こうして、勇者と魔王の物語は、幕を下ろ――さなかった。


 魔王の物語は幕を下ろしたが、勇者の物語はまだまだ続いていたのである。

 仲間想いの勇者は、魔王討伐後も旅先で出会った人々と再会する旅に出た。


 勇者と言えどやはり人間の男。

 長旅で疲弊したのは肉体だけではない。

 そんな勇者の行動に、人々が咎める事なんて出来るはずもない。

 例え勇者の判断力が鈍かろうが、人々はそれすらも良しとしてしまった。

 そして勇者は、注がれる好意の全てに応えてみせた。


 言葉を濁さずに説明すれば、大量の子孫を残したのである。

 ぶっちゃけて言えば、勇者はハーレム王へと昇華したのである。

 英雄色を好むとはまさに真理であるらしい。


 そんなこんなで、勇者の血筋はかなりの数に引き継がれる事になった。

 集落の半分近くの女性を手篭めにした事もある。

 異種族の村の半分以上の女性に混血の子孫を宿させた事もある。

 生まれた子供が「俺、勇者の血を継いでるんだぜー!」と言った所で、すぐ近くの子供がそれに反応して「僕もー!」とか「私もー!」とか言ってしまうのである。


 そして、勇者は更に歴史に大きな変化を刻み込んだ。

 きっと勇者は自己主張が強かったのだろう。

 勇者の血を引き継いだ者の身体の一部には、ある紋章が浮かび上がるのだ。


 焼いても削いでも決して消えることのない紋章。

 人々はそれを勇者の血族である事の証明とした。

 驚く事に、この紋章は勇者の血を受け継いでさえいれば、例えそれがどれだけ薄れていようとも浮かび上がる。血の濃さによって紋章の濃淡は赤から薄桃色に変化するが、勇者の血を引き継いで紋章が浮かび上がらない前例は過去にない。


「……それが、この勇者紋章ブレイブシールか」


 掌の上の水晶を転がしながら、ポツリと呟く。

 肩甲骨の左上部分にある赤い痣を、服の上から摩った。

 子供の頃から……いや、きっと生まれた瞬間からあったこの薄紅色の紋章。

 歯車の様な円があり、その中から溢れ出るかの様に刻まれている炎の模様。


 角度的に自分では見るのが難しいため、模様の確認は手鏡を用いている。

 洗っても焼いても消えないこの紋章が、僕を勇者の血統だと証明していた。


 初代勇者(ハーレム王)のおかげで、勇者自体はそれほど珍しくない。

 しかし、僕のように平民の中から勇者が現れるのは珍しかった。

 勇者の血筋は国に管理され、瞬く間に功績を残して貴族に成り上がるからだ。


 今では勇者の殆どが貴族。

 この屋敷の住人の平民率の少なさにも頷ける。


 まあ、最も、本当は僕も貴族だったのだと思う。

 それがこうして平民として生きているのは、僕が捨て子だからだ。

 引き取ってくれた両親は平民だけど、全然問題ない。

 あの暖かさは寧ろ平民でないと味わえないのではないだろうか。


 家族には数え切れない程の恩を貰った。

 カティナ様にも、命を救ってもらった恩がある。

 僕の人生は、こんなにも大きな恩を貰ってばっかりだ。

 

 だから今度は、僕が恩を返さないといけない。


「そのためには……もっと、強くなる」


 僕にとっての強さとは、聖剣だ。

 後世に影響を及ぼしたのは、勇者だけではない。


 初代様が使用していた聖剣――通称、聖剣王は、彼の死と同時に無数の破片となって世界各地に散らばった。


 文献によれば、その聖剣は本来有り得ない密度で骨子が凝縮されていたらしい。その結果、魔王との死闘で傷ついた聖剣は、初代様の死去と同時に傷口を広げ――大きく、激しく破砕したとのこと。


 世界中に散らばった聖剣の破片は、今も現実に存在する。

 後世にまで影響を及ぼしたのは、その欠片の持つ不思議な性質だった。

 

 聖剣の欠片は生命と触れ合うことでその生命と同調し、一本の聖剣と化す。

 早い話、聖剣の欠片に触れた生命は聖剣になることができるのだ。

 しかも聖剣と化した生命は、任意で元の姿と聖剣の姿を行き来できる。

 武器に変身する能力を持つ生命の誕生だ。


 しかしその性能はやはり、聖剣王と比べると劣ってしまう。

 欠片なのだから全てを集めれば聖剣王が復活するのではないかと提唱されていたりするが、真相は定かではない。


 欠片に触れるだけで受け継げるのだから、聖剣は勇者よりも簡単に時代を超えることができる。その半面、欠片の数が限られているため、勇者とは違って数が増えることはない。時代を跨ぐ度に、聖剣と勇者の数には差が開くだろう。


 そう遠くない未来。

 もしかしたら、近所のお爺さんが実は勇者だったり。

 ペットが実は聖剣だったり、なんてことになるかもしれない。


「うーん……時間的に、一個が限界かな」


 過去の一件により、僕は聖剣に対して異常なまでの執着心を持った。

 それはもう、自分で自覚できる程。周囲の視線を意に介さないくらいだ。


 はっきり言って、僕は聖剣に恋焦がれている。

 愛しているといっても過言ではない。

 聖剣のためならこの命、どこまでも燃やし尽くそう。

 そのくらい気合の入った恋心だ。


 僕にとっての恩返しとはなんだろうか。

 その問いに浮かんだ答えが、聖剣を極めることだ。

 カティナ様からの恩は、彼女の教えを貫くことで返す。

 両親からの恩は、僕が聖剣を巧みに使える勇者になってみせることで返す。


 まさに一石二鳥。

 恩を返せるし、愛しい聖剣と結ばれるし。

 

 叶えるためには、もっと努力をしないと。


「……」

 

 魔水晶は、勇者の鍛錬道具の一種として有名だ。

 特にそれは勇者と聖剣の間に起こる、ある現象の制御に役立っている。


 生命が生命足らんとするための概念――生命の根幹ライフツリー

 この生命の根幹には、三つの系譜が存在する。

 命の系譜。心の系譜。そして、魂の系譜だ。

 

 勇者と聖剣は、これら三つを同調することで力を発揮する。

 命を重ね、心を委ね、魂を分け与える。

 この現象は、聖剣を扱う技術そのものと言えるだろう。


 魔水晶は聖剣と似たような波長を持つため、勇者はこれを用いることで擬似的な聖剣との同調を行うことができる。その際、水晶は徐々に輝きを失っていき、最終的に輝きが消えれば水晶一個分の消費ということになるのだ。

 今僕の持っている水晶は新品だが、すぐに捨てる羽目になる。

 魔水晶は使い捨ての消耗品だ。


 最も、その費用を僕が負担しているわけではない。

 この屋敷は学園の寮だ。その方針上、鍛錬道具は全て無償で手に入る。

 だから魔水晶も使い放題だ。鍛錬道具は自重する方がおかしいので、遠慮なく使っては捨て、使っては捨てを繰り返している。


「いつも買いに行ってくれる使用人に感謝して……」

 

 カティナ様の言葉を思い出す。

 あの日、カティナ様は僕にこう言った。

 聖剣を扱うにあたって、何より重要なのは柔軟性だと。


 水晶は一つ一つ性質が微妙に異なる。

 同調は前提として互いの波長を合わせる必要があるので、そう言った意味で柔軟性が必須なのだ。相手に合わせ、同時に相手を自分に近づけ、やがてどちらとも言えない曖昧な状況を保ち続ける。これが同調までの過程である。

 

 何年も何年も費やして、僕はひたすら柔軟性を磨き続けた。

 言い換えれば適応力。今ならば、どんな聖剣だって使いこなす自信がある。

 心も、魂も、命さえも水のように溶かす。


「……よしっ!」


 準備万端、いざ――同調!

 水晶に意識を傾け、全神経を同調に集中した。


 部屋の埃っぽさが気にならなくなる。

 屋敷に響く足音が聞こえなくなる。

 現実味が徐々に薄れ、身体が宙に浮いた感覚を得る。

 音が消え、次第に色も消え、ストンと心が一箇所に落ち着く感じ。

 いつもの工程でいつもの感触を得るのならば、それは異常ナシの証拠だ。

 

 両手で包むように水晶を持つ。

 薄紅色の紋章が水晶に反応し、慟哭のように体内から何かを呼び起こした。

 これだ。これが僕の、生命の根幹そのものだ。


「――終わり!」


 額の汗を手の甲で拭い、僕は掌の上にある水晶を見た。

 先程まで神秘的に灯っていた輝きが、綺麗さっぱり消えている。

 今日は一度も同調が途切れなかったし、調子がいい。


 ちなみにこれ、僕の日課だ。

 というよりも、僕はずっと昔からこれしかしていないのだ。

 聖剣を扱うにあたって最も重要な技術……この事実を知った時から、僕の頭の中では「鍛錬=魔水晶で同調」という等式が成り立っている。聖剣とお近づきになりたい僕は、それ故ずっとこの鍛錬にばかり時間を割いてきた。


 数年前と比べ、明らかに同調の技術は向上している。

 でも、ここで自惚れるわけにはいかない。

 時間がある限りは、もっと磨くのだ。

 恩を返すために。

 沢山の聖剣と結ばれるために――。


「ほっ」


 使い果たした魔水晶をゴミ箱に投げる。

 水晶はゴミ箱に向かって一直線に飛んだが、コテンと床に転がった。


「……うわぁ」


 ゴミ箱の中から溢れ出す、空となった水晶の山。

 これはもう、一個も入れる余裕がない。

 仕方ない。登校ついでに捨ててくるか……。


1/23 修正終了。

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