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-11- 聖剣さん邂逅です

 喧騒から逃げるように歩いていた僕は、気がつけばグラウンドの端にいた。

 一、二年生の校舎が壁に沿って日陰を作っている。丁度いい。

 僕はそこの角に腰を下ろし、一息吐いて壁にもたれかかった。


 人気の少なさが落ち着きを与えてくれる。

 ぼーっと空を眺めていると、頭に登った血が少しずつ下りてきた。

 模擬戦までは、ここで時間を潰そう。


「……誰?」


 ……。

 心臓が、跳ね上がった。

 てっきりこの場には僕しか居ないものとばかり思っていたから。


 驚いて振り向くと、そこには一人の女子生徒が座っていた。

 先客がいたのか……校舎の角が死角となって、気が付かなかった。


 女子生徒はその赤紫の瞳で、じっと僕を見つめている。

 青みがかった銀の髪が瞳の色を一層際立てており、強い被視感を覚えた。


 縁取られた白い顔は、感情を一滴も表さず、微塵も動こうとしない。

 綺麗な顔だ。凛としていて、一振りの刃を思わせる。

 けど、小さな背丈を合わせると可愛らしくも見えた。


「もしかして、邪魔だった?」

「いいえ」


 首を横に振るその姿に、僕は安堵する。

 良かった。

 ここを立ち退くとなると、いよいよ居場所がない。


 ほっとしていると、彼女は再び無表情でこちらを見つめてきた。

 ……ああ、そうだった。

 名前を聞かれていたんだっけ。


「僕はアジナ・ウェムクリア。君は?」

「サイカ・フェイリスタンよ」


 サイカ・フェイリスタン……僕のクラスには居なかったな。


「フェイリスタンさんは、どこのクラスなの?」

「一組よ。そういうあなたは……三組、だったかしら」

「あれ、何で知ってるの?」

「ううん、今思い出した。あなたのこと、噂で聞いたことあるから」


 やっぱり噂されてるんだ。

 ということは、彼女も皆みたいに僕を敬遠しているのだろうか。


 敬遠……で済めばいいのだけれど。

 さっきの喧騒、結構な大声だった筈だ。

 フェイリスタンさんがあの場にいたか、それとも声を聞いて事情を把握していたら、きっと彼女も僕のことを良く思わないだろう。

 

 落ち着いて考えてみても、やはり分からない。

 あの時、どうして僕は不正と疑われたんだろう?


「実は、ちょっと話してみたいと思ってたの」


 それは……僕のことだろうか。

 だとしたら嬉しいけれど、少し気になる。


 先程の騒ぎをフェイリスタンさんは知らないのだろうか?

 いや、気を遣って敢えて話題にしないようにしているかもしれない。

 ……どちらにせよ、自分で自分の首を締める必要はないか。

 あまり卑屈になり過ぎるのも良くないし。


「僕でよければ、いくらでもどうぞ」

「そう? それじゃあ早速だけど……」


 含みのある笑みを浮かべ、フェイリスタンさんが間を置いた。

 その顔に敬遠の意思は全く感じない。


「勇者か聖剣。私がどっちか聞きたい?」


 ぴしゃーん! と、混乱しがちな僕の脳に雷が落ちた。

 勇者か、聖剣……。き、訊いていいのだろうか?

 でも、それってマナー違反だった筈だけど。


 ……いや、よそう。

 フェイリスタンさんは僕の考えを尋ねているのだ。

 ここは素直に回答すべきだろう。


 というか、フェイリスタンさん……思ったよりもフレンドリーだ。

 表情の機微こそ少ないが、口は割りと動く方らしい。


「知りたい。凄く知りたい。教えて下さい」


 両手を合わせ、フェイリスタンさんに拝み倒す。

 頭を地面に擦り付ける僕に、彼女のちょっと引いた声が聞こえた。


「どっちだと嬉しい?」

「そりゃあ勿論、聖剣だね!」

「そう。でも残念、実は私、勇者……」


 勇者の”ゆ”のあたりで、僕は塞ぎこんだ。


 あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ……。

 何だよ。

 勇者かよちくしょう。

 期待して損した。

 やっと、聖剣と知り合えると思ったのに……。


「……というのは、冗談で」

「じゃ、じゃあもしかしてっ!?」

「……というのも、冗談で」


「君、もしかして僕で遊んでない?」

「あら、ばれた?」


 片手で口元を隠し、クスッ、とフェイリスタンさんが微笑む。

 その可愛らしくも気品のある佇まいは、彼女の育ちの良さを表していた。

 どうしてこの学園の女子生徒は皆、こうも綺麗な人ばっかりなんだろう。

 やっぱり貴族って容姿にも気を使わないといけないのかな。


「あなた、面白いわね。アジナって呼んでもいい?」

「あ、うん、別にいいけど。じゃあ僕も、サイカって呼んでいいかな?」

「ええ。それで構わないわ」

「ありがとう。で、結局どっちなのさ」


 お互いに親密度を上げたところで、話を本題に戻す。

 フェイリスタンさん……いや、サイカはそんな僕に唇を僅かに緩ませた。

 態とらしく間を開けて、やがて彼女の小さな口が開かれる。


「聖剣よ」


 よっしゃ来たぁぁぁぁぁーーー!!!!!!

 聖剣! 待ちに待った聖剣だ!


 お、おお、おおお落ち着け。

 ここで彼女に悪印象を抱かれるわけにはいかない。


 収まれ鼓動。

 止まれ、止まってくれ表情筋……!


「……そんなに嬉しかった?」


 普通に心情を見透かされた。

 よく考えたら、隠す必要もないか。

 僕のことは噂で広まってるみたいだし、サイカもそれを知っている。

 改めて、僕は感情の奔流に身を委ねた。


「やっと……やっと聖剣と、知り合えたよ……!」


 ああ、顔を上げないと涙が溢れそうだ。

 空を仰ぎ見て、今まで世話になった人たちの顔を思い浮かべる。


 やったぜ皆。

 ついに、ここまで辿り着いたよ……!


 幸先の良いスタートを切ることができた。

 この勢いが続けば、学園の全聖剣をこの手にすることも可能かもしれない。

 やってやる……やってやるぞ、僕は!


 でも、まずは……目の前の、サイカだ。


「よ、よければその、聖剣としてのサイカも見てみたいなー……なんて」


 緊張で声が上ずってしまった。

 仕方ない。こうして面と向かって聖剣と会話するのは初めてなのだ。

 憧れの存在が目の前にいる。

 そう考えるだけで、思考がパンクしそうになる。


「期待を裏切るようで悪いけど、それは遠慮させてもらうわ」

「えっ。な、何で……」

「だって、必要がないじゃない」


 彼女なりのポリシーといったところだろうか。

 仕方ない、無理に頼んで嫌われるよりかはマシだ。

 あー、見たかったなー……聖剣。


「他には?」


 他にはって、言われても……。

 純粋な好奇心を向けられて、少しこそばゆい気分になる。

 でも……そうだ。

 僕の目的は、聖剣と巡り会うだけではない。


 聖剣と知り合ったら、次は簡単だ。

 相手と僕が相棒――つまり、使い、使われる関係になればいい。

 背中を預け合う戦友に。

 心を通わせる親友に。

 そんな、掛けがけのない関係を築けばいい……のだけれども。


 ……あれ?

 それって、どうすればいいんだろう。


「あー、そのー……」


 何て言えばいい?

 一緒に戦ってくれ? 何とだよ。

 僕の武器になってくれ? 何のためにだよ。


 いや、それ以前に、こんなすぐに頼んでもいいのか?

 もっと段階を踏むべきなのかもしれない。

 でも、踏むべき段階が分からない。


 少し、冷静になろう。

 そもそも僕が欲しているのは、恋人じゃなくて聖剣だ。

 遠回りする必要はないんじゃないか?


 素直に武器になって欲しいと言うべきか。

 僕は君を武器としてこの先使っていきたいと言うべきか。

 ……駄目に決まっている。

 そんな、人としての彼女を否定する言葉は選べない。


 サイカは聖剣だ。

 聖剣だけど、人でもある。

 僕が欲しいのは、そんなサイカでも聖剣としてのサイカだけだ。


 しかし、聖剣だけだなんてこと、可能なのだろうか。

 これは人と聖剣の二つがそこにある、という単純な話じゃないんだ。

 二つは表裏一体。振り向けばすぐ傍にいるような繋がりだ。

 片方だけを望むのは、都合が良すぎるのかもしれない。


 でも、聖剣が使い手の他に恋人を持っていることは珍しくない。

 聖剣たちは皆、聖剣である自分と人である自分の線引が出来ているのかもしれない。だとすれば僕の考えも杞憂に終わってくれるだろう。


 けれど、もしもサイカがそうでなければ……。

 僕は、人であるサイカとも向き合わないといけない。


「あ、相棒に……なって、欲しいです」


 結局、直球勝負だ。

 だって、それ以外に僕は方法を知らない。

 名のある勇者たちは皆、どうやって聖剣を手に入れたのだろうか。


「……理由は?」


 やっぱり、そこを問われる。

 聖剣である彼女なら、必ず聞かなくてはならない部分だ。

 使い手は、そんな簡単に決まるようなものではない。

 彼女にとっても使い手の選別は、人生を分岐する程の大事なのだ。


「私のことが気に入ったとか」

「それもある……けど、そうじゃない」


 容姿に見惚れたことは認めよう。

 でも、決して邪な気持ちを抱いたわけではない。


「私がどんな聖剣かも知らないのに、使い手になりたいの?」

「どんな聖剣だろうと、使いこなす自信があるんだ」

「じゃあ、私でなくともいいんじゃないの?」


 その言葉に、少しだけ考えを巡らせた。

 確かに、僕はサイカの他にも聖剣であれば誰であろうと使いたい。

 けれど、サイカでなくとも……なんて考えは持っていない。

 僕は、サイカも使いたいのだ。


「今は、サイカが一番欲しい」


 息を呑む気配がした。

 サイカは……今の僕にとって、一番使いたい聖剣だ。

 暫くの間を開けてから、サイカが口を開く。


「アジナ、細いよね。身体を鍛えたりはしないの?」


 また、質問だ。

 しかも先程の話とは関係がないように思える。


「うん」


 それでも、僕は真剣に思考し、正直に答えた。


「じゃあ、魔法はどのくらい扱えるの?」

「最後に使ったのがもう五年以上も前だから、多分全然駄目だと思う」

「どうして、何も鍛えないの?」

「何もってわけじゃないよ。その辺りは聖剣を使うのに必要だと思わないから」

「必要、じゃない……?」


 あの金髪の女と違って、サイカはきちんと意味を理解しようとしていた。

 似たような問答なのに話す相手が違うとこうも変わるのか。


「今、違う子のこと考えた?」

「……気のせいだよ」


 び、びっくりした……。

 なんて鋭いんだ。

 でも確かに、今はサイカ以外の人を考えると失礼だよね。


「そういった部分は、聖剣の力があれば補える」


 サイカは僕の答えに対して、特にこれといった反応を示さなかった。

 ただ、淡々と僕のことを知りたがっているように見える。


「アジナは、聖剣に何を望むの?」

「僕は……」


 望む、と問われると、難しいところがある。

 詰まるところ、僕が望んでいるのは勇者として聖剣を扱うことだ。

 これといって倒したい宿敵がいなければ、何かしら逆境に苦しんでもいない。

 強いていうなら、僕は両親と恩人に、恩返しをするために聖剣を欲している。


 けど……本心としては、やっぱり僕が聖剣に惚れているからだ。

 サイカでなく、聖剣という存在自体に惚れ込んでいる。

 

 サイカが聖剣だと知った時、恩返しのことなんて全く考えていなかった。

 どう考えても、僕は聖剣に惚れているだけなのだ。

 

 都合良く聖剣に惚れているのではない。

 都合良く返さないといけない恩があるのだ。

 優先順位が逆だ。

 僕は恩を返すことよりも、単純に聖剣を欲している。

 

 分かりきった事実なのに、何を今更思い知らされるのか。

 そもそも、僕は恩を返すことを考えるよりも早く、聖剣に惚れていたのだ。


「……」


 恩を返すため、とだけ彼女に伝えるか?

 嘘はついていない。

 けれど、それでは明らかに不足している。

 嘘ではないが、都合の悪い部分を隠しているように捉えれる。

 恩返しが僕の気持ちを成就するための、打算にように思えてしまう。


 だからといって、惚れているからの一言で彼女は首を縦に振るだろうか。

 彼女が求めているのは、そんな答えじゃない。


「――集合!」


 グラウンドの中心で、先生が大声を上げる。

 伏し目がちになっている僕は、隣でサイカが立ち上がった気配を感じた。


「残念、時間切れね」


 呼び止める制止の声すら口から出せず、伸ばした手は虚空を掴んだ。

 騒ぎ散らして集まる生徒の群れに、銀髪の少女が混ざっていく。


「……くそっ」


 少し遅れて、僕も先生の方へ向かった。


1/25 修正終了。

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