-10- 聖剣さん誤解です
思考を深い海に沈める。
現実味が徐々に薄れ、身体が宙に浮く感覚を得た。
音が消え、次第に色も消え、ストンと心が一箇所に落ち着く感覚。
命の恩人の言葉を信じ、ただひたすらに鍛え続けてきた。
彼女の言うとおり、聖剣の力を引き出すことだけをずっと考えてきた。
一際大切と思しき柔軟性も、我武者羅に求めてきた。
命が違えば、合わせればいい。
魂が違えば、揃えればいい。
心が違えば、染まればいい。
生命の根幹を同調させるということは、本質的に言えば存在そのものを変化させることに他ならない。故に、僕という存在は今、確かに変動している。
自身の色を薄めることによって、魔水晶の性質が克明に見えてくる。
水のように溶ける感覚と共に、僕はそれに手を差し伸べた。
大体、こんな感じか? ……いや、もう少し捻くれているか。
何だこの水晶。随分と性格が悪いな。
ともあれ、引き出す道は確立した。
後は、如何にしてその道を広げるかだ。
水晶の輝きが目に見えて減り始める。
同時に、掌から左肩を通り、やがて全身に力が行き渡る。
激流に身を任せつつ、更に貪欲に力を引き出そうと手を伸ばす。
ある程度調子を掴めば、後は完全にこちらのものだ。元々、聖剣と違って魔水晶に主導権を握る意思はない。うまく誘導し、こちらのペースに乗せる。
「……」
額から地面に汗が滴り落ち、熱を帯びた息が大気に混ざり合った。
集中を解くと、全身を渡る力が一気に萎んでいくのが分かった。
魔水晶とは違い、聖剣との同調はこの力が半永久的に続くらしい。
力の抜ける感覚を得る度に僕は思う。
使ってみたい。――聖剣を、この手で振るってみたい。
恩返しでも興味でも、恋慕に促されたわけでもない。
純粋な欲望として、そんなことを考える。
……そうして、暫く。
融け合う力を再び三つに分別し、体内を循環させる。
勇者紋章が放つ仄かな暖かさを感じつつ、僕は掌の中にある水晶を見た。
端から端まで満たされていた水晶の輝きが全て消えている。
良かった。
成功だ。
「――終わりました」
輝きを失った水晶を先生に見せる。
極めて普通を振舞っているけど、実はかなりほっとしていた。
大見得を切った癖に失敗したら、それこそ盛大なブーイングを食らっている。
しかし今ので低評価を貰うのだとすれば、完全に僕に非があることになる。
その場合は潔く反省しよう。あの金髪の子にも謝る必要がある。
しかし……これは、無視されているのだろうか。
ノスタン先生は確かにこちらを見ているが、反応を示さなかった。
周りの観客の皆、直立不動のままでこれといった反応を示さない。
先生の目は僕と、僕の持っている魔水晶を行き来していた。
乱れた息を整えながら、僕は肩の上下を少しずつ抑えていく。
瞳は次第に険しいものへと変化し、眉間に皺が寄っていった。
恐る恐るといった風に水晶を手に取る先生。
その様子を不審に思った僕は、ふと原因が思い当たった。
もしや、彼は僕の同調に驚いているのではないだろうか。
どう考えても彼は僕を舐めていた。けれど、僕はこの同調という行為に関してだけは強大な自信を持っている。普段厳しい同僚の皆も、こればかりは否定しない。リセも、ファナも、いつも褒めてくれている。
他人の評価に縋るのは少々情けないと自覚しながらも、僕の鼻は伸びた。
それはもう、イメージとしては雲間を突き抜け、天高くまで伸びた。
呆然とこちらを見守る生徒の中に、金髪の女の子の姿を見る。
見たか、そこの金髪娘!
これが僕の力だ!
「……不正?」
その時、人集りの一部からそんな声が聞こえた。
一瞬、それは誰に向けた言葉なのか、まさか僕である筈が……と思う。
しかし、その言葉は明らかに僕に向けられたものだった。
「そ、そうですわ。これは、不正に違いありません!」
例の金髪美少女が声高らかに渙発する。
周りの生徒たちは、その一言を待っていたかのように様々なことを口にした。
皆が僕のことを指さして、がなり立てるように噂する。
首を傾げいる内にどんどんと広がる悪評。
舞い上がっていた僕は、冷水を浴びせられたかのような気分になった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は不正なんて――」
弁明の言葉も大衆の小言には掻き消える。
わっ、と歓声のような罵詈雑言が放たれ、僕は混乱に陥った。
「いくらなんでも、あれは有り得ないよな」
「ズルしやがって!」
「卑怯だぞ!」
な、なんだよそれ……。
どうして、今のが不正になるんだ。
焦った僕は、隣にノスタン先生がいることを思い出す。
縋るように助けを求めようと視線を注ぐが、彼も混乱しているようだった。
口を開いては閉じ、水晶と僕を何度も確認するように見る。
その水晶がおかしいのか?
それとも僕がおかしいのか?
わからない……何が悪いんだ。
「これで、はっきりと証明されましたわね。……あなたの無能っぷりが」
透き通るような声で、金髪の女が僕に言う。
元凶は……こいつだ。
「誤解だ。こんなの、ただの決め付けだろ」
「聞く耳持ちませんわ」
「ふざけんな!」
今の今まで、どれだけのものを費やしたと思ってるんだ。
それを下手糞だ、稚拙だと言われるのはまだいい。
そう言われるのは、僕がまだまだ未熟だったからと割り切れる。
でも、これは駄目だ。
正当な評価でもないし、彼女の言葉は一方的でしかない。
こんな滅茶苦茶な暴言に、僕の努力を馬鹿にされたくない。
「――先生」
喧騒の中、目立つ赤髪が割り込んできた。
ファ、ナ……?
「次、私やります」
ファナが人集りを掻き分けつつ、こちらに向かってくる。
浴びせられる視線は完全に気にしていないようだった。
「あ、ああ。頼む」
一度僕の使用した魔水晶に目を落とし、先生は別の水晶をファナに渡す。
僕を一瞥したファナは、周りには見えない角度で溜息を吐いた。
そして、追い払うように片手を左右に振る。
もしかして、助けてくれたのか……?
騒ぎの原因である僕がここにいれば、いつまで経っても喧騒は消えない。
彼女の性格ならば単にそれが鬱陶しいから、という理由かもしれないけど。
「……ありがとう」
水晶を持ちながら僕と目を合わせようとしないファナ。
腹は立つし、あの金髪の女にはまだまだ言いたいことがある。
しかし、身体を張って出てくれたファナの気持ちは無駄にできない。
僕は小さく礼を言って、大人しくその場を立ち去った。
1/25 修正終了。




