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-8- 聖剣さん齟齬です

 二限目の授業は、勇者と聖剣の歴史に関するものを学んだ。

 黒板に文字を書きながら、教師は教科書に記載された文字を読む。


「我々勇者や聖剣は、その恵まれた血筋故に選民意識を持っていました」


 過去も現代も、勇者と聖剣はその他と比べると明らかな将来性が保証されている。生まれ持った素質が根本的に違うのだ。それは勇者としての才能や、聖剣としての才能……つまりは聖剣を扱う術や、勇者に扱われる術だけではない。鍛冶屋となろうが冒険者となろうが、必ず頭角を現す程の素質が生来備わっている。


 恵まれなかった血筋であるその他の一般人は、当然何をどのように行動しようが、隣に勇者と聖剣が並んでいれば遅かれ早かれ差を付けられるだろう。認めたくなくともこれは真実であり、だからこそ勇者と聖剣は自惚れた。


「一般人を恵まれなかった血筋と侮蔑し、逆に恵まれた血筋を主張した勇者は、やがて一家の血筋を薄めないことに固執し始めました。暫くの間、勇者は同じ勇者とばかり子を成していたのです。これは聖剣も同様ですね」


 その結果、勇者と聖剣の家系は縦に長い歴史を持つようになった。

 今の世でそれらの家系の殆どが上流階級にまで上り詰めているのは、これが理由である。過去に積み上げた功績が他所に漏れにくいのだ。


「先生、聖剣は血筋では受け継がれないのではないですか?」

「そうですね。ですからこの場合、聖剣が固執したのは所有する欠片の不出ということになります。欠片の所有者が死去すれば、その子孫が欠片を受け継ぐような仕組みだったようです。この方法は今でも珍しくはありませんね」


 勇者になるために必要なのは、勇者の血。

 聖剣になるために必要なのは、聖剣の欠片だ。

 物を受け継ぐというのは、相当の危険性を伴うだろう。

 欠片の所有者が死に、いざ子孫に継承させようとしたところに襲撃が現れる……なんてこと、いくらでもありそうだ。


「それでも例外として、勇者と聖剣が結婚する……といった事例だけは山程ありました。勇者と聖剣は存在としての性質が互いを引き合うものですから、当時の価値観を裏切ってまでも貫きたい意志が育まれたのも、稀ではないのでしょう」


 いいなぁー、とクラスの女子が乙女脳を回転させる。

 僕で良ければいつでも空けておこう。

 コホン、と先生が咳払いをして場を静める。 


「血筋に恵まれた者と恵まれなかった者の軋轢。それを解消するために発足された案は、勇者と聖剣にある義務を課すというものでした」


 初代勇者と聖剣王は確かに完璧超人だったが、特に戦闘に優れていたという。

 ならば、現代の勇者と聖剣も戦闘に向いているという考えが浮上したのだ。


 魔王が滅びた現代といえど、世界にはまだまだ人類の命を脅かす危険は潜んでいる。魔王の遺産と呼ばれし迷宮や、その配下が独自進化、繁殖した多種多様な魔物たち。そして、堕ちた聖剣――通称"堕剣"の存在。

 勇者と聖剣は、そういった人の手に余る危険を対処する義務を課せられた。


「勇者と聖剣の力は、無関係者にとっては危険そのものです。もしも我々がこの義務を放棄した場合、その力はただ恐れられるだけのものになるでしょう」


 それは、居場所を無くすということだ。

 義務を守っている間は、この力が人を守るために役立っているという認識が生まれる。だからこそ、こんな強大な力を持つ勇者と聖剣も一般社会に馴染めるのだ。僕たちが義務を守るのは、平凡で安心できる居場所を欲すためである。


 勇者と聖剣が、何よりも”戦い”を重視する理由だ。

 遅かれ早かれ、僕たちは命を賭した戦いに身を包まなくてはならない。


「……と、今回はここまでですね」


 教室の壁に掛けられている鐘が授業終了を告げる。

 同時に、城下町の時計塔から鳴る鐘の音が窓の外から聞こえた。

 二限目の終了は、丁度昼の始まりになっているらしい。


「アジナ、飯食いに行こうぜ」


 ジックの誘いにのることにした僕は、教室を出て食堂に向かう。

 昼休みということもあってか、学園はどこもかしこも賑やかだった。

 中にはグラウンドで模擬戦を行っている生徒もちらほらと見える。


「到着っと」


 食堂に足を踏み入れると同時にジックが言った。

 清潔そうな白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルが、幾つも並んでいる。

 適当な位置にある丸椅子にジックは座り、僕はその向かいに座った。

 

「――しかし、成果はイマイチだったな」


 肉料理をあっさりと平らげたジックは、ナイフを皿に置いてそう呟いた。

 口に含んだ野菜を飲み込んだ僕は水を飲み、「そうだね」と同意する。


「この学園、幼女率低くねぇか?」

「まだ高等部一年しか見てないから分からないけど、何人かはいたよ?」

「でも全員無視された。というか逃げられた」

「いいじゃん話せるだけでも。僕なんて、目が合った瞬間逃げられるよ」


 一限目の空いた時間に、一年生校舎を駆けまわった時のこと。

 意気揚々と聖剣を探していた僕は、結局誰一人とも碌に会話できなかった。

 大体、勇者と聖剣の区別なんてそう簡単につかない。

 手当たり次第に声を掛けても皆逃げるし……。


 気のせいでなければ、僕は避けられている。

 どうも後ろ指を指されるているような気がするのだ。

 僕が一体何をしたっていうんだ。

 

「うーん……やっぱ、ここはもっとキザっぽく行くべきか?」


 優男っぽく、紳士的に振る舞うべきか。

 悩み葛藤するジックに、僕もまた考える。

 聖剣に出逢えば「やあ、おはよう」。

 次に出る言葉は「今日はいい天気だね」。

 

 ……まどろっこしい。

 そこから僕が聖剣の使い手になるまで、どれだけの時間を要するんだ。

 

「しかし俺の座右の銘は"自分に正直"だからなぁ……」

「それに、何となくプライドが傷つくよね」

「だな。あの手この手って言葉は好きじゃねぇ。男なら一本勝負だろ」


 わかる、すっごいわかる。

 立ち振る舞いや口調にはある程度気をつけるべきだと思うものの、一方で何だか自分を偽っている感じであまり好きになれないとも思うのだ。

 

「そのためにも、午後の実技演習は張り切らねぇとな」


 二の腕を盛り上がらせて力こぶを作るジック。

 三限目は各クラスごとに別れて実技演習を行う予定だ。

 資料によれば、今日は生徒の得手不得手を測定するらしい。

 能力測定……どんなことをするんだろう。


「アジナは自信あるか?」

「どうだろ。種目によるかな」


 基礎的な能力は多分、相当劣っていると思う。

 けど、同調さえ上手く行けば万事問題無しだろう。

 長年を費やしてた同調だ。

 こればかりは優秀の評価を貰いたい。


「見た目通り、俺は力だけは自信があるからな。模擬戦やらねぇかなー」

「模擬戦か……そんなこと、一度もやったことないや」


 そう言うと、ジックが目を丸めて僕を見た。

 

「模擬戦、やらなかったのか?」

「うん。でもちゃんと鍛錬は欠かさす行ってきたよ」

「……ん?」


 思うところがあるのか、ジックは考える素振りを見せた。

 戦うという勇者の義務がある以上、鍛錬だけは日々行わなくてはならない。

 とは言え、僕が鍛えているのは聖剣との同調精度、同調技術のみ。

 聖剣を持っていない今の段階で、模擬戦をする必要はないのだ。


「アジナは何を鍛えてるんだ?」

「聖剣との同調。ほら、魔水晶を使った鍛錬で、有名な……」

「ああ、あれか。俺もやってることにはやってるが……それだけか?」


 それだけって……。

 もしやジックは、あの鍛錬を行った上で他のことにも手を出しているのか。

 数によるけども、僕の場合、一日に三個以上を消費しようと考えたら全然余裕が無くなってしまう。生命の根幹ライフツリーを司る三つの系譜を全て行使する同調は、かなりの体力を奪うというのに……。

 

 ジックが凄いのか。

 或いは僕の素質が低いのか。

 これでも僕は精一杯やっているが……後者の確率の方が高そうだ。

 日頃ファナから言われる「落ちこぼれ」の意味が、分かったかもしれない。


「それだけだけど、いつも限界までは鍛えてるよ。身体を動かせる余裕があれば剣を振ったりしてるけど、普段はその前にダウンするかな」


 ここ最近は屋敷の書庫を利用して、剣術について調べている。

 もしも聖剣が使えるようになった時、それが活きるかもしれないからだ。

 身体が追いつかなくとも、そこは聖剣が補ってくれる。

 知識として収めておくだけでも十分頼りになりそうだ。


「……つまり、同調ばかり鍛えてるってことか?」


 ジックの台詞に僕が頷くと、彼は難しそうに眉を潜めた。


「なんつーか、珍しいな。同調に特化した鍛え方か……若干リスキーだが、将来性を考えればある意味で最も正しい選択かもな」

「やっぱり、聖剣あってこその勇者だよ」

「一理ある」


 などと言う割りには、まだどこか納得していない様子だった。

 その隙に料理を全て平らげた僕は、口に含んだものを咀嚼しながらジックの言葉を待つ。

 

「やっぱお前、あの屋敷の住人かもな。馴染んでいるっていうか、収まるべきところに収まっているというか……」


 席を発つ直前にジックが言ったその一言は、今の僕には理解できないでいた。

1/25 修正終了。

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