表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/35

-0- 聖剣さんプロローグです

 ――惚れた。


 轟々と燃え盛る炎に囲まれて、僕はそう思った。

 灼熱の業火が地を舐める。緑一面の大草原だった筈が、今では見る影もない焼け野原だ。捻れ折れ曲がった木々が炭へと化す音と、身体の奥底から聞こえてくる激しい鼓動の音。それら二つが混在し、僕の脳味噌は二重の意味で熱に苦しんでいた。


 火の粉が含まれた、焼けるような熱気が吹き上がる。

 橙の上昇気流は鬱陶しい僕の前髪と、眼前に立つ彼女の外套を翻した。


「もう大丈夫だ、安心しろ」


 名も知らない彼女は、そう言って僕に手を差し伸べた。

 優しそうな微笑みだ。煉獄と言えるこの光景に似つかわしくない。

 舞い散る火の粉すらも装飾品だと言い張るような漆黒の長髪。

 堅苦しい甲冑を一切身に纏わないその姿は、どんな屈強な男よりも頼もしく見えた。


 汗よりもドレスの似合う美貌の持ち主。

 そんな彼女の立ち振る舞いは凛としていて清々しい。

 だからこそ、僕はもう一度思い知らされる。

 彼女が手に持つ、ひと振りの剣の存在を。


 傷一つなく、汚れ一つないその姿は武器か芸術品なのか区別がつかない。

 繊細な造りは触れるだけで手折れそうな儚さを醸し出す。

 だが、実際は一太刀で空を薙ぎ、一突きで大地を断割する力を持つと言う。

 勇者の血を引く者にしか扱えない、勇者のためだけの存在。

 白く聖なる衣を纏い、常に煌々と輝くその剣の名は――聖剣。

 かつて勇者が魔王を討ち滅ぼす際に使われたと言われる伝説の武器だ。


 ――僕は、惚れた。


 世にある数多の宝石よりも美しい、その彩りに。

 周囲で紅の影を形取る爆炎よりも震え上がる、その雄大さに。

 高潔な血統を引き継いだ貴族たちよりも高貴な、その気高さに。

 英雄ですら喉から手が出るほど欲しいと言うであろう、その強さに。


「……どうすれば」


 気が付けば、口を動かしている自分がいた。

 軋む全身に顔を歪ませる。それでも、心に鞭打って言葉を紡ぐ。


「どうすれば……僕も、あなたみたいに……」


 なれますか、と言おうとしたところで、僕の意識は混濁に陥った。

 最後の力を振り絞った。もうこれ以上は指先一つ動かせない。

 視界の上下から暗幕が垂れる。

 五感は麻痺し、身体を覆っていた熱が遠ざかる。

 だが、気を失う最後の最後で、僕は確かに聞いた。

 僕の真意に気づいた彼女の苦笑と、その先にある答えを。


「ただひたすら、鍛え続ければいい。私たち勇者は、常に聖剣の力を引き出すことを考えていればいいんだ。後は……強いていうなら、柔軟性か」


 口が小さな弧を描き、彼女は笑ってそう言った。

 両膝から崩れ落ちる僕に、彼女はそっと身体を貸す。

 大丈夫。それよりも、もっと……もっとその姿を、見せてくれ。

 そしてこの眼に焼き付けるんだ。瞼の裏まで、色濃くはっきりと。


「今はゆっくり、休めばいい」


 ああ、やっぱり格好良い。

 何だよ、こんなに格好良かったのかよ。

 どうして今まで気がつかなかったんだろう。

 本当に、どうかしてた。


 こんなにも身体が痛いのに、どうして僕は笑っているんだ。

 狂ってる? いや、違う。

 嬉しいんだ、純粋に。


 この出会いに。

 その魅力に気づけたことに、素直に感動していた。


 紅の炎が揺れるこの世界で。

 僕ことアジナ・ウェムクリアは、この瞬間。


 目の前の勇者――――ではなく。










 ――聖剣に、恋をした。


1/25 修正終了。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ