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3-5

 暇だ。

 ぽかぽかした陽気の今日、利緒が、近くの貴族のお屋敷に出かけることになった。ましろは留守番――というか、居残りである。

 利緒の取り巻き達も出かけてしまい、ましろは他に行くところもない。

 羽黒に与えられた自室で、簡単な文字の書き取りをしながら、ぼんやり思う。

 あれから、羽黒には、一度、皇子に聞かされたこと――羽黒もましろと同じように、狼に関わっているのとか――を問いかけてみた。

 羽黒の場合は、父親が貴族で、その先祖は戦の功名で、狼のようだと言われているらしい。母親については言葉を濁された。

 利緒の周辺での話だと、羽黒の父親が、ある女を正妻にしようとしたが、息子を生み、次の子を身ごもった状態で逃げ出したという。

 美しい女で、極上の布を織った、らしい。

(布……)

 ましろの母親も、きれいな人だったけれど。

(まさかね)

 布地が残っていれば、母の手と同じか、分からないでもないのだ。母親のことを話したましろに、羽黒は、自分の親の布など残していないと言っていたが。

(そうよね。皇子が適当に言っただけだもの。本当に「お兄様」なわけ、ないし)

 羽黒の母の布を見せてもらっても、きっと別人の品だ。ましろの母は見つからないだろう。再び、寂しさが波のように押し寄せてきた。

 何か、いい気の紛らわし方はないだろうか。

「そうだ。木の実でも煮てみよう」

 狼の里で拾った実を、まだ持っていた。

 ましろは寂しさを置いて、道具の少ないこの部屋を出た。

 炊事場で小鍋を借りた。庭で隠れて、木の実を煮立てる。白い掛け布の端を裂いて(元々、ちょっと擦り切れていた)、鍋へ漬けた。数日前に見つけた、よさそうな泥地でぐしゃぐしゃと汚し、水洗いする。

「きゃあ!」

「ちょっと! 何なのこの臭い!」

 利緒が置いていった、数人の居残りの者らが、この近くを通ったらしく悲鳴をあげている。

「そんなに臭うかしら?」

 布は、綺麗な浅黄色に染まっていた。

「うん。これはいいわ」

 持ち出した木の実は、皆使ってしまった。(煮た残り滓は、どうしよう)

 外に出さない方がよいようだったし、勝手に捨てるのもまずい気がした。

 白露王に見てもらい、言われるまま、木の下に埋めた。枯れ木のような梅の木だ。白露王の籠からも、十分見える位置にある。

 白露王によれば、たぶん来年は花が咲くらしい。

「いい、栄養分を埋めたからな」

「ふうん?」

 そういうものだろうか。首を傾げていると、ましろは、臭いの元凶を探していた女達に発見され、しこたま叱られた。

「羽黒様!」

 どうにかしてくださいと、女達が泣きついてくる。羽黒は、人に好かれる微笑みを、意図的に浮かべた。

「すまないね。あの子は、とても遠くの、山で育ったものだから」

「山育ちでも狼の耳が生えていても、もう、かまいません! 炊事場でご飯を食べたり、犬の子のように裸足で庭へおりたり、妙なものをぐつぐつ煮てものすごい臭いを出したりしなければ、それでようございます!」

 それは、もっともな意見だった。

「ということだから、おとなしくしてくれ」

 羽黒にも諭され、ましろはむくれながら、その日は部屋に引きこもった。

 別の日、もうほとぼりがさめただろう、とばかりに、ましろは炊事場の裏に行った。

 ちょうど、人が、壊れた木籠を、不要とばかりに分解しているところだった。

「あら? それ捨てるの? だったら、ください」

 ましろは、ただの木切れになっている籠を、もらって帰る。白露王がしっぽを振って見送ってくれた。

 うまく組み合わせれば、はたが織れるかもしれない。

 横木を選んで、うまく組む。利緒の近くの部屋で、いらない生糸(そんなものがあるとは、貴族はやっぱりすごいなと、ちょっと思った)をもらってくる。

 縦糸を張ったところに、横糸を絡めた棒を差し入れた。

 からからと、うまく動く。羽黒が揃えてくれた道具の中から、櫛を出して、とんとん、と糸の目を詰めた。

「ふふ」

 日向で調子に乗って機織りしていたら、うるさいと女達に叱られた。

「羽黒様!」

 女がこんなふうに羽黒に話しかけてくることなど、普段はない。

「またか……」

 外交帰りの羽黒は、にわかに笑みを張りつけ直した顔で、振り返った。

「何だろう、かようなところで、貴方のような美しい方に声をかけていただけるとは」

「羽黒様! お言葉は嬉しいんですけれど、それよりも妹御のことです!」

「そうでございますよ!」

「織機を自分で作って、からからとんとん、うるさくてかないません!」


「ということだから、せめて昼間、夜勤帰りの者が寝ていない日に、宿舎の方でやってくれ」

「だって」

 羽黒にあれこれと諭されながら、ましろはむくれる。

 確かに、うるさかったかもしれないが――。

「山では、ずっと、やっていたもの」

「「お兄様」を困らせるな。まったく、お前には町に屋敷でも与えて、ここから出した方がよいな」

「それはいい考えね、むしろ元の場所に帰してほしいわ」

「帝が許すまいよ。――ましろ」

 改まって名を呼ばれ、ましろははっとする。

 羽黒が、仕方なさそうに息を吐いた。

「今度、衣装持ちの貴族を一人、紹介してやる。お前の母親が織ったものも、見つかるかもしれん」

 だから、おとなしくしていろ。

 ましろは、不承不承頷いた。


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