[Parody]例えばこんな後宮の話
※注意書※
これから始まるお話は、『悪役』のキャラクターたちの性別がまるっと反転する、性転換パロディです。
苦手な方はご注意ください。
絶対王政、エルグランド王国。王家の血を何よりも尊び、一族の直系が玉座にあることを至上の命題に掲げる、超血統主義国家だ。
――故に、臣下はいつの時代も、いかに優秀な次代の王を誕生させるか、頭を捻らせてきた。
「陛下はどうなさったのだ? 今宵こそは、後宮に足をお運び頂かねば!」
「いえ、その……」
「はっきり言え、どうした」
「も、申し訳ありません逃げられました!」
「またか!」
近衛騎士団長の言葉に、内務省の重臣は苛立ちを隠さない。
「今日は、『紅薔薇の間』にご側室が入られる日だぞ。他はともかく、紅薔薇様のお顔は、見ていただかねば困る」
「まぁ、見るまでもなくご存知だとは思いますけど……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
さすがに職が惜しい近衛騎士団長である。複雑な心中を押し隠し、人当たりの良い笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。さすがの陛下も、紅薔薇様を無視はなさいません。今朝も、『紅薔薇が来るのは今日だな』と仰っていましたから」
「おぉ、そうか! いや、ならば安心だ」
団長の言葉に満足したのか、お世辞にも長いとは言えない足をせかせか動かして、重臣は立ち去っていった。その後ろ姿が消えるのを見送り、彼女はぽつりと呟く。
「……まぁ、後宮に行くからといって、お偉方が望む結果になるとは限らないんだけどね」
女性が持つには長い剣をカチャリと揺らし、長く伸ばした赤茶色の髪を高いところで括った、アルフィーナ・スウォン団長は、明日朝の言い訳でも考えようと、その場をすたすた後にした。
国王一族の私的空間、内宮。その中でも『後宮』は、正妃と側室たちが住まう、王家の血統維持のためになくてはならない場所として、代々重んじられてきた。
しかし、現在の後宮に関して言うならば、その役目が果たされているかは非常に疑わしい。
「ようこそ、後宮へ。本日よりあなた様は、『紅薔薇様』でございます」
「べ、べにばら?」
「左様で」
「それって、私の記憶が正しければ、正妃様のお部屋だったと……」
「この部屋こそがあなた様に相応しいと、外宮が判断いたしました。何かご不満が?」
「いや……大丈夫だ」
案内係の侍従が下がった後、後宮にやって来たばかりの主従二人は、ぽかんと間抜け面を見合わせた。
「紅薔薇の間、だってよ」
「やりましたね、ディアン様。正妃候補ですよ、正妃候補」
「リュウ……お前な。棒読みにもほどがあるぞそれ」
気心知れた腹心の侍従に突っ込みを入れ、成り立てホヤホヤ『紅薔薇様』は、どかりとソファーに腰を下ろした。
「何がどうしてこうなったんだ? 俺が『紅薔薇』とか、普通に考えておかしいだろ」
「ま、名前自体は似合ってますよ」
「茶化すな。……ったく、めんどくせぇ。ウチに側室の内示が降りた裏を探りに来ただけなのに、とんだことになったもんだ」
「簡単にはとんずらできないでしょうねぇ、紅薔薇様などになったからには」
「……リュウ、二度と俺をその名前で呼ぶな」
虫酸が走る、という言葉があるが、ソファーの上で脱力中の彼はまさしく、足がうじゃうじゃしている虫が千匹ほど背中を走っているのを、全力で我慢しているような表情だった。もともと冷酷かつ非情な顔立ちをしており、『氷の炎を纏う青薔薇の貴公子』と謳われる美貌を持つ彼が不機嫌さを露にすると、ぞっとするくらいの迫力がある。
ただしその無駄に迫力のある顔も、物心ついた頃から一緒に育った相棒には効果がなかった。常人なら気絶しかねない彼の眼光を、軽く肩をすくめるだけでさらりと受け流す。
「んなこと言ったって、現実にそうなったからには仕方ないでしょう。できるだけ早く現在の後宮を探って、問題点を洗い出して、脱出の方法を見つける。これしかありませんよね」
「だから、その最後が問題なんだろうよ……。ま、潜入の適任者は年齢性別考えても俺だろうし、この状態を放置するのもヤバそうだったし、後宮に来ないって選択肢はなかったんだけどよ」
「エディリーン様は、『ディアンが後宮なんか行かなくてもいいの!』って、物凄い剣幕でしたけど?」
「姉上のアレは、一種の様式美だろ。あんなに心配される意味が分からん」
「姉が弟を心配するのは、普通と言えば普通なんですけどね」
五つ年上の姉、エディリーンは、昔からディアンに過保護である。あの顔で心配されると、ショタ好きの危ない女性に口説かれているような心地がして、我が姉ながら実に不憫な外見に生まれついたと思ってしまう。
ちなみに、男系相続があまり重要視されていないこの国では、基本的に長子が家を継ぐことが多い。クレスター家は長子相続にすらこだわらないので、今のところ次期当主の椅子は空席だ。今回、側室の内示が下ったとき、姉はぽんと手を打って「この際だからディアンを次期当主にして、『後継ぎなんで後宮にはやれません』って断っちゃいましょうよ」などと、恐ろしいことを言い出した。個人的には、そういう悪知恵が咄嗟に浮かんでくる姉の方が、当主の適正があると思うディアンだ。
「ま、姉上の気持ちも分からんではないよ。俺が『側室』になって、陛下との間に子どもでもできたら、姪か甥が王族になるんだもんな。しかも、高確率で悪人顔の。色んな意味で気の毒だ、子どもが」
「それ以前に、クレスター家出身の正妃様など、前代未聞でしょう?」
「正妃は別に、他の奴に譲れるだろ? 選ぶのは陛下だし。でも、子どもが陛下の腹から生まれて王族になるのは避けられない」
――そう、王家の血を繋ぐことを何よりも重要視するこの国において、大切なのは性別よりも、『間違いなく王の血を引いているか』、その一点のみ。遠い昔、戦が耐えなかった時代には、戦場に立てる男王がありがたられていたらしいが、現在では血統の確かさという側面から、女王の方が歓迎される。今代の王も女だ。……尤も今代の場合は、先代王の子どもが彼女一人であったため、性別はあまり関係ないとも言える。
そして、男王の場合は貴族令嬢が、女王の場合は貴族子息が集められ、王族の血を残すため血眼になる場所。それが『後宮』だ。
特に女王の場合、その重大性ははね上がる。男王ならば、畑を選り好みさえしなければ、子どもを作るのに本人の労力はあまりかからず、一生の間にできる子どもの数も制限はない。
が、女王となれば、十月十日腹の中で子どもを育て、命を懸けて出産するまで全て、王本人が行わなければならない。しかも、そうまでしても、一人の女性が死ぬまでに生める子どもの数には限りがある。なるべく優秀な『種』を選び、それを確実に根付かせて、可能な限り優れた次世代を産み出す。それが、この国の女王陛下の『義務』なのだ。
後宮は、そんな女王を全面的にサポートする、非常に重大かつ責任ある『機関』だ。ここのところ男王が続き、一昨年即位したジュリア・ラ・レイネ・エルグランド陛下は、久々の女王。民からの人気も高い。
……が、それだけに。『自分たち』に内示が下ったことは、どうにもこうにも、胡散臭いのだ。
「俺は、今代の陛下をよく知らないけど。間違ってもウチと仲良くしたいお人じゃないだろ?」
「で、しょうね。なんと言っても、『王国の悪を牛耳る、裏社会の帝王』クレスター家ですから」
「顔が無駄に怖いだけ、なんだけどな。長年の噂って怖いよなー」
ディアン本人にしろ、姉エディリーンにしろ、タイプは違うものの『悪人顔』だ。ちなみに、この遺伝子は先祖代々受け継がれている、筋金入りの頑固さである。
「あからさまに悪人だって思われているウチに、わざわざ側室の内示を出したからには、何か理由があるはずだもんな。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」
「その結果が『紅薔薇』では、初手から虎に噛まれた感がひしひしとします」
「……ま、それは追々考えることにしよう」
とにかくまずは、王の真意を探るところからだ。
好きでもない女と寝るほど不自由はしていないし、うっかり寝た結果が王族の仲間入りでは目も当てられない。今代の後宮は集められた子息が特に多いと聞くし、『紅薔薇の間』を与えられたからといって『側室』の務めを果たす必要もないだろう。
ここは、話術で。女王陛下の内心を探ってみるかと、ディアンはとりあえずの方向性を決めた。
さて、方々に心配と怒りと困惑を与えまくっている、その張本人だが、実は灯台もと暗し。
「おぉ、シェイド、この花は何という名前だ?」
「これは……撫子、でしょうか?」
「なでしこ、か。実に愛らしい、可愛い花だ」
後宮の隅の隅のさらに奥、庭という言葉が怒り出しそうな、荒れ果て打ち捨てられた場所で、実に楽しそうに、傍らに立つ男と話をしていた。
男の名は、シェイド・カレルド。今代の後宮に一室を与えられている、側室の一人だ。但し実家の爵位は低く、その歴史も浅いため、さして丁重に扱われてもいない。
家の事情が複雑で、本来ならば跡取り息子として大切にされるべきところを後宮へ追いやられた彼は、しかし根本のところで前向きだった。彼の趣味は庭いじり、そして後宮には、実に手入れのしがいがありそうな庭がごろごろしている。人気のない庭を選んでせっせと雑草抜きと花壇作りに精を出していた彼はある日、突如塀の一部がぱたんと倒れ、中から若い娘が出てくるところを目撃したのだ。――その人こそ、ジュリア女王だった。
どうも彼女は、うるさい重臣と側近の目から逃れ、ゆっくりできる場所を探して、隠し通路を冒険していたらしい。「ここはどこだ?」と尋ねられ、「後宮の片隅です」と答えたときの彼女の顔こそ見ものだった。聞くところによると女王は、何があろうと後宮にだけは近付かないと、固く誓っていた、そうだ。理由を尋ねてみると。
『……私は、子どもを産む道具ではない』
強張った表情とともに吐き捨てられて、シェイドは胸を突かれた。
女王に生まれ、女王として育ち。彼女が子どもを産まなければ王家の血は途絶え、それ故に重臣たちが彼女にかける期待は並大抵ではなかった。――それはきっと、本人にしてみれば重圧でしかない。
『もちろんですとも。御子は、陛下が欲しいと思われたそのときに、お産みになればよろしいのです。そもそも子どもは天よりの授かりもの、無理に作るものではありません』
思わずそう返し、きょとんとした彼女が、次の瞬間泣き出して。――あぁ、これほどまでに、『王』であることは重いのだと、初めて知った。
それから彼女は、政務の間を縫って、ちょくちょくシェイドを訪ねてくるようになった。とはいえ昼間に隠し通路を使って、誰にも気付かれないようこっそりと、だ。庭のことや草花のことなど、他愛ない話を楽しそうに聞いてくれる彼女を『王』だと思う気持ちは、いつしか彼の中から消えていった。
――このままで。彼女が笑っていてくれたら、私はこのままで構わない。……そう、思う心は、今も変わらないのに。
「……そういえば、陛下。今日、『紅薔薇の間』に、新しいご側室様がいらっしゃいましたよ」
唐突に換わった話題にジュリアは一瞬ぽかんとしたものの、すぐに形の良い眉を潜めて唇を尖らせる。
「知っている。デュアン・クレスターだろう? まさかあの家が、今になって中央に乗り込んで来るとは、思いもしなかった」
「……陛下が望まれたのでは?」
「私が? まさか」
答える彼女は、心底意外そうだ。
「ある日突然、クレスター家の長男が側室に入ることになったと告げられたのだ。取り巻きの圧力もある、『紅薔薇』に入れねば納まらないとな」
「そう、だったのですか?」
「でなければ誰が、あんな血も涙もないような男を、側室にしたいと思うものか。他人の不幸を高いところから見下ろすことが何よりの楽しみだと評判の男だぞ、あれは」
クレスター家子息についての噂は、シェイドも聞いたことがあるが。本人と対面したことがないので、今の彼には噂の真偽を確かめようがない。……ただ、どうやらジュリアが、彼を嫌っているらしいという事実にほっとする。
「そのような輩に、王宮を好きにされるのも腹立たしいからな。――今宵直々に訪ね、釘を刺すつもりだ」
……が、安堵もつかの間。若くして玉座についた女王は、彼の心臓を知らず、鷲掴みにした。
「こ、よい、直々に、ですか……?」
「そうだ。敢えて公式に訪ね、正妃のつもりでいい気になっているあいつの鼻をへし折ってくる」
「しかし、陛下。それは危険では」
「私が手込めにされるとでも案じてくれているのか? 大丈夫だ。あんな顔だけ男に惑わされたりはしない」
感情の問題ではない。男はその気になれば、簡単に女を組伏せ、力でもって蹂躙することができる生き物なのだ。ジュリアが王でも、それは変わらない。
「どうした。顔色が悪いぞ?」
「――畏れながら、陛下。武術の経験はおありですか?」
「武術? ……それは、まぁ、嗜み程度には」
「では、覚えておいてください」
シェイドは敢えて無造作にジュリアへ歩み寄ると、その両腕を掴んで壁へと押し付けた。
「なっ、何をする、シェイド!」
「ね、逃げられないでしょう? ……俺からも逃げられないようじゃ、大概の男には押し切られますよ」
至近距離まで迫って囁く。ジュリアの頬が薔薇色に染まり、そして――。
ドン!
「――帰る」
わざと手の力を緩めて彼女を逃がし……逃げられた後の廃園で、シェイドは軽く、苦笑う。
(……欲を、出すな)
彼女は『王』だ。欲しいと思うな。これまで言い聞かせてきたことをもう一度、はっきりと、口には出さず繰り返した。
「デュアン様を投入したことで、シェイド様が目覚めてくれると良いんだけどねぇ」
――シェイドは、知らない。デュアンが側室となることを静観した近衛騎士団長の真意を。
実はジュリアがこっそり後宮へ通っていたことなどお見通しで、そのお相手も把握済みで、でも放っておいたら十年経っても進展しなさそうと見て、悪い意味でジュリアの気を引きそうなデュアンに希望を託していることを。
「デュアン様なら、あの大人数をきっちり御して、わざと悪人風に振る舞ってシェイド様を焚き付けるくらいはしてくださるだろうしね」
「やぁっぱり、デュアンの後宮入り、アンタが裏で手を回してたのね」
「派閥争いとか色々ややこしくなりそうで、クレスター家が無難だろう、って意見に乗っかっただけよ、アタシは」
「そういう面倒ごとに、ウチを巻き込まないでってば」
外宮の片隅では、そんなことを話す、団長とドレス姿の女性が目撃されたとか。
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「……とかいう台本渡されたんだけど、コレって」
「女性陣の男装はともかく、男性陣の女装は、悲惨なことになりそうですね」
「アル様は騎士服で、陛下は衣装指定がないからセーフとしても、お兄様……」
「……ディアナ様、私思うんですが」
「なぁに、リタ?」
「作者に脚本の不備を指摘しませんか?」
「それが妥当な判断ね」
シェイドが想定以上に受けたことにまず驚いて、ジュリアが言うほど叩かれずむしろ好意的に受け止めて頂けたことに性別の神秘を実感し、結論としてこの話、当て馬が自分の役目理解して動いたらどうなるか、みたいなディアン不憫話に落ち着くんだなぁと気付いた内容でした(笑)
ラストにちらっとしか出てきていないのに、シェイドの人気の高さはどういうことなの……
卯花 ゆきさま、リクエストありがとうございました!