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[Parody]エルグランド学園

学園モノ、というジャンルについて、しみじみ考えさせられたお話でした(笑)

ではでは、どうぞ。



ここは、エルグランド学園。下は幼稚園から上は大学院まで、全ての教育課程において、質の高い学びを提供することで評判の高い、私立の総合学校だ。教育課程は、幼等部、初等部、中高等部、大学、大学院の五つに分かれ、しかしそれらの校舎は広大な敷地の中に隔たられることなく存在し、課程間での交流も厚い。

自由な校風を貫きつつ高い学力を誇り続ける、エルグランド学園。その最近の名物は――。






「だからっ! シェイラから離れろこの性悪女!」

「『ペア』に指名されたのだから、私がシェイラさんと一緒にいるのは当たり前です。先輩こそ何なんですか、毎日毎日飽きもせずに。暇なんですか?」

「ひ……!? 馬鹿が、そんなわけがあるか!」


中高等部校舎の三階で、もはや日々の恒例となりつつあるやり取りが、また今日も交わされていた。

この学園では、中高等部から単位制学習が行われている。生徒は学期の始めに自分の学ぶべき内容を選び、自分だけの時間割に従って毎日の授業を受ける。学年毎の必修授業ももちろんあるが、学年不問の選択科目も数多く存在し、故に中高等部から、生徒たちは『ホームルーム』と呼ばれるクラスを持たない。それだけ授業の数が多く、選択の幅が広いのだ。

そうはいっても、多感で繊細な第二次成長期を迎えた子どもたちを、何のケアもせず授業だけで放置するのは、教育施設として失格である。ホームルームはないものの、生徒たちにはそれぞれ担当教師が割り当てられ、どんな些細なことでも相談に乗ってくれる。クラブ、サークル活動も推奨されているし、いじめの気配などには、それ専門の職員が目を光らせて機敏に対応。学力面だけでなく生活面においても、充実を約束されていた。


「大体、何でお前がシェイラのペアなんだ! どんな裏工作を使った、正直に答えろ!」

「裏工作で何かしたいなら、もうちょいマシなこと選びますよ。私を選んだのは先生方です。文句があるならそちらにどうぞ」

「貴様、いけしゃあしゃあと!」


先程から喧々囂々言い合っている二人が話題にしている『ペア制度』も、この学園のシステムの一つだ。とはいえ、大したものではない。途中編入の生徒に、学園に早く馴染んでもらえるよう案内役をつけるというもので、その案内役を『ペア』と呼ぶだけの話だ。ちなみに『ペア』は、昔からこの学園に通う古株の中から選ばれることが多い。


先程から怒鳴られに怒鳴られていた、高等部二年生のディアナは、自分が『ペア』に選ばれたのは単に、『古株組』の中で自分が一番編入生の年齢に近かっただけだろうと考えている。年齢だけならリリアーヌもそうだが、彼女とこの編入生は、多分恐らく性格が合わない。

が、そんな理屈は、初恋に目を眩ませたこのお坊っちゃまに通じない。彼はディアナから、二人の間に挟まれひたすら恐縮していた少女へと、会話の対象を切り換えた。


「シェイラ、心配するな。俺がこの女から、必ずお前を守るからな」

「えぇと、ジュークさん。それは……」

「こんな女に、我慢して付き合うことはない。辛いことがあれば、すぐ俺に言うんだ。何なら今すぐ、学園からこいつを追っ払ってやる」

「わぁ権力の濫用」


ディアナがぽそっと落とした呟きをジュークは聞き逃さず、ギロリと睨んできた。


「誰が権力の濫用だ。編入生を守るための、当然の処置だ」

「その精神を全ての編入生に平等に発揮してくださったら、少しは評価もできるんですけど。先輩のそれって、シェイラさん限定でしょ?」

「何が悪い。シェイラとて、編入生の一人だろう」

「悪いに決まってるだろ馬鹿が」


不意に窓の外から(注:ここは三階です)声が響いた。いつの間にそこにいたのか、一人の青年が外から廊下を覗き込んでいる。ジュークの顔が強ばり、ディアナが目を輝かせた。


「貴様!」

「兄さん!」

「馬鹿の顔が見えないと思ったら、やっぱりここだったか。次からは余所を探さず、まっすぐこの校舎に来た方が早そうだな」


言いつつ、彼は開いていた窓からひらりと校舎内に身を躍らせる。周囲でなり行きを見守っていた女生徒たちから、黄色い悲鳴が一斉に上がった。


「きゃあああぁっ!」

「エドワードさんよ、エドワードさーん!」

「エド様、こっち向いて〜!」


相変わらずの兄の人気に苦笑しつつ、ディアナは近付いてくる兄を眺める。エドワードはエドワードで、周囲の悲鳴を適当にかわし、廊下で固まる三人の側まで来ると、手加減なしにジュークの耳を引っ張った。


「いた、痛い! 何をするか!」

「痛くしてるんだから当たり前だ。お前こそこんなとこで何してる。高等部を騒がせて後輩の勉強の邪魔をするのが、先輩の務めか?」

「貴様などに指図される謂れはない! 俺はシェイラを守ろうとしているだけだ!」

「あぁ? シェイラちゃんには、俺の可愛いディアナがちゃんとついてるだろ」

「それが一番の不安要素だ馬鹿者! 貴様の妹が、シェイラをいじめるために『ペア』になったと、俺が見抜けないとでも思ったか!」


止せばいいのにお馬鹿さんは、エドワード最大の地雷を踏んづけた。どこかから吹雪の粉が舞ってくるような、そんな氷点下の空気が、エドワードの周囲に瞬時に渦巻く。ディアナは素早く、シェイラをエドワードから避難させた。


「ほぉ〜、そう考えてたか。道理でここんとこ、高等部に日参してたワケだ……」

「貴様も一枚噛んでたか? 何といっても貴様ら兄妹は、わが校始まって以来の卑劣な生徒と名高い。学園を欺いて己の楽しみを優先することくらい、罪とも思わずやってのけるだろうからな!」

「――黙れ」


いつも柔和な笑みを崩さないエドワードが、一度真顔で怒気を露にすると、普段との落差もあって相当に怖い。ディアナの背後でシェイラが震え上がり、ディアナはこっそり「大丈夫だから」と囁く。


「テメェの妄想なんざ、誰も聞いてねぇんだよ。年下の女の子に恋狂いして、高等部に迷惑かけまくって、それでも大人か? そんなやつに、ディアナを批判する権利なんざ、一欠片だってあるか」

「な、な、誰が迷惑など!」

「掛けてるだろうが。自分で自分を客観的に見ることもできないのかよ?」

「編入生を守ることの、何が迷惑だ!」

「テメェは教師でもなければ学園の経営者でもない。ただのいち学生だろ。編入生を守る権利もなければ、学園の方針に口出す権利もないって、いい加減気付け」

「お、俺はこの学園の未来のオーナーだぞ!」


ジュークが苦し紛れに放った言葉に、後ろでシェイラが「え?」と驚きの声を上げた。ディアナは苦笑いが止まらない。


「そっか、シェイラさん知らなかったっけ。ジューク先輩、この学園の創設者一族の人なのよ。今のオーナーは先輩のお父さんで、子どもは先輩一人だから、このままいけば先輩が次期オーナーになるんでしょうね」

「知りませんでした……。あっ、ひょっとして、だから私の編入の日に?」

「オーナーの息子で、学園大学の現役学生でもあるからね。編入生のお迎え役には適任だったのかもだけど……」


不安そうなシェイラを職員室まで案内したジュークの目が完全にハート型だったのを見た、中高等部教師陣の内心は、察するに余りある。ジュークが編入生の出迎え役に抜擢されるのは今に始まったことではないが、編入生に興味を示したのは初めてのことだ。そしてこのご子息には、思い込んだら一直線、KYそれって誉め言葉? な、大変困った一面がある。


(あれ? ひょっとして、私がシェイラさんの『ペア』に指名された理由って……)


ディアナは気付く。気付いてしまった。

――教師たちが自分に期待した役割が、害虫避けならぬ『ジューク避け』であったことに。


何しろ、オーナーご子息の『クレスター兄妹』嫌いは有名だ。エドワードとは、幼等部からずっと同じクラスだったにもかかわらず、ひたすら犬猿の仲。その妹ディアナに対しては、一目見た瞬間に「この学園ではいじめはできないんだぞ!」と叫んだという逸話が残っている。

自分たちは確かに『悪人顔』で、初見の人からは大抵恐れられるが、深く付き合えば単に顔が怖いだけの普通の人間だと(兄を見ているとたまに自信がなくなるが)、ディアナは思っているのだが。現在、何故か兄と同じ学部で研究テーマも同分野、必然的に研究ゼミも同じなジュークは、エドワードとの付き合いの長さだけならダントツ第一位のはずなのに、兄への理解度は誰より低い。そして、付属物扱いらしい自分への態度も悪い。


「――未来のオーナー? そうなったら学園も終わりだな。安心しろ、万一そんなことになったら、腐れ縁のよしみできっちりお前を始末して、学園の平和を守ってやる」

「殺人予告のつもりか!?」

「どこまでも馬鹿だな。こういうのは正当防衛って言うんだよ」


お日さまぽかぽか、吹く風は優しく、空の上を羊雲がゆっくり歩いている。『穏やかな陽気』のお手本のような窓の外が嘆き悲しむレベルで、廊下の気配は物騒だった。エドワードは今にも愛用の武具を取り出しそうだし(殺傷能力のあるホンモノである)、対するジュークは火花どころか大火災の発生源だ。

すわ血で血を洗う争いの勃発か、と見物人(ギャラリー)たちが身構えた、そのとき。廊下の曲がり角から、がたがたん! と緊張感を著しく削ぐ音が響いた。全員の視線を浴びたそこには、エドワードより少し年上に見える男性の姿。この人物も、高等部の面々にとってはお馴染みだった。


「何やってるんだエド、ジューク! 高等部の廊下で喧嘩なんかしたら、後輩たちに迷惑だろ。殴り合いたいなら大学に戻ってからやれ」


あ、殴り合うことそのものは止めないんだ。

後輩一同は心の中で呟いた。ディアナとシェイラも同様だ。

銃刀法への挑戦一秒前だったエドワードは、その言葉でひとまず冷静さを取り戻したらしい。服の裾に伸びていた手が下に降り、止めた相手を苦笑気味に見返す。


「何だよ、アル。俺が見てくるから研究室で待ってろって言ったのに」

「その結果がこれじゃ、俺が教授に怒られる。――ジューク、お前もだ。後輩想いなのは大変結構だが、こうも連日訪問されちゃ、ありがたいより迷惑だろ。ここの大学四年はそんなにヒマなのかって、後輩たちから軽んじられても良いのか?」


エドワードには反発しっぱなしだったジュークだが、この男の台詞には素直だ。周囲を見回し、今更おろおろし出している。……はっきり言って、遅い。


「アルさん、来るの遅いです。私今日こそは、兄さんと先輩を窓から放り投げなきゃいけないかと思いましたよ」

「悪いな、ディアナ。それから、ジュークを投げるのは勘弁してやってくれ。エドならともかく、三階じゃジュークは受け身が取れない」

「だって先輩を追い出さなきゃ、結局同じことの繰り返しでしょ?」

「もうちょい穏便に頼む、って話だよ。何でお前ら兄妹は、揃いも揃って考えることが極端というか、過激なんだ」


仲裁にやって来た男は、これまた学園の古株で、現在は大学の研究室で研究員の仕事をしているアルフォード。エドワードとジュークの先輩で、ディアナも可愛がってもらっている。初対面のエドワードを怖がらず、逆に世話を焼いたという、稀有な感性の持ち主だ。それもあって、エドワードはアルフォードを特別信頼し、先輩として友人として、仲良くしているようだった。

そしてまた、ジュークにとってもアルフォードは特別の存在らしく、基本的にワガママお坊ちゃんのジュークが素直に従う、数少ないうちの一人でもあった。


「ほら、二人とも引き上げるぞ。続きは向こうに戻ってからだ」

「でも、研究室の中はダメなんだろ?」

「当たり前だ! お前、あの機材いくらすると思ってる。中庭にkeep outのテープ貼っといてやるから、その範囲内でやれ」

「その中なら、この男を存分にぶちのめして良いということだな!」

「馬鹿が、お前が俺に勝てるわけないだろ。そろそろ悟れよ」

「あ、もちろんエド、武器の使用は厳禁だからな」


やいのやいの言い合いながら、大学生組の姿は曲がり角の向こうへ消えていく。ディアナは我が兄のことながら、疑問に思わざるを得なかった。


「あの人たち見てるといつも思うんだけどさー、大学って、ケンカするトコだったっけ?」

「そんなことないと思いたいんだけど……って、カイ、いたの」


おそらく誰もが思っていて口にしなかったことを、さらりと言い放った彼もまた、古参組の一人。必然的に、あのはた迷惑なお兄ちゃんズとの付き合いも長い。


「言っとくけど、アルさん呼びに行ったの、俺だから」

「……だったの?」

「だったの。ジューク先輩がディーの悪口言った時点で、あーコレ収まんないな〜って思ったから」


戻って来たら蛇とマングースの睨み合いでどうしようかと思った、とあまり深刻そうではない口調でさらりと言って、彼は肩をすくめた。


「アルさんもびびっちゃってさ。半分以上腰が引けてたから、思わず蹴り飛ばしちゃった」

「気の毒に……アルさん」


あの間抜けながたがたん! は、アルフォードがカイに蹴り飛ばされた音、だったらしい。兄とジュークの間に立って苦労することの多い彼は、いつになったら報われるのか。最近、リタ先輩と良い雰囲気とかいう噂を聞いたけれど。


「あ、あの……」


背後から声を掛けられて、ディアナはきょとんと振り向いた。教科書を抱えたシェイラが、申し訳なさそうに俯いていた。


「ごめんなさい! 私のせいで、皆さんにご迷惑を……」

「あ、違う違う。これ、わりと日常茶飯事だから」

「……は?」


目が点になったシェイラに、カイも笑う。


「ジューク先輩がシェイラちゃんにホの字になっちゃったのは確かだけど。あの人たちが学園中で暴れ回るのは、今に始まったことじゃないよ。ジューク先輩のとんちんかんにエドさんが突っ込んで、それに先輩が怒って、何故かディーが巻き込まれて、」

「私は不本意なんだけどね。兄さんと先輩、ケンカするときいつも、私を引き合いに出すから」

「そーそー。で、二人が大喧嘩して、最終的にアルさんの仲裁で収まる。コレ、いつからやってたっけ?」

「少なくともケンカは、私が幼稚園に入った頃からやってた」

「じゃあ、もうそろそろ二十年か。あの人たちも飽きないよねぇ。アレで成績トップクラスとか、日々真面目に勉強してる学生さんへの侮辱だよ」

「……アレで?」


シェイラが目をまん丸にした。あの馬鹿二人が成績トップだなど、確かにすぐには信じられまい。


「なんとかと馬鹿は紙一重、って言うでしょ?」

「その言葉は知っていますが、使う場面がものすごく間違っている気がします」

「あら、はっきり言うわね」


ディアナは軽く笑う。カイも笑い声を漏らした。


「嫌になった? こんな変な学校」

「それは……常識外れとは思いますが、嫌ではありません」

「それは良かった。他にも変なのイロイロいるけど、とりあえず、これからもよろしくね」


微笑んで差し出された手を、シェイラはしっかりと握り返した。


ここは、エルグランド学園。

質の高い教育と自由な校風、そして何より、個性的な生徒、教師が多いことで、全国にその名を知られる学校である――。





普通にクラスで授業受けるとか、部活中とか、他に場面はいくらでもあったのに、何故私は休み時間を選択した……。しかも、暴れているのはほぼ大学組。お前ら後輩の校舎で何やってんだよ! と、改めて読み直して全力で突っ込みましたとも、えぇ。


クリムさま、リクエストありがとうございました!


2015/11月、続編投稿に伴い、キャラクターの呼び名など、一部訂正致しました。






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