悪役SS~ジュークによる『紅薔薇』観察日記
キャラクター視線SS、ジューク編!
お祭り投稿時は読者さまに多大な誤解を与えてしまったようですが、このジュークは大体、シーズン幕開けの夜会直前くらいで、一番成長していない頃の彼です。
いかんいかん、危うく必要以上の王様フルボッコ騒動を巻き起こすところだった……!
……全く、あの顔を見ているだけで、怒りに我を忘れてしまいそうだ 。
自身は大した権力を持たないくせに、あらゆる手を使って王宮の要人たちを取り込むことで、王国を陰から操ろうと目論む、『悪の帝王』クレスター家。彼らが満を持して送り込んできた娘、ディアナ・クレスターが、正妃の入るべき『紅薔薇の間』を与えられ、側室の一人となったことは、思い返すだに腹立たしい。
さすがは『悪』の担い手一族の娘と言うべきか、夜闇にも恐怖はないようで、先程ちらりと廊下の隅で、夜勤の侍女を怯えさせている姿を見つけた。その場で叱りつけてやりたい衝動に駆られたが、俺が今後宮にいることを知られてはまずいのだと、すんでのところで声を飲み込んで。
「――陛下。我々は、この先で控えておりますので」
怒りに支配されてはいたが、俺の身体は正直なもので、通い慣れた道をしっかり歩いていたらしい。忠実で、細かいところにまでよく気の届く近衛騎士団長に声をかけられ、俺は一つ頷いた。彼らが視界から消えるのを待って、目の前の扉を叩く。
「……はい」
「俺だ、シェイラ」
中から聞こえてきた声に応えると、少し間をおいて、静かに扉が開かれた。澄んだ空色の瞳に困惑の色を宿しながらも、愛しい彼女――シェイラは、控えめに微笑んでくれる。
「おいでなさいませ、陛下」
「あぁ。……今日も一人、なのか?」
シェイラを訪ねているのは夜ばかりだが、いつ行っても、彼女の部屋には彼女しかいない。侍女はどうしたのだろうかと、いつも疑問に思う 。
「私は末端の側室ですから。……侍女も皆忙しいですし、夜はゆっくりしてもらっているのです」
「しかしそれでは、何かあったときに困るだろう」
「私などよりよほど大切な方が、後宮には沢山おいでですもの」
俺にとっては、シェイラ以上に大切な者などいない。
そう言おうとして脳裏に浮かんだのは、先程見かけた『紅薔薇』だった。あの女はこんな夜にも侍女を連れ、我が物顔で後宮を歩いている――シェイラのような気遣いなど、かけらも持ち合わせていない。まさしく、悪の化身のような女だ。
あんな女のせいでシェイラが遠慮して暮らすなど、冗談ではない。俺は決意も新たに、シェイラに語りかける。
「少し、待っていろ、シェイラ。お前を必ず、悪党どもから守ってやるからな」