[Parody]とある俳優と幼馴染の、休日事情
以前、診断メーカーさんに与えられたお題『俳優と一般人の設定でほのぼの休日デートなカイディー』の消化話となります。
取り敢えず、注意書きをよく読んで、覚悟の上でお進みくださいませ(主に文字数)。
!あてんしょんぷりーず!
◯ 三 万 字 超 。
お時間あるときに、ゆっくりご覧ください。
◯前書きにあります通り、俳優カイ×一般人ディアナのパロディです。一般人に(?)がつくのは気にしないでください。デュアリスさんがごく普通の社会人やってる姿が、私にはどうしても想像できなかった……。
◯一応お題は『ほのぼの休日デート』。だがしかし、いい加減涼風の作風を理解している読者様はご存知のはずですね。えぇ、ズ レ ま し た 。
ほのぼのってなんだっけ……デートってなんだっけ……。概念ってムズカシイネ。
◯パロディって苦手なんですよね〜、そもそも本編でまだくっついてないキャラのデートって……、え、カイディーなの興味な〜い――宜しいならばブラウザバックだ!!
◯ カ イ が ヤ ン デ レ 。
どうやら本編のカイさん(現在本編は『にねんめ』のエクストリーム勘違いの回まで進んでおります)は相当ストレス溜まってるようですね。だからっておま、ちょっとパロディで暴れ過ぎ。
以上を飲み込んだ上で、それでも読んでやろうという勇者な読者様。
どうぞ画面をスクロールさせ、涼風史上最大の問題作と成り果てたこやつを、ご賞味くださいませ。
* * *
五月某日、午前七時。
スマホのアラームと共に目覚めたディアナは、部屋のカーテンを開けて、真っ先に天気を確認した。
――五月晴れ、の言葉に相応しく、空は晴れやかに澄み渡っている。まだ朝早いからか空色は薄い青だけれど、これから太陽が昇るにつれ、気持ちの良い青空が広がるだろうことが予感できる天気だ。
我知らず笑顔になっていたディアナは、はっと気付いて一人で表情を引き締める。
(いけない、いけない。今日は人の多い場所へ出るんだから、あんまりはしゃぎ過ぎないようにしなきゃ)
ディアナ一人が悪目立つだけなら「痛い子がいるなー」で済むが、今日一緒に出掛ける人を目立たせるわけにはいかない。朝の涼しい空気を胸の内に吸い込んで、ディアナは心中を落ち着ける。
(うん、大丈夫。私は彼の、幼馴染。物心つく前からの友人で、家族ぐるみで仲が良いから、彼も気安く頼み事ができるってだけの間柄よ)
そう。たとえディアナが彼に特別な感情を抱いているとしても、胸の内を誰にも見せず、周囲にも気取られなければ、その気持ちが〝ある〟ことにはならないのだ。特別なモノが何一つ無ければ、ディアナは彼の邪魔にならず、もうしばらくは休日を一緒に過ごす仲でいられる。
クローゼットを開け、ディアナは今日のために選んでおいた、あまり気合が入ったようには見えない、けれど年頃の少女らしい可愛めのワンピースを取り出した。腐っても社長令嬢らしく、見る人が見ればお高めのブランド品だと分かるだろう。
(よし。これなら、彼の隣を歩いていて万一見つかっても、同行者として彼の評判を落とすことはない……はず)
ブランドのワンピースはともかく、ディアナ自身は何者でもないただの女子高生であるため、はっきりと断言できないのが辛い。それでも、もしものときを考えれば、彼の隣を歩く女はオールユニ◯ロより、そこそこなお値段の洋服を着ていた方が「連れて歩く相手もちゃんとしている」と思ってもらえる確率は上がる、と、思う。
(……子どもの頃は、こんな面倒なこと考えなくても、自然と一緒にいられたのにな)
ふと脳裏を過ぎった弱音は、緩く首を振って追い払い。
――気を取り直し、ディアナはワンピースに袖を通して、髪を纏めるため洗面所へと向かうのだった。
***************
歌手、アイドル、タレント、モデル、お笑い芸人、――俳優。
数多の芸能人がひしめき、テレビはもちろん雑誌やラジオ、インターネットでその才能を発揮し、多くの人々を楽しませている現代社会。
そんな彼らを育て、プロデュースし、それぞれに合わせた仕事を勝ち取って与え、時には私生活まで面倒を見つつマネージメントするのが、芸能プロダクションだ。
とはいえ、芸能プロの仕事は、ディアナとは直接的には関係ない。ディアナの父親は確かに老舗企業を経営する代表取締役で、とある芸能プロの社長と親友で、そちら関連の仕事も多く請け負ってはいるが、ディアナ本人は特筆することもないイチ女子高生だ。……強いて特筆する点を挙げるとするなら、ちょっぴり顔が悪そうで誤解されることが多めなこと、くらいか。
「ディアナ、今日は休日だろ? やけにめかし込んでどうした?」
一足早く朝食の席に着いていた兄、エドワードに、事情を知らない人に聞かれたらとてつもなく失礼な印象を与えかねない質問をされた。「休日にめかし込んでどうした?」ということは、「普段は休日にめかし込んだりしないのに」、つまりは「休日はいつもダラダラ過ごしているくせに」と皮肉っているようにも聞こえる。
もちろん、兄の質問の真意が分かっているディアナは、そんな受け取り方はしない。――そもそも、兄の言う〝休日〟はディアナのモノではないのだ。
「ほら、ソラさんのお誕生日がそろそろでしょう? カイ、最近忙しくて、まだプレゼント買えてないんだって。だから今日は、一緒にソラさんのプレゼントを選びに行くの」
「……買い物へ行くってことか? 街へ?」
「えぇ。ショッピングモールを回って、良いのが無ければ駅前のデパートまで足を伸ばすつもり」
「今日は世間一般的にも祝日で、人出はかなり多いと思うぞ。大丈夫か?」
「カイは気配消すの得意だから、大丈夫だと思うけど……万が一見つかったときのことを考えて、それなりの服装しとこうかなって。これなら、〝俳優・和泉野カイ〟の同行者として、恥ずかしくないでしょ?」
ディアナがそう言ったとき、付いていたテレビがタイミング良く、とあるCMを放映する。数名の男子高校生が明るい日差しの差し込む教室ではしゃぎ、校庭へと飛び出していく――青春の一ページを切り取った、清涼飲料水のCMだ。
数名の男子高校生の中で中心となっていた、枯れ葉色の髪に紫紺の瞳をした、一等綺麗な顔立ちの男に、ディアナの目は自然と吸い寄せられる。
「……このCM、放送開始されたんだ。カイがこういう無邪気な役やるの、珍しいよね」
「まぁ、アイツは器用だから、どんな役でもそつなくこなしはするがな。本人に可愛げがゼロだから、こういう毒のない役を演られると、ちょっとした詐欺に遭った気分になる」
「そんなことないわよ。カイだってそれなりに、可愛いところあるもの」
「念のため言うが、アイツの本性知ってる人間で〝可愛い〟って形容詞を使うのは、お前とソラさんだけだからな」
はあぁ、とため息を吐くエドワードの前に、自分の分を淹れるついでに淹れた紅茶を置いて。
「そりゃ、世間一般的には、カイみたいな綺麗で格好良い男の人に〝可愛い〟なんて形容詞は不似合いでしょ。私はカイの素を知ってるから、可愛いところあるなぁって思えるだけで」
「若手有望株俳優って持ち上げられながら『プライベート優先』を臆面なく押し通して、週一の休日をカレンダーに合わせてもぎ取って、その休日に幼馴染の超美少女を独占してる男のどこに可愛げがあるってんだ?」
「幼馴染の超美少女って、もしかして私のこと? 別にカイは私のこと、独占なんてしてないでしょ。私に予定があるときは合わせてくれるし、そもそも週七日のうち、たった一日一緒に過ごすだけの予定を〝独占〟なんて言わないわよ」
「……アイツがなんて説明してるのか知らんが、まず芸能界でそれなりに売れてる奴がカレンダーの土日祝に合わせて週一の休みをもぎ取ってるところからして、普通じゃないからな? 俺がどれだけクリスと予定合わせるのに苦労してるか、まさか知らんわけじゃないだろう」
「兄さんとお義姉さんは二人とも忙しいんだから、私たちと一緒にはできないわ。兄さんは警備の仕事が不規則だし、お義姉さんの撮影だって気候とかロケ地の整備とかで予定通りにはなかなか進まないもの。カイはそういう予定通りに進み辛い仕事は好きじゃないから受けないって言ってたし」
エドワードの恋人クリスは、いわゆるアクションスタント俳優――ヒーロースーツの中の人だ。『エルグランド芸能プロダクション』、通称エルプロに所属し、いくつもの現場を掛け持ちしている。
そしてこのエルプロこそ、先ほどから話に出まくっている彼、十代の若手俳優の中では現在最も注目されていると言って過言ではない『和泉野カイ』の所属プロダクションであり、エドワードとディアナの父、デュアリスが経営している『クレスター総合警備会社』、通称クレ警の代を跨いだお得意様でもあった。
ちなみに、エルプロ所属のカイとクレ警の社長の娘であるディアナが幼馴染なのは、カイの父であるソラ――『和泉野ソラ』も同じくエルプロ所属の俳優で、若い頃にSP役の実技指導をクレ警にて受けた関係で個人的にデュアリスと親しくなり、それ以来家族ぐるみのお付き合いをしているから、だったりする。カイはディアナの一つ上なので、ディアナにとっては物心つく前から一緒にいるのが当たり前の存在……だった。
(カイはこれからますます俳優として有名になって、輝く世界の人になっていくんだから、いつまでも一緒にいちゃいけないんだろうけど)
――カイが初めて役者として仕事をした日を、ディアナは今でもよく覚えている。当時カイは五歳、ディアナは四歳。ソラがドラマの撮影現場に二人を連れて行ってくれたのがきっかけだ。そこは大きなスタジオで、複数の撮影が同時進行されており、ソラのドラマとは別の撮り部屋でとある歌手のPVが撮影中だった。そのPVに出演予定だった子役が何らかのアクシデントで来られなくなってしまったらしく、代役としてカイに白羽の矢が立ったのだ。
キラキラのライトに照らされて朗らかに笑うカイはとても綺麗で、ライトよりも眩く見えて。気付けばディアナは興奮して何度も手を叩き、「すごい」を繰り返していた。カイの演技に魅せられて、引き込まれて、あの時間全部が特別で、ずっと続けば良いのにと幼心に願って。――実際、カイの演技は大人顔負けだったらしく、たまたまPV撮影を見かけた映画監督が「ぜひ次回作に起用したい」と言い出し、あれよあれよという間にカイは天才子役として脚光を浴びることとなる。
あれからそろそろ十五年が経ち、カイは天才子役から若手有望株俳優へと順調に出世した。それに伴い、一緒にいられる時間はどんどん減って……今では週一の休みを取るのがやっとなほどカイは忙しくなったけれど、内心寂しがっているディアナを案じてか、エドワードが言う通り、週一の休日は必ずディアナも学校が休みな土日祝のどこかを確保してくれる。歳上の幼馴染みとして、充分過ぎるくらいに甘やかしてくれているのだ。
(……カイがそうやって甘やかしてくれるから、私もついつい甘えるのが癖になって、なかなか「もう良いよ」の一言が言えないんだけどね)
それでも、昔のように事あるごとに連絡を入れたりはしないし、週一の休みとて遠出をせがんだりはせず、大人しくカイの家かディアナの自宅でのんびり過ごすことを提案しているのだから、それなりに自重した大人の対応ができてはいる、はずだ。……今日は久々の外出で、内心喜び勇んではいるけれど、それとて顔と態度に出さなければセーフ、だろう。
――思考の沼に沈み、無言で朝食を咀嚼するディアナは、目の前で実に複雑怪奇な百面相をしている兄には気付かなかった。エドワードはエルプロ所属のクリスと恋人同士であるだけでなく、経営者であるオースターの息子ジュークと親友なので、ディアナの知らない裏事情を山ほど聞かされているのだ。……主にジュークの盛大な愚痴という形で。
カイが週一の休みを土日祝に合わせるために仕事を選びまくっていることや、アクシデントで撮影が押してその休みが潰れそうになると、役者の範疇を通り越した働きで撮影に貢献して意地でも休みをもぎ取ること。撮影現場ではそつなく共演者やスタッフと付き合っているため目立たないが、人間関係に線を引きまくって必要以上に踏み込ませず、プライベートでの誘いを回避しまくっていること、などなど。「――仕事へのやる気は申し分ないが、その全てがたった一人のためというのは如何なものか」と嘆くジュークを、「もうアレは筋金入りだから諦めるしかない」と慰めているようで全く慰めていない言葉で宥めるのは、そろそろ恒例行事となりつつある。
……特に最近、件の男の機嫌はすこぶるよろしくない。理由ははっきりしていて、エドワードの妹が彼の立場に遠慮するようになり、徐々に距離を置き出しているからだ。ディアナの性格上、カイがクローズアップされればされるほど自分の存在を引け目に感じて下がろうとするのは分かり切ったことなのだから、そうなる前に告白でもなんでもして捕まえておけば良かったろうに、あの男は変なところで詰めが甘いのである。
(……しかし、このタイミングで〝外出〟の誘いということは)
エドワードはこっそりスマホを取り出し、エルプロ俳優部の予定を確認する。今日は五月の祝日、明日も振替休日で世間は休みだ。ディアナの高校も、もちろん休み――。
(……や、っぱり)
俳優全員の予定が閲覧できるページ、カイの行は今日と明日がまるっと赤い空欄になっていた。実に見事な連休獲得の図、だ。……このためにどれだけ奴がエルプロと撮影現場に無茶を強いたのか考えると、冗談抜きに背筋が寒くなる。
ここまでのことをしでかした以上、カイは間違いなく、今日で勝負をつけるつもりだろう。いつかこんな日が来ると分かってはいたが、いざとなるとやはり物寂しい。
「……ディアナ」
何と声を掛けるか迷って、エドワードは結局、妥当な質問を選んだ。
「夕飯は、いつも通り食べてくるのか?」
「特に相談してないけど、たぶんそうなると思う。もしもウチに呼んで一緒に食べるなら、早めに連絡するわね」
「そうしてくれ」
九十九パーセント、その展開は無いだろうけどな――という言葉を、エドワードは妹が淹れてくれた紅茶と共に流し込んで。
やがて約束の時間にディアナを迎えに来た男へ、送り出しざま告げるのであった。
「ディアナを頼むぞ。――くれぐれも、無茶はするなよ」
■ ■ ■ ■ ■
「ね、カイ。この置物はどう?」
「あー、悪くないけど……去年も飾りものだったから、今年は実用品にしたいんだよね」
「そっか、去年はタペストリーだったっけ。確かに毎年飾りものっていうのも芸がないわね」
ディアナを迎えに行ったその足でショッピングモールまで出向き、二人仲良く雑貨屋を廻る。膝丈の、春めいた薄桃色のワンピースに身を包んだディアナは、女子高生特有の初々しい可愛らしさに満ちていた。甘めの服は「似合わない」という理由であまり着ないディアナだけれど、このワンピースは裾に濃い赤のラインが三本入っており、可愛いながらもアクセントのあるデザインであるため、ギリギリ及第点だったのだろう。
そんなディアナを〝可愛い〟と感じるのは、決してカイの贔屓目ではなくて――。
(また、だ)
視線を感じ、顔は動かさずに気配を探ると、少し離れた場所で買い物中らしい男二人組が、揃ってディアナに釘付けとなっていた。艶やかな金の髪はサイドを編み込みつつリボンのヘアアクセでポニーテールにしてまとめ、ワンピースとカーディガンは季節感と年齢にそぐう可愛らしさ、すらりと伸びた白い脚はストッキング要らずの瑞々しさが光っているとなれば、人目を引くのは確定事項のようなものだ。
ため息を押し殺し、カイは不自然でないように、棚の品物を見る体で男たちの視線を遮った。
「うーん……外から見た感じは、種類豊富そうだったんだけどなぁ。この店、あんまり実用品は置いてないみたいだね」
「そうね。どちらかといえば装飾系のお店かも。向こうにシルバーアクセのコーナーならあったけど」
「あ、ダメ。父さん、この前メンズアクセブランドの契約決まった。確か三年契約だったから、今買ってもつけてもらえるの三年後になるよ」
「さすがはソラさん……ますます服飾系は贈れないわね。ネクタイとスーツと……後は時計だっけ? 今契約中のブランドって」
「そ。他に鞄と靴のブランドからもオファーもらってる。あんまり契約増やしすぎると撮影現場との調整が大変だから、そっちは保留にしてもらってるけど」
「ソラさんの場合はそういう事情があるから、どうしても持ち運べるものより、家に置いて楽しめる飾りものがプレゼントの候補に上がりやすいのよね……」
「まぁね。せめて分かり易い趣味があれば良いんだけど、父さんって典型的な、〝仕事を趣味にしちゃった人〟だから」
ちなみにここまでの会話は、周囲に人が居ないことを念入りに確認し、ほとんど無音声でヒソヒソ交わされている。今日のカイの服装(黒のパンツと白シャツ、灰色の袖無しジャケット、帽子とダテ眼鏡という、人混みに溶け込み易く目立たないもの)で自分を芸能人と見抜く猛者はそう居ないだろうが、億が一気付かれて会話の内容を聞かれ、SNSにでもリークされては事だ。まだ公表されていない『和泉野ソラ』の新規契約事情がちらりとでも漏れようものなら、父の芸能生命は一巻の終わり。自身の芸能生命はどうでも良いが、ここまで育ててくれた父親に迷惑は掛けられない。ディアナもカイの気持ちを分かっているので、外でソラやカイの仕事について話すときは、いつも最大限、慎重になってくれる。
「うーん……ソラさんが普段使いして恥ずかしくない実用品となると、やっぱりこのショッピングモールより、デパート行った方が無難かも。ここ、どちらかといえば若者向けのお店が多いし」
「そうだねぇ……」
もちろん、カイとてそれくらいのことは分かっている。分かっていて、敢えてまずこのショッピングモールへ足を運んだのは。
「ねぇ、そういえばディーは何か欲しいものないの?」
「はい?」
「まだだったでしょ、進級祝い」
「……えぇ?」
ディアナの表情が、分かり易く困惑に染まる。……何度か首を傾げて、ディアナはカイの瞳を覗き込んだ。
「進級祝いなんて、わざわざもらうものじゃないわ。普通に勉強してテストで赤点取らなきゃ、自動的に学年は一つ上がるもの。それを言うなら、私の方がカイに大学の入学祝いを贈らなきゃいけないんじゃない?」
「いやー、ディーの高校の学期テストと俺の受験のどっちが難しかったかで言ったら、明らかに前者でしょ。ぶっちゃけ俺の大学って、受験番号と名前が書けて、小学校レベルの国語算数理科社会ができれば通るトコだし」
「……まぁ、そこは否定しない。というか、本当にあの大学で良かったの? カイの成績なら、普通に難関大狙えたのに」
「ヤダよ。ただでさえ仕事で忙しいのに、この上大学の勉強とか試験対策に時間取られて、プライベート削られたくない。きちんと大学に通うのは、本気で勉強したいことができたときに取っとくよ。幸い稼ぎはそれなりにあるから、大学二つ通ったところで学費には困らないだろうし」
「……あなたの仕事的に、キャンパスライフはプライベートに分類されそうなものだけど、そうは考えないわけね」
「俺のプライベートは、家で父さんと過ごす時間と、こうしてディーと一緒にいる時間だけだよ」
ディアナの耳元でそう囁きつつ軽く手を握ると、ディアナの頬が目に見えて赤くなった。「またそんなこと言って」と呟きながら上目遣いでこちらを見るディアナは、うっかり理性が飛びそうなほど愛らしい。
そんなカイとディアナを見て脈無しだと判断したのか、先ほどの男二人組が肩を落として店を出ていく。煩わしい視線が消え、カイは内心ほっと息をついた。……もっとも、この安息は一時のことなのだが。
――それは置いておくとして。
「で、話戻すけど。何か欲しいものない? 宝石とかならデパートの方が良いと思うけど」
「そういう年齢不相応なこと言わないで。パーティ用の宝飾品は間に合ってます。……そうね、強いて言うなら、一階の茶葉専門店の新作が気になってるかも」
「相変わらず、お金のかからないもの欲しがるね」
「芸能界が住処の女の子と違って、一般人はそこまで高いもので着飾る必要ないのよ。ましてや私はまだ高校生なんだから、ブランド品は却って浮くし。お高い服や鞄やアクセサリーに興味もないしね」
「それはもう、よーく知ってるけど。今日のワンピは確か、この前雑誌でシェイラさんが着てたブランドじゃなかった? あそこ、そこそこお値段張るでしょ?」
「……人前であなたの隣を歩くのに、安い服はさすがに着られないわよ」
「べっつに、誰も俺のことなんか見てないし、気付かれることもそうそうないんだから、そんな気を遣う必要ないのに。貴重な昼間のお粧しディーが見られて、俺としては嬉しいけども」
「……変じゃ、ない? マシなの選んだつもりではあるけど、ちょっと可愛すぎるかなとも思ってて」
「超似合ってるし、めちゃくちゃ可愛いし、可愛いが過ぎて誘拐が心配になるよね」
「…………あなたに聞いた私がバカだった」
一言一句紛うことなき本音なのだが、子どもの頃から言い続けているせいか、ディアナはカイの「可愛い」をイマイチ信用してくれない。正確には、信じてくれてはいるのだが、カイの〝可愛い〟の範疇は広すぎるだけだと解釈している。――カイが可愛いと思うのはディアナだけなので、むしろ客観的に見れば、カイの〝可愛い〟の範疇は極めて狭いのだろうけれど。
に、しても。
(うーん、茶葉かぁ……ディーらしいけど、できれば身につけられるアクセとかが良いんだけどなぁ。デパートでさり気なく宝飾品売り場回って、様子見してみるか)
当然のことながら、〝進級祝い〟というのはプレゼントの口実に過ぎないわけで。――カイは今日こそ、ディアナとの〝幼馴染〟という関係を卒業し、彼女さえ頷いてくれるなら〝恋人〟になりたいと思っていた。本音を言えば、ディアナが高校生になった頃から折々に思っていたが、連ドラの仕事が立て続けに入ったりディアナが生徒会の仕事で忙しくなったりして、落ち着いてゆっくり過ごせる時間がなかなか取れなかったのだ。どれほど忙しくとも、意地と執念でディアナと過ごす週一の休日は確保し続けたが。
女の子へ告白するのに、プレゼントは必須項目というわけではない。こればかりは告白相手によるが、少なくともディアナはプレゼントやシチュエーションがどうであろうと、そんなことで男を品定めするような計算高さとは無縁である。
ただ、問題は。
(俺たちの距離感的に、普通に「好き」って言うだけじゃ、たぶん「私もカイのこと好きよ」で流されて終わりな気がするんだよねぇ)
ディアナはカイを好いてくれている。そんなことは物心つく前から知っている。
しかしながら彼女の場合、なまじ親愛の幅が広すぎるせいで、カイヘの好意がどういった種類のものなのか判然としないのだ。生まれたときからの付き合いなので、さすがに特別枠には居るだろうけれど、万が一〝もう一人の兄〟的家族愛を抱かれてしまっていたら、まずはカイがディアナへ抱いているのは恋愛感情なのだと説明して、信じてもらうところから始めねばならない。……最近のディアナの様子を見るに、その可能性は低いという希望を持ってはいるけれど。
そういった諸々を鑑みても、ディアナへの告白は分かり易さに分かり易さを重ねるくらいでちょうど良い。さすがに高校生を展望レストランのディナーには誘えないが(そもそもカイもまだ未成年である)、ある程度値の張るきちんとしたプレゼントを渡すくらいなら、それでも高校生には分不相応だと怒られるかもしれないけれど、カイの職業上ギリギリセーフのはず。どうせ渡すなら、ディアナが喜んで身につけてくれるモノにしたく……ソラのプレゼント探しを口実に買い物へと連れ出し、欲しいものをリサーチしようと思ったのだ。
(今のところ、ディーの反応は概ね予想通りかな。俺の思惑に全く気付かず、父さんのプレゼント選びに夢中……ま、さすがにエドワード兄さんにはバレたっぽいけど)
わざわざ玄関まで見送りに出て威嚇してくれた過保護な〝兄〟を思い返し、カイはこっそり笑う。エドワードがその気になれば自分を止めるなど朝飯前なのに、威嚇はしつつも送り出してくれたということは、口と態度に出ていないだけでディアナとの関係性を進めることを認めてくれたと見て良いだろう。自分に正直なようで変なところ天邪鬼な、エドワードらしい背中の押し方だ。
「――カイ? どうしたの、何か面白いことあった?」
不意に黙って忍び笑いをしたカイを訝しんだのか、手を繋いだままのディアナが訝しげにこちらを見てくる。笑ったままカイは首を横に振って、ディアナを見つめ返した。
「何でもないよ。――それより、一階のお茶の店だっけ?」
「あ、うん。新作のフレーバーティーと、あとハーブもいくつか入荷したみたいなの」
「おっけー。じゃあ、そこでお茶の葉見て、お昼食べて、それからデパート行こっか」
「えぇ。……ありがとう、カイ。カイも欲しいものあったら言ってね。簡単な試験でも合格は合格だし、ちゃんとお祝いさせて」
「ありがとー、考えとく」
(欲しいもの……というか欲しい立場は、今からもらいに行くから)
幼い頃から――物心つく前から、カイが欲しくて欲しくて堪らなかったのは、〝ディアナの笑顔を一番に見て、感じられる場所〟だ。芝居の世界に足を踏み入れたのだって、カイの演技をキラキラした目で見て大喜びしていたディアナに、もっともっと喜んで欲しかったから。芝居そのものも別に嫌いではないし、どちらかといえば好きなのだろうけれど、それ以上にカイはディアナが大切で絶対なのである。
子どもの頃は、それで良かった。カイはディアナにとって一番近い〝幼馴染〟で、役者をしている自慢の友だち。ディアナにどんな友人ができても、芸能界でカイの人脈がどれだけ広がっても、二人にとって互いの存在は特別で、他が割って入る余地などなかったからだ。
けれど――世界がめまぐるしく移り変わるように、人間関係にも不変などはあり得ない。ディアナが高校生になり、女子校なのは変わらなくても周辺高校との交流が増えるにつれ、彼女を恋い慕う男は目に見えて増えた。それでもディアナはカイを最優先にしてくれるけれど……ディアナに好意を抱く男全員を刺して回りたいと物騒なことを考えてしまう時点で、カイの気持ちも嘗てとは違ってしまっているのだ。
ただ、無害な〝幼馴染〟として隣に居るだけでは、もう……足りない。ディアナにとって唯一無二の〝男〟となって、その心身を余すことなく愛する権利が、それが許される立場が欲しいから。
(ディーが恋愛に奥手なのは分かってるけど……ゴメンね。捕まえに行くよ、今から)
間違いなく混乱するであろうディアナへ心の中で謝って、カイは彼女の手を引いて歩き出した。
■ ■ ■ ■ ■
有言実行のひとらしく、ディアナの茶葉を買ってから昼食を摂り(財布を出す隙も見当たらないほど自然に奢られた)、デパートへと場所を移したカイは、いくつかフロアを見て回り、黒革の眼鏡ケースに狙いを絞ったらしい。ディアナの目から見てもシックで品よく、よくよく見れば精緻な細工が施されていて高級品だと分かる。ソラが使うに相応しい品だろう。
ただ一つ、気になることを挙げるとするなら。
「ソラさんって、眼鏡かけるの? 見たことないけど」
「視力は問題ないから普段は掛けてないけど、スマホとかパソコンの画面を長時間見るときはブルーライトカットメガネ使ってるよ。父さん夜目が利く方だから、長い間ブルーライト直視するのは結構辛いみたい」
「そういえば、カイの家のテレビも光量控えめ設定だったわね」
「そうそう。スマホとかパソコンでも光量調節できるけど、テレビと違ってちょっとした操作ですぐ設定変更されちゃうでしょ? 集中して作業したいときに、いちいち画面の光量調節のためだけに別窓開くのは面倒だから、ブルーライトカットメガネ掛けた方が効率良いんだって」
「なるほど」
ディアナの疑問も解消したところで、カイがケースとクレジットカードをディアナへ手渡してくる。
「ディー、悪いけど、会計とプレゼント包装頼むの、お願いして良い? さすがに近距離で会話したらバレるかも」
「もちろん、任せて。……というか、身バレの危険性考えたら、クレカは使わない方が良いんじゃない? 私、現金それなりに持ってきてるし、立て替えとこうか?」
カイは、今時少数派であろう本名イコール芸名な俳優だ。かろうじて名前の漢字を片仮名にしている程度の捻りしかないので、クレカの署名欄を見られたら、十中八九バレる。
ディアナの危惧はもっともなはずだが、カイはしれっと笑った。
「俺が自分でカード使ったらバレるだろうけど、ディーみたいな女の子が使うんだもん、バレないって。万一突っ込まれたら、『同姓同名ってよく言われます〜』とでも言って流しといて」
「……分かった。けど、それでもバレちゃったらゴメン」
「そのときはそのとき。てか、休日に買い物してることがバレたところで、別に何も問題なくない?」
「……買い物は問題ないけど、一応私の性別は女なんだから、変な邪推されるかもでしょ」
「一応じゃなくて、ディーはどこからどう見ても可愛い女の子だけどね。それも含めて、何も問題ないよ」
「あなたみたいな若手俳優は、親しい異性の存在が匂うだけで、がくっと人気落ちるんじゃないの?」
「俺別に、女に興味ありませんみたいなキャラで売ってないし。彼女の存在リークされた程度で人気落ちて干されるなら、所詮それまでの役者だったってだけの話。俺がどんな人間だろうが、彼氏彼女がいようがいまいが、芝居が評価されれば仕事はもらえる。アイドルとかならまた話は違うんだろうけど、俺はあくまでも俳優だから、人気じゃなく演技で勝負するよ」
……こういう言葉がさらっと出てくるから、幼馴染の贔屓目抜きに、このひとは本当に格好良いと思う。カイは俳優の仕事にそれほど情熱を傾けているようには見えないが、プロとしての矜持は人一倍だ。何事もそつなくこなしているように見えるから分かり難いだけで、カイはお芝居が好きだし、演技を通じて別世界を作ることを心底楽しんでいるし、それができる己と俳優という職業に誇りを持っている。顔が綺麗だから同年代のアイドルといっしょくたにキャーキャー騒がれているけれど、人気が命のアイドルとは違い、彼は自身の腕一本で勝負したがる根っからの職人俳優なのだ。
とはいえ、現代の芸能界で生きる芸能人である以上、大衆にそっぽを向かれてしまっては腕で勝負するにも限度がある。人気が落ちかねない危ない橋は、できれば渡って欲しくない。
(……まぁ、クレカの署名程度、そこまで神経質になることもないか)
こういったお出掛けの際、カイはディアナの財布を極力開けさせたがらない。歳上という自負もあるし、女子高生にお金を出させるわけにはいかないという気遣いもあるだろう。一時的とはいえお金を立て替えるのは、カイにしてみればあまり気分の良いものではないはずだ。
「……分かったわ。もし突っ込まれたら、取り敢えず誤魔化しとく。それでもバレたら、改めて報告するわね」
「うん、よろしく。――じゃあ、俺はその辺の売り場をぶらぶらしとくよ。終わったら連絡くれる?」
「はぁい」
カイの背を見送り、彼の姿がフロアから消えるのを確認してから、ディアナは店員さんに声を掛けて会計と包装をお願いする。高校生がクレジットカードなんて怪しまれるかな、とヒヤヒヤしたが、今日のディアナはそこそこお高いワンピースを着ていることもあってか、特に何か言われることもなく受け取ってもらえた。恙無く会計を終え、領収証とカードを返してもらい、プレゼント包装が出来上がるのを待つ。
(そういえば、カイはどこの売り場を見てるんだろう……向かった先にあるのはギフトセンターとエスカレーターくらいだけど)
まさかギフトセンターに用はないだろうから、エスカレーターで別の階へ行ったのだろうか。……そういえば、さっきここへ来る前に通った宝飾品売り場での歩みがかなりゆっくりだったので、もしかしたら何かじっくりと見たいものがあったのかもしれない。
(私も今度、一人で来ようかな……あのタンザナイトのネックレス、すっごく綺麗だった。あんまり見過ぎたらカイに「欲しいの?」って言われそうで、近付いてまでは見られなかったのよね)
月モチーフのトップに大きさの違うタンザナイトが三つ埋め込まれている、見るからに高価そうな品だった。シンプルなデザインが却ってタンザナイトの輝きを引き立て、ぱっと目を引く逸品に仕上がっていたように思う。――カイの瞳とよく似たタンザナイトが、ディアナは宝石の中で一等好きなので、ああいうアクセサリーにはついつい目が留まってしまうのだ。
「お客様、お待たせ致しました」
呼び掛けられ、ディアナは頭を切り替えて店員さんへと向き直る。手渡された袋を確認すると、綺麗にラッピングされた眼鏡ケースが、お渡し用の紙袋と共に品良く鎮座していた。さすがは高級デパート、文句なしの仕上がりだ。
にっこり笑って、ディアナはぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございました。……あの、ところで」
普通はここで打ち止めになるはずの会話は、何故か終わらなかった。ほのかに嫌な予感がしたところで、声を潜めた店員さんが尋ねてくる。
「不躾な質問をお許しください。先ほどお客様とご一緒していらした方ですが……もしや、俳優の和泉野カイさんではありませんか?」
(うわぁ……その方向からの質問は想定してなかった)
クレジットカードの署名欄から疑われることは警戒していても、フロアで一緒にいるところから観察され、恐らくはカードの署名欄にて半ば確信し、ほぼ確定事項として尋ねられることまでは、さすがに想定していない。……人気の少ない、かつそれほど広くない革モノ売り場でしばらくグルグルしながらプレゼントを吟味していたのだから、よく考えなくとも店員さんにしてみれば観察し放題ではないか。カイもだが、ディアナも危機感が足りなかった。
店員さんの声のトーンと表情から、誤魔化すのは無理だなと判断したディアナは、潔く認めることにした。姿勢を正し、もう一度頭を下げる。
「はい、そうです。……すみません、今日の彼はプライベートでして。できれば、公にしないで頂けると助かるのですが」
「はい、それはもちろん。こちらこそ申し訳ありません。このような、お客様の素性を暴く無礼な振る舞いは本来なら決して許されないのですが……」
「……何かあったのですか?」
ディアナの前にいる店員さんは、どこまでも申し訳なさそうで、それ以上に困って見えた。こういうとき、ついつい突っ込んで尋ねてしまうディアナは、しばしば友人たちから「悪女の皮を被った超絶お人好し」と揶揄される。
店員のお姉さんは、ほとほと困り果てた様子で頷いた。
「実は……今日、午後三時から、上階の催し物会場でシーレンジャーのヒーローショーがあるのですが」
「わぁ。よくあるようで最近は滅多に見ないヤツですね」
「そうなのです。一周まわって新鮮だろうと企画されて、順調に準備も進んで、そこまでは良かったのですけれど」
「えっと……もしかして」
「はい。午前のリハーサルで、シーレッド役の方が舞台から落ちて骨折してしまいまして。今、大急ぎで代役を探しているのですが、急過ぎてさすがにどこの事務所も受けられる役者さんが居ないと」
「連休中ですものねー……アクションこなせて、短時間で台詞を頭に叩き込めるスキル持ちで、きっかけや位置取り、立ち回りにも慣れてて、舞台ならではの臨機応変さにも対応できる、となると……」
条件を上げれば上げるほど、ディアナにもカイしか思い浮かばなくなってきた。カイは舞台、映画、ドラマをマルチにこなす俳優なので、大抵の現場には順応できる。エルプロにはカイの他にもマルチ俳優は多数在籍しているけれど、今、予定が空いているのはカイくらいだろうし。
ディアナは少し考えてから、スマホを取り出した。
「ちょっと待ってくださいね。本人に聞いてみます」
「! ありがとうございます!」
「いえ、あまり期待はしないでください。基本的に彼、飛び込みの仕事はあまり受けないので」
かなりオブラートに包んで伝える。「は? 今プライベートだけど? 週一の超貴重な時間なんだけど? 何より大事な俺の時間を奪おうってのは何処のどいつ? 芸能ブラックってリークしたいから教えてくんない??」――以前、ディアナと過ごしているときにマネージャーのキースから掛かってきた電話にマジのキレトーンで返していた彼を思い返すに、デパートさんには申し訳ないが、カイが引き受ける可能性はかなり低い。
直接電話した方が良いだろうな、と判断し、ディアナはコールを鳴らす。三コールを数えたところで無事に繋がり、カイの「ディー?」という声が聞こえてきた。
「カイ? 今どこ?」
「一階下のフロア。終わった?」
「終わった、けど……ちょっと店員さんに頼みごとされて」
「……もしかして、ヒーローショーの代役の話?」
「え、直接頼まれたの? 乱暴に断ったりしてないよね?」
「さすがにキースさんに言うみたいには断らないよ。……ディーにも声を掛けたところ見ると、マジで困ってるんだね」
「とっても、お困りみたい。……ねぇ、お助けできない?」
「ディーを放って、俺に仕事しろって言うの?」
「あなたの演技を生で観られるのは、私にとってもすごく楽しい時間よ。カイ、最近舞台のお仕事少ないでしょ? テレビの中のあなたも素敵だけど、たまにはお芝居しているカイを直接観たいわ」
懐柔のための言葉ではあるが、気持ちとしては限りなく本心だ。幼い頃、スタジオで演技しているカイに魅せられた瞬間から、スポットライトの下で輝いているカイを観るのはディアナの一番の楽しみなのである。舞台がある度、カイは千秋楽の関係者席をディアナに用意してくれるが、カイが出る舞台はどんな端役であろうとも、ディアナは可能な限りチケットを自分で取って劇場に足を運んでいた。ファンとしてお金を落としたいし、舞台の上のカイをできるだけ長く見つめていたいから。
ディアナの言葉を聞いたカイは、結構な時間沈黙して――。
「しょーがないなぁ。ディーにそう言われちゃ、断れない」
低く、艶のある声音で、吐息混じりに囁いた。耳に直接吹き込まれたかのようなその声に、油断していたディアナは思わずスマホを落としそうになる。
(……っ、もう! ほんっとに、このひとのこういうところ、タチ悪い!)
計算なのか天然なのか知らないが、一瞬で空気を切り替えて素人を翻弄するのは控えて欲しいものだ。ある程度キャリアを積んだ役者にすら「和泉野カイの演技には引きずられる」と言わしめるのだから、ド素人のディアナに太刀打ちする術なんて最初からない。
ディアナの混乱を知ってか知らずか、電話向こうのカイは思考を完全に仕事モードへと切り替えていた。
「俺はこのまま、上の会場まで連れてってもらって、詳しい説明聞いてくる。ディー、悪いけどキースさんに連絡入れといてくれる? 出演は全部スーツで顔出しは無いらしいから、俺の名前も出さない方向で調整してもらうけど、さすがに事務所に無断じゃ怒られる」
「了解。ギャラの話とかは?」
「あぁ、それはもうほぼついてるから。名前も出ないしボランティアみたいなもんだけど、お礼的な感じでちょっと融通してもらうよ。それもキースさんに言っといてくれると助かる」
「分かったわ。これからカイが◯◯デパートのヒーローショーに出演するけど、仕事というより善意のボランティアで、顔と名前の露出は一切無し。よって、事務所からギャラの請求もしないで欲しいって、そう伝えれば良いかしら?」
「百点満点中百二十点の説明だね。その説明が終わったら、ディーも会場においで。ディーの特徴を伝えて、舞台袖でショーを観劇できるようにしとくから」
「ありがとう。楽しみにしてる。――いってらっしゃい」
「……うん、いってきます」
会話を終え、通話を切る。いつの間にかディアナの周囲には、革モノ売り場の店員さんだけでなく複数の関係者さんが集まっていて、全員から地獄で仏に会ったような顔で凝視されていた。
「えっと……引き受けてくれるみたいです。事務所に連絡してから、私も会場へ行きたいのですが、案内をお願いできますか?」
周囲が一斉に湧く。いい大人が揃って「助かった!」「神はいた!」と口々に叫ぶ辺り、割と真面目に進退極まっていたようだ。
「――あぁ、案内ですね! もちろんですとも!」
「本当にありがとうございます! あなたはこのデパートの恩人、いや、女神様です!」
「何をお買い上げになられたので? ――眼鏡ケース? お代なんて要りませんよ、今すぐ返金を!」
「いやあのえっと、これは私の買い物じゃなく、彼のなので。後で彼に確かめて、彼が返金を望めば、そのときお願いします」
(め、めちゃくちゃ感謝されている……)
そしておそらく、これはソラへのプレゼントなので、カイが返金を望むことはない。
このままではキースへの連絡をしないまま会場へ連れて行かれそうだ。忘れる前にと、ディアナは再びスマホを操作し、カイのマネージャーの番号を呼び出した――。
***************
煌びやかで賑やかな時間はあっという間に過ぎて、空は綺麗な夕焼け色に染まっている。先ほどから、興奮した様子の親子連れがヒーローショーの感想を話しながら目の前を通る度、ディアナの心は温かさと……ほんの少しの苦しさに揺さぶられていた。
(正論、よね……分かってたけど、思ってたより堪えたから、実は分かってなかったのかも)
キースに連絡し(「なるほど。これからは、飛び込みの仕事があればディアナさんに説得してもらえば良いわけですね」と有能なマネージャーは達観した声で呟いていた)、デパートの人に案内してもらって、ヒーローショーの舞台袖まで通され。ショーの運営責任者らしき方々から改めて拝まんばかりに感謝されつつ、ディアナは特等席で、久しぶりに間近で観るカイの演技にのめり込んでいた。正面でない分、カイや他の役者さん、スタッフさんたちが、舞台の世界を最大限魅力的に演出するためどんな工夫を凝らしているのかが見え、それもまた興味深くて面白いなと思いつつ。
カイとディアナはショーが始まる前に普通に会話していたので、お客さんはともかく共演者やスタッフには、二人が知人であるということは筒抜けだったのだろう。それでも、分かるのはそこまで。ディアナがカイの〝何〟なのか、そこまではカイも説明せず、カイが何も言わない以上ディアナがしゃしゃり出て挨拶するのも変なので、あくまでも見学者として大人しくしていたのだが。
「――ねぇ、あなたって、カイさんの付き人か何か?」
第一部のショーが終わり、第二部『ヒーローに質問!』のコーナーが始まったところで、ディアナは藪から棒に声を掛けられた。インタビュアーに呼ばれて出て行ったカイ(予めいくつか仕込みはしてあるけれど、子どもからどんな質問が飛び出すか分からないため、アドリブに慣れているカイがまずは様子見の先陣を切ることになっていた)を見ていたディアナは一拍遅れてから、声がした方を見る。ピンクとホワイト、シーレンジャーの女子ヒーローを演じている二人が、出番はまだ先だからか顔を出した状態で、ディアナの前に立っていた。二人の顔に見覚えは無かったので、おそらくはクリスと同じ、アクションスタント俳優だろう。……動きを見る感じ、まだまだ駆け出しの。
何を尋ねられたのか判然としないまま、ディアナはひとまず首を横に振る。
「彼の仕事関係者かというご質問でしたら、いいえ、違います。必要に応じてお手伝いすることはありますが、基本はエルプロとは無関係の一民間人です」
「ふーん、そう。そうよね。マネージャーにしては若すぎるし。まだ学生でしょ?」
「……はい」
「カイさんとはどういう関係なの?」
「えぇと、知人というか……」
「単なる知人にしては、随分と親しそうじゃない?」
「……子どもの頃からお互いによく知っていますので、必然的に親しくはなりますかと」
「あぁそう。幼馴染ってヤツね」
「てことは、あなたも芸能界目指してるの?」
「……いえ」
彼女たちが何を言いたいのか分からず、けれど本能的に嫌な気配を感じながら、ディアナは敢えて背筋を伸ばして彼女たちを見返した。
「目立つのはあまり好きではありませんので。彼を含め、芸能界にいらっしゃる方々と親交はありますが、だから自分も目指そうとは考えておりません」
「そうなの? カイさんの幼馴染で、芸能界とのコネ持ってて、それでも目指さないんだ?」
「へぇ〜」
頷いた二人は、次の瞬間、ぞっとするほど冷たい目になって。
「なに、それ。あなたみたいな子が傍にいたんじゃ、カイさんの邪魔になるだけじゃない」
「カイさんの芸能活動に、あなた、何の貢献もできないし、する気もないんでしょ。それなのにズケズケ舞台裏まで入ってきて見学なんて、神経を疑う」
「カイさん、あなたが居るからって、終演後の打ち上げも断ったのよ。監督やプロデューサーとお近づきになれば、次の仕事だってもらえるかもしれないのに」
「あんな凄い才能の持ち主を〝幼馴染〟だからって振り回して行動を制約して、恥ずかしくないの? 幼馴染なら、カイさんが活躍の幅を広げるのを喜んで、応援するのが普通でしょ」
投げつけられる言葉が耳に、心に浸透する度、ひび割れていく〝何か〟を感じる。……彼女たちの言葉は、心の奥底でずっと、ディアナが自分自身へ向けていた〝真理〟だった。
(そう。私はカイに、何もしてあげられない。芸能界という厳しい世界で戦うあのひとの剣になることも、盾となることもできない。それどころか、無理を押して彼に週一の休日を取らせ、一緒の時間を確保させている。……私が居なければ、あのひとの前から消えれば、あのひとはもっと心置きなく大好きなお芝居に熱中できて、芸能界での人脈を築いて、俳優としてより大きく成長できるかもしれないのに)
ずっと、ずっと、――……ずっと。
心の奥の奥底では気付いて、けれど向き合えずに蓋をしていた現実。
(私は、カイの――足枷でしか、ない)
賑やかで華やかなはずの世界が、突如として彩を亡くす。よく響いていたはずのカイの声すら、どこか遠くに感じられて。カイが言葉を発する度盛り上がる客席が、モノトーンの静止画に見えた。
「ほら、見て。いきなり任された舞台で、あそこまで客席を湧かせることができる人、滅多にいないわ。彼はもっと、その才能を尊んで支えてくれる女性に任せるべきよ」
「残酷なようだけど、早いうちに分かっておいた方が良いわ。彼とあなたじゃ……住む世界が違うんだ、ってことに」
カイとの別離が近付いていることを察した胸は、身勝手にも鈍く痛む。気を抜くと泣き喚いてしまいそうで、けれどそんな無様な姿を見ず知らずの他人に晒すのは、ディアナのちっぽけなプライドが許さなかった。
「……そう、かも、しれませんね。ご忠告ありがとうございます。――あなた方も、いつか彼と肩を並べられる俳優となれたら良いですね」
ディアナの返しに、二人の顔色が青く、次いで赤くなる。……彼女たちがどれほど真理を突こうが、それによってディアナがどれだけ傷つこうが、言葉の裏に込められた悪意を察せないほど、残念ながらディアナは鈍くない。
無名の彼女たちにとって、同年代の圧倒的エースであるカイとの共演は、願ってもないチャンスのはずだ。この後の打ち上げで、可能な限り近付きたい――そう思っていたのに、狙っていた張本人は「連れがいるから打ち上げには行かない」と言う。その連れが彼並の有名人なら諦めもついただろうけれど、現れたのは芸能人ですらない、一般の小娘。イヤミの一つでも言わなければやってられない、軽く苛めて身を引かせ、彼が打ち上げに出るよう仕向けてくれれば儲けもの……そういう魂胆だったのだろうけれど。
(おあいにくさま。私がカイを譲るとしても、それは芸能界という彼を輝かせてくれる世界にであって、あなたたちじゃないわ。彼くらい有名になってから、出直してくることね)
善意には善意を、悪意には悪意を、真摯にお返しする。それがクレスター家のスタンスだ。総合警備会社なんてものを長年経営していると、味方以上に敵は多くなるし、守っていたはずの存在に裏切られることもある。人間の善意ばかりを信じていては社員を守れないし、逆に全てを疑っては味方まで失ってしまうだろう。職務は誠実に履行し、その中で善意に救われることあらば、その恩を忘れず必ず返せ。また、悪意に絡め取られそうになることあらば、写鏡として反撃せよ――そんな家訓のもと育った娘を、あまり舐めてもらっては困る。
「ピンクさん、ホワイトさん、そろそろ出番です。準備をお願いします」
赤くなったまま黙り込んだ二人を、若い女性スタッフが呼びに来た。はっと我に返った二人は、ディアナをキツく睨んでからヘッドスーツを被り、出番待ちのスペースへ去っていく。
静かになった舞台袖で、二人を呼んだスタッフが気遣わしげにちらちらこちらを見てくることに、ゆっくりと笑って。
「……すみません。お気遣い、ありがとうございます」
「い、いえ。……あの、大丈夫ですか?」
「はい。単なる八つ当たりだということは分かっていますので。……ただまぁ、偶然にも痛いところを突かれてしまったといいますか」
「あの二人は、何も分かっていないだけですよ。あなたが説得してくださったからこそ、和泉野カイさんなんて大物が舞台に立ってくださっているのに。……感謝こそすれ八つ当たりする道理なんて、どこにもありません」
女性スタッフの優しい言葉に、ようやく落ち着いて呼吸ができる。何度か息を吐いて、吸って、落ち着いてから、ディアナは彼女を見上げた。
「確かこの後は、テーマ曲に合わせたエンディングダンスを披露して、カーテンコールでしたね?」
「はい、そうです」
「じゃあ私、エンディングを見終えたら、一足先に会場を出ますので。彼女たちも、私がここに居座ったままでは、あまり良い気分はなさらないでしょうし」
「そんなこと……! 本当に、お気になさらないでください。スタッフ一同、あなたにはどれほど感謝しても足りないくらいなのです。カイさんがあなたの素性を詮索するのを厳しく戒められたので、監督とプロデューサーは後日ご自宅まで伺ってお礼申し上げるのを断念したくらいで」
「そのお気持ちだけで充分です。実際に舞台を盛り上げているのはカイなのですから、お礼はカイへ述べてくだされば。私はカイにお願いしただけで、特に何かしたわけではありませんので」
女性スタッフの目がまんまるになる。――もちろん、ディアナが知らないだけで、業界における『和泉野カイの飛び込み仕事嫌い』はあまりにも有名だった。デパートの店員たちはショービジネスの門外漢、あくまでも一般人なので、たまたま見かけたオフっぽい若手有名俳優にダメもとで声を掛けたわけだが、そこにショー側の関係者が一人でも居たら、血相を変えて止めたことだろう。
数年前の話だが、エルプロが何度も断っているのに無理やりカイの休日に仕事を入れたとある番組制作チームが、しばらくして空中分解のち解散、責任者は漏れなくクビか島流しの憂き目に遭い、他のスタッフもなんらかの不幸に見舞われたという〝事件〟があった。表向き、カイはそれらに全く関与していないが、間違いなく裏で糸を引いていたと確信されている。そのチームはブラックと名高い芸能界においてすら〝漆黒〟と呼ばれていた鬼門で、彼らが消えたことで快哉を叫んだ関係者は数知れず、故に事件の全容解明は積極的には行われず幕引きとなったが、そこまで計算していたのだとしたら和泉野カイは末恐ろしい役者だと方々で囁かれた。
そんなとんでもない俳優が、一流とはいえたかがデパートのヒーローショーに、オフを潰してほぼノーギャラでボランティア出演。はっきり言って、天地がひっくり返っても有り得ない珍事である。太陽が西から昇ったと言われる方が、まだ信憑性が高い。デパートの経営陣から「たまたま来店していた和泉野カイさんに出演オファーしてOKもらいました!」と連絡を受けたプロデューサーは、「すみません、誰にオファー出してOKもらったのか、もう一度教えてもらっても?」を三度繰り返した。そして、彼らが代役として見出したのがオフ中の和泉野カイだと理解すると、「俺らの命もここまでか……」と監督と抱き合ってシリアスに嘆いた。
やがて現れたカイに、監督とプロデューサーはお礼より先に平身低頭で詫びたわけだが、彼らの謝罪を受けた本人はどちらかといえば苦笑気味で。「普段なら確かに、こんな仕事絶対受けないんですけどね。俺が役者やってる理由の娘にお願いされちゃったから、しかも『楽しみにしてる』とまで言われちゃったから、全力で演らないわけにはいきません。――もう少ししたらその彼女も来ると思うので、舞台袖に席を用意してもらっても良いですか?」と返され、その瞬間、その場にいた全スタッフ(もちろんこの女性も含む)はまだ見ぬ女神に心の底から感謝し、〝和泉野カイに飛び込み仕事を受けるようお願いできる〟娘に、無条件にして至上の尊敬を抱いたのである。
そんな女神様に、芸歴一年未満のまだまだ役者とすら言えないような女たちが無礼を働いたのだから、たまたま声が漏れ聞こえてしまった女性スタッフの心情は察するに余りある。勘の良いこの女性スタッフは、はっきりとした言葉こそ無いものの、カイが少女を心底愛しんで大切にしている様を見て「なるほど、和泉野カイが休日を潰されることを嫌う原因はこの娘か」と察したし、もっと言えば彼が役者をやっているのも彼女を喜ばせるためで、とどのつまり和泉野カイは己の全てをこの少女に捧げていると物分かり良く理解したので、今、自分たちの芸能生命が危機に陥っていると正確な状況把握ができているのだ。少女との時間を一日潰した番組制作チームの末路を考えれば、直接的に少女を侮辱し、暴言を吐き、ここまで落ち込ませたピンクとホワイトはこの先芸能人として生きていけないだろうし、彼女たちを起用したショーの運営側も、連帯責任として地獄行きな可能性はとっても高い。
――と、いうわけで、割と真剣に彼女は焦り、どうにかディアナの機嫌を取ろうとしていたのだけれど、残念ながら別に怒っているわけでも不機嫌になっているわけでもなく、ただただ落ち込んでいるだけのディアナに、彼女の気持ちは伝わらなかった。先ほどは意地でイヤミを返したけれど、言われた内容そのものは的を射ていると思い込んでいるのだから、無理もないわけだが。
その後は宣言した通り、エンディングを見届けて、引き止めてくる女性スタッフにお礼を言い、アンコールの拍手鳴り止まぬ舞台を背にそっと会場を離れ、一階のエントランスまで降りてきたわけで――。
『終幕後の舞台袖に部外者がいると邪魔になるから、先に降りとくね。一階のエントランスで待ってる。この後、何か予定が入りそうならプレゼント持って先に帰るから、また連絡して』
用件だけ告げるLIN◯を送って、しばらく。半ば予想はしていたが、どれだけ待てども既読はつかないし、カイが降りてくる気配もない。……きっと今頃は、舞台で苦楽を共にした共演者やスタッフさんと盛り上がり、打ち上げに誘われているのだろう。
(もうちょっと……あと十分待って、既読つかなかったら、『忙しいみたいだから先に帰る』って連絡して、帰ろう。今日の目的は果たしたんだし、別に変じゃないよね。それで……今週中に、『もう私に気を遣って休日確保しなくて良いから』とも伝えなきゃ)
カイも高校を卒業して、いよいよ俳優業に本腰を入れる時期に差し掛かったのだ。……いい加減、幼馴染という心地良い立ち位置に胡座をかいて、彼の甘やかしを当たり前に受け取る間柄は、卒業しなければ。
これで良いのだ。ディアナはカイの最初のファンでもあるのだから、彼が心ゆくまま芝居の世界へ羽ばたけるよう、枷を外してその背を押せるのは、きっとファン冥利に尽きること。その邪魔をしようとする恋心など、意思の力でいくらでも〝ない〟ことにしてみせる。
――スマホを握りしめ、周囲の様子などまるで目に入らぬ様子で俯いているディアナは、本人まるで無自覚だが、実に分かり易く〝男にフラれて意気消沈している美少女〟だった。通常営業のディアナは自他ともに認める悪人面で、近寄り難い雰囲気を纏っているのだけれど、こうして無防備に落ち込んでいると却って気の強い美少女が見せた貴重な隙と受け取られる。
要するに。今のディアナは、〝押せば落とせる〟と思わせてしまう、実に危うい状態で。ましてやデパートの一階エントランス、待ち合わせ場所としてもよく利用されるゆえに人通りも多い。ナンパ師にとっては絶好のポイントであるそんな場所でしょんぼりしている娘など、まさに〝狙ってください〟と言わんばかりの獲物だ。
「かーのじょ」
ふと目の前に影が差し、ディアナは複数の男に囲まれた。普段のディアナなら即座に冷たい表情で壁を作るくらいの芸当はこなしただろうが、繰り返すが今のディアナは、おそらく人生でもトップスリーに入るレベルで落ち込んでいる。突然のナンパにも、咄嗟には反応できないほどに。
「さっきから見てたんだけどさぁ。もしかして、約束すっぽかされた?」
「ひっどいよねぇ。キレーに着飾って、それなのにドタキャンされるなんて」
「ね。このまま帰るのもつまんないだろうし、オレらとカラオケにでも行かね? もちろん奢るし」
「そーそー。約束破るような男のことは忘れて、楽しく遊ぼうぜ」
上滑りする軽薄な言葉。いつもなら右から左へ抜けるようなそれらが、今のディアナにはやたらと刺さる。
(そ……っか。カイから離れるってことは、この先、この気持ちを忘れて、他の人と恋をするかもしれない、ってことなんだ。カイじゃない人と恋をして、お付き合いして、もしかしたら結婚もして――)
そ、れは。そんな未来は――。
「……いや」
「――あ?」
「あのひとじゃなきゃ、嫌。たとえ彼が私のことなんてなんとも思ってなくても……気の許せる幼馴染としか思ってなくても、私は彼が好きだもの。彼以外の人なんて、考えられない」
「……あー、カノジョ、一途だねぇ」
「一途とか、そんな可愛らしいモノじゃないわ。たったひとりにここまで入れ込んで、執着してるなんて、客観的に見て大分危ないもの。……それでも、そう分かっていても、私にはあのひとだけなの」
ここに来てようやく自分の気持ちがはっきり固まるなど、大間抜けにもほどがある。けれど、結局はそういうことなのだ。
「あのひとがこの先、どんな人生を歩んでも。たとえ、私以外の人と恋に落ちて、結ばれても。きっと、この気持ちは消えないわ。私は、彼が私の傍にいてくれるから、甘やかしてくれるから好きなんじゃないもの。彼がどこにいたって、誰と何をしていたって、結局気付けば視線の先に彼を見つけているんだから。……たぶんもう、手遅れね。私は死ぬまで、あのひとしか想えない」
手を繋ぐのも、笑い合うのも、――特別な時間を共有するのも、全部全部、カイとが良い。叶わなくとも、カイが良いのだ。
「……あー、ハイハイ。じゃあもう、そいつのこと好きなままで良いからさ。とりあえず移動しようぜ」
優しく誘うのが面倒になったのか、男の一人がこちらへ腕を伸ばしてくる。自分を取り戻したディアナは反射的に立ち上がると、男のリーチ外までざざざと下がった。
「はっきり断ってなかったですね。そういうわけなので、あなた方とカラオケには行きません。というかそもそもあなた方、健全な方のカラオケに行くつもり、最初からないでしょう。オプションにはついてるかもしれないけど」
「なっ!」
「健全な方のカラオケにだって、複数の男の人と入る危機管理能力ゼロのJKは、イマドキ超希少種ですよ。ナンパの成功率上げたければ、もう少しやり方を考えては?」
「おっま……! さっきまでの殊勝な態度、どこ行った!」
「お陰さまで、モロモロ迷いは吹っ切れました。その点については御礼申し上げます」
カイと離れることになるのは寂しいし辛いけれど、恋心まで捨てることはない。カイがどんな俳優になろうと、テレビを通して応援し続け、ずっと好きで居続ける。それはきっと、ディアナの自由だ。
「――幼馴染を卒業して、広い世界へ羽ばたく彼を見送り、そうして距離が離れても。私の心はずっと彼にあり、生涯彼だけを想い続けます。私の恋も愛も、永遠にあのひとだけのもの。他の人なんて、お呼びじゃありません」
驚愕に目を見開いた男たちに、これできちんと断れたかな、と判断する。時計を見上げると、そろそろ十分が経とうとしていた。スマホを取り出し、通知を確認しようとした、ところで。
「……ざっけんな。馬鹿にしやがって!!」
ナンパ男の一人が瞬間湯沸かし器の如く爆発し、ディアナに殴りかかってきた。思わずディアナが身体を引いたことでできた空間に、モノトーンの影が割り込んでくる。
「ねぇ。今、誰を傷つけようとした?」
発された声は、史上最高に彼がキレているときのもの。辛うじて冷静さは失っていないようだが、それも放っておけば風前の灯火だ。
ディアナは思わず、ナンパ男の拳を止めて捻り上げ、ジタつかせている彼の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って! 暴力沙汰はマズいから!」
「聞けない」
「カイ!」
「よりにもよって俺の目の前でディーに手を上げた奴を、そのまま放置するなんて選択肢はない。――俺の大事な大事なディーを苦しめた報いは、きっちり受けてもらう」
声もだが、カイの目は完全に据わってしまっている。いつもは優しく煌めく紫紺の瞳が、今はまるで夕嵐のような激しさを帯びて。
どうしよう――と考えて、結局良い案は浮かばなくて、ディアナはカイを背中から抱き締めた。細いながらもしっかりと硬い胴体に、ぎゅっとしがみ付いて。
「大丈夫だから」
「ディー」
「あなたが助けてくれたから、私はかすり傷一つ負ってない。怖いことも、何もなかった。……だから、ね? こんな人前で暴力沙汰を起こして、お仕事できなくなるようなことはしないで」
「俺は仕事なんかより、ディーの方が一億倍大事なんだけど」
「それでも、私のせいであなたの仕事が無くなったら、私は自分を許せない」
ディアナの言葉に、カイはしばし沈黙して――。
「まったく。ディーはホント、分かってない」
ため息とともに、ナンパ男を解放した。軽く手を払ってから、カイはディアナの腕の中でくるりと回り、そのまま抱き締め返してくる。
「さっきも言ったけど、ディーのせいで俺の仕事がなくなるとか、ディーが俺の仕事の邪魔になるとか、そんなことはミリどころかナノもあり得ないから。むしろ逆。ディーが喜んでくれるから、どんな小さな仕事も見逃さず楽しんでくれるから、俺はこの仕事続けたいって、続けようって思ってる」
「え……」
「てか、この話はインタビュー受けるたびに公言してるし、ディーも分かってると思ってたんだけど。インタビューネタの鉄板でしょ、『どうして俳優になろうと思ったんですか?』って」
「それは……ソラさんが喜んでくれるからでしょ? いつもインタビューに答えてるじゃない、『一番大事な人が、俺の演技を喜んでくれるから』って」
「まぁ、父さんも含んではいるけど。俺の芝居を一番喜んで、いつだって誰より応援してくれるのは、客観的に見てもディーでしょ。俺の舞台とか、どんだけ観に来てるの、ってくらい来てるし」
「気付いてたの!?」
「俺がディーに気付かないわけない。――何より大事で、誰より好きで、人生賭けて愛してる女性のことは、大ホールの客席の一番奥にいたって、分かるよ」
突然、前触れなく飛び出してきた、予想もしていなかったいくつもの単語に、ディアナの思考回路は完全にショートした。返事をすることすら思いつかず、固まってカイの顔を見るしかないディアナに、カイの方は苦笑しきりだ。
「これだもんなぁ……言っとくけど、俺はディーへの気持ちを隠したことないし、結構あからさまに独占欲発揮してたよ? ディーは一般人で目立つの好きじゃないから、テレビ向けにはぼかしてたけど、それだって足りてなくてしょっちゅう怒られてたから。ジュークさんに何回、『お前はディアナ関連限定で演技がポンコツになるのを何とかしろ!』って言われたことか」
「え……しら、ない。なにそれ」
「そこがディーの奥ゆかしいところで、鈍さだよねぇ。普通、ここまで構われて、週一回必ず一緒に過ごす約束を取り付けられたら、『もしかしてこの人私に気がある?』くらいは思いそうなモノだけど」
「それは、だって……カイが忙しくて、私が寂しがってるから、気を遣ってくれてるのかな、って」
「だとしても、俺の性格上、どうでも良い子のためにここまで自分の時間使わないって」
「どうでもよい、とは、思ってなくても……やっぱり幼馴染だし、お互いイロイロ分かってるし、気安い相手なのかな、とか」
「……やっぱ、最後はそこに行き着くよねぇ。幼馴染って恋愛モノではベタな設定だけど、距離が近すぎるせいでのじれじれを演出しやすいからって制作側の都合は、間違いなくあるよね。今回、しみじみ実感した」
はあぁ、と息を吐き、カイはディアナをぎゅうと抱き込んで。
「これだけは宣言しとくけど、俺の仕事の邪魔になるからって理由でディーが俺から離れようとするなら、俺は躊躇いなく、芸能界の方を捨てるからね。俺はディーを喜ばせるために俳優やってるんであって、そのせいでディーを失うなんて、本末転倒甚だしい」
「そ、んな……だってカイ、お芝居好きなのに」
「芝居は、やろうと思えば趣味でいくらでも続けられる。別に絶対仕事にしなきゃいけないわけじゃないし、そうしたいって拘りもない。俺の身体能力的には、仕事にするならぶちゃけ俳優よりSPの方が向いてるって、前々から言われてるし。デュアリスさんとエドワードさんには、もしものときはクレ警で雇って、って話通してあるよ。ジュークさんとキースさんが可哀想だから、あんまり引退することばかり考えるな、って返されるけど」
「それは、私も同感」
「ディーは俺の芝居好きだもんね?」
「カイのお芝居も好きだし、お芝居してるカイを見るのも好き。……あんまり他人に悟らせないけど、本当はお芝居が心底大好きで、もっともっと上手くなりたいって向上心旺盛で、自分の演技に誇りを持って挑んでるカイが、好き。だから、辞めてほしくないし、思う存分向き合って欲しいって、そう、思ってる」
「……うん」
ディアナを抱き込んだまま、カイは柔らかく頷き、耳元に唇を寄せてきた。
「そうやって俺のことを分かってくれて、ずっと支えてくれてるディーが居るから、俺はどんな難しい現場も頑張ろう、って思える。いつだって、一番にディーを喜ばせるのは、楽しませるのは俺だって、モチベーションを上げられる。……思うようにいかなくて苦しいときも、休日にディーと過ごす時間が待っているから、乗り越えられる。俳優としての俺も、ただの男としての俺も、全部ディーが居てくれるから成り立ってるようなものだよ。だから、冗談でも誇張でもなく、俺の全部はディーのものなんだ」
「カイ……」
頬にそっと手を当てられ、自然に視線が合わさって。
「好きだよ、ディー。いつからなんて覚えてない。物心ついたときには、もう好きだった。ディーしか見えてなくて、ディーだけが特別だった。……大人になるにつれ、優しい綺麗な気持ちだけでは想えなくなったけど、それでも根っこは変わらない。ディーは、俺の何より大事な、世界でたったひとりの女だよ」
とても温かくて優しいのに、同時にこの上なく激しく熱い想いが、ディアナの中に注がれる。カイの瞳は夕暮れの星空にも、雨風吹き荒れる嵐雲のようにも見えて――けれど、そのどちらもこの上なく美しいと思ってしまうディアナは、たぶん随分前から手遅れだった。
頬に添えられた手に、そっと己のものを重ね――。
「私……これからも、カイの傍にいて、良い? 一緒にいて、良いの?」
「居てくれなきゃ困る。……俺のことを想うなら、離れないで」
「うん。……うん」
歪む視界を、一度ぎゅっと目を瞑ってリセットする。嬉しいのに、自然と笑みは浮かぶのに、どうして瞳は潤むのだろう。
「カイのことしか、想えないから。好きでいるのはカイじゃなきゃ嫌だって、やっと分かったから。同じ気持ちじゃなくても、私は一生カイを好きでいるって、そう決めたところだったから」
「……嬉しいけど、そういう控えめなことは言わないで。もっと欲張って、欲しがってよ」
「欲しがる……?」
「俺がディーを欲しがって、週一の休日を絶対譲らないみたいにさ。ディーももっと、俺のこと欲しがって。……それとも、これ以上は要らない?」
「これ以上、って……どうやって欲しがるの?」
「……そうだね。実践はいくらでもできるけど、これ以上は公衆の面前じゃマズいか」
ふと真面目な表情になって、カイが呟く。
公衆の面前……公衆の、面前?
「!!!!!!!!!!!!!!!」
現状を思い出し、頭の先から爪先まで、一瞬で血液が沸騰する。反射で飛び離れようとした動きは、当然ながらディアナを抱き込んでいるカイに阻止された。
「はーい、動画撮影中の良い子の皆さん。コレ、ドッキリでもゲリラ撮影でもなくて、俺の完全なプライベートだから。こういう場所選んじゃったのはこっちの落ち度だし、撮影した動画を消してとまでは言わないけど――まぁ本音言うと、こんな可愛い俺の彼女を赤の他人の端末に残しておきたくないから消して欲しいけど、それは置いといてネット上にアップするのは控えてね〜」
「ちょっ、カイ!!」
「なーに? どっか引っかかった?」
「〝赤の他人〟って言い方! ファンは大事にしなさいって、しょっちゅう言われてるでしょ!」
「いや、いくら公の場で芸能人がドラマ顔負けの恋愛劇展開してるとはいえ、無許可で撮影する人はそもそもファンじゃなくない? 百歩譲って俺は仕方ないにしても、ディーは完全な一般人だし、盗撮になるでしょ。……まぁ、はっきり顔が映るようなヘマはしてないと思うけど、何にせよ、迷惑行為を平然とする人をファンとは呼ばない」
「ホント、あなたってそういうところブレない……」
「一昔前はともかく、今は芸能人にも人権あるし、プライバシー尊重しようって時代だからね。エルプロはそういうところしっかりしてるし……後でキースさんに連絡入れて、ネット見張ってもらっとく」
「……私も兄さんに連絡して、ウチのサイバー班に待機しといてもらうわ。こういうのは初動が命だから」
ディアナはカイの評判を、カイはディアナの身辺をそれぞれ守るためだが、するべきことは結局同じだ。連携して取り組んでもらった方が、おそらく効率は良い。
カイとディアナの会話に何か思うところがあったのか、周囲を囲んでスマホを掲げていた人のほとんどが手を下ろし、何やら操作をしている。カイが笑顔で怒っていると感じ取ったようで、大人しく映像を消去することを選んだらしい。
そのまま散りかけた野次馬へ、「あ、そうだ」と思い出したように、カイがもう一度声を掛ける。
「無いと思うけど、この一幕を◯春とか新◯に売って小銭稼ぎしようとか、脅迫材料にしようとか、そういう良からぬことは考えない方が良いよ。俺が芸能界でイジられる程度なら流すけど――ディーに何かあったら、原因まで遡って、徹底的に潰すから」
「カイ……あなたの方が、あからさまに皆さんを脅してるじゃない」
「脅してないって。単なる事実の宣言だもん」
「……お願いだから、犯罪者にだけはならないでよ?」
「大丈夫だいじょーぶ。法に触れずに人間を社会的に抹殺する手段、実は意外と多いから」
「ぜんっぜん、大丈夫じゃない……」
軽い調子で話しているが、長い付き合いのディアナには、カイが純度百パーセントの本気だとよく分かる。この先カイ絡みのスキャンダルでディアナの周囲に何かあれば、この男は躊躇なく動いて関係者全員を破滅へと追い込むだろう。
心なしか周囲の温度ががくっと下がり、今度こそ野次馬たちは足早に散っていった。お願いだから自殺行為は止めてください、早まった真似はしないでと、心中で野次馬の皆さんへ願っておく。……願うだけじゃ無意味この上ないので、エドワードに仔細を報告し、ディアナの日常生活とマスメディア関連の警護をしばらく強化してもらおう。カイが察する前にディアナに迫る危険を未然に防げるのは、クレ警のエリートたち――シリウス率いる特殊部隊くらいだろうから。自分を守るためではなく、己に危害を加えようとする相手を守るためにSPを要請することになる日が来るなんて、ついぞ思わなかったけれど。
すっかり人が居なくなったのを確認して、カイはようやく腕を解く。……ディアナの顔を周囲から隠すための抱擁だということは分かっていたので、まだ熱い頬を冷ましつつ、ディアナはカイの手を握った。
「……ありがとう、カイ」
「どういたしまして。といっても、ほとんど自分のためだけどね。史上最強に可愛いディーを、他の野郎の目に入れたくないから」
「か……っわいくないでしょ、こんな真っ赤になってるだけの悪人面なんて」
「……ふーん? 俺の前で、そういうこと言っちゃう?」
カイの微笑みに、背筋を悪寒とは違う〝何か〟が張った。その感触の原因を確かめる前に、カイがディアナの手を繋ぎ直して横に立ち、歩き出す。
「帰ろっか。ディー、夕飯、良かったらウチで食べない?」
「何かあるの?」
「マグノムさんが作ってくれたおかずが、冷蔵庫の中にまだ沢山残ってるんだ。父さんが居ないから、あんまり減らなくて。少なめには作ってくれてるんだけど、俺も撮影が長引いたら翌日のこと考えて夕飯抜いたりするしで、結構余るんだよね」
「そんな。マグノム夫人のおかずを残すなんて、勿体無い」
「でしょ? だから、俺を助けると思って、一緒に晩ご飯食べて。遅くなるようなら、今日は泊まっていけば良いし」
「え、でも……あなた、明日仕事でしょ?」
「それがねー、聞いて。今日と明日、奇跡の二連休。一年以上なかったから、マジで奇跡だよね」
「それは良かった、けど。せっかくゆっくりできる連休に、お邪魔しちゃって大丈夫?」
「ゆっくりしたいから、ディーを誘ってるんだけど? 今日はお互いハードだったし、明日はウチでのんびりしようよ。……ディーと話したいこと、分かっといてもらいたいこと、一緒にしたいこと、俺はまだまだ沢山あるからさ」
話しながら、歩きながら、カイの手が実に巧みに動き、いわゆるカップル繋ぎ状態になる。仕事柄、ということもあるのだろうけれど、このひとはこういうところが、本当に器用だ。
明日は連休最終日の振替休日、ディアナも特に予定はない。……カイと二人きりで一緒に過ごすのは、いつもの休日と同じだけれど。互いの気持ちを伝え合った今、何かが変わったりするのだろうか。
(何かが変わるとしても……カイと一緒なら、どんなことも、きっと嬉しい)
「……うん、そうね。じゃあ、お邪魔します」
「はーい、いらっしゃい」
嬉しそうに、幸せそうに、カイは笑う。俳優、和泉野カイの笑顔ではなく、ほんの少し気の抜けたような〝カイ〟の笑みを間近で見られるのは、おそらくこの先、ディアナの特権となるのだろう。
それがくすぐったくも嬉しくて、素直に嬉しいと思えることがまた嬉しくて……ディアナはいつの間にか、繋がれた手をきゅっと、握り返していた。
爆ぜれば よいと 思うよ 。
割と頻繁にそう呟きながら書き進め、気付けば2万字を超え……1万字じゃ収まらないだろうなとは思ってたけど2万字でもまだゴールが見えないってどういうことだよとTwitterで愚痴りつつ書き進め、終わってみれば3万字超の問題作となりました。カイさん……コイツマジでヒロインから離しちゃいけない系ヒーローですね、週六逢えてないだけでヤンデレ化してるやん(ちなみに、本編ではディアナと過ごす日のみを休日カウントしてますが、エルプロさんはホワイトなプロダクションなので、平日にもう一日、ちゃんとお休みもらってます)。
本編で役どころの説明省いてお名前だけ出てきたシェイラとマグノム夫人ですが、シェイラはエルプロ所属の新人モデル、マグノム夫人はエルプロと契約している凄腕家政婦さんという体で書いております。
書こうと思えば続きのお家デートも書けるんでしょうけど、話の流れによっては五分五分くらいでR18突入するだろうし(何せカイがヤンデレだから)、何より外デートはここまでなので、一度ここで終わることにしました。
……ちなみにこのパロディ、続くとするなら恋人同士になったカイディーの前に石油王エクシーガが現れてディアナに惚れ込みプロポーズ、なんて展開をぼんやり考えてたんですが、本編と違ってこっちのカイさんはマジでヤバいので、そんなことをしようものなら真面目にエクシーガさんの命の危機ですね。
どう転ぶか分からないお家デート編、そしてエクシーガさんが大変な続編……読みたい方、いらっしゃいますか??




