[Parody]例えば、VRMMORPGな世界で
本編と同じく、三年以上更新が止まっていた番外編ですが、こんな感じでまた始まります。
本編のシリアスにお疲れの際は、どうぞ箸休めにでもなさってくださいませ。
!あてんしょんぷりーず!
現代パロディ通り越して、近未来パロディです。VR技術についてはふわふわゆるゆる設定!
作者がそもそもMMORPGに詳しくない人なので(それこそなろう小説で仕入れた知識くらいです)、「こんなの違う!」な点も多々発生するとは思いますが、広い心で見守ってやってください。
感想欄にてのツッコミは大歓迎。むしろ間違っていたら教えてくださいお願いします。
では、本編へどうぞ。
――その日。ディアナの手元に、一台のVRマシンが届けられた。
「これでゲームができるんですか……?」
「そうですよー。ネットワーク接続までは終わっていますので、後は遊びたいゲームを登録するだけです」
「えぇっと……この、『エル・グランナ物語~ありふれた異世界で最強へ~』ってところに行きたいんですけど」
「ああ、〈エルグラ〉ですね。プログラムがしっかりしている、良いゲームですよ」
「お兄さんもやってるんですか?」
「VRMMOやってる人間で、〈エルグラ〉通ったことがないヤツはいないんじゃないですかね」
VRマシンをしげしげと眺めるディアナを見れば、何の説明もなくても彼女が『初心者』だということが分かるのだろう。配達に来てくれたお店のお兄さんは、マシンをたったか操作して、ディアナに手渡してくれた。
「はい、〈エルグラ〉登録しておきましたよ」
「えっ、ありがとうございます! お願いしてたの、マシンのネットワーク接続までなのに……」
「いえいえ。無料ゲームの登録くらい、大した手間じゃありませんから」
「このゲーム、無料なんですか?」
「正式には課金制ですね。無料でも遊べるけど、課金すればもっといろいろできるようになる、ってやつです」
「なるほどー……」
「〈エルグラ〉は、初心者からコアユーザーまでいる、幅の広いゲームです。ただ、サービス開始してからもうかなり経っているので、今では『最強』を目指すゲームというより、ちょっとした異世界暮らしを体験してみたいユーザーたちの日常ゲーみたいになってるんですよね。運営もゲームの質が変わってきたと判断して魔物退治のチュートリアル省いちゃったんで、ログインしたら最初の説明しっかり聞いて、分からないところは質問して、迷子にならないようにしてください」
「はぁ……」
親切なお兄さんが親切に説明してくれていることは分かったけれど、肝心の内容がさっぱり分からない。見事なぽかん状態のディアナに、お兄さんは苦笑した。
「そう難しい話じゃありませんよ。お客様も、初めて買った電化製品やアンドロイドの取り扱い説明書は、きちんとお読みになるでしょう? VRゲームも同じように、開始前に説明があるんです」
「あ、なるほど。それを読む……じゃなくて、聞くんですね? VRだし、説明は当然AIがしているはずですから、こちらの質問にも答えてくれるってこと?」
「えぇ。最初のとっかかりを間違えると、どんなゲームも楽しめませんから」
電気屋のお兄さんにお礼を言いながら、内心でディアナは呟いた。
〈エルグラ〉に行くのは『人探し』のためで、最初の説明きちんと聞いても、楽しめるとは思えないんですけどね――、と。
――VR技術が確立され、運用されるようになって、はや数十年。『脳と電脳空間を接続する』というVR技術は、想像以上の利便性を人間にもたらした。顕著な例を一つ挙げるとするならば、翻訳プログラムを電脳空間に組み込めば通訳も必要なく、多国籍の人々がタイムラグなく話すことができる。
昔、この技術を『SF』として考え出した人々は予想だにしていなかっただろう。――VR技術を最初に導入して活用を始めたのは、政治の分野の人々。具体的には各国の首脳陣及び国連などだった。これまでの『電話会談』が『VR会談』に置き換わり、そう経たないうちにそれが主な会談方法になる。各国のトップがこれまで以上に密接に繋がることで、国際問題への対応が迅速かつ的確になったという点は、VR技術が世界にもたらした恩恵の一つとして教科書にも載っている。
黎明期は巨大な卵形カプセルだったVRマシンも、技術革新が奇跡的に重なったことで、驚くほどの速さでヘッドセット一つになる。値段はともかく、VRマシンさえあれば誰でも気軽に電脳空間へ行けるようになった。
この段階でVR技術に目を付けたのがゲーム業界だ。当初の卵形カプセルでは場所が足りなくても、ヘッドセットならばゲームセンターに余裕で置いておける。これまで画面の向こうにあった電脳世界に入り込み、よりリアルにゲームの世界で遊ぶことができるのだ。シューティングゲームや格闘ゲーム、レーシングゲームなどのVRプログラムが組まれ、それらは予想通り大ヒットした。ゲームとVRの無限の可能性を証明した『ゲームセンターVR革命』は、VRゲームの草分けであると同時にVRとMMOの相性の良さを無意識にしらしめもしたと、現代のサブカルチャー研究者は語る。
電脳世界でプレイヤーたちが繋がるMMOシステム、これまでは画面の向こうの話だったのが、VR技術によってよりリアルなものとして認識され始めたのだ。現実世界では遠く離れた場所にいる人とも、VRマシンを通じて電脳世界で会い、共にゲームを楽しむことができる。ゲーム開発者たちはいち早くその可能性に気付き、複数言語の翻訳プログラムを組み込んだゲームを発表するなどして、『VRで世界が繋がる』の最先端を走り続けた。
ハードの開発者たちもソフトの進化に応える。小型化したVRマシンをより安価に、ゲームセンターだけでなく一般家庭でも購入できるように、質を落とさずコストを落とすため、日夜マシンに向き合った。新技術の開発、量産できる伝導体の発明、元となるレアメタルの発見と、この先十年、あらゆる分野の賞はVR関連で埋まるとまで囁かれている。
――閑話休題、要するに。
「えっと、VRマシンはこっち向きで、こう被る……」
ハード開発者たちの奮闘によって、現在高校二年生のディアナでも、大人からのカンパがあれば手が届くまで、VRマシンは身近なものになったのである。
『一家に一台VRマシン』の時代が訪れたことで、いよいよVRゲームも個人向けへとシフトしていく。昔のSF小説に頻繁に描かれていた『VRMMORPG』が現実となるときがやって来たのだ。もともとゲームセンター用VRゲームでMMOのノウハウを積んでいたゲーム開発者たちにとって、VRMMORPGの舞台となる電脳世界のプログラミングは、それほど難解なことではなかった。家庭向けVRマシンの発表と同時にいくつかのVRMMOゲームも世に出され、それらは発売と同時に現代経済史に残る爆発的な売り上げを記録する。――それこそ、このときの売り上げを元手に新たなゲームを開発し、基本システムを無料配信課金制に切り替えても、一切赤字にならないほどに。
今からディアナが行こうとしている『エル・グランナ物語~ありふれた異世界で最強へ~』はこの、『家庭用VRMMO第二期』に制作されて今まで生き残っている、非常に息の長いゲームだ。電気屋のお兄さんの説明にあったように、当初はごく普通のVRMMORPGとしてスタートした〈エルグラ〉は、開始当初から時間が経ちすぎて、今や『異世界日常ゲーム』という新たなジャンルを開拓している。古いんだか新しいんだか、ここまで来るとよく分からない。
学校の技術の授業でVRマシン体験をしたことはあっても、本格的に長時間『潜る』のは今日が初めてのディアナは、念のためしっかり説明書を読み込んだ。
「『ログインする際、肉体は睡眠状態になりますので、必ず安全な場所で横になってから、マシンのスイッチを入れてください』か……」
頷きつつ、自宅のベッドに横になって。
「さーて。初VRMMORPG体験といきますか」
ぽちっとな。
スイッチを入れると同時に、見慣れた部屋の天井は遠くなった――。
* * *
空が、高い。
初心者向けの説明、設定を終え、通称『始まりの町』、〈グラン〉へ降りたディアナがまず思ったのはそれだった。どうしてだろうかと考えて、この町の建物が、普段見慣れているものより随分と低いからだと気付く。
(まぁ、そうよね。剣と魔法のファンタジー世界に高層ビルがあっちゃ、雰囲気台無しだもの)
〈グラン〉の石造りの街並みは、心なしか内陸にある歴史地区を彷彿とさせる。あそこは景観保護がされているので、新しい建物がほとんどないのだ。
通行の邪魔にならないよう、人通りから外れた場所にある建物の軒下で周囲を眺めているディアナは、本人気付いていないけれど完璧な『おのぼりさん』で。初見プレイヤーが最初に降りる『始まりの町』には当然、そういったプレイヤーをカモにしたい、違反ラインギリギリのあくどい奴らも湧いている。
現実世界では、初対面の人に十中八九『何か悪いこと企んでる!?』と誤解を与えるディアナの顔も、電脳世界では意味がない。この世界における『身体』は『アバター』と呼ばれ、基本的に自由にカスタマイズできるのだ。極端な話、性別すら変えられる。ディアナはVRに詳しくないので、特に捻ることもなく現実の自分そのままで設定したが、アバターの顔が多少怖いくらいでは、迷惑プレイヤーの枷にはならない。むしろ、ちょっと気の弱い女の子が自衛のためにキツメの顔立ちにしたのかと邪推されてしまう。
最初は遠くからディアナを見ていた奴らが、徐々に近付いてくる。VRMMO初心者のディアナには、相手の不穏な空気は分かっても、これがイベントなのか回避すべき危機なのかも分からない。どうするべきか、と密かに思案したところで。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって!」
真横から、可憐な声が掛けられた。きょとんと振り向くと、淡いストレートの金髪に、綺麗な空色の瞳をした女の子が、頬を赤らめて立っている。
「待たせた」も何も、ディアナはここに一人でやって来て、誰とも待ち合わせなんてしていない。通常ならば「人違いでは?」と返すべきだが、少女の瞳にディアナを案じる色が見えて、勘の良いディアナは(もしかして)と思い当たった。
「ううん、さっき来たばかりだから。VRゲームは初めてなんだけど、すごいわね。本物みたいだわ」
「〈エルグラ〉は本物より本物らしいって有名なの。……こっちから誘ったのに、遅刻しちゃってごめんね」
「私が待ちきれなくて早く来ただけよ。時間はぴったり」
「そう? なら良かった」
にこにこ笑って会話する二人を見て、カモにしたかった『初心者』には『経験者』のガードがあると判断したのだろう。不穏な空気を醸し出していたプレイヤーたちが離れ、人混みに消えていく。
彼らが完全に視界から去ったのを確認して、ディアナは初対面の女の子に改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ。見たところ初心者の方がお一人だったので……余計なお節介かとも思ったのですが」
「とんでもない。本当に初心者なもので、彼らを回避すべきかどうかすら、判断がつかなかったんです」
「まぁ。随分と慣れていらっしゃるようにお見受けしましたが……」
「それはあなたが、分かり易く助けに入ってくださったからですよ」
朗らかに、ディアナは笑った。
「私、VRMMOゲームは、正真正銘今日が初めてで。予想以上にしっかりした世界で、圧倒されてました」
「そんな感じでしたね」
頷いて、少女も笑う。
「ですが、初心者の方が一人で〈エルグラ〉をなさるのは大変ですよ。チュートリアルもありませんから、まず何をしたいのかから考えないとなりませんし」
「さっきの解説AIも、そんなこと言ってましたね。どんな風にゲームを楽しみたいのか、そこから選べるマルチゲームだ、って」
「始まりはRPGだったんですけどね……」
「お姉さん、私と変わらないくらいの年齢に見えますけど、〈エルグラ〉歴長いんですか?」
「アバターの見た目を信用しちゃダメですよ。私は現実からほとんど容姿いじってませんけど、アバターと現実を徹底的に乖離させるプレイヤーもたくさん居ますから。……私の場合は、私を〈エルグラ〉に誘った人がコアユーザーで、その人からいろいろ教えてもらったんです」
「あー、やっぱりそういう人がいないと難しいですか?」
「それも、何をしたいかによりますね。普通に冒険したいなら、経験者と組んだ方が楽しめると思いますし」
すらすら答えてくれる少女は、コアユーザーと組んでいるだけあって、このゲームに詳しそうだ。
ふむ、とディアナは考えた。
(このゲームで何をしたいか……答えは一つ、なんだけど)
そもそもVRゲームにまったく興味がなかったディアナが、やむにやまれず『潜る』ことになった原因を思い出し、心なしか頭痛がしてくる。……VRゲームは痛覚が遮断されるので、気のせいだということは分かっているが。
そういえば、と思い出し、ディアナは親切な少女に視線を向けた。
「お姉さん……えっと、お名前を伺ってもよろしいですか? 私は『ディー』です」
「もちろん。『シェリー』と申します」
基本的にゲーム内で名乗る名は設定時に決めたプレイヤーネームだ。ディアナはVRMMO初心者だけど、この程度のことは現代社会に生きる若者の常識である。
お姉さん改めシェリーに、ディアナは思い切って尋ねてみる。
「シェリーさんのお友だちは、コアユーザーの方なのですよね? ということは、このゲームやプレイヤーに詳しくていらっしゃいます?」
「それなりに詳しい部類には入ると思いますが……?」
「……私、ここにはある人を探しに来たんです。探し人もかなりのヘビーユーザーなので、もしかしたらコアユーザーの方なら、居場所をご存知ではないかと思いまして」
「まぁ、どなたを?」
「兄です」
隠す必要もないので、きっぱりと答える。ディアナはため息と共に吐き出した。
「随分前から、VRゲームにハマり込んでいるんですけど。家庭用VRマシンが出てすぐに買って、やり込んで。それは本人の自由だから構わないんですが、兄は一つの物事に熱中すると時間を忘れる悪い癖がありまして」
「あら、それは……」
「家で普通にゲームしてるだけなら、マシンの外側から呼び掛ければ済みますが、兄は現実でも行動範囲が広いんです。大学でもVR技術を研究している関係で、普通にマシン持ち歩いて、外でゲームして。家に帰るの忘れて夕食すっぽかして、お母様……母がこっそり落ち込んで、父の機嫌が悪くなる。最近そんなのばっかりなんですよね」
シェリーは困ったように笑った。
「なかなかに大変なお兄さんですね」
「はい。現実で兄の行きそうな場所を探し回るのも、いい加減疲れてきたので。こうなったらゲームの世界から兄を見つけて、すぐに呼べるようにしようかと。確か、フレンド登録っていうのをすれば、相手にゲーム内でメッセージを送れるようになるんですよね?」
「ですがそのためには、まずゲーム内でお兄さんに会わなければなりませんよ。フレンド登録するためには、直接会ってお互いに登録情報を交換する必要がありますから」
「そうなんですよねー……私は今日〈エルグラ〉始めたばかりの超初心者、兄はおそらく初期の頃からやり込んでいるヘビーユーザー、行動範囲は間違いなく被りません」
「お兄さんのゲーム内での情報などは?」
「私がVRゲームに興味ないのを知ってるから、兄も私にその手の話は振らないんです。基本的に潜っているのは〈エルグラ〉だっていうのを教えてくれたくらいで」
前途は多難である。ディアナはため息を押し殺した。あんまりつくと幸せが逃げる。
「いちおう、最初にもらえるプレイヤー固有スキルは『検索』を選んだんですけどね。どれだけ役に立つか……」
「ますますお一人では厳しいスキルですね……」
「そうなんですか?」
「街中ならともかく、フィールド外に出れば、普通にモンスターがうようよしていますから。『検索』をかければどこにモンスターがいるかは分かりますけど、モンスターだって動きますから、避けるにも限度があります。『検索』頼みでヘビーユーザーが好むフィールドまでお一人で赴かれるのは、かなりの無理ゲーかと」
……それは知らなかった。人探しが目的だし、と安易にスキルを選んだが、それがそもそもの間違いだったか。
どうしよう――と内心途方に暮れたところで。
「シェリー? こんなところで何してるんだ」
「ジェイ、あなたもこの町に来てたの?」
「〈グラン〉の武器屋がセールだと、掲示板に上がっていたからな」
「あぁ、だから今日は人が多いのね。さっきも変な人たちがいたのよ」
見事な銀髪の男性とシェリーが、親しげに言葉を交わす。整った顔立ちの男性は冷たそうにも見えるけれど、シェリーを見る目は愛情に溢れていた。ただの顔見知り以上の関係だと、すぐにぴんと来る。
ひとしきり言葉を交わしたところで、男性――ジェイの視線がディアナを捉えた。
「ところで、そちらは?」
「本日〈エルグラ〉デビューのディーさんよ。そうだジェイ、ちょっとディーの相談に乗ってあげて」
「俺が相談に乗れる話なのか?」
首を傾げつつ近付いてくるジェイに、ディアナはぺこりと頭を下げた。
「お忙しそうなところ、恐れ入ります」
「気にするな。用事はもう済んだ。……今日がデビューなのか?」
「はい。……ちょっと人探しに」
「は?」
訝しげな顔になったジェイに、ディアナはシェリーにした説明を繰り返した。いくつかジェイの方からも質問を受け、そうして話を進めていくにつれ、ジェイの表情が渋くなっていく。……どうやら、心当たりがありそうな雰囲気だ。
「えーと……というわけで、兄を捜してフレンド登録するのが目的なのですが」
「〈エルグラ〉のプレイ目的としては、極めつけに変わっているな」
「自分でもそう思います」
「ジェイ、何か分かることはない?」
「……今の話を聞く限り、該当するユーザーは一人だけだ」
まるでついさっきまでのディアナが乗り移ったかのように、ジェイが深々とため息をついた。
「副題からも分かるように、このゲームはモンスターを倒してプレイヤーレベルを上げ、『最強』になるのが当初の主な趣旨だ。世の中には暇人も多いからな、睡眠時間以外の全てをゲームにつぎ込めば、レベルアップそのものは難しくない。そんな『廃ゲーマー』が、〈エルグラ〉にはごろごろいる。何しろこのゲーム、レベル上限がないからな。極めようと思えばいくらでも極められるんだ」
「それは健康的な意味合いであまりよろしくないような……」
「よろしくないが、俺が言いたいのはこの次だ」
ジェイは渋い顔を崩さない。じっくりディアナを見て、頷いた。
「普通なら、生活時間の全てをつぎ込んでいる廃人たちが『最強』争いをするんだろうが。この〈エルグラ〉だけは、それが成り立たない。――プレイ時間はそう長くないのに、天才的な技術を発揮して高ランクのモンスターをばったばったと薙ぎ倒し、現在に至るまで『頂点』を譲らない男がいる」
「えっと……?」
ものすごく、全力で、嫌な予感がする。恐る恐るジェイにお伺いの視線を向ければ、彼は苦く重く、頷いた。
「そのプレイヤーの名前は――『エド』」
ディアナはちょっと、世を儚みたくなった。嫌な予感は当たるのが常とはいえ、たまには外れてくれて構わないのに。
兄の名前は、エドワード。ディアナと同じように、愛称をそのままプレイヤーネームにしたと考えるのが妥当だろう。
遠い目になったディアナにジェイが憐れみの視線を向け、シェリーがきょとんと尋ねる。
「有名な人なの?」
「一部には、だ。今となっては、このゲームでまともに『最強』を目指しているのなんて限られてくるからな。そいつらの間では半分ネタみたいに語り継がれている」
「ネタ?」
「この世界はRPGだが、よくある『魔王』というゴールは存在しない。たまに運営がSSランクのモンスターを出現させることはあるけどな。そういったSSが出たときはプレイヤー同士でパーティ組んで立ち向かうのがセオリーなのに、『エド』はSSすら一人で瞬殺する。その数々の逸話からネタとして、『エド』こそ〈エルグラ〉世界の『魔王』だ――って言われてるんだ」
「何してるのお兄様……」
ついにディアナは顔を覆って俯いた。身内がゲーム世界で『魔王』呼ばわりされているなんて、穴があったら埋まりたいレベルで恥ずかしい。
シェリーの気の毒そうな声が聞こえてくる。
「そこまですごい方なら、現実世界で待ち合わせ場所を決めて、こっちで会うのは無理そうね……」
「ある程度のコアユーザーなら、エドの噂と外見くらいは知っているだろうからな。エドは基本的に一匹狼だし、誰かと待ち合わせしている場所なんて見られたらそれだけでスレが立つ。下手をするとディーが晒し者になるぞ」
「ディー、そのアバターは現実準拠ですか?」
「えぇと……『変更しますか?』って項目は『いいえ』で飛ばしました」
「――うん、待ち合わせるのは止めた方が良いな」
ジェイの断言にシェリーも頷き、ディアナは『兄探索』が想像以上の大仕事だということを実感した。待ち合わせもろくにできない『魔王』に兄が成り果てているなんて、誰が予想できただろうか。
普通に現実でエドワードの居そうな場所を見て回った方が早い気がしてきたが、それではVRマシンが無駄になる。兄が夕食をすっぽかす度に落ち込む母を救うため、父がこっそりお金を出してくれたマシンだ。埃を被らせるのは忍びない。
ディアナは決意し、顔を上げた。
「兄に会うためには、兄がいる場所まで私が行かなきゃならないんですね」
「そのためには、ディーが強くならないと。『魔王』がいる場所まで、『検索』一つで辿り着くのは不可能です」
「しかし、一人では強くなるにも限界があるだろう。――シェリー」
「えぇ、そうねジェイ。乗りかかった船だわ」
「あの……?」
何故か力強く頷き合った二人に首を傾げれば、金銀の二人は笑顔でディアナに向き直った。
「自己紹介がまだだったな。俺はジェイ。魔法剣士をしている」
「私は彼とタッグを組んで、祈祷士をしています。回復と補助魔法担当なの」
「噂に名高い『魔王』に、俺も会ってみたい。――ディー、もし良かったら、俺たちとパーティを組まないか?」
驚きのあまり、言葉を返すのを忘れた。道のりの困難さを実感したところに差し伸べられた救いの手。こんな都合の良いことがあっても良いのだろうか。目の前の二人の言葉に含みはなく、単純に『一緒に遊びたい』だけに見える。
(そっか。これってVRMMOゲーム。何も一人で頑張る必要ないんだ)
ディアナはおずおず、二人に視線を返す。
「完全に私の事情に巻き込む形ですが、よろしいのですか……?」
「気にするな。『魔王』探しなんて、滅多にできない冒険だ」
「正統派のRPGに原点回帰するようなものです。むしろ〈エルグラ〉でこんなお約束踏めるなんて、なかなかないもの。私たちからお願いしてるんですから、ディーは私たちと冒険したいかどうか、それだけで判断してくだされば」
「判断基準がその一点だけなら、お断りする理由はありません」
「なら、決まりだな」
笑うジェイとシェリーに、ディアナはぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「さっそくフレンド、パーティ登録するか!」
その日。魔王なんて存在しないはずの〈エルグラ〉にて、『魔王探し』が目的の、異色のパーティが結成された。その本当の理由を知る者は、当事者三人と――。
(『魔王』の妹が、夕食すっぽかす『魔王』探しかぁ。なんか面白いことになりそうだなー)
――固有スキル『隠密』を使って屋根に乗っかっている最中、偶然下の会話が耳に入り、結局最初から最後まで全部聞いてしまった、ちょっと特殊なプレイヤーだけだった。
かなり以前に頂いていたリクエスト、「悪役令嬢後宮物語キャラでVRMMORPG話」をひたすら寝かせていたものとなっております。どうして寝かせていたかは、今となっては定かではなく……たぶんどこかの書籍発売記念祭のときに書いたは良いけど、お祭り期間中に上げられなくてそのままタイミング見失ってた感じですかね。
改めて読み返すと、相変わらずテンプレからズレにズレてるなと……たぶん世のVRMMORPG小説はこんなのじゃないはずだ。そもそもコレRPGじゃなくね?
先にも述べました通り、涼風はVRにもMMORPGにも全くもって詳しくないので、「設定ガバガバ過ぎるよ〜」みたいな部分がありましたら、感想欄にてご指摘頂ければ有難いです。
……ところでコレ、続きいりますか??




