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[Parody]例えば、こんな婚約破棄

一つ前のどっかの婚約者どもに、私のライフはゼロにされました。

そんなわけで、今話は回復につとめます。


和様リクエスト。

婚約繋がりですが、さてさて……?


 あてんしょーん!


 このお話は、「悪役後宮キャラで婚約破棄」というお題のもと展開される、完全なるパロディです。国名やキャラクターの名前とか性格等もろもろ被ってますが、本編の設定や展開は一切関係ございません。

 誰と誰の婚約が破棄されて最終的にどうなるのかなんて、まだ書いてないので作者にも分かんないよ! 今更ですが涼風は、基本プロットを立てずにその場のノリで突っ走る、完全なるライブ型物書きです。

 本編のカップリングや、『婚約破棄には甘々、ざまぁがつきものだ!』などのこだわりをお持ちの方は注意。作者は婚約破棄モノに詳しくないので、ズレる可能性が大、というか確実にズレます。

 それでも良いよ、ライブ感楽しもうぜ! な皆々様。いつもありがとうございます。


 ではでは、本文へどうぞ。











 その日。クレスター領伯爵家邸宅に、一通の書簡が届けられた。


「ディアナ。王宮から速達だ」

「わたくし宛ですか? ……確実に殿下絡みですね」


 父に呼ばれ、王宮からの速達とやらを受け取った少女の名はディアナ。現クレスター伯爵の長女で、生まれると同時にこの国の王太子の婚約者となった、なかなかに数奇な運命の持ち主である。

 保護者であると同時に現当主でもある父なら、いくら娘宛の書簡であっても中をあらためることはできるのに、そうはせずに律儀に渡してくれる父デュアリスに礼を言って、ディアナは封を切った。

 中を読んで――ディアナの切れ長の目が、大きく見開かれる。


「どうした、ディアナ」

「悪い知らせなの?」


 父に呼ばれた居間には、家族全員が揃っていた。ソファに座ったまま、こちらを心配そうに窺っているのは、兄エドワードと母エリザベス。顔のパーツだけならそっくりな二人は、けれどとある理由からまったく似ているとは思われない。

 手紙を持ったディアナの手が、しばしの時間をおいて、わなわなと震え出す。……見守る家族は、そっと顔を見合わせた。


「……殿下が」


 やがてぽつりと落ちた声は、いつもより少し低くて。ディアナが必死に気を落ち着かせようとしている様が感じられる。下手な横槍は入れず、家族三人は末娘の次の言葉を待った。

 一つ、大きく深呼吸して。ディアナは『速達』の趣旨を告げる。


「殿下が。心から愛する女性ができたので、わたくしとの婚約を破棄すると――!」


 一拍の、間を置いて。

 ――普段は静かな伯爵家邸宅が、複数人の叫びに覆われた。




 ところで、王家の『嫁』に選ばれるくらいであるから、このエルグランド王国におけるクレスター伯爵家はそれなりの高位貴族である。の割に歴代当主が王宮とあまり関わらないのは、何故か代々の顔が悪すぎて、普通のことを言っているだけなのに明後日解釈が頻発し、それをいちいち訂正するだけで日が暮れるという笑えない事情によるものだが。

 顔が悪いだけで実際に悪いことをしているわけでもなく、真面目に数百年王家に仕えていれば、飛び交う噂はともかく『旧家』として尊重されるのは、まぁ自然の道理だろう。十七年前、ディアナが生まれると同時に未来の『王妃』に選ばれたときも、いくつかの反対意見はあれども強硬な反発はなかった。神懸かった領地運営によって地方から王国に貢献しているクレスター家は、伯爵位であろうとも王国貴族たちから認められるに足る存在なのだ。ディアナが王妃となることは、王家が地方貴族のことも尊重していると示す意味でも効果的だった。

 ――要するに。そういった利点(メリット)全部蹴飛ばして、「愛する女性ができたから」なんて私情一つで、実際に顔を合わせて頭を下げるでもなく、紙切れ一つで『婚約破棄』を宣言した王太子の立場は、まずいなんてモノじゃ済まない。


「殿下! 今日こそはあの通達を撤回して頂きますぞ!」

「えぇい、五月蠅い! 婚姻は、王家といえども『私』の領域だ。そなたらに指図される筋合いはないだろう!」

「クレスター家が、ディアナ様が、王国にとってどれほど得難い存在か、殿下はご存知でいらっしゃらないのですか!」

「そのような計算で生涯を共にする女性を決めるなど、」

「――ジューク殿下!」


 叫ぶ貴族の顔色は悪い。――当然だろう。ディアナに何かしらの落ち度があったならともかく、今回の件は完全なる王太子個人の事情による独断だ。ディアナは何一つ悪くないのに、基本的に男性優位の貴族社会において『婚約破棄』は、「この女は結婚するには相応しくない」と男に判断されたと見なされる、女性にとって最大の醜聞(スキャンダル)になってしまう。現クレスター伯が娘を愛情深く育てているのは周知の事実で、掌中の玉の如く慈しんできた娘が王家によってそんな苦境に立たされたとなれば、怒らない方がおかしい。

 そして、中央から見放された土地を代々の手腕によって見事に立て直し、各地の領民たちから神のように崇められている『クレスター伯爵家』が、万一王家に反旗を翻せば。割と真面目に、王家に勝ち目はない。王国の年間予算を賄っている四割がクレスター領からの税収だと、まさか王太子が知らないわけでもあるまいに。

 王国の金庫番、財務省の高官である彼にすれば、クレスター家をガチで怒らせて「王家に渡す分の税? 知るか」なんて恐ろしい事態になることだけは、是が非でも避けなければならないのである。


「殿下が『真実の愛』とやらを見つけられた、それは大変結構なことにございます。しかしその愛が、罪なき一人の女性を苦しめられることを、殿下はきちんとお考えになったのですか」

「な、なんだと?」

「生まれたときより未来の王妃と定められ、王妃となるべくして育てられた方を。殿下は己の心を優先させ、切り捨ててしまわれた。切り捨てられた方が……ディアナ様とそのご家族が、此度の件をどのように受け止められたか。落ち度のない自分たちへのこの仕打ちを、王家による侮辱と捉えられたのではありませんか」


 王太子――ジュークの目が、大きく見開かれた。今の今まで、考えてすらいなかったという表情だ。

 唖然となったままに、彼は叫ぶ。


「そんなはずはない!」

「何故、そう言い切れるのです!」

「そもそも、ディアナとの間に愛情などなかったのだ!」

「王家の婚姻は、必ずしも愛情が優先されるものではございません。互いの感情はどうあれ、婚約者と定められていた以上、ディアナ様はいずれ王家に嫁がれるおつもりでいらしたはず。それを一方的に破棄されては、殿下の内実はどうあれ、侮辱と捉えられてもおかしくはございません。――現に王宮では、ディアナ様への同情より、侮蔑と嘲笑の声の方が大きいのです」


 今度はジュークの顎ががこんと落ちる。まさに文字通り、愕然の見本のような顔だ。


「何故ディアナが笑われるのだ。ディアナは何もしていないだろう。今回の……婚約破棄は、私の事情から彼女に申し出たものだ」

「だからです」


 言葉を選ぶのも面倒になって、財務省の高官は投げやりに言った。


「王家に望まれて婚約者となり、未来の王妃として育てられたのに、殿下のお心を掴むことができずにその全てが水泡に帰したと。所詮『ディアナ・クレスター』はその程度の女だったのだと、皆が噂しておりますよ」

「ち、違う! それは大きな誤解だ!」

「――真実がどうあろうと、社交界でそう噂になってしまった以上、もう手遅れです。王家に『捨てられた』ディアナ様に、今後まともな縁談を申し込む者もいないでしょう。何しろディアナ様は、殿下に『真実の愛』を向けて頂けなかった女性なのですから」


 言葉をなくして立ち尽くす王太子に、高官は冷たく言い放つ。


「本当に残念ですよ、殿下。どれほど顔が悪人風情でも、ディアナ様は心優しく、民への思いやりに満ちた、まさに王妃としてこの上ない女性でいらっしゃいましたのに。そんなあの方を心ない言動で踏みにじり、その評判を地に堕としてまで、殿下の『真実の愛』は貫かれるべきものだったのですか」

「し、しかし。これは……」

「この先王国の財政がどれほど厳しくなろうとも、そこは自業自得と割り切ってくださいませ。――失礼いたします」


 立ち去ろうとした高官は、ふと思い出して申し訳程度に振り返った。


「ところで、殿下。これほどまでに大騒ぎになっている中で、殿下が見つけられた『真実の愛』でいらっしゃるところのご令嬢は、どこで何をしておいでなのですか。仮にも『未来の王妃』の立場を引き受けられたのなら、殿下を魅了したその才覚で、是非とも王宮の騒ぎを鎮めて頂きたいものですが」

「そのようなことは、」

「させられませんか? ――ディアナ様ならばきっと、殿下に頼まれるより前に、事態の収拾に動かれることでしょうけれど」


 氷点下の声音で断言し、高官は今度こそ、王太子を放置で去っていった。

 残されたジュークは、誰もいない廊下の真ん中で一人、ぽつりと呟く。


「そんなつもりではなかった。まさかこの『婚約破棄』が、これほどディアナを貶めることになるなんて――」





 王国の財政を憂う真面目な官吏から、ジュークがお説教されていた頃。その王宮を臨む王都では。


「聞いたかい? 王太子さまの婚約者だったお嬢様、捨てられたらしいよ」

「あぁ、殿下が『本当に好きな相手と結婚したい』って言い出したんだろ?」

「可哀想にねぇ。生まれたときから王子様の婚約者で、きっと将来は王妃様だと言い聞かされて育ったんだろうに。それを突然なかったことにされて」

「けど、婚約破棄されたってことは、そのお嬢様にも何か問題があったんじゃ……」

「あんた、滅多なこと言うもんじゃないよ! ここだけの話、ウチの姪っ子が嫁いだ土地のご領主様が、そのお嬢様のお父上でね。姪っ子の出産の手伝いに行ったとき、アタシそのお嬢様に会ったことがあるんだ」

「えぇっ!?」

「そりゃもう、お綺麗なお嬢様でね。なのに気取ったところもなくて、最初は近所のお嬢ちゃんだと思ったくらいだよ。服装も普通のスカートにエプロンだったしね」

「なんで、お貴族様がそんな格好で……」

「何でも視察のとき、変に緊張されないためだってさ。そのときも視察においでで、たまたま姪っ子が産気づいたから、猫の手よりはマシだと思って手伝いを申し出られたそうだ。けどさすがに村の人たちは自分の素性を知ってるから、なかなか用事を言いつけてくれなくて、おかみさんがこき使ってくれて助かりました、なんて言われたんだよ!」

「どこの天使の話だい、そりゃあ!」

「姪っ子が無事に赤ん坊を産んで落ち着いた後に、あの働き者のお嬢ちゃんが『未来の王妃様』だって知ったときの、アタシの気持ちが分かるだろう!?」

「腰抜かすね!」

「抜かしたよ! ……けど、嬉しかったねぇ。あんなに良い子が王妃様になってくれたら、この国はもっと良くなると思ったからさ」

「あぁ。そうだよね……」

「王太子殿下も見る目がないよ。あんなに気立てが良くて働き者で、自然に人を気遣えるような子、滅多にいないのに」


 穏やかな午後、とある商店の前で交わされるやり取りを、向かいの甘味屋の外に置かれたカフェスペースから聞くカップルが一組。片方はカップ片手に全力で笑いをかみ殺し、もう片方は頭を抱えて机の上に突っ伏している。髪の隙間から見える耳は、真っ赤だ。

 向かいの井戸端会議が一段落したところで、笑いをかみ殺していた男の方が、ついに耐えきれなくなったらしい。くつくつ笑いながら口を開く。


「……何してるの、ディー」

「いや、だって。のんびりヤギと戯れてるときに、裏の家から『産まれるぞ、湯を沸かせ!』『産婆は!』とか聞こえてきたら、反射的に『手伝わなきゃ!』ってなるでしょ!?」

「流れは分かるよ。けどそれ、視察に来てた領主の娘としてはおかしいよね?」

「そうみたいね。『手伝えることありますか?』って裏の家に行ったら、集まってた人たちから一斉に『何でいるの?』的視線向けられたもの。……そりゃ私、貴族の家に産まれた役立たずのお嬢様かもしれないけど、それでも雑用くらいはできるのに」

「ディーを『役立たず』呼ばわりできる輩は、なかなかいないんじゃないかな。あのおかみさんもべた褒めしてたし?」

「ああぁ、王都の人だったんだ……。どおりで見たことない顔だと思った」


 二年前のドタバタを目の前で語られるって何この羞恥プレイ、と頭を抱えて机と仲良くしている少女を見つめる男の瞳は、本人無自覚だが愛情に溢れたとても優しいもので。誰が見ても、彼が彼女に、深い想いを抱いていると分かる。

 少女が悶えている間に井戸端会議は終了し、例の『おかみさん』含め集まっていた人々は散っていった。

 人がいなくなったのを確認して、男は少女に呼び掛ける。


「もう、顔隠さなくても大丈夫だよ」

「ありがとう。あー、焦ったわ。とりあえず王都の雰囲気確認しようと思っただけなのに、まさか私の顔知ってる人と出くわすなんて」

「ディーの顔って印象的だから、一度見たら忘れないもんね」

「……はっきり言って良いのよ、『悪人面』って」

「それは言えないかなー。誰より可愛いとは思うけど、俺はディーを見て『悪そう』とは思えないもん」

「それ……そういうこと言うの、カイだけだから」


 先ほどとは別の意味でうっすら顔を赤らめて、少女――ディアナはため息をついた。

 自分たち『クレスター伯爵家』が何故か先祖代々悪人面なのは、もうそういうものだと割り切るしかない。不利益を被ることもままあるけれど、顔に惑わされることなく分かる人は分かってくれる。

 けれど。その中でも、初対面で自分を妖精呼ばわりし、その後も会う度に「可愛い」だの「天使」だの言ってくる目の前の男は、嬉しい通り越して「目は大丈夫か」と言いたくなるレベルで、昔からディアナへの讃辞を絶やさない。

 王国をまたにかける情報屋、カイ。親同士が親しかった関係で、幼い頃からちょくちょく顔を合わせていた彼は、ディアナにとってはもっとも気を許して接することができる同年代の『友人』である。今回の『婚約破棄』騒動を聞きつけてクレスター領まで飛んできてくれた彼に、「王都と王宮の状況をこの目で確かめたい」と無茶振りし、しばらくなんちゃって諜報に付き合ってもらうことになったのだ。

 冷め切ったお茶に手を伸ばし、ディアナは深呼吸して気持ちを切り替える。


「婚約破棄そのものは、別に良いのよ。私に期待してくれた人たちには申し訳ないけど、王妃の地位とか興味なかったし」

「だねー。ディーを知ってる身としては、王妃様になってるトコロとか、あんまり想像できない」

「えぇ。だから、問題は婚約破棄にあるんじゃなくてね?」

「言いたいことは分かってるよ。やり方――でしょ?」


 言いたいことをズバリ突いてくれたカイに、ディアナは大きく首を縦に振った。


「そう! どうして、ある日突然前触れも相談もなく、紙切れ一枚で『決定事項』として告げてくるの! しかも私信じゃなく、王宮の記録に残る『公信』として。確かに手続きとしては正当なんだけど、こんなやり方じゃ、国中が大混乱になるのが目に見えてるのに!!」


『あんの、バカ王子ー!!』


 あの日、先陣切って叫んだエドワードの心情としてもそれだ。ディアナに特に落ち度がない状況で、一方的にも程がある『婚約破棄』。こんなことをされては、ディアナやクレスター伯爵家の心情的には『通達』の内容に異論はないのに、客観的に見て横暴すぎるから文句を付けなければならないという、意味の分からない逆転状態に陥るではないか。ここですんなり『分かりましたー』と頷いては、『こんな理不尽を無条件で受け入れなければならないほど、実はディアナに問題があった』と囁かれてしまう。別に貴族社会の噂の一つや二つ、普段なら放置するけれど。


「私との婚約を解消するのに禍根が残れば、それこそ殿下の見つけた『真実の愛』とやらが遠のくでしょうが。お願いだから正攻法を遵守するんじゃなくて、先々のことまでちゃんと考えようよ……」

「婚約破棄された相手の恋愛を心配してあげるなんて、ディーってホント、お人好し」

「――だってこの婚約、最初から破棄されるの前提だったし」


 ――そう。王国中のほとんどの人々は知らないが、実は『王太子ジュークとディアナ・クレスター伯爵令嬢の婚約』は、時期がくれば解消されることになっていた。ディアナに望まれていたのはあくまでも、『解消までのジュークの女避け』でしかなかったのである。

 何でもディアナが生まれる直前の王宮では、幼い娘を持つ貴族同士での『王太子の婚約者争い』がそれはもう激しく、普段の政務まで滞りかねない状態だったそうで。困った国王陛下がデュアリスに、『もしも娘が生まれたら、婚約者として名前だけ貸して欲しい』と泣きついたらしい。クレスター家は代々恋愛結婚推奨派なので、『どちらかが生涯を共に過ごしたい伴侶を見つけるまでですよ』という条件付きで、デュアリスは王の要請を受け入れた。そうして生まれた女の子――ディアナは、表向き『王太子の婚約者』と呼ばれることになったのだ。

 もちろんディアナもジュークも、子どもの頃から当時の事情と共に『婚約は形だけ』と言い聞かされてきたので、お互いに特別な感情などは一切ない。ただ、いざとなれば王妃の他に愛妾を持てる立場のジュークと違って、ディアナの方は生まれたときから『王太子の婚約者』と周囲に認識されてしまった以上、『生涯を共に過ごしたい相手』とやらを見つけるにも限度があった。必然的に婚約解消は、ジュークの恋愛待ちになる。

 だから。ジュークとしてはあの日の『速達』は、『待たせたな! ようやく好きな相手ができたぞ!』くらいの報告でしかなかったということは、重々分かるのだけど。


「私たちにだけ伝わっても意味がないでしょうよ……。誰から見ても円満な婚約解消じゃないとダメなんだって、一方的な『破棄』だとイロイロ問題なんだって、現に王宮中大パニックらしいじゃない!」

「あぁ、うん……。そりゃ、クレスター家をちゃんと分かってる人なら、王太子様ご乱心にしか思えないもん。知らない人はディーを貶して終わりだろうけど」

「私の評判なんかどうだって良いのよ。てか、なかなか殿下が恋を見つけられなくて、うっかり私も結婚適齢期になっちゃって、このまま王妃にとか言われたらどうしよう、って最近びくびくしてたし。これはこの顔を利用して悪女無双でもやるべきか、とまで思い詰めてたから」

「悪女無双したところで限度あるけどね。演技でも人を苛めたりとかできないでしょ、ディーは」

「えぇと……サクラの人に協力してもらえば、なんとか」

「『サクラ』って固定がある時点で無双じゃないから」


 ごもっともな正論に黙るしかない。実際のところ、クレスター家は素でいるときがいちばん悪人に見えて、敢えて悪人ちっくに振る舞うと「不自然」と言われるという、意味不明な特性持ちだ。

 この状況をどう打開したら良いのか分からず、ディアナは天を仰いだ。


「私が悪いことにされて、この婚約破棄が『仕方ない』みたいな雰囲気なら、まだ展望はあるんだけど。少なくとも王都に暮らす人たちは、どっちかといえば私に同情的よね」

「普通は同情するよ。他に好きな人ができたから婚約破棄しますなんて、字面だけ見たら王太子様、ただのサイアク男じゃん。しかもディーは『未来の王妃』として評判良かったし」

「領地多い分手が足りなくて、普通に視察を手伝ってたからねぇ……」


 民の前に出る回数が多ければ、それだけ語られる機会も増えるものだ。いずれ婚約解消する身としては、過度な期待を持たせるのは却って酷だとは思ったけれど、それはジュークがディアナ以上に優れた女性を王妃として迎えれば万事解決するから、そこまで深く気にしなかった。

 が。まさかその前段階、『婚約解消』で躓くなんて、想定外もいいところである。カップに残ったお茶を飲み干し、ディアナは立ち上がった。


「初恋で浮かれちゃったのかしらね、殿下。普段なら、陛下に相談もせずにこんな独断暴走はなさらないでしょう」

「猪突猛進なところはたまにあるけど、基本的にはちゃんと人の話聞くもんね、あの王太子様」


 ディアナに合わせてくれたらしい。カイも立ち上がる。


「これからどうする?」

「そうね。もうちょっとあちこち回ってみて……」


 言いかけた言葉が、途中で止まる。瞬間的に強く吹いた風に乗って、何やら不穏な声が聞こえてきたのだ。ディアナには内容までは聞き取れなかったが――。


「破落戸が、女の子囲んでるみたいだね」

「近い?」

「あっちの方。ちょっと走った方が良いかな……って、ディー!」


 情報屋のカイは、耳が良い。彼の示した方へ、ディアナは駆け出す。王都の治安は概ね安定しているけれど、やはり人が集まる場所の常として、無法者を完全に排除するのは難しい。

 果たして、声を頼りに辿り着いた裏路地では。


「止めて! ――放して!!」

「何だよ、そんなに暴れるなよ」

「カレシより優しいぜ〜、俺ら」


 華奢な金髪の少女を複数の男で取り囲み、裏路地の更に奥へと連れ去ろうとしている最中だった。ディアナは問答無用で、いちばん近くにいた男の股間を蹴り上げる。


「ぬほおぉぉぉぉ!!」


 狙い違わず、男はもんどりうって飛び上がった。そのまま今度は真横から蹴って、開いた場所から手を伸ばし、囲まれていた少女を引っ張り出す。――少女を追いかけるように伸びてきた男の腕は、手刀で痛いところを叩いておいた。「うぎゃっ!」とか聞こえたけど、気にしてあげる筋合いはない。


「怪我はない?」

「は、はい。ありがとうございます」

「怖かったのに、よく頑張ったわね。――もう大丈夫よ」


 にっこり笑って少女を背中に庇い、ディアナは男たちと向き合った。

 このまま裏路地から抜ければ、男たちは追いかけてこないだろう。しかしディアナはともかく、先ほどまで襲われていた少女を庇いながら、表通りまで出られるかと問われたら微妙なところだ。

 ――下手に背中を見せて、男たちに追われる隙を作るより。


「お嬢ちゃん……あんまり男を舐めるんじゃねぇよ?」

「おおぉ、この小娘ェ……不能になったらどうしてくれんだ」

「舐めてないし、舐めたくもないし。オジサンたちみたいなのが不能になっても世界は平和にしかならないから、全然問題ないわね」

「ふざけんなぁ!!」


 激昂して襲いかかろうとした男たちの足元に、暗器が鋭く飛来する。恐ろしいほどの精度で足ギリギリの地面に突き刺さったそれらが破落戸の動きを止めると同時に、頭上からのんびりした声が落ちてきた。


「どーもー。みんなが知りたい情報を王国全土にくまなくお届け、『黒獅子情報』でーす。真っ昼間からいたいけな女の子たちを襲う心境について、一言お願いできますかー?」


 屋根の上からしゅたっと降りてきたカイは、表向きの仕事用の腕章をつけ、メモを片手ににっこりと(但しもちろん目は笑っていない)男たちとディアナの間に入り込んだ。

『情報屋』にリークされては、今後大手を振って外を歩けない。我に返った男たちは一斉に逃げ出し、カイはそれを見送ると、メモを懐に片付けた。腕章も外し、振り返って――ディアナのおでこを「こら」と指で軽く弾く。


「どこの正義のヒーローなの、ディーは。悲鳴を聞いて反射的に動くの止めなさい」

「だって……」

「今回は俺が一緒だったから、多少の無茶はカバーできるけどね。……俺のいないところでも脊髄反射で動いてるって思ったら、ヒヤヒヤして目を離せなくなるでしょ」

「……そう思うなら、離さなきゃ良いじゃない」


 唇を尖らせて返せば、目の前でカイが珍妙な顔をして沈黙する。ん? と思ったところで、「あの、」と背後から声がした。

 振り向くと、絡まれていた少女が、深々と頭を下げてくる。


「ありがとうございます。助かりました」

「気にしないで。間に合って良かったわ」

「かんっぜんにヒーローの台詞だね……」

「茶化さないで、カイ」

「茶化してないよ。このことはエドさんに言いつけるからね、ディー」

「ちょ、それズルい!」

「どっちが」


 言い合う二人に、少女はくすくす笑った。どうやらトラウマになるほどの恐怖は覚えなかったようだと分かって、ディアナの心も軽くなる。


「あなた、お家は? ついでだし、送っていくわ」

「いえ、そんな。申し訳ないです」

「遠慮しないで」

「遠慮などではなく……これから買い物もしなければなりませんから」

「……あんな目に遭ったんだし、家でゆっくり休んだ方が」

「……家に帰っても、ゆっくり休むことはできませんから」


 澄んだ空色の瞳を曇らせて、力なく微笑む少女を見れば、何やら複雑な事情があるらしいことはすぐに分かる。カイと視線を合わせれば、彼は肩を竦めて頷いた。


「ね。こうして会ったのも何かの縁だわ。ちょっとウチに遊びにおいでよ。――もちろん帰りは一緒にあなたのお家に行って、私が無理に引き留めた、ってちゃんと説明するから」

「で、ですが……」

「甘えちゃえば? ディーは頑固だから、言い出したら聞かないよ」

「なに、その言い方。あ、『ディー』は私の名前ね。そっちの彼はカイ。あなたは?」

「あ……シェイラと申します」

「シェイラさん、ね。よろしく」


 ディアナは両手で、シェイラの手を包み込む。


「シェイラさんが、このまま買い物してお家に帰って忙しくしたいなら、無理にとは言わないけど。私、ちょっと特殊な事情持ちで、あんまり年の近いお友だちがいないの。……もし嫌じゃないなら、話し相手になってくれたら嬉しいなぁ」


 低い場所から、そうっとシェイラの顔を覗き込めば。少し頬を赤らめて、シェイラはおずおず、頷いた。


「嫌だなんて、とんでもない。私でよろしければ」

「ダメなら誘わないわ。ね、良かったら敬語も抜きにして?」

「……良いの?」

「えぇ!」


 視線を合わせて笑う少女たちに、見守るカイは苦笑気味だ。アフターケアにまで気を遣うなんて、と呆れていることは分かるけれど、襲われて怖かったのに律儀にお礼をしてくれる少女――シェイラを好きになったのも確かなのだから、良いではないか。


(せっかく殿下と婚約破棄できそうだし、これからはいちいち、王宮側に気を遣って人間関係控えめにする必要もないよね)


 何事も前向きに。

 友だちになれそうな少女との出逢いに、ディアナは大切な気持ちを取り戻せた気分だった――。





 そして、後日。ジュークの「すまん、説明させてくれ!」の言葉で呼び出された王家の秘密の邸宅で。


「え、ディー!?」

「シェイラ!? どうしてここに!」

「何だ? 二人は知り合いだったのか?」

「殿下、どういうことですか? 説明って何の……まさか、」

「え……殿下? ジュークさん、って」

「えええぇ? ――シェイラが、殿下の見つけた、『真実の愛』!?」

「殿下って、殿下って! すばらしいレディと評判のクレスター伯爵令嬢様を、『好きな女ができた』の一言で婚約破棄(ぽいすて)した、あの最低な王太子殿下!?」

「ち、違うシェイラ誤解だ!」


 あまりのカオスっぷりに、屋根の上の情報屋が堪え切れず、笑い転げているうちに。


「信じられない! こんなに素敵なディーを捨てて、私に乗り換えようとするなんて! ……プロポーズをお受けするとは申しましたが、こんな大事なことを次々後出しする方なんて、信用できません。

 ――ジュークさんとの結婚、考え直させてもらいます!!」


 怒髪天を突いた王太子の『真実の愛』は、声高に、『婚約破棄』を宣言したのであった。




 続かない!





さーて皆様、呼吸を合わせてせーの、

「そっちィ!!?Σ(゜д゜lll)」

うん、やっぱりズレましたね。言っときますが狙ってませんよ。私は私なりに、真面目に婚約破棄を書いたつもりです。つもりなんですが……なんで普通の書けないんだろう。考えると深みにハマるから、全部シェイラのせいにしちゃえ!←


あくまでネタのつもりなので続かないとは言いましたが、続きが気になる方はどうぞ感想欄までお寄せください。ご要望があれば書く……かも? ジャンルは迷子ですが(笑)


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