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零れ話~とある婚約者たちの一日~

まるふう様、ローズ女爵様リクエスト。

本編で一切の絡みがないのにこれほどの人気を有するあやつらは何なんだ……。



 エドワードから、「お前、近々日中空いてる日はないのか」と分かりにくいにもほどがあるデートの誘いが来たのは、彼が自分と逢える数少ない機会である茶会を、何の事前連絡もなしに欠席した日の夜だった。もちろん主催者(ホスト)の子爵家には『急用ができて』と伝えられてはいたが、人数分の椅子と茶器がきちんと用意される茶会を開始時間ぎりぎりにキャンセルするのは、普通なら考えられない非礼である。もちろん多忙な貴族たちのこと、やむを得ない事情がある場合は仕方ないが、その場合は同じ茶会に招かれている知人に『やむを得ない事情』の内訳を伝えてフォローを頼む。でなければ、その茶会の場が欠席者の悪口で埋め尽くされ、その悪評から一気に王宮での立場まで失いかねないのだ。

 エドワードがそういった定石を一切踏まず、最低限の欠席連絡だけで茶会を土壇場キャンセルしたのは、もともと評判が落ちきっているのに今更、失うような立場もないし、という事実の他に。


「どーせボクのフォローをアテにしてたんでしょ、無言で。それをエリザベス様に見抜かれて叱られて、『埋め合わせしなさい!』とでも言われた?」


 茶会から数日後の、穏やかな陽気の午前中。王都の噴水前広間で待ち合わせたエドワードとクリスは、どう見ても庶民な服装で、のんびりてくてく市を歩いていた。

 誘われたタイミングといい、顔を合わせた瞬間に一瞬見せたばつの悪そうな表情といい、たぶん間違っていないだろうこのデートの『理由』をぶつければ、案の定エドワードは仏頂面になる。


「うるさいな、お前は。分かってるならいちいち口に出すな」

「確認だもん。何もないのにエドがボクを誘うわけないし?」

「そんなことないだろう。この前も出掛けたじゃないか」

「……あのね。念のため言っとくけど、半年以上間が開いたら『この前』じゃないから。『だいぶ前』だから。ボクじゃなかったら刺されてるよ」

「なら、問題ないな。俺の相手はお前なんだから」


 言葉だけなら自分勝手な男の見本のようなエドワードの言い分だが、実際のところクリスも、あんまり頻繁にデートだの社交だのに連れ出されるのは気疲れするタチだった。騎士の家、グレイシー男爵家に生まれ、幼い頃から剣一筋。言葉より先に剣を覚えたと、父は事ある毎に言っていた。そんな『貴族令嬢』が、いわゆる普通の『お付き合い』に馴染める訳もない。

『恋人』として付き合うことになったとき、エドワードは真っ先に、「一緒に出掛けるならどういうところが好きなんだ?」と聞いてきた。クリスはいくつか好きな場所を答えた上で、「けどボク、普段は剣の稽古に集中したいし。そこまでデートとかしたいとは思わないかな」と、今から思えばその場でフられても仕方のない、余計な台詞を付け足してしまったのだ。

 付き合いたての『恋人』の「デート要らない」発言を、「そうなのか」の一言で終わらせることができたのは、ひとえにエドワードが、細かいことを気にしないざっくりとした感性の持ち主だからだろう。女を喜ばす手練手管を最低百は知っていそうな見た目なのに、当時のエドワードは男女交際の基本すら曖昧だった。デートにしたって、「二人きりで外を出歩けばデート」くらいの認識でしかなかったのだから、これでどう『女を弄ぶ』のかと、彼の悪評に盛大なツッコミを入れたものだ。

 ――いわゆる、二人きりで出掛ける『デート』の数こそ少なくても、エドワードが自分を蔑ろにしているわけではないと、クリスはちゃんと分かっている。クリス自身も剣の稽古で忙しいし、それに。


「確かにボクは、君の婚約者だけど。……エリザベス様に怒られたにしたって、わざわざボクのために、時間割かなくても良かったのに。だいたいのところは聞いてるよ。忙しいんでしょ、今」

「忙しさを理由にしていたら、逢う時間すら取れなくなるぞ。ただでさえ一年の半分は、物理的に離れてるんだ」

「結婚したら嫌でも毎日一緒なんだから、婚約期間中までムダにべたべたすることないって、前に言ってなかった?」

「無駄にべたべたする必要はないが、顔が見たくなったとき、すぐに逢えない距離にいるのはキツい。そんなふうに思うこと、お前にはないか?」


 エドワードの家、クレスター伯爵家が拠点にしている土地は、半島のつなぎ目とも呼ばれる『女神の山脈』、その最南端の麓に広がる森林地帯だ。一方、グレイシー男爵家の領地はマミア大河を越えた西側。シーズンオフ中、二人の距離は確かに遠い、――が。


「けど君、普通に逢いに来るよね。シーズンオフでもお構いなしに、ウチの領地まで」

「まぁ、お前と婚約してから、マミアの西側の視察は俺に割り当て直されたからな。せっかく近くを通るのに、逢わない選択肢もない」

「……忙しいのに、それこそムダに疲れることしなくっても」

「時間は使い方だろ。心配しなくても、お前以上に優先するべき事柄ができたら、そっちに比重が傾く。……今日こうしてお前と出掛けてるのだって、母上に言われたからじゃなく、俺が単純にそうしたいと思ったからだ。変に気を遣うな」


 だいたいのことは器用なのに、クリス限定で『甘やかす』のが下手なエドワードは、こういうときはいつもぶっきらぼうな言い方しかできない。……今日、この時間を確保するために、エドワードがどれほど予定をやりくりしてくれたのか、まさかクリスが分からないはずもないのに。


「……気は遣うよ。当然でしょ。ディアナのために一分一秒だって惜しいときに、昼間だけとはいえ、ボクに時間取ってくれるんだから」

「何度同じことを言わせる? そうやって忙しさを理由にしていたら、こうして逢うのも半年どころか一年開くぞ」

「それはそうだけど。ディアナは今、誰より大変なのに……」


 勘違いと不幸な偶然が重なりに重なって、現在エドワードの妹ディアナは、後宮にて『紅薔薇様』とか呼ばれる存在になっている。エドワードたちクレスター家は、困っている人を放っておけないウルトラお人好しなディアナを何とか外から支えようと必死だ。茶会を直前ブッチしたその日の夜から、エドワードと彼の母エリザベスが、一日で社交を数軒ハシゴするという無茶をやり出したことから、実際後宮のディアナに何かあったんだろうとクリスも予想はついている。

 自他ともに『妹に甘い』ことを認められているエドワードが、ディアナのための貴重な昼の社交一日分を削ってまで、自分との時間を作ってくれた。それを嬉しく思う心と、嬉しく感じる浅ましい自分への嫌悪が、クリスの中で複雑に絡み合っている。


 どこか不機嫌な面もちになったエドワードが、唐突にクリスの手を引いた。市の混雑を抜け、路地裏で立ち止まる。少し高い目線から、エドワードはクリスを見下ろしてきた。


「あのな。確かにディアナのことは心配だし、できることは全部やらないといけない状況だけど。だからって何で、お前かディアナか選ばないといけないんだよ?」

「エド……」

「逢いたいときに逢う、俺たちのこれまではずっとそうだったろ。俺はお前に逢いたいと思ったから誘った、お前も逢いたいと思ったから受けた、そうじゃないのか?」

「そう……だよ。ボクだって、久々に逢えるの、楽しみにしてたもん」


 特殊な事情を抱える『クレスター伯爵家』は、そもそも社交の招待数が多くない。その中でグレイシー男爵家とも共通で招待される茶会となると、本当にごく少数だ。自分たちの婚約が公になれば、気を遣ったあちこちから共通の招待は増えるだろうけれど、この婚約はまだ内々で、王宮に承認を得てすらいない仮のもの。クリス――クリステル・グレイシー男爵令嬢が、次期クレスター伯爵夫人だということを知る者は、貴族社会には両手の指で数えられる程度しか存在しない。

 そんな状況で。たとえ他人のフリをしなければならないとしても、堂々と挨拶を交わせる社交の場でエドワードと逢えるのを、クリスが楽しみにしていなかったわけがないのだ。エドワードに逢えると思ったからこそ、ドレス選びにも熱が入った。エドワードと逢うとき、クリスは大抵男装で、貴族令嬢風の自分を見てもらえる機会なんて滅多にないから。

 そうして茶会に出向いてみれば、肝心のエドワードは欠席。理由もなくそんなことをする男ではないと分かっていたから、責める気は毛頭なかったけれど。


「……がっかりは、したんだよ。茶会にエドがいなくてさ」

「クリス」

「着飾った令嬢モードを見せて、エドをびっくりさせてやろうと思ってたのに」

「お前が完全に擬態できることは、分かってるぞ?」

「貴公子スイッチ入ったエドから、お世辞でも『お似合いですね』の一言くらい聞きたいじゃん。素のエドは絶対、ボクの服装とか褒めてくれないし」

「あー……。ひょっとして、だから今日は、珍しくワンピースなのか?」


 二人の王都散策ルートは庶民エリアが主なので、間違っても貴族風の装いはできない。それでもデートなら多少おしゃれするのが普通なのだろうけれど、剣を扱うクリスは動きやすい服装が好きなので、結局男装を選んでしまう。

 そんなクリスが今日、自分でも気がつかないうちに普通の『女の子』の格好を選んでいたのは。


「……悪かったね、似合わなくて」

「珍しいとは言ったけど、似合わないとは言ってない。けど……調子狂う」

「しっつれいだなー」

「違う。普通の女の格好をしているお前は、その……守らないといけないような気になるんだよ。見た目がちみっちゃくて可愛いだけで、中身は守られるようなか弱い奴じゃないって分かってるのに。変に囲いたくなるから、困る」


 不意打ちこの上ないエドワードの言葉に、クリスは顔が熱くなるのが分かった。そんなクリスを見たエドワードは、一歩離れてため息をつく。


「だから、そういう反応やめろ」

「……誰のせいさ」

「いいから、もう行くぞ。このまま話してたら、真っ昼間から連れ帰りたくなる」

「そっ、そういうことは思っても言わない!」

「ムッツリよりはオープンな方が良いと、前に聞いたぞ?」

「誰から?」

「アル」

「好きな子にフられて、そのまま足踏みしてる奴の言うこと、参考にするのやめなよ……」


 再び歩みを再開させながら、二人の手はごくごく自然に繋がれていた。



  † † † † †



 エドワードとクリスのデートは、どちらかの用事にどちらかが付き合うスタイルが主だ。今日の場合、クリスが新しい剣を探しているとのことだったので、下町の武器屋巡りがメインになる。

 エドワードは武器を選ぶとき、横からごちゃごちゃ口を挟まれたくない派なので、クリスに付き合うといっても文字通り付いているだけで、求められたときしか口を開かない。三軒目に入る前に「俺、邪魔じゃないか?」と尋ねれば、「女一人だと入店すらさせてもらえないときもあるから、居てくれて助かるよ」と心から喜んでいると分かる笑顔で返された。出逢ったその瞬間から、エドワードの肩書きや噂なんてまるで気にせず、ただ『エドワード』だけを見つめてぶつかってくるその姿に、どれほど救われてきただろうか。


(こんな風に誰かを想えるようになるなんて、昔は信じられなかったな……)


 幼い頃は漠然と、「いつか両親のように、好きになった相手と幸せな家庭を」と思っていた。大きくなり、王都に出て騎士養成学院に入って、エリザベスが稀有な例外なのだと嫌でも理解した。周囲がエドワードを見る目は、『悪名高いクレスター家の跡取り』を値踏むものでしかなく、それは男も女も変わらない。こんな世界で互いに好き合える存在と出逢えるわけもないと、密かに生涯独身の決意を固めてすらいた。


『約束だ。――ボクを、学院に入れろ!』


 あの日。理不尽な現実を前に、それでも足掻くことを止めない、不器用でがむしゃらな女と出逢うまでは。

 クリスに体当たりでぶつかられるうちに、エドワードの閉ざされていた心の扉は少しずつひび割れていた。誰も『エドワード』を見ない世界で、それならこちらも見るものかと、幼かったあの頃は今より少し意固地で。そんなエドワード相手に、『優しく包み込む』とか『雪解けを待つ』なんて甘い手を、クリスは選択しなかった。がんがんぶつかって、押して、叩いて、あれはほとんど力業だったと思い出す度おかしくなる。エドワードの意固地が、クリスの執念と意地に押し負けた。当時の自分たちは大真面目だったけれど、突き詰めればそれだけの話だ。

 そうして、二人の気持ちが通じ合った頃。エドワードにとって信じられないことに、クリスはただの『面倒な女』ではなくなっていた。これから先も共にありたい、一緒に生きたいと自然に思える存在にまで、エドワードの中でクリスは大きくなっていたのである。

 それからまた、一悶着あって。やっと『婚約者』まで、漕ぎ着けた。


 ――集中して店内を見て回っているクリスをそっと見守りながら、エドワードは苦笑する。


(会えない時間に、不安はないが。……逢えないことは、不満なんだよな)


 クリスはエドワードの忙しさを心配してくれるが、クリスもクリスで忙しいのだ。グレイシー男爵家は現在、クリスと兄の二人きり。彼女の兄も独身で、いくらまだ若いとはいっても、次代が安定していない貴族家はどうしても存在が軽く見られてしまう。それを補うためにはやはり社交が重要で、クリスは苦手な社交に引っ張り出される回数が年々増えていた。シーズンオフでさえ、周辺領主のご機嫌伺いに出向く兄に付き合わされることがしばしば。そこに剣の稽古が加われば、忙しさはある意味で、エドワードととんとんだろう。

 クリスが好きで、一緒にいたい自分を自覚しているから、逢えない時間はエドワードにとって平然と過ごせるものではない。互いに王都にいる間は、時間を見つけてこまめに逢うようにはしているけれど。……これからしばらく本気で忙しくなりそうだし、今日は思う存分『クリス貯め』していこう。


 いろいろな剣を手に取っては、納得できずにもとの場所に戻すクリスは、どうやらなかなかしっくり来るものが見つからないらしい。首を捻るクリスに、見知らぬ男が近付くのが見えた。すれ違うのかと思いきや、男はクリスの前で立ち止まり、なにやら話し掛けている。

 自分でも知らないうちに、エドワードの眉間に皺が寄った。真面目に武器選んでる奴に話しかけんなというマナー違反への怒り四割、残り六割はもちろん、目の前で婚約者に粉かけられた不快感だ。普段の男装なら『変わり者』と敬遠されても、今のクリスは見た目だけなら可愛い女の子そのもので、ナンパしたくなる気持ちも分かる、が。


(俺が近くにいるだろうが、どう見ても彼氏持ちだろうが、略奪目的とは良い根性してるな?)


 明らかにエドワードの存在に気が付いているにもかかわらず、この暴挙。自分の見た目がそれこそ、『軟弱ナンパ野郎』に見えることは分かっていても、こうもあからさまに舐められると腹が立つ。

 感情のままに殴り飛ばしたくなるのを堪えるため、エドワードは敢えて視線を斜めに下げて――目立たない奥まった壁に立てかけられている、一本のレイピアが目に留まった。思わず近付いて手に取ると、重さも長さもちょうど良い。


「――エド」


 呼ばれて、レイピアを持ったまま、エドワードはクリスの方に向かう。


「どうした?」

「この人が、剣を選んでくれるって言うんだけどね。ボクが自分で使うって、何度言っても信じないの」

「は? 武器屋に武器見に来て、自分じゃなかったら誰が使うんだ?」


 本気で分からなかったので素のまま問い返すと、ナンパ男は何故か驚いたようで、急にしどろもどろになった。


「いや、ほら、兄弟への贈り物とか……」

「飾りや護身用の短剣ならともかく、クリスが選んでいたのは実際の戦闘で使う長剣だぞ。どれだけ高くて良いの選んだって、本人の戦い方と合わなかったら意味がないんだ。選んでいるときの表情や武器の種類を見れば、自分用か他人用かなんてすぐ分かるだろ。逆に、そんなことも分からず何を選ぶつもりだったんだ?」

「だって、そんな女の子が剣振り回すとかあり得ねぇじゃん!」


 クリスの肩がぴくりと動き、堪えるつもりだった不機嫌は、あっさり限界突破する。

 すぅ……とエドワードの目が細くなった。


「口を慎め。クリスの手だけを見ても、こいつが普段からどれだけの修練を積んで、己の剣を追求してきたのか分かるはずだ。ろくに鍛えてすらいないお前に、たかが性別でクリスの努力を否定する権利はない」

「えっ、偉そうに。じゃあお前はどうなんだ? 剣を使う女の子誑かして、ちゃっかり守ってもらおうってか!?」

「――ふざけないでよ!」


 突然、クリスが爆発した。徐々に野次馬が集まる中、周囲なんてまるで見えていない風で、クリスは足音高く踏み出す。


「エドが戦う人だってことくらい、今の話聞けば分かるでしょ。言っとくけどエドは、ボクなんかよりずっと、ずっと、ずーっと強いよ。ボクに本物の『剣』を教えてくれたのはエドなんだから。男に守ってもらうのなんて願い下げなボクが、唯一『守られても良い』って思えるひとがエドなんだ。――ボクの婚約者を、馬鹿にするな!!」


 クリスはエドワードの手からレイピアをひったくると、目にも止まらぬ速さでナンパ男の喉元に剣先を突きつけた(もちろん、鞘には収めたままで)。


「今度エドを馬鹿にしたら、決闘を申し込むからね」


 どんな言葉より、クリスの見事な剣さばきは、彼女がかなりの腕前の剣士だという証明になったのだろう。剣を突きつけられた男は、クリスのトドメの一言で、泡を食って逃げ出した。野次馬の囲みを突破し、外へ走り去った男を確認して、エドワードはクリスの腕に手を置く。


「『守られても良い』とか言いつつ、ばっちり自分で撃退してんじゃねぇか」

「あの程度のヤツ、エドに守ってもらうまでもないよ」

「その意見には同感だ」


 レイピアを降ろしたクリスに、店内から拍手が沸き上がる。店主らしき中年男性が、満面の笑みで進み出た。


「いやはや、ありがとうございます。あの男、ここのところウチの店を『狩り場』にしていて、困っておったのですよ」

「そうだったんですか?」

「一人で来店される女性のお客様だけでなく、今のように恋人がいらっしゃる方にも、声を掛けることがしばしばでして。何しろ武器屋でしょう? こういう店にカップルでおいでになっても、彼氏の方が商品に夢中になって、恋人を放置するんです。で、つまらなさそうな女性を狙い撃つ、と」

「……最近のナンパ野郎は、随分イロイロ考えるんだなー」


 納得より呆れが勝ってしまう。略奪狙いなナンパ男、常習犯だったか。

 店主が深々頷いた。


「注意を促そうにも、こちらが気付けば逃げてしまう有様で。本当に助かりました」

「いえいえ。お役に立てて良かったですよ」

「それにしても、当店にお越しになって、女性の方が熱心に商品をご覧になる組は初めてです。……見事に使いこなしていらっしゃいましたが、そちらのレイピアがお気に召されたので?」

「へ? いや、これはたまたま目に付いたから……エドが見てたんだよね?」


 はい、と差し出されて、エドワードは首を横に振った。


「見てはいたが、それはお前に合いそうだと思ったからだ」

「ボクに?」

「重さも長さも、お前の戦闘を引き立ててくれると感じた。ただ、俺がそう思っただけで、使ってみた感触は……」

「ご店主さん! これ、ください」


 あっさり言ったクリスに、こけそうになった。『使ってみた感触は本人にしか分からないから、きちんと試してから決めろ』と続けるつもりだったのに、即断にもほどがある。


「良いのか?」

「うん。さっき、持った瞬間びっくりするぐらい手に馴染んだ。軌跡も思い描いたとおりだったし」

「せめて鞘抜きして、刃を確かめろ」

「あ、そうだね。重さからは良さそうだと思うけど」


 すらりと剣を抜く様も、板についている。ワンピースに違和感を覚えないくらいに。

 うん、と満足そうに頷いたクリスを見て、エドワードは店主に向き直った。


「良い品だな。もらっていく。代金は?」

「ありがとうございます! お二人には店を助けて頂いたことですし、特別にお安くいたしましょう」

「気持ちだけでいい。ここは良い店だ、懐具合の厳しい兵士や護衛職も利用するだろう。俺は金には困ってないからな。俺たちに安くしたつもりで、そういう奴らを助けてやってくれ」


 言いつつエドワードは財布を出して、この手の剣の相場より少し多いくらいの代金を店主に渡した。


「これで足りるか?」

「頂き過ぎているくらいです! お釣りを用意しますので、」

「必要ない。その代わり、メンテナンスが頻繁になるかもしれんが、引き受けてくれるか」

「もちろんですとも!」


 エドワードと店主のやり取りに、剣を鞘にしまったクリスが割り込む。


「ちょっとエド、何勝手にお金払ってるの? これはボクの買い物だよ」

「どうせお前は今日も、服だの宝石だのはねだらないんだ。たまには俺に払わせろ」

「やだ! いいじゃん、お金使わない彼女ってことで」

「言い方を変えるなら、俺が見つけてお前が気に入ったその剣を、俺がお前にプレゼントしたい」


『俺がしたい』という言い方にクリスが弱いことを、エドワードは知っている。なんだかんだでこちらのワガママを聞いてくれるクリスは、本人気付いていないだろうが夫を甘やかすタイプだ。

 しばし迷うそぶりを見せた後、クリスは唇を尖らせた。


「……今度、ボクにも何か贈らせてね」

「あぁ。期待してる」


 話はまとまったと判断したエドワードは、店主に向かって手を上げる。


「済まなかった。騒がせたな」

「また来ますねー」

「はい。お待ちしております!」


 二人が出て行った店内では、『小柄で可愛いのに凄腕の女の子』と『軟弱そうに見えて彼女以上に強いらしい、度量の深すぎる青年』について、しばらくの間持ちきりになったのだが、もちろんエドワードとクリスは知らない。




 適当に目に付いた食堂で昼食を済ませた二人は、そのままぶらぶらと町を歩いて、王都民の憩いの場である公園にやって来た。天候の良い秋の日の午後、人ももちろんだが、動物たちも楽しそうに動き回っている。

 エドワードは公園の中でも、滅多に人の来ない湖の裏側で、のんびりしたひとときを満喫していた。動き回っていることが常だから、じっとしているのが苦手なのかとたまに聞かれるエドワードだが、何もせずにただのんびり景色を眺めるだけの時間も嫌いではない。


「エード。見て見て、この子。可愛いよ」


 しかし彼女はそれには付き合わず、少し離れた場所にいる、木の実を頬袋いっぱいに詰め込む小動物に夢中だ。もふもふ大好きなクリス、「毛皮が好きなのか」と以前尋ねたら、「毛皮の生き物が生きてる状態が好きなの!」と大真面目に返された。ちなみにその意見に、妹であるディアナが「分かります!」と全力同意していたが、エドワードにはイマイチよく分からない。

 ……というか。


「エド?」

「クリス」


 名前を呼んで手招きすれば、きょとんとした顔で寄ってくる婚約者。手を伸ばして手首を捕らえ、そのまま引っ張って倒れ込ませた。――ちょうど、エドワードの膝の上にうつ伏せで、クリスが倒れた形になる。


「ちょ、何するのさ!」

「お前が俺を放置するのが悪い」

「エド……っ」


 耳の裏側をゆっくりと撫でて、そのまま顔を上向かせれば、ほのかに色づいた頬と潤んだ瞳、少し焦り気味の表情とぶつかる。

 もう片方の手で腰を抱いて、ぐいと身体を寄せた。


「エド、ここ、外……」

「そうだな。家に連れ帰ったら確実に、今夜の夜会に行きたくなくなるから、ここに来たけど。……誰の目もないと思いきや、まさかそこのチビどもに夢中になるとは」

「や、だって」

「お前がもふもふ好きなのは分かってる。そいつらと戯れてはしゃぐお前も、見てて和むし好きだけどな。――俺も、構えよ」


 全力でワガママをぶつけて、クリスの唇を唇で塞いだ。何度か触れ合わせ、クリスの力が抜けてきた頃、少しずつ深くする。

 完全にクリスが脱力したのを確認して、一度唇を離し、体勢を変えてクリスを膝上に抱き上げた。

 腕の中にすっぽり包み込んで抱き締めると、クリスがこてんと頭を預けてくる。


「もう。エドは甘えたなんだから」

「悪いか」

「普段はぶっきらぼうなのにさ。こんなときばっかり、ズルいよ」

「……ズルい?」

「うん。……甘くて、色っぽくて、ズルい。流されちゃう」

「そうか。じゃあ、」


 流されろ――。


 囁いて、貪るように口づける。日々の鍛錬を怠ることなく、しっかりと筋肉がついている身体は、なのに男の自分とは違って柔らかくて、クリスと触れ合う度エドワードは、底のない愛おしさに溺れて融ける錯覚に呑まれていく。


(本当は……)


 すぐにだって『約束』を果たし、正式な夫婦になりたい。『婚約者』ではなく『妻』と、クリスを呼びたい。

 社会情勢が、クリスの、エドワードの、クレスター家のそれぞれの事情が絡み合って、そう易々と事が進まないことは分かっているけれど。


「エド……大好きだよ」

「クリス――」


 出逢ったときから変わらない、どこまでも己の心に忠実な、その誇り高い魂を。――もう手放せないと、分かっているから。




 クリスが愛する男の焦燥を感じ取り、この絡み合った状況を打開するべく、エドワードにプレゼントされたレイピアを手に後宮へ赴くことを決意するのは、これよりしばらく後のこと――。





心から叫んでも良いですか?「爆ぜろ!!」


甘い、なんだこいつら甘すぎる! もっとあっさりしたお付き合いなのかと思いきや、うわぁ無理だ耐えられない……!

書いてるときはキャラクター降ろしてるんで、羞恥心とかないんですけどね。書き上げて我に返った瞬間のダメージよ。これが本編の隙間とか、もう暴れるしか(真顔)


感想欄で「爆ぜろ!」が並んでたり、Twitterでは砂糖吐く人続出したり、罪深いカップルですよまったく!!


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[一言] 爆ぜないで……尊い……
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